表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/25

7 黒き巨獣

 その怪物がIron Bottom Soundへと帰っていく姿は、それを一目見た者たちの心に、その金属音とともに不気味にいつまでも圧し掛かり続けた。


・・・・・・・


 その四つ足の怪物は、ガシャリ キー ガシャリという金属摩擦音とともに、歩き回っていた。初めはIron Bottom Soundとよばれる谷に出没するだけだった。

 その谷は、先史人類たちが殺し合いの際に膨大な戦闘機械と巨大戦闘艦を互いに大量にぶつけ合ったところであり、今では失われた亡霊たちが鎮魂の祈りに浸されて静かに眠る谷のはずだった。だが、その怪物は、谷に眠る亡霊たちの残した怨念をすべて吸収して動き始めたのだった。そこは怪物の仲間たちが次から次へと生まれる環境が整っていた。怪物が怪物を産むと、その怪物がさらに怪物を生む。初めは数が増えたとしても怪物たちは谷の限られたエリアのみ歩き回っていただけだったのだが、遂には、谷の中から外へとあふれるように迷い出るようになった。 

 迷い出ると、彼らは谷で探し求めたように彷徨う亡霊を探し出しては食らった。次第に彼らは亡霊のみでは満足できなくなったのか、生きた者たちの目の前に痕跡を現し始めた。彼らは生きているものを襲い、その魂を食らうようになっていた。ただ、その姿をはっきりと見て仲間たちに危険性を伝えられた者は誰もいなかった。それは、怪物の姿を見た者が生きて逃れた者が一人もいないためだった。ただ、暗闇の中で音を聞いた者はいた。


「あんな音は初めて聞いた。昨日は新月だったこともあって、星明りでかろうじて周りが見えたんだが......がりがりと岩や土をける時足の動きの音とともに、ガシャリキーガシャリキーと金床かなどこ同士をこすり合わせるような音がするんだ」

 そう言ったのは哈巴狗(ハパゴウ)だった。それを聞いていた大地主のチュア・ラングも、小作人たちが同じことを言っていたと、相槌を打った。

「そうか、村中でそんな騒ぎになっているなら、代官所に警戒を進言しよう。一緒に来てくれ」

 村長のテムジン・カーンはただ事ではないと即座に悟った。それゆえに彼らは急いで代官所に進言に行くと即断したのだった。そして、その判断は決して早くはなかった。彼らが代官所に行くと、代官のサン・ゲルタンはすっかり全部隊の警備行動の準備を整えていた。そして、そこにはソロモン低地一帯を管轄する総督モスタル・キーンがいた。つまり、此処には総督府配下の兵士たちが集結していたのだった。

「総督のおなりであるぞ」

 代官のサンの掛け声とともに、隊列を組んでいる兵士たちはモスタル総督に注目した。

「皆、聞け。このホニアラ村の東には、Iron Bottom Soundと呼ばれる谷がある。そこは、先史人類たちが殺し合いをした地であり、今は平和を祈念する鎮魂の谷だった。ところが、鎮魂の祈りの中に眠っているはずの霊たちを食い物にする怪物が現れ、今ではホニアラ村とそれを越えたソロモン低地にまで出没し、生きている者たちまでもむさぼる事態となった。我々は残念ながらその痕跡しか把握していない。しかし、我々はこの怪物を阻止しなければならない。ここから下ったソロモン低地は王国の一大生産拠点であり、王国の生命線だ。ここを荒らそうとする怪物を許してはならない。さて、我々のこれからの作戦行動について説明する。代官のサン、説明してくれ」

 サンは総督の言葉を引き継ぎ、作戦内容を話し始めた。

「今、我々が集結しているこの村は、ホニアラ。ちょうどはIron Bottom Soundとよばれる谷からソロモン低地へ出る出口に位置している。そこで、我々は、怪物は闇に紛れて行動していることを考慮して彼らの出没する谷へ囮隊を出し、威力偵察を行う。それによって彼らをこの村におびき寄せ、我々の総督府の全戦闘部隊が迎え撃つ。何か質問はあるか?」

 サンの説明を聞いて、幹部らしい男が質問をしてきた。

「この作戦は、敵の正体を知るための陣形ではありませんな。この陣形では怪物を捕らえるというより撃滅するということになりますぞ」

「そうだ、今までの痕跡から推定すると、彼らが活動している状態を見たとたんに殺されているとみていい。とすると生かしておくことは非常に危険であると考えている」

 また、別の士官が手を挙げた。

「必ず、我々の正面に来るのでしょうか。この陣形では、もし山のほうへ避けて通ることを想定すると......」

「怪物は必ず正面からくる。生きているものの精神エネルギーを貪り食う奴だ。生きている我々を恐れることなどない。むしろ獲物がいると思うだろう。こいつは必ず正面からくる。我々はそれをたたく」


 作戦行動が始まると、威力偵察部隊は逐次報告をしてきた。

「あ、怪物です。ほ、報告します。怪物は一頭ではありません。怪物はその場で何かエネルギーを得るとたちまち増殖します。先程まで一頭だったやつが、二頭に分裂してこちらに向かってきます」

「我々はこれから退避行動に移ります。あ、怪物の移動速度が速く、我々は追いつかれるかもしれない。...。」

 偵察部隊はそれ以降連絡を絶った。威力偵察部隊の遭遇した怪物は、直前で二頭に分裂し、そのままおとり部隊に襲い掛かった。そして、偵察部隊は連絡を絶った。

 総督たちの立てた戦闘計画は一匹で向かってくる怪物を総督配下の全戦力で迎え撃つものだった。しかし、偵察部隊が報告してきたように、エネルギーを得ては分裂している様子から見て、この作戦は失敗だった。しかし、村へ怪物が向かっているという知らせがあった以上、迎撃する体制を維持するしかなかった。


