5 王国の総督
アンヘルは、ジョナの上に重なったまま目を瞑っていた。ラウラたちはアンヘルたち二人をもてあそぶようにジョナの上でアンヘルを悶えさせようと動かした。それでもジョナもアンヘルも目をつぶったまま、何の反応も示さなかった。
「なんだ、お前たち、なぜひと声も出さねえんだ?」
ラウラがジョナとアンヘルの寝かされている舞台装置の上に登ってきた。だが、ジョナもアンヘルも目をつぶったまま無表情のままだった。
「普通なら、こんな無様な格好だったら、よがりの声を出しているはずなんだけどね。こいつら、本当にバージンなんじゃないのかねえ?」
それを聞いたジョナは目を見開いてラウラを睨みつけた。
「バージンだといったはずだが,,,,,,」
「へえ、じゃあ、あんたの体に聞いてみようかね」
ラウラはそういうとジョナの体を手でまさぐった。すると、ジョナが身に着けていたスキンスーツが瞬時に結晶化を伴って硬化した。ラウラの一切の手の接触を拒むように、ラウラが触るところ全てが次々に大理石のように硬化していった。
「いったい、あんたの皮膚は何だい? まさか金剛族なのかい?」
驚いたラウラはのけぞった。そこにオサオロチが駆け寄った。
「ラウラ、どうした。あの方が言っていたのは、このことか。そいつは金剛族の男だろうよ。そんな男はほおっておけ。アンヘルで遊んでみればいいだろ。それで様子を見てみろ」
その言葉と同時に、アンヘルはジョナから引き離されてしまった。ジョナは、アンヘルが吊り上げられていくのを阻止しようとしたのだが、身動きのできないままだった。
「あんたら、僕たちをこんな目に合わせて、何が面白いんだ」
「もう、あんたをおもちゃにするのはやめたよ。このアンヘルだけにするさ」
オサオロチはそういうと、吊り下げられたアンヘルが抵抗するのにもかかわらず、自分の目の前に引き下ろした。それを見たラウラも金縛りにしたままのジョナの上にまたがっていた。
「オサオロチ、それならジョナを私が頂いてもいいいうことね」
「そいつは使えないと思うぞ、ラウラ。まあ、好きにしな。アンヘルは借金の返済の代わりに、私に奉仕し続けさせよう」
「わかったわ」
それを聞いたジョナは全身の皮膚を硬化させてしまい、ラウラには手に負えない状態になった。
「何よ、つまらないわね。オサオロチ、私は外に出ているわね。もう、誰も見ていないわ。この場所でどうぞお楽しみくださいよ」
こうしてアンヘルは外へ出て行ってしまった。オサオロチはアンヘルに迫り、キスをし、爛れた愛撫をし始めていた。アンヘルはオサオロチの愛撫に負け始め、耐えることが出来ずに声を出していた。そして、永く涙を流したことの無いはずのアンヘルの目から、一筋の涙がながれた。その時、ジョナは縛り付けられたままだったが、ついに怒りによって何かの言葉を唱えつ右手を動かした。
「霊は精神なり......」
「何、手を動かしてんだ? 何ができるっていうんだ?」
オサオロチはそう言いつつ何かを感じたのか、ジョナの動きを不思議そうに見た。その途端、ジョナの右手の動きに合わせて目に見えない何かがグルリと旋回し、四方の施設を一瞬に破壊していた。
「あ、あんた、何をした」
「僕の大切なものをあんたたちは汚そうとした。僕にとってかけがえのない彼女にひどいことをするなんて、許さないぞ」
ジョナはそういうと仰向けのまま再び右手を動かした。その途端、オサオロチの手下たちが次々に切り裂かれ粉々になった。
「うへえ」
その時、ラウラの施設が全て崩れ去り、外から数人、アンヘルの生徒たちが突入してきた。それはジョナのクラスメートたち、哈巴狗、チュア・ラング、テムジンカーン達だった。
「クラスメートのパメラが教えてくれたんだ。アンヘル、ジョナ、いま助けてやる」
アンヘルとジョナの拘束はやっと解かれた。しかし、疲れ切ったアンヘルは、ジョナの腕で抱き上げられなければ、現場を離れることが出来ないほどだった。
「ラウラ、こんなことをしていたなんて」
チュア、哈巴狗たちは、ラウラを捕まえていた。クラスメートたちはラウラを見損なったと糾弾したのだが、ラウラは聞く耳を持たなかった。
「何さ、あんた達、楽しむだけ楽しんでおいて、今は私達を悪くいうのかい?」
「私はもうすぐ総督閣下によって代官となる身だ。悪事が露見した今、これは見過ごせないな」
ラウラはカッとなってサンの横面を引っ叩いた。
「ラウラ、お前、未来の代官様に手を出したな」
「代官が何さ」
代官所の配下達が急いでアンヘルの戒めを解き、彼女をサン達の後ろへ匿った。その時、サンはラウラを睨みつけていた。
「ラウラ、これはどういうことか」
「え、何か問題があるなら、さっさと拘束すればいいじゃないか。私たちはそこのオサオロチの指導を受けていただけさ」
「オサオロチ?」
ラウラの振り向いたところに先ほどまで居たはずのオサオロチは、姿を消していた。
「え、どこ行ったの?」
「ラウラ、あんたが一人でやったんじゃないのか?」
ラウラは、オサオロチが姿を消したことに驚き、すっかり狼狽していた。だが、突入した時に確かに男がおり、その男がアンヘルをもてあそんでいたことも、サン以外の突入組は見ていた。
