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21 トンガの谷の都市国家

「僕の名前は太平洋王国女王陛下の付き人で『グミーユ(Gumilev)』というんだ。あんたの名前はなんていうんだ」

「僕はケルマディックの工作員なのさ。だからコールサインの『ヤーサン(Iyasan)』で通している」

 ジョナとナナは用心深く、仮の名前で名乗りあった。互いに互いの名前が本名でないことは百も承知だった。次の日の朝、二人は湖水から流れ出ている川に沿って、トンガのさらに奥地へと進んでいった。

 

 しばらく進むと、また湖水に出た。古代コンクリートによってせき止められている構造を見て、二人は顔を見合わせた。明らかに先史人類の技術だった。だが、メンテナンスは全くされた様子はなく、稼働していない故障部分は放置されたままだった。

「これは、アルミニウムを使った古代コンクリートだね」

 ナナがそう言うと、ジョナもそれに賛成して返事を返した。

「そうだね、建設されてから、たぶん千年は経つね」

 千年たっているとジョナが言ったのは、コンクリートの角の風化の進行度合い、そして骨格部分が維持されていることからだった。

 二人が表面の観察に気を取られているとき、ヤーサンことナナは風化したコンクリートの角で足を滑らせた。その際彼女を助けたジョナもまた、足を滑らせてしまった。ヤーサンは腕をぶつけ、また、ジョナもヤーサンをかばった腕を強かにコンクリートにぶつけていた。そして、二人が驚いたのは、コンクリートの丈夫さではなかった。二人の腕の表面は瞬時に結晶化して硬化し、腕の表面を保護していた。二人は、相手が自分と同じような表皮装置を有していることに驚いた。ナナは探るように質問をよこした。

「あんた、金剛族なのか?」

「確かに、僕はそういわれている。そういうあんたもかい? でも金剛族に会ったのは初めてだ」

 ジョナはそう言って否定はせず、逆に質問をした。ナナはそれに答えず、さらに質問をしてきた。

「あんた、どこから来たの?」

「僕は太平洋王国女王陛下の付き人だと言ったはずだよ」

 ジョナの応えに、ナナは何かを聞き出すためなのか、注意深い声の出し方をしていた。

「へえ、その付き人が金剛族なのか?」

「あんたこそ、いやあんたたちケルマディックの人たちは、金剛族なのかい? 金剛族ってどんな集団なんだい?」

 ジョナのそんな質問に、ナナはゆっくり答えた。

「それ等の質問には答えられない」

「僕たちは、互いに秘密は公開できないわけだね」

「そうだね」

 二人はこう言ったが、互いが自分に近い人間なのではないかと、この時感じていた。だが、それが何なのか、推定しようにも全く手掛かりがなかった。


 次の早朝、二人はダムを後にさらに下流に下って行った。そこには、ダムから用水路が導入された農場が大規模に広がっていた。周囲の広葉樹はドングリなどを産出し、水力発電のほかに地熱を利用した熱水利用発電とを合わせ、大規模な屋内農場と屋外農場とが建設されていた。おそらく、これらがトンガの谷における食糧生産基地だろうと思われた。

 さらに進んでいくと、土塊族たちの村落があった。朝の労働の始まりの時刻らしく、彼らはそれぞれの家から出て農場へと働きに出ていく姿が観察された。少し行くと、今度ははるかな高層建築が見える都市から続く道に、高速で向かってくる小型車の群れが見えた。彼らは火炎族だった。農場に就くと持ち場らしいハウスごとに一人づつ分かれて向かっていった。現場監督というよりは、おそらく土塊族を使役する術を行使するためらしい。

 この谷に築き上げられている使役の構造は、トフア要塞近くでも行われていた火炎族の国の仕組みそのものだった。だが、あれほど恐れられた谷底のこの地域で、なぜこのようなことが行われていたのか。ジョナには不思議だった。


 深夜になり、二人はさらに先へ進んでいった。そこは、高層建築が目立つ都市だった。その高層建築に居住しているのは、火炎族だった。土塊族も居住しているらしいが、彼らの居住区は高層建築群の中心部から離れて沿革部に広がる貧民街スラムだった。

 二人は高層建築群を一瞥すると、見るべきものが何もないことを確認し、深夜で光のないスラム街伝いに奥へ進むことにした。スラム街は思ったより広がっていたが、二人が進んでいくと、突然草や灌木以外何もなく、星明りと黒くそびえたつ両側の尾根だけが上空に広がる広大な領域に出た。

 さらに奥に進むには、煌々と照明で輝いている高層建築群から、一本だけまっすぐに進む参道のような白亜の道路だけだった。


 未だ日の出前に、二人は、一人の火炎族が紫と黒の神官装束を身に着けて、白亜の道を奥へ進んでいく姿を見出した。

「ついていきましょう」

 暗がりの中を二人は火炎族の神官に気づかれないように、あとをつけていった。夜は闇に隠れて見えなかったのだが、明るくなるにつれて白亜の道路の先に神殿があるのが見えた。そこで二人は、神殿全体とその中を観察できる大木を見つけ、葉の生い茂った樹上から観察を続けることにした。

 観察を始めた二人は、早々にその構造に驚いた。神殿であれば、神聖な祭壇と座り込む会衆が崇め集う場とがあるのだが、この神殿では祭壇の上には柔らかいマットが備えられ、祭壇の周囲にも大きくやわらかなマットがいくつも並べ敷き詰められていた。

「この情景、どこかで見たことがある」

 ジョナがそう言うