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3 競争と裏切り

「パメラ、あなた、一緒にやってくれるんじゃなかったの?」

「・・・」

 パメラは無言のまま。それでもアンヘルは、生徒のパメラを眺め続けた。そのうちにパメラはアンヘルの視線から逃げるように背中を向けた。唯一、彼女の小さい肩が震えていることがアンヘルへの返事だった。そしてもうそれ以上、彼女は無言のまま振り向きはしなかった。

 その隣に立ったラウラは、意地悪くアンヘルを睨み嘲笑しながら突き放すような言葉を吐いた。

「へえ、アンヘル。あんた、パメラに何をさせたいの。生徒を頼みとするなんて、ね。あんた一人が勝手にやればいいじゃないのさ」

「そうよ、先生」

 パメラもそう言って同調した。ラウラの仲間と思しき村の娘たちもそう言ってラウラに雷同していた。

「あはは。勝手にやっていればいいのにね。ウケるわ」

 それでもアンヘルはパメラに最後と思っての呼びかけをした。

「パメラ、あなたに教え続けた年月をそんな簡単にひっくりかえせるの?」

「・・・・・」

 パメラは視線を伏せ、答えなかった。その代わりにラウラたちがパメラをかばうようにアンヘルの前に立ちはだかった。

「あんた、パメラの先生だからって、それが何なのよ。パメラ、パメラってまるで自分の物のように呼んじゃってさ。馬鹿じゃないの」

「パメラは、今も私たち狩猟農林学校の生徒なのよ」


 そこに、接待業組合の事務長アタランテ・メレアグロスが割って入った。

「ラウラ、ちょっと待ってあげてよ。狩猟農林学校の設立責任者の私からみると、そんな言い方って無いと思うわ!」

「何よ、アタランテ。私が意地悪しているって言いたいの?」

 ラウラは気色ばんで大声を上げた。だがアタランテは顔色を変えない。

「ちょっと、ラウラ、落ち着きなよ。そんな怒鳴っても圧力をかけるだけじゃないの。おかしいよ」

 アタランテの指摘にアンヘルもやっとまともな対話ができると思った。

「そう、一方的過ぎるんだもの」

 アンヘルはそう言った。しかし、次のアタランテの言葉は信じられなかった・

「アンヘル。ラウラもいいひとだから、ちゃんと謝ればきっと許してくれるよ」

「え? アタランテ、何を言っているの?」

「謝れば許してくれるって」

「アタランテ、貴女も私にそんなことを言うんですか」

 アンヘルはそういうと、アタランテに背を向け、パメラに背を向け、そしてラウラに背を向けた。その姿を見たラウラは一言付け加えて来た。

「謝ることもできないんだね。人でなし」

 ラウラはそういうと、勝ち誇ったようにしてパメラをアンヘルの下から引き抜き、他の皆もアンヘルの前から去っていったのだった。


「そうだったのか」

  ジョナは事情を聴いてそういうと、黙っていた。

「裏に誰がいるんだろうか」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 吸血童子乱入の一件以来、ジョナは村中で評判となっていた。特に、ジョナが監視し、パメラが働く鉱泉小屋は、食堂と合わせて女たちには特に安心できる施設として、またパメラのサービスが受けられる施設として、繁盛し始めていた。

 ラウラの蒸し風呂屋は蒸気を使ったサウナ風呂のようなものだった。その利用の仕方から言って、体を清潔に洗い落とす作業には不向きなものだった。それに比べて、新しく始まったジョナの鉱泉小屋は絶えず湧き出る鉱泉を暖めてかけ流しにし、体を洗うことが出来た。それが評判となり、おのずとジョナの鉱泉小屋は、パメラの給仕とおもてなしが評判の食堂の合わせて、利用客が増加していたのだった。それがおのずとラウラの蒸し風呂屋を追い込んでいた。