 暗闇の下、黒く沈む森林地帯の向こうから谷全体に響く音が響いた。泣き声ではなく、金属同士が軋るような音。やがてはっきり聞こえて来たガシャリキーガシャリキーという音。泣き声であれば、生物なのだろうと思えた。だが、今聞こえてくるのは単なる機械のような音であった。しかも、それは生きているものを襲い精神エネルギーを食らう殺人機械だと考えられた。

「我々は迎撃できるのだろうか」

 サンはそう思いながら、迎撃の準備をする各部隊の姿を見つめるのだった。


 ガシャリ、キー、ガシャリ、キー。かすかに聞こえた音が次第に地響きを伴って大きくなって来た。しかも、その音は、単数から、複数になり、三つ、四つとなった。

「正面、敵確認。大型機械と思われる正体不明巨体が二つ接近してきます」

 そう報告しに来た兵士に、サンは問いかけた。

「大型機械だと?」

「はい。姿は黒光りする機甲兵機のように見えます」

「だが、威力偵察した部隊の報告では、分裂したと言っていたではないか?」

「はい、しかし、観察した限りでは、確かに機械です」


 そのやり取りの直後、前衛部隊がその怪物と交戦し始めたという報告がきた。そして、すぐにその前衛が壊滅したと中央右翼と左翼から報告された。

「敵は三体となってます。こちらの攻撃を受け付けません」

「前衛は壊滅。敵はその場で三体がそれぞれ分裂、合計六体となって我々中央部隊に向かって来ます。これより全軍による攻撃を開始します。全砲門開け。突撃車両進撃を開始しろ」

「後衛より報告。中央部隊攻撃中。敵は無傷のまま、戦線を突破。こちらに向かって来ます。中央は壊滅。中央の残存部隊は追撃しつつ我ら後衛と共に挟撃します」

 ことあと、サンのところへは連絡が途絶えた。サンは武器を持って立ち上がった。だが、総督はサンを押し留めた。

「どこへ行くのだ?」

「私も前線に出ます。部下たちが戦っているのに、私だけ此処にいるわけにはいきません」

「おそらく全部隊がすでに壊滅しているだろう。後衛部隊も含めて......今は耐えろ。我々はこの怪物の恐ろしさを王国の首都へ報告しなければならない」

 こうして怪物はホニアラ村を蹂躙し、去っていった。その姿は、黒い大きな甲虫のように見えた。


…………………


 つぎの日、黒い怪物に蹂躙された村の被害が明らかになった。

 総督府の兵士たちは、防衛線が崩壊した後、散り散りになったことがうかがわれた。逃げ惑う足跡とその上に重なった見たことのない足跡。逃げていった足跡を追うと、その先には放棄された武器、そして足跡は途絶え、抜け殻のように息絶えた兵士たちを多数見ることができた。

 総督府や代官所の係員たちが埋葬に追われるところに、新たな知らせがもたらされた。

「防衛線を突破した複数の怪物たちは、若い者たちが共同作業を行うために集まっていた集会所を襲ったようです。そこでは......」

「みなまで言うな。おそらく、若い者たち、若い家族たちが襲われたのだろう?」

「そうです。しかも、怪物は若い者たちの育てていた幼子たちをまず襲っていた様子が見て取れるのです」

「なに? どういうことか」

「怪物は、抵抗する父親、母親たちから子供たちをむしり取って捕食し、その後で父親、母親たちを襲っています」

「まさか......」

 その報告を聞いた代官は横にいた総督の顔を見た。

「まさか、乳児院が襲われていないだろうな」

 乳児院とは、親に死に別れたなど、悲しい事情の下に生きる子供たちを保護して養育する代官所の施設だった。

「乳児院の安否を確認しろ。無事ならば避難させろ。そうだ、全村人たちを集めて代官所の地下大講堂へ避難させろ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ジョナもアンヘルも他の村人たちと同様に、代官所の地下大講堂に集められていた。彼らが代官所の役人から聞かされた惨状は、彼らの耳を疑う内容だった。総督府戦闘部隊の全滅、作業小屋に参集して作業していた若い家族たちが襲われ、若い、幼い命が貪られた惨劇。そして、今度はその近くの乳児院も襲われたという報告が、次々に皆に知らされたところだった。

「乳児院が?」

 ジョナはそのような施設が複数あったことを、その時はじめて知った。そして、アンヘルが狼狽して外へ出ようとしたことに驚いた。

「アンヘル、どうしたんだ?」

「あの乳児院が…………。あそこには私とあなたの子供が・・・・」

「子供? 誰だ?」

 その時、アンヘルはハッとして口をつぐんだ。

「乳児院は、私たちの村の子供たちのうち、かわいそうな事情のある子供たちが育てられているの。つまりその子たちは私たちの村の子供なのよ!」

「先程、君は『私と僕の子供』といったんだよ」

「だから、それは言葉が足りなかったのよ。『私とあなたのいる村の子供』ということよ」


 襲われた乳児院のむごたらしさに、代官たちは怒り狂つた。だが、既に総督府の軍事力は壊滅し、せいぜい生存者を避難させ、被害を把握するのが精一杯だった。その惨状を聞いて半狂乱となったアンヘルだったが、事情が明らかになってからは、場所がアンヘルの思ったところと違ったのか、彼女は一旦静かになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