8 強奪者軍団
王国首都から戻った代官のサンは、村人の主だった者を代官所に招集した。
「王家の専門家によると、怪物はここばかりではなく王国全土に出没しているらしい。そして、数も増加させているということだ。王国のほかのところでは、先日の我々のような迎撃態勢をとることができなかったらしい。そのせいか、王国の各地では怪物たちが夜の闇に隠れることをせずに出没し始めたということだ。だが、王国の領域はほとんど人のいない高原だ。ソロモン平地ほど人間が集中しているところはないという。専門家たちからは、おそらく次の新月の夜に怪物はここを再び襲うだろうと言われた。数も大きく増えているだろう。そして、そのさいこのホニアラ村は全体が蹂躙されるに違いない」
「そんなあ」
「代官様、我々はどうしたらいいのですか」
村長をはじめ、主だった地主などが口々に騒ぎ始めた。それをなだめるように代官のサンはところどころ大声を出しながら説明をつづけた。
「我々は、地下の行動に逃げ込んでやり過ごすのだ。総督によれば、この先を降りたソロモン低地でも、そのように対処しようということになっている」
代官の説明した対処策は、幼い子供たちを優先して地下施設に収容するというものだった。だが、それが不十分であることは誰の目にも明らかだった。
「しかし、それほど地下施設群があるのですか」
「年長の我々は、どうすればいいんだよ?」
村人たちは口々に不安を訴えた。また、代官所に詰めている役人たちは、自分たちが避難どころか怪物と対峙しなければならないことをよく知っているのか、顔を引きつらせながらも無口のままだった。
「もうすぐ、我々のもとに王国の屈指の精鋭部隊が到着するということだ」
代官はそういった。だが、その後の続く言葉は、やはり無力であることを表していた。
「精鋭部隊とともに、我々は山へ登って彼らをやり過ごす。そうすれば、おそらく怪物は襲ってこないのではないかと考えている」
代官の告げた対策は、精鋭部隊を派遣してもらっても逃げ回ることしかできないという現実を、皆に突き付けていた。
「山へ逃げる、ということですか?」
「そこで襲ってきたらどうするんですか?」
数々の不満と不安が村人たちの口に上った。だが、代官にはもう提案できる策はなかった。
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次の新月の夜。黒い巨獣は再び現れた。前回の六頭ではなく数十頭からなる群れがそのままホニアラ村の各所を歩き回った。以前、豊富な餌があると記憶していたのか、彼らは前回襲撃した場所をすべて襲っていた。山の上からその光景を見ていた村人たちは、蹂躙され破壊されていく村の姿を見て、言葉を失っていた。王国精鋭部隊は勇敢な戦士たちだったのだが、それでもそのおぞましい光景に顔面を蒼白にしていた。
その後のことである。巨獣の一部が子供たちを収容した地下施設のある村民ホールを襲い始めていた。その光景を見たアンヘルは、ジョナのとめる間もなく村人たちから離れ、村へと駆け下りていった。ジョナは、アンヘルを追っていくしかなかった。
二人は蹂躙された村の畑地、村落、用水設備の残骸を目にしつつ、丘陵を下って行った。
「これほど徹底的に破壊されるのか。これでは村民ホールの地下施設も危ないな」
ジョナが走りながらそう声をかけると、アンヘルは鬼の形相でジョナを振り返った。その顔つきをジョナは今まで見たことがなかった。
「ジョナ、あの地下に収容されている子供たちの中に、私の子供が預けられているわ」
ジョナは、初めて聞く話だった。ジョナとアンヘルは途中で止まらざるを得なかった。
「なに? あんたに子供がいたのか?」
「そうよ」
ジョナは信じられなかった。いつ産んだのか。誰が父親なのか......様々な思いがジョナの脳裏に浮かび、ジョナの顔は苦悩に満ちた。
「そうなのか。でも、なぜそんなことをしたのか。いや、あんたが僕を……」
裏切られたという気持ちでジョナはショックを受けた。だが、アンヘルの次の言葉はジョナを別の意味で驚かせた。
「そうよ、あんたの子供よ」
「でも、僕はあんたと契りを結んだことはないはずだ」
「そうね、あんたは私にあんたをくれたことはないわ」
「じゃあ、どういうことだよ」
「私があんたに血を吐きながら愛していると言ったあの時、そして再び目覚めた時......あんたは私を抱きしめ、私の唇にあんたの唇が触れた時、私はあんたが私を愛してくれていることを体で感じたの。それで私は懐妊したのよ」
「そんなことが......」
ジョナは言葉を失った。
それはジョナとアンヘルがホニアラの村に来る数か月前のことだった。それでも、ジョナは確かにアンヘルの純潔を意識して、彼女を知ろうとしたことはなかったはずだった。それでも、アンヘルは確かに懐妊して子供を得たのだった。しかし、今は考察の難しいことにこだわっていることは出来なかった。今はアンヘルの子供を助け出すことがすべてに優先することだった。
アンヘルとジョナは、彼らが営んでいた食堂と鉱泉小屋の廃墟を通り過ぎ、さらにラウラの持ち物だった蒸し風呂やの廃墟、そして代官所の廃墟を通り過ぎ、代官所前の広場に出た。目指すはそのまだ先にある村民ホールだった。その時、村民ホールに降り立つ姿が見えた。彼らは土塊族の男たち。広場からその姿を見たアンヘルとジョナの前に現れたのは、土塊族の別の一団だった。
「お前たち、どこから来た?」
土塊族の元締めらしい男がジョナとアンヘルを遮るように立ち、大声で訪ねてきた。
