4 借金の罠
意外な申し出があった。それはラウラからのもの。だがその申し出は、はじめ信じられるものではなかった。
その日、アンヘルとジョナが二人だけで朝の準備にいそしんでいるとき、食堂に現れたのはラウラとアタランテだった。アンヘルは思わず二人を睨みつけていた。ラウラはそんな視線を平然と受け止めながら声をかけてきた。
「二人だと大変ね。でも、そんなに客は来ないでしょ?」
「ラウラ、喧嘩を売りに来たのかしら?」
朝の忙しい時に、神経を逆なでするようなラウラの言葉にアンヘルは思わず大声を上げた。
「いいえ、どんな助言があり得るかなと思って、同業のよしみで来てみたわけよ」
「へえ、どんな風の吹き回しでそうなるわけ」
「あんたの所に来た吸血童子オロチは、本当は私のところに来るはずだったのよ。あなたの店に来たことは、あんたの店にとっては不運なことだったわね。ただ、吸血童子オロチのやり方を身をもって経験したのはパメラだったの。だから、私の店にとっては必要な人材だったのよ。でも、それだけにあなたの店には恩義があるわ。恩返しをするつもりで来たのよ」
「へえ、いまさらそんな言葉が信じられるかしら」
「信じるかどうかはそちらの問題ね。でも、私はあなたに資金提供をしてあげようと思ってここまで来たのよ」
「資金提供?」
「そう、ご同業のよしみで資金を出してあげると言っているのよ」
「あんた、何を考えているのよ」
「もちろん、見返りはパメラの一件は忘れてくれることが条件よ」
「パメラを奪っておいていまさら......」
「そうね、いまさらね。でも、この村でこの種の接待業が盛んになれば、ほかの地域から客がもっと集まるようになるわ」
「ラウラ、そこでやめて。私に話をさせて。それでね、アンヘル、私もあんたに相談に来たわけなのよ」
初めてアタランテが声をかけてきた。彼女の言葉にアンヘルも少しは話を聞こうと考え直していた。
「へえ、組合長まで出張ってきたってことは、ラウラの言うことは少しは本気だってことなのね?」
「そうよ、この辺りが評判になれば、全体が集客力を上げることになるからね」
アタランテはそう言ってさらに続けた。
「あなたの鉱泉小屋と食事の組み合わせはなかなか良い営業スタイルだと思うのよ。だから、地域振興ということから考えて、ラウラの資金提供を受けたほうがいいんじゃないかと思うのよ。それに、あのよくわからない火炎族のオサオロチからの借金をきれいにしておくことも必要だしね」
アタランテの指摘はもっともに聞こえた。アンヘルはアタランテの助言ということでラウラの資金を受け入れるのだった。
「あなたの借金を私が立て替えてあげる形ね。大きく滞っている利子も含めて私が金を貸してあげるから、これで安心しなよ」
「でも、条件があるんでしょ?」
「そう、毎月の支払いは、ジョナが私の店で働いて返してくれればいいのよ」
そういわれると、アンヘルは再びラウラを警戒した。
「へえ どうしてそうなるわけ」
「あなたが警戒するのも無理はないわね。でも、ジョナは一度うちの店の湯場を見ているのよ。彼があなたの鉱泉小屋統治とを両方掛け持ちしてくれれば、客が評判を聞きつけてこの村に集まるようになるわよ。今だってあんたの店では、ジョナが給仕をしてくれていることを目当てに、女性たちが集まっているでしょ?」
ラウラの言っていることも一理ある、とアンヘルは考え直しつつあった。
「それはそうだけど」
「あんたは借金を返さなければならないのよ」
「・・・・」
「そのジョナをこちらで働かせてくれれば、その稼ぎで借金の一部を返すこともできるわ」
こうして、ジョナはラウラの店で働くことになった。ラウラはアンヘルの借金を立て替えて返済し、食堂をつづけることが出来た。
当のジョナはその裏に何かを感じていた。それゆえ、アンヘルから頼まれたラウラの湯場で働くことに躊躇していた。
「僕にラウラの店で働け、と?」
「そう、ラウラには借金の返済を肩代わりしてもらったから」
「ラウラに借金したことになるんだね」
「ええ、利子の分まで引き受けてくれたのよ」
「それって、元金が増えたってことじゃないか」
「元金? でもラウラが全て引き受けてくれたから。アタランテの口添えもあって、彼女は親切に立て替えをしてくれたのよ」
「でも元金が増えるのはおかしいよ」
「借り換えだからね」
「借り換えだからって、元金が増えてしまっては....これって、仕組まれたんじゃないのかな?」
「そんなことないわよ」
「いや、おかしいよ」
「ジョナ、店のオーナーは私よ。私が決めたの!」
「わかった、今はその問題は後回しにしよう。でも、鉱泉小屋はどうするの?」
「仕方が無いわ。あなたが朝の準備だけあなたがしてくれれば、なんとなやっていけるわ」
「でも、それでは集客が出来なくなるのでは?」
「今は我慢のしどころよ」
「でも、この状態に追い込むことを誰かが狙っていたとしたら?」
「誰が? ラウラが? でも、ラウラはこの店が休業することまでは願っていない。返済の肩代わりをしてくれたのはそのためだもの」
「それはそうか。でも、僕たちはこれからも気を付けないと」
こうして、ジョナの働いていた鉱泉小屋はろくな運営ができなくなった。これで一息つけるとジョナもアンヘルも考えていた。しかし、結局客足は途絶え、鉱泉小屋ばかりでなく食堂もつぶれてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アンヘルの返済すべき元金はいつの間にか2倍に増えていた。アンヘルはその借金を返さなければならなかった。今や、その返済のためにはジョナばかりでなく、アンヘルまでがラウラの店で働くことになってしまった。
「アンヘル、残念だったわね。でもあんたがここで働いてくれれば、私の店をもっと繁盛させる知恵を出してくれるでしょ」
「へえ、私を幹部従業員として歓迎してくれるわけ?」
「そうよ。ただし、知恵を出してもらうこともあるから、現場で働いてもらう必要があるけどね」
ラウラの経営する蒸し風呂屋の内容を、アンヘルは知らなかった。先に働き始めていたジョナはアンヘルにジョナ自身の仕事の内容を話したことはなかった。それが今アンヘルにもわかった。それは、極めて爛れたものだった。こうして、アンヘルもラウラの湯場で奉仕することを求められる毎日となった。
「いらっしゃいませ」
「おお、新顔だね。じゃあ、背中から洗ってもらおうか」
「はい」
アンヘルは、ジョナがどんな作業をしているのか、初めて想像できた。それは、三助のような業務なのだが、女風呂では若い男たちが、男風呂では若い女たちがそれぞれに作業をさせられていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ある日のこと。帰り際、ジョナがアンヘルよりも早く仕事を上がることが出来た日だった。ラウラがやっと一日の作業を終えたと思ったその時、そこに現れたのはオサオロチだった。彼はアンヘルを指名し、アンヘルに作業を命じた。
「おお、アンヘル。ここへ来い」
「あなたはオサオロチ。なぜ今頃ここに来ているの?」
アンヘルはオサオロチの姿を見て、非常に驚いた。彼は彼女の目の前で、まるでラウラの店のオーナーのように、従業員たちに細かい指示を出していた。
「アンヘル、久しぶりではないか。今はこの店で働くようになったようだな」
「あんたはこの店の何なのよ?」
「私か? 私はあんたの店に資金を出してあげたんだが。」
「もう私はあんたに金を返したはずよ」
「そう、金は返してもらったな。だがな、ラウラの店からあんたは金を借りたんだろ。そしてラウラの店のアドバイザーは私だよ。それに、私はラウラの店にいろいろと資金と指示と命令を出しているわけだ。そう、ラウラの店から金を出すように指示したのも、私だよ」
「オサオロチ、あんたは何のためにこんなことを」
「そう 私は、私のやり方でラウラの店を最初に発展させているんだよ。この店がうまくいけば、同じ形態の店もはやらせることが出来るからね。接待業組合の組合長と仲がいいから、組合の発展も狙っているのさ。そう、これからあんたにやってもらうことをみんなが見れば、私のやり方の魅力をわかってくれるぜ」
「私に何をさせるつもりなの?」
「そうだ、奉仕の仕方をみんなに体で示してもらう」
「そんなこと......初めからこれを狙っていたのね」
