25 それぞれの復活
ジョナには、一つ困った事態が招じてしまった。女王ではなくなったアンヘルが、積極的にジョナを求め続けていることだった。
「ジョナ、なぜ急に私に触れてくれなくなったの? 私は、もう女王じゃないわ。だから、触れてくれなくなったの? ねえ、ジョナ」
「ぼ、僕は、そういうことをしちゃいけないと思う」
「急に、なぜそんなことを言い出すの? 女王じゃなくなったから?」
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スラーバ黒軍の王族用車両は、黒機械獣軍団とそれを追っていった盲突猪の残した足跡をたどって、トンガ谷へ戻りつつあった。途中で経由したイズ・ムアは、谷を形成する両側の岩壁に沿った街並みこそ残っていたが、中央部分は黒機械獣と盲突猪とが通過時に破壊したために壊滅状態だった。
峠を越えたトンガ谷側のイズ・ムアの市街も、同様に破壊されていた。公然と啓典の主への信仰を言い表してアル・マディーナに逮捕収監された者たちは被害を免れたとはいえ、イズ・ムア市街の回復には時間を要しそうだった。
黒機械獣と盲突猪の足跡は禁域を超え、「神聖域」と呼ばれる詛読巫の街にも達していた。黒機械獣は、街のあちこちで黒焦げになって擱座していた。黒機械獣は火を噴いて爆発したらしく、町中では破壊された黒機械獣は周囲を火の海にして、そこかしこの住民達を巻き込んでいた。全ての住民たちは変わり果てた遺体となっていたるところに転がっていた。おそらく、彼ら詛読巫の住人たちは先史人類であり、華奢な体を持つがゆえに谷の深部から逃げ出すことができなかったのだろう。詛読巫全てが火の海になった時に、崩れ落ちた詛読巫の高層建築や都市部の各所には、彼らが逃げ惑った状況が見て取れた。ただ、めぼしい焼け跡を王族用車両に乗っていた人員やジョナたちが調べた限りだが、ベラとビルシャナの姿はなかった。
さらに進んでいくと、崩壊しきった神殿の南側では、盲突猪の群れが食べ物を漁って地面を掘り返し続けていた。黒機械獣はここまで逃げて来たらしく、神殿の周囲でも擱座していた。おそらく、ここでも盲突猪たちに破壊されてしまったのだろう。
ジョナたちは盲突猪たちの横を通過し、王族用車両を神殿前の広大な広場に止めた。すると広場いっぱいに、火炎族や土塊族たちが集まってきた。アンヘルは、その様子を見ながらある決意を固めて女王のドレスをまとい、車両頂上から広場の人間たちに言葉を告げ始めた。
「私たちは騙されていました」
その第一声に、火炎族や土塊族たちは何事かと思ってアンヘルに注目した。
「あなたたちが帰依していたベラとビルシャナは、今まで私と私の半身であるジョナをだまし、新聖域の向こうへ不要な戦いを仕掛けました。それが何をもたらしたか。それはベラとビルシャナら、神聖域にはびこっていた詛読巫の民たちの滅亡でした。見よ、私たちが侵してはならないと言われた神聖域は今や全滅して、ベラやビルシャナたちはいなくなってしまいました。私たちは、帰依した対象を間違えていたのです」
「いまや私たちは、過去の太平洋王国に戻ることを考えなければなりません。私たちは王女殿下をこちらにお連れした時に王国を受け継ぐと聞いていました。しかし、王女殿下は去り、私たちは混乱に陥り、ベラやビルシャナ達に帰依することで独断で王権を標榜した私たちは、今の仕打ちを受けています。どれもこれも、私たちが間違っていたからでした。......私たちは、間違っていました。私たちだけで王国を受け継ぐことはあり得なかったのです。だから、女王である私があがめられても、それは明らかにおかしなことでした」
「今や、王国に立ち返る時です。王国へ再び、プレザントへ再び税を払いに行きましょう。そして正当な王室、王女殿下を奉りましょう」
こうして、火炎族や土塊族の心を制御しようとするベラとビルシャナはいなかった。そして彼らは、再び王国に戻ろうとしていた。