「あんたたちこそ、この村で何をしている?」
「そう、問いかけてくるということは、お前たち二人はこの村の生き残りか」
「そういうあんたたちはここで何をしているんだ?」
土塊族の一団は、明らかに巨獣によって破壊された建物を選んで入り込んでいた。
「火事場泥棒!」
ジョナの脳裏に浮かんだ言葉は的確ではなかったが、それでも財産を不当に奪取しようとする犯罪集団に違いなかった。そして、まだ距離のある村民ホールでは、別の一団が地下から子供たちを引き出していた。
「お前たち、何をしようとしている?」
「あの子供たち、若い奴らのことか? 奴らは俺たちがいただく」
「人質か?」
「人質ねえ。今はそうだ。だが、あいつらは別の意味で、トンガの谷底のあるお方たちのために働いてもらうのさ」
「トンガの谷底? 呪いの地ではないか。そんなところへ連れて行こうというのか? そうはさせるか!」
「手を出さないほうがいい。さもなければあの赤ん坊たちがひとりづつ死んでいくぜ」
そういった途端、見せしめだったのか。一人の泣き叫んでいた赤ん坊が口をふさがれ、声が聞こえなくなった。
「お前たち、何をした」
そういうジョナの目の前に、命を失った赤ん坊の姿が目に入った。
「騒ぐと、一人づつこうなっていくんだぜ。わかったか? うごくな!」
強盗団の仕打ちに、アンヘルが崩れ落ちながら声を上げた。
「あ、あの動かなくなった子、私の子......」
ジョナはそれを聞いて血液が逆流した。それが彼の頭髪を逆立たせた。彼の家族が追いつめられることは、いまの彼の心にとって耐えがたいことだった。他方、冷たく冷えた片方の頭で、ジョナは全体を見渡した。ジョナの目の前の男たち、そして村民ホールの地下から赤ん坊や幼子たちを無理やり引き出している男たち。どのようにして子供たちを救い、これらの男たちを壊滅させるか。それを一瞬にして決めたのちに、ジョナは短く断罪の言葉を発した。
「お前たちのなしたことは許されまいぞ。お前たち、生きて帰れると思うなよ」
ジョナの感情がこうして高ぶった時、彼の首に下げていた鎌の金具に刻まれたアラベスクが光と声を発した。
「ふたたびの詠唱、空刀と真刀の言葉たる霊刀操......霊は精神なり。霊刀とは空真未分の刀にして渾渾沌沌たる所の唯一気也......」
アラベスク模様の光に呼応して、一つ目のネックチョーカーのアカバガーネットが渦動結界を生み出した。続いて、二つ目のネックチョーカーのアヴァチャイトガーネットが発動した。これらによってまず一つめの巨大な鎌のような刃を出現させた。
「これは真刀なり」
鎌の金具のアラベスクはそう声を発すると、さらにジョナの手はもう一つの目に見えない何かを握った。
「これは空刀なり」
鎌の金具のアラベスクがさらにそう告げた。ジョナはこの時には真刀と空刀をようやく感覚で悟れるようになっていた。確かに両手には大きな二つの鎌の刃が握られていた。見える方は巨大な真刀であり、見えない方は言わば巨大な空刀だった。他方、巨大な真刀をみた男たちは一瞬動きを止めた。ジョナはその隙をついて空刀によって村民ホールの男たちだけを薙ぎ払った。
「この鎌の金具の使い方が、だんだんわかってきたぞ」
薙ぎ払われた土塊族の手からは、煬元と呼ばれる古来からの通貨が零れ落ちた。彼らは子供だけでなくすべての財産を強奪する強奪者軍団だった。
「アンヘル、村民ホールの子供たちを逃がしてくれ」
しかし、アンヘルはジョナの横で号泣し続けていた。
「アンヘル!」
ジョナはアンヘルを抱き上げ一気に村民ホールの子供たちに駆け寄るしかなかった。その後を男たちが包囲していた。
「お前たち、まだやるのか」
「俺たちがやるんじゃない。俺たちの代わりがいる」
その声とともに、村中に散らばっていた怪物の群れが大きな足音とともにジョナたちを包囲し始めた。
「ここにいるのはお前たち、そして半狂乱のアンヘル。子供たちだけだ。ほかには誰もいない。それなら、誰かにこの力を役に立たせろと言われる心配もないね」
ジョナはそう独り言ちると、男たちと怪物たちをにらみつけ、一瞬両手を交差させた。そして、土塊族の男たちは吹き消され、怪物たちはすべてが粉々に切り裂かれ吹き飛ばされた。
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「私たちの子が動かない......」
アンヘルが泣きながら赤ん坊の亡骸を抱きしめていた。ジョナはその赤ん坊の顔が自分に似ていることに驚愕した。
「僕たちの子供......」
アンヘルの言葉を繰り返すように、ジョナもその言葉を口にした。アンヘルはジョナを見上げながら嗚咽した。そこに、一人の幼女が近づいてきた。
「私を、おかあさんのところへ連れて行って!」
「君は誰なの?」
「私はナデジダ・ミルシテインよ。総督のモスタル・キーンはどうしたの?」
総督の名前を呼び捨てにする幼女は誰なのか、ジョナにはわからなかった。またジョナは、彼女の風貌にも驚いていた。今の人類が術を操する前頭側頭部の発達した頭蓋を有しているのに、その幼女は先史人類にも似た風貌を持っていた。話し方と風貌からみると、おそらく彼女はミルシテイン王家の一人なのだろうか。
王族の一人であるとすれば、ジョナたちがこの王国の一員である限りは敬い守るべき対象に違いなかった。そして、運のわるいことに、見渡すと周囲にはジョナしか王族の彼女を守るものはいなかった。
ジョナは、煬元コインを救い上げ、幼女ナデジダを抱き上げると、大勢の子供たち、そしていまだにわが子の亡骸を抱きしめているアンヘルの元に戻った。