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24 イズ・ムアの解放と別れ

「それなら、僕がプレザントから連れて来た太平洋王国の新たな戦力を使うよ」

 ジョナはためらいながらそう言った。すると、何の合図を受けたのか、ジョナめがけて地響きとともに盲突猪(パイア)の大軍が駆け下りてくる姿が見えて来た。

____________________


 アル・マディーナ・アル・ムナウワラの近くに迫ってくるスラーバ黒軍の隊列は、イズ・ムアを貫き、はるか峠の向こうまで続いているように見えた。おそらく、イズ・ムア征服に投入した全戦力をこの小さな町へとむけてきているに違いなかった。それは、スラーバ黒軍がジョナとナナとをそれだけ強力な敵であると認識している証拠といってもよかった。そして、その隊列を見たナナは、彼女の本国の前途が風前の灯火であることを悟り、天を仰いでいた。

「ああ、経典の主よ。私たちの街、イズ・ムアはあまりにも悪の傍に居すぎました。私たちは耐えに耐え、今まで耐えてきたのです」

 その祈りの言葉にジョナは振り返り、秘密を明かすようにある指摘をした。

「いや、大丈夫だよ。僕がこの苦境を打開して見せるよ......聞こえないか。あの蹄の音が」

 谷全体に不気味に反響する低音が次第に大きくなっていた。そして、谷からそびえたつ東側の崖の頂上に大きな砂埃が立ち上がっていた。

「こんな事態になることは初めからわかっていたさ。今こそ、僕がプレザントから連れて来た太平洋王国の新たな戦力を使うよ」

 ジョナは少し誇るようにそう言った。すると、ジョナが何かしらの合図を送ったのか、ジョナめがけて地響きとともに盲突猪(パイア)の大軍が駆け下りてくる姿が見えて来た。ナナは、新たな恐怖に襲われてジョナを見つめた。

「あれは何だ?」

 ナナは恐怖の念を顔ににじませながら、ジョナの顔を見つめていた。

「あれは、盲突猪(パイア)だよ」

 ナナはそれを聞くと、恐怖で歪んだ顔を怒りに染めていた。

「あんたは知らないのか。あれは、古代の煬帝国が破壊に使った偶蹄巨獣、呪われた獣なんだぜ。そして、ここは神聖な場所だぞ。ここにあの穢れた偶蹄を入れるというのか?」

 ジョナはその剣幕に驚いた。

「ヤーサン、それはどういうことだよ?」

 ナナはため息をついたようにジョナを見つめて言った。

「あんたにはわからないようだね。ここは聖地と呼ばれるべきところ、アル・マディーナ・アル・ムナウワラだぜ!」

「わかった。意味が分からないが、そういうことなら突入進路を変えさせるよ。まあ、とにかく黒機械獣の隊列の横腹を突ければいいんだから」

 しばらくすると、盲突猪(パイア)たちは、イズ・ムアへと進路を変え、黒機械獣の隊列の後ろ部分の横腹を付いた。そして、分断した後続の黒機械獣をことごとく粉砕し、さらには全てをその鼻づらで残骸を粉砕しつつ、周囲の地形をひっくり返すほどに動き回り続けていた。それに驚いた前列の黒機械獣たちは慌てて盲突猪(パイア)を避けるようにもと来た方向へと転進し、峠を越えてトンガ谷へ逃げ始めたのだった。それに気づいた盲突猪パイアは、鼻づらでの破壊活動を停止し、黒機械獣を追ってトンガ谷へと消えて行った。そのあとに残ったのは、スラーバ黒軍の王家用車両だった。ジョナとナナはそれを認めると、一斉にその車両に乗り込んでいった。


「スラーバ、そして、ベラ、探したぞ。ここに居たのか。逃がしはしないぞ」

 ジョナはそう言って女王とスラーバ夫君殿下、ビルシャナ、そしてベラを追い詰めていた。

「そうかね、我々は追い詰められたのかね?」

 ベラはそう言うと、ビルシャナとともにその姿を雲のように消し去っていた。すかさず、ナナがそのあとを追って外へ飛び出していった。残ったのはスラーバと女王アンヘルだった。

「スラーバ、もう逃げられないぞ」

「私は女王アンヘルであるぞ。そして、この連れは私の愛する半身ジョナである。お前は私の連れ合いに扮して私の前に立つなどという不敬な奴だな。ましてや、私の連れ合いに対してスラーバなどという呼びかけは無礼であろう」

「そうですか。女王陛下、あんたはその連れの男をジョナだとおっしゃるのか」

 ジョナはそう言うと車両に乗り込んで、ジョナに扮しているスラーバを睨みつけた。

「ジョナという名前を詐称する偽物め、アンヘルをいつまで騙せるかな」

「お前は誰かね。女王陛下の前で無礼ではないか。さあ、正体をあらわせ。ほれ、アンヘル女王の恍惚をみよ。アンヘル陛下は、私がジョナであることをご存じであるが故に、このように私の愛撫の手を受け入れてくださっているんだぞ。どうだ、私のほうが本物のジョナだろうが......。私がジョナであることは彼女がよく知っているんだぜ。下がれ、下郎」

「こ、この野郎、アンヘルに何をする!」

 ジョナは反射的にスラーバにとびかかった。

「あなた! 待って」

 アンヘルはそう言ったのだが、彼女の目の前ではすで二人のジョナが戦いはじめていた。どちらがどちらだか、彼女には区別がつかなかった。だが、ついにはジョナがスラーバの首を貫いた。すべてが終わった時、スラーバはジョナに扮していた擬態を消し去り、無様な死体を晒していた。

「ジョナ、あなた、勝ったのね」

 ジョナはアンヘルからそう呼びかけられて戸惑ったのだが、このままアンヘルの夫の役をスラーバから受け継ぐことが出来そうであることを悟っていた。

「彼は、今まであんたを呪いによってだましていたんだ。本来の女王に変わり、あんたが女王になったと思わせていたんだ。やっとこいつからあんたは解放されたんだよ」

 ジョナはアンヘルを抱き寄せながら、そう言い聞かせていた。だが、アンヘルの反応を見た限りでは、そんな説明を理解しているようには思えなかった。


 しばらくすると、ナナが戻ってきた。

「龍を見るなんて、ボニンの谷以来だ。ベラとビルシャナは、龍に助けられてトンガ谷へ逃げていった.....グミーユ、あんた、スラーバを倒したんだね」

 そういいつつ、彼女は言葉を止めた。彼女は、討ち取られたスラーバの死体と、汗をかいて疲れ切ったアンヘルを支えて立ち尽くしているジョナの姿を見たのだった。

「グミーユ、あんた、アンヘル女王の連れ合いなの? それって、まさか、あんたは大人になったジョナなの?......」

 そう問われたジョナは、アンヘル女王が気を失っていることを確認しつつ、否定した。

「僕が...ジョナだって? それは誰のこと?」

「そうよね。あんたはとても背が高いんだもの。ジョナはそんなに背が高くないちんちくりんだったはずだ」


___________________________


 アンヘル女王陛下を王族用車両の王室の間に寝かしつけたあと、ジョナは寝室を抜け出してナナの待つ車両頂上の湯場の踊り場に駆け上がった。そこでナナはケルマディック谷の両側にそびえたつ崖を見上げていた。


「グミーユ、あんたはやっぱりスラーバに成り代わったんだね」

「そう、スラーバが僕の姿でアンヘルの傍らにいたのだから。アンヘルも、不審には思っていないみたいだよ」

「それで、今後はどうする?」

「僕がスラーバになりかわって、太平洋王国の戦いを止めさせる。そのために火炎族を率いるアンヘルを助け、木精族の王女たちと和解させ、二つをひとつにするんだ。それはかつてスラーバが第二夫君として所属していた太平洋王国の復活の形をとった新たな帝国とするつもりだ」

 ジョナの頭には、プレザントに残してきた王女たちとアンヘルのことしかなかった。ナナは、目の前の王国の女王陛下の付き人グミーユと称する男が、ベラとビルシャナの企図を躓かせようとするケルマディックの努力を、妨げかねないと感じていた。

「あんたがスラーバに成り代わって、もとの太平洋王国を復活させるのか?」

「そうだ」

「でも、それは何のためなんだ? あんたが火炎族、木精族、土塊族を栄えさせるとどうなるか考えたことはないのか? 僕が太平洋王国で得た経験からすると、火炎族ばかりでなく木精族までベラとビルシャナに帰依しがちだぜ。彼らが国を作ったら、また再びベラとビルシャナが勢力を増すのは明らかだぜ」

 ナナはジョナの目指す王国の有している可能性と危険性をすでに予知していた。だが、ジョナはそんなことをわかろうとする意志も、思慮もなかった。それはアンヘルに心が囚われているゆえだった。またアンヘルへの盲目な信頼感が、ジョナに王国に対する盲目的な信頼と慢心を招いていた。

「いや、そんなことにはならない。僕が導くから」

「あんたが? よほどの自信家だね」

「それに、僕はこれから建国しようとする帝国に反対する勢力があれば、必ず退ける」

「それ、本気なのか?」

「そうか、あんたはケルマディックの工作員だったね。ケルマディックには金剛族がいるようだね」

「本当は、金剛族に似ているから、そう言われているらしい。あんたも金剛族といわれたことがあるだろ?」

「そう言われているらしいね」

「それなら、なぜ、金剛族に似ているといわれるのか、その理由をあんたは知っていることになるね」

「理由? このスキンスーツを付けていることかい? このスキンスーツは今の地表で生きていくための装備なんだ。そう、確かに僕は先史人類だよ。でも、僕はケルマディックとは何の関係もないよ」

「僕たちイズ・ムアの民たちは、もともとは月からのムハージルーンだ。そのスキンスーツを身に着けているなら、あんたも月からのムハージルーンじゃないのか?」

「僕にはわからないね。このスキンスーツだってなぜか僕に伝えられたものなんだ」

「あんたもまた僕たちとおなじ・・・・」

「僕は関係ないね。関係ないからね」

「僕たち、それにあんたも、古代の煬帝国の末裔である詛読巫の民たちを監視し、対抗するためにこの地に来たはずだろ。だからこそいえる、あんたのやろうとしていることは、ベラとビルシャナとを利することになるよ。だから僕たちは反対する」

「なるほど。僕が彼らを利するというのか? そんなはずはない。絶対にそんなことにはしない」

 ナナは、昔のジョナを思い出した。

「僕は、あんたの性格によく似た男の子を覚えている。今、彼はどこにいるのやら。思い込んだら頑迷だった。あんたも、こうと思い込むとやるべき使命や真実から目を背けているんだぜ」

「僕とあんたとは、ここから先で別れた方がいいみたいだね。僕はここから再出発するよ」

「僕は一応目的を達成したから、この車を降りるね。でも、あんた、今度会うときは敵同士になるかもしれないね」

「ああ、そうかよ」

 ジョナはそう言うと、怒ったように二度と振り返らなかった。ナナは、少年の時のジョナを思い出していた。少年のジョナは、昔、自らの誤りの末に絶望してナナの前から立ち去っていたのだった。その少年時のジョナの姿と今の目の前のグミーユの独りよがりが重なり、ナナは傷心のまま王族用車両を降りた。

 ジョナの乗った王族用車両は、ナナが離れていくのを見届けると、そのままケルマディック谷をでて、トンガの谷へと去っていった。

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