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火炎族と土塊族の代表を伴って、アンヘルとジョナはプレザントに向かった。王族用車両はジョナの飼いならした盲突猪たちに守られながら、広大な赤茶けた太平洋高原を進んでいた。この平原の中央に達すれば、そこにはピナクル山がそびえているはずだった。
すでに、プレザントへ向かうことはナデジダ王女たちに知らせてあった。王都からは、迎えに出すという返事が来ていた。そのこともあって、アンヘルとジョナは、王族用車両の頂上にある湯場で、湯あみをしながらプレザントの方向を注視していた。
ジョナは一応アンヘルとともに湯場にいたのだ。が、ジョナには一つ困った事態があった。女王ではなくなったアンヘルが、積極的にジョナを求め続けていることだった。
「ジョナ、なぜ急に私に触れてくれなくなったの? 私は、もう女王じゃないわ。だから、触れてくれなくなったの? ねえ、ジョナ」
「ぼ、僕は、そういうことをしちゃいけないと思う」
「急に、なぜそんなことを言い出すの? 女王じゃなくなったから?」
ジョナは黙りこくっていた。こうしたことを、この数日繰り返しており、この日もアンヘルの裸身を前にして、ジョナは黙りこくっていた。
だが、この日は、アンヘルは許してくれなかった。たしかに、以前はジョナに成り代わっていたスラーバがアンヘルを普段から撫でまわし、口での愛撫すらしていた。今のジョナに口での愛撫ばかりか、手をアンヘルの体に触れさせることすらも無理だった。それゆえにジョナは黙りこくっていたのだった。この日、ジョナはまたごまかそうとしたのだが、それですまされるはずもなく、ジョナはアンヘルに両腕を取られて押し倒されてしまった。目の前のアンヘルの果実にジョナは衝動を抑えられなくなった。
その時、プレザントからホッパーが十数頭迫ってくるという知らせがあった。
「王都からの迎えだ」
ジョナはそう言うと、アンヘルから逃げ出して湯場から飛び出した。アンヘルは残念そうな顔をしながらジョナを見つめると、そこに駆け上がってきたのがナデジダ王女だった。
彼女はすっかり威厳を身に纏っていた。
「まさか、ナデジダ王女殿下。なぜ、ここに?」
「ジョナとアンヘル、あなた方がここへ向かっていると聞いたからです」
「ジョナは、またアンヘルから逃げ出したのですか」
「え、まあ、僕は......」
「ナデジダ王女殿下。ご無沙汰いたしております。ご覧のように、ジョナはまた私を拒むようになってしまいました」
「それなら、私もお手伝いしましょう」
ナデジダはアンヘルと目で合図をし合い、ジョナを追い詰めていた。ジョナはつい、足を滑らせて湯場の中に落ちてしまった。そこにナデジダが自らドレスを脱ぎ捨てて飛び込み、ジョナの首にまとわりつくと、アンヘルはジョナの腰回りをしっかりとらえていた。こうして、ジョナは二人にしばらくおもちゃにされるのであった。
プレザントの廃墟は、再建されることになった。従来からの城郭都市の内部はもちろん、王女殿下たちの居城は、さらに難攻不落で堅牢なものになっていた。そして、それらが完成した時、ナジデダ王女殿下の女王即位式が行われた。
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その近くで、吸血鬼が動き始めていた。今までベラとビルシャナと言われていた人間のような姿であった者が、新たな形でうごめき始めていた。いわば、それが残された鬼。吸血鬼だった。
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ナナの帰国したケルマディック谷のイズ・ムアでは、住民全員にスキンスーツを配布していた。
また、彼らに一台づつ、涙滴型の飛行機械も与えられた。それは、長さ5メートル、幅1.8メートルほどの乗り物であり、二つの座席の前にあるコンソールを備え、表面がアラベスク模様で彩られていた。回復されたイズ・ムアの街中に、それらの機体が留め置かれた姿は、まるで街中が広大な宇宙空港になったような風景になっていた。
イズ・ムアで、彼らがそういう対策をとったことは、これから彼らが何をしなければならないかを示唆していた。