「何よ、あんな鉱泉小屋なんか」

 そうは言うものの、彼女に妙案はなかった。


 閑散とした蒸し風呂屋。そこをラウラが一人で店番をしていた時に、「珍しい」と言いながら訪れたのは、火炎族の男だった。

「あんた、だれ?」

「私かい、私はオサオロチ。ある男を追ってここまで来た変人だよ」

「その変人さんが、この閑散とした店に何の用だい?」

「そいつは私の分身のような奴でね。私より先に、勝手にこの店に来ているはずの男なのだが。私はそれを訪ねているんだよ」

「へえ、そんな男は知らないねえ」

「その男は、火炎族の中でも吸血童子オロチと言ってね。本当はあんたの店に来て、奉仕とは何かを徹底して教えるはずだったのだが。この店には来なかったのかい」

「オロチねえ。それって、アンヘルの鉱泉小屋で変態的な吸血騒ぎを起こした奴じゃないの?」

「へえ、そっちに行ったのか、あいつ、店を間違えたな?」

「店を間違えた? それだけだったと思うの? あんたの探し人は、捕らえた娘に興奮したまま吸血衝動を生じて殺してしまったのですよ。おまけにその店の娘たちまでも捕らえて奉仕させようとして、同じ店に勤める少年に一刀両断されてしまいましたよ」

「何、一刀両断? やつが? そんなバカな」

「本当のことよ。そいつはもう退治されて霧散したそうよ」

「そんなに強い奴がこの村にいたのか? そうか、それじゃあ仕方がないな。だが、あいつは私の一族の中でも様々な手の技に精通していた。だから、武道も、奉仕道も並外れた技を持ってきていたはずなんだ。多分、その店でも手にした娘たちにそれを要求して騒ぎになって、その強い奴に両断されたんだろうな」

「そんな技術を持ち込もうとしていたの?」

「そうだよ。奉仕の技は客が必ず魅了される技でね。私がこれからあんたに概要を教授しようとしている奉仕の技を、あいつはよく極めていた。魅了と神髄と呼ばれるほどの技をあいつは把握していたんだ………そうだ、あいつが手にかけたその店の従業員ならば、どんなことをさせられようとしていたかわかるんじゃないかな」

「え? そこの従業員がそれを知っている、と?」

「そうだねえ。そいつらが、きっと私があんたに教える技を、もっと高度にする情報を持っているはずさ」

「じゃあ、手っ取り早くあそこの店の従業員の誰かをさらってみればいいのかい?」

「急に乗り気になったね。そう、その通りだ。そうすれば私が教えるサービスは完全なものになるさ」


 その謎の男オサオロチの助言でラウラがまず始めたことは、ジョナの鉱泉小屋との競争のために、湯男や湯女が客の軀をぬぐってあらうことで体をよく清めることだった。だが、沐浴以外のよろしくない楽しみの要素も加わっており、いつしか、それは、仕えさせる湯男や湯女を若い男女に替え、控えの若い男女の中から湯男や湯女を客に好みで選ばせ、湯場で仕えさせるものとなっていた。

 やがて、ラウラの店は繁盛するようになり、アンヘルの食堂と鉱泉小屋は次第に、流行らなくなった。


「なぜ、ラウラの蒸し風呂屋が急に繁盛するようになったんだ?」

 ジョナはアンヘルの落ち込んだ顔を見つめながら、そう訊ねた。

「わかんない。私が入ろうとすると断られるんだもの」

「じゃあ、ぼくが.......」

「あんたも断られるわよ」

 そう言われたのだが、ジョナはしれっとラウラの蒸し風呂屋に向かった。当然ながら彼はその玄関先で押しとどめられたのだった。

「ジョナ、あんた、アンヘルの店のアルバイトだろ? スパイしに来たのかよ」

「ラウラさん、あんたの店は?」

「へえ、見てみるかい」

 その中の姿は、ジョナの想像を超えた情景が広がっていた。

「ジョナ、あんた、鉱泉小屋に来た吸血童子オロチが、どんなことをやらそうとしていたのか見たんだろ?」

「何? 吸血童子オロチ? あいつがやらそうとしていたことだと?」

「そう、湯場での奉仕の仕方だよ」

「オロチがパメラを捕まえてやらせようとしたことは、その奉仕だったのか」

「あんたも見たんだね。じゃあ、ここで働かないかい?」

「なんだと。こんな奉仕をここでやるのか? これはあってはならないことじゃないか。しかも、あの吸血童子がやったことは奉仕する者の意志を意識的に無視して強制することだ。それが完成形だと? そんなこと、許せない」