「アンヘル、ジョナと幸せに暮らしていたつもりなんだろ。そうはいかないぜ」
「オサオロチ、あんた何を言っているの?」
アンヘルは驚きと戸惑いのまま、言葉を失った。
ジョナはアンヘルがあまりに遅いので、湯場へ戻ろうとしていた。そのジョナをラウラが呼び止めた。
「まあ、まちなさいよ」
「もう、終わりの時間ですから、私はアンヘルと一緒に帰ります。業務時間は終わりました」
だが、ラウラはジョナを妨げた。
「ジョナ、アンヘルはそっちじゃないわよ。こちらの奉仕技修練所に来てもらっているわよ」
「修練所? それって一同が集まって技を競い合う場所......そんなところへなぜ?」
「そうね、アンヘルにも学んでもらおうと思ってね。さあいらっしゃい」
ジョナがラウラとともに入り込んだのは、大勢の観衆の座る座席群の中央に舞台装置が据えられた劇場のような場所だった。そして、その舞台の中央にアンヘルが拘束されて転がされていた。だが、座席に座っているのはラウラとオサオロチ、そして数人のオサオロチの手下たちだけだった。
「アンヘル! あんたたち、アンヘルに何をした!」
「何もしていない。まだね。さあ、ここからはおとなしくしてもらおう。こちらにはアンヘルがいるんだぜ。そう、人質だな。」
「あんたは、オサオロチ!」
「そう、私だ。さあ、ジョナ、私の一族のオロチがしようとしていたことを、あんた達に再現してもらうぞ」
そう言うジョナは、たちまちオサオロチの付き人達に捕らえられ、服をすべて剥ぎ取られてしまった。
「何をする!」
ジョナはそう言って抵抗したのだが、彼は力づくで舞台中央に大の字に張り付けられてしまった。
「これで、逃げられないだろう。では、アンヘルを身支度させろ」
オサオロチがそう言うと、ラウラは舞台の周囲にいた従業員たちにアンヘルを後ろ手に縛り、胸と足とを縛り上げた。
「さあ、あんた、あんたの最愛のジョナに、奉仕を差し上げなさいね」
ラウラの指示で、ラウラは空中へと吊り上げられた。アンヘルは懸命に抵抗したのだが、胸に回した二本のロープと足を左右に開かせた2本のロープは、効果的にアンヘルを空中につるしてしまった。
「いい眺めだ。では、奉仕の前段階をさせよう」
オサオロチはラウラに合図をすると、ラウラは詛読の呪文を詠唱し始めた。すると、ジョナは縛られたまま金縛りのように体が動かなくなった。その上に、アンヘルがつるされたまま重ねられた。
「な、なにをさせるのです!」
アンヘルは抵抗したのだが、周囲の従業員たちは、アンヘルの全ての服を取り去ってしまった。アンヘルの裸体は身動きできないジョナに向き合う形で重ねられた。ジョナは声を出そうとしたが、金縛りのまま声は出せなかった。
「さあ、では始めてもらおう」
ジョナの体の上で、アンヘルの体が少しスライドされた。途端に、アンヘルは声を上げた。
「いやあ」
悲鳴を聞いてジョナはやっと口をきくことができた。
「アンヘル、よく聞いて。僕は髪に触れている体表面を平たんな金剛面に出来る。そうすれば君は、単に石のテーブルの上にうつ伏せになっているようなものだから。ただ、落ち着いてほしい」
ジョナはそういうと、アンヘルが重なっているスキンスーツの接触面を全て平坦な石表面のように変えてしまった。だが、そうとは知らない周囲のオサオロチ達はジョナとアンヘルが一生懸命に耐えているものと思っていた。
「ほほう、ジョナ、感想はいかがかな」
ラウラは再び合図をすると、ジョナの上に重なっているアンヘルが再びスライドさせるように動かされていた。だがジョナは目を硬くつぶり、またアンヘルも何の反応も示すことはなかった。
「ほほう、我慢しているのかね。互いに耐え続けているのかね。いつまで耐えられるかな」
オサオロチはそう言い、二人の姿を見つつ、オサオロチとラウラは嘲笑し続けた。
「ジョナ、あんた、バージンでもあるまいし、楽しまないなんておかしいぜ」
「僕はこんな趣味はない。僕はバージンだ」
「へえ、あんたにゃ子供がいると聞いていたがね」
「そんなバカな」
「そうか、その騒ぎ方は確かにな。ならばもっと過激にしてやろう」
その言葉にジョナは身構えた。果たして、アンヘルと二人でこの事態を乗り切れるか、不安になっていた。