「確かに、もう一人男がいましたぜ。それもアンヘル先生を悩ましていた奴でした」
チュアとテムジンもそう指摘した。それを聞いたラウラは、サンに文句を言い始めた。
「そいつはオサオロチという男だよ。私の店に資金を出してくれた男でね。だから、私は彼の指示を聞いていただけさ。それに、アンヘルとジョナには仕事の訓練をしていただけなのに」
「ほお、アンヘル先生とジョナの心を封じて縛り上げて自由を奪うことが訓練なのか。ちがうな。あの情景はあんたたちが彼ら二人をもてあそんでいたんだよ」
「私が食い物にしていたと言いたいのかい? でも、彼らは私に借金があるんだよ。だから彼らは自ら望んであんなことに臨んだのさ」
「ほお、あくまで彼らの自由意志だというのかね」
「そうだよ」
「わかった。だが、あんたたちのやっていたことは、この村の教育機関である狩猟教育学校ばかりでなく、村全体の健全な秩序を公然と乱す行為だ。今までのこの店のやり方が分かった以上、これから商売はさせない」
サンはそういうとテムジンたちや部下たちにラウラを連行させようとした。
「待ってもらおうか」
代官所役人たちの前に立ちはだかったのは、オサオロチだった。
「お前たちまでこの店を破壊しに来たとは、な。………私はオサオロチ。私たちは火炎族の吸血童子の一族。ここに広げようとしたことは、絢爛と快楽の極致。わが一族の若い童子が来たのもそのためだ」
オサオロチの大声に、サンが大声で返した。
「絢爛と快楽だと? それでは先史人類の窮まった愚かさそのものではないか」
「ほお、先史人類の秘密をあんたは知っているのか。さすが太平洋王国の代官候補だな」
オサオロチは代官を睨みながらさらに続けた。
「絢爛と快楽をここに植え付けることで『あの方』の世界を実現するのが、わが一族の幸せなのでね」
「あの方?」
サンはわからぬという顔をしながら首を横に振った。だが、その横にアンヘルを抱いたジョナが立ち、オサオロチを睨んでいた。
「あの方、と言ったな。オサオロチ。その名をここで言わないつもりか?」
「そうさ、お前たちごときにあの方の誇り高いお名前を示すことなど、恐れ多い」
「そうか、わかったぞ。お前はビルシャナに従っているんだな」
「ほお、なぜそう思う?」
すると、驚き戸惑うことにジョナの持つ鎌の柄にあったクルスアラベスク模様が勝手に声を発した。
「お前の実現すると今言った絢爛と快楽、それは伍裳羅(Gomorrah)の是とすること、そしてその基なる詛読巫(Sodom)の是とすることだ。だがな、死んでしまえばおしまいだというからそんな快楽に走るのか。それともどうせ転生して忘れてしまうから、そんな快楽に走るのか。いずれにしても、あんたたちは生きていることの意味をはき違えている」
「その柄を黙らせろ」
オサオロチはそういうと大きく呪文を唱え出した。
「金鬼は水鬼を映し、水鬼は木鬼をもたらし、木鬼は火鬼を燃やし、火鬼は土鬼を再生せし、土鬼は金鬼を産む。出会え、わが一族の戦士たち、誇り高き火炎族の戦士たち」
その声とともに、空中から膨大な数の吸血童子の猛者たちが代官たちの周囲を囲んだ。それを見て勝ち誇ったようにオサオロチが嘲笑した。
「この地区は、今から私が支配しよう。邪魔な王国の者たちを排除させてもらおう。私を怒らせるとこうなるのだ。よく覚えておけ」
オサオロチの掛け声とともに、代官サンやジョナたちに赤い吸血童子たちが殺到した。
代官のサンは、アンヘルを横たえた壁を背に代官所役人達に円形陣をとらせ、果敢に反撃した。だが、火炎族の猛攻の前に次第に追い込まれた。
「サン、どこだ」
突然、外から声が響いた。その声を聞いたサンは大声で返事を返した。
「閣下、ここです!」
それと同時に外から雪崩れ込んでくる精鋭の兵士達が殺到してきた。サンやジョナを追い込んでいた火炎族の吸血童子は、途端に次々に粉砕された。
「総督のモスタル・キーンである。これ以上抵抗するならば、殲滅する」
モスタルがそう叫ぶと、火炎族は動きを止めた。だが、オサオロチは剣を構えたまままだ抵抗する姿勢を示した。
「何? 総督の登場かい。だからどうしたというのかね。王国の権威だと? 笑わせるな。この地区は、もう滅ぼしてやる。邪魔な王国の者たちは、全て消し去ってやる」
「その言葉、許さぬ。あの火炎族の頭領を捕らえよ」
モスタルは怒りのあまり、自らがオサオロチへと打ち掛って行った。だが、オサオロチはサッと飛び上がって姿を消してしまった。
戦いはすんだ。オサオロチに加担したことでラウラ達は代官所に収監された。アンヘルはひどく消耗していたものの、ジョナの介護によって何とか店を再開することができ、以前と同じように代官となったサンやほかの彼女の生徒達が来るようになっていた。
「ジョナ、あなた、私のためにあれほど戦ってくれたのね。感謝するわ」
「僕は僕を強制させる奴らが許せないだけだよ。怒ったのもそのためさ」
ジョナは、アンヘルがかけがえのない存在であることを、今更ながらに確認していた。