「何言ってんだい。自然なことじゃないの!」

 ラウラはジョナを嘲笑しながら指摘した。ジョナは怒りと恥辱で顔を赤くしながら帰っていった。


 帰宅したジョナは、しばらく無口のままだった。彼はアンヘルの問いかけに答えづらかったのだった。

「ジョナ、何を見てきたの」

「あれはよくない」

「どんなことなの」

「女が男に奉仕して、男が女に奉仕して......あんなことあってはならないことだ」

「どんなことだったの?」

 ジョナは顔を真っ赤にしながらしどろもどろで説明したことは、オロチがさせようとした堕落の技だった。

「そうだったの。安心して、私の店ではそんなことはしないから。パメラと私とあなたとで、はつらつとした健康的なサービスで頑張りましょう。それに、設備投資もしていくわよ」


 ラウラに勝とうと決意したアンヘルは、規模を拡大することを考えていた。ただ、なかなかアンヘルのために資金を提供してくれるというものは表れなかった。

「アンヘル、設備投資の資金はどうするんだ」

「そうね、こうなったら彼に相談してみるわ」

「だれに?」

「代官補のサン・ゲルタンに......彼ぐらいしか、私知らないのよ」

 こうして、アンヘルはサンに相談した。すると彼が紹介したのは、投資家アイオ・パラマンサー、青年ジョナよりも背の高い浅黒い紳士だった。

「アンヘル、此方があなたの事業に興味を持っているというアイオ・パラマンサー氏だ」

「初めまして、アンヘル・ガルシアさん」

「あなたが投資をしてくださるというんですか?」

「投資するとは言っていませんよ。興味があるといっただけでね」

「じゃあ、投資してくれないんですか。......私は自分の仕事に誇りを持っています。健全なサービスできっと村の人々が気に入るサービスであると思っています」

「そうですか。それはよいことです。ただ、私の見立てでは、貴女の事業拡大は私がリスクを取るにはあまりに危険だと感じています。」

「それでもどうにかなりませんか」

「そうですねえ」

 アイオがそう思案顔になった時、アンヘルの知らぬ人物が声をかけてきた。

「アンヘルさん、私が資金を貸しましょう」

「だれ?」

 その顔は忘れもしない吸血童子オロチに似た年寄りだった。その彼にアイオが旧知の商売仲間を見つけたという風に声をかけた。

「あんた、火炎族のオサオロチではないですか」

「アイオ、久しぶりですね」

「あんた、またこの村に来たのか。何のためだい。あんたは袈裟懸けに切られて退治されたオロチを探しに来たはずじゃなかったのか」

「そうですね、でも、彼はすでに両断されてしまった。今はせっかくここへ来たのですから、面白い話があると聞き、ここへ来たのです。私もアイオと同じようにアンヘルさんに興味があってね」

「あんたの一族のあのオロチは、私を手籠めにしようとしたのよ。そんな奴の一族の助けなんざ、こっちから願い下げだ」

 これを聞いたアイオが慌てたようにとりなした。

「アンヘル、私はあなたに投資はできないんだよ。でも、彼は火炎族の立派な長老だ。彼ならあんたに興味を持っているみたいだし、資金を受けた方がいいと思うよ」

 こうして、アンヘルは周りの勧めもあってオロチの資金提供を受けることとなった。

「あなたのご説明の通りにこの商売がうまくいくなら、あなたは必ず借金を返せるでしょう。今後のご活躍を期待していますよ」

 こうして、資金の欲しいアンヘルは、アイオの知り合いというだけでオサオロチから借金をしたのだった。よく調べもせずに......。


 だが、設備投資と資金借用は裏目に出た。客足は遠のいたまま、借金の利子の支払いさえ期限までの支払うことが出来なくなっていた。そして、追い打ちをするように、ラウラは、火炎族オサオロチの言うとおりに、パメラを引き抜いたのだった。


「ラウラ、私は負けない」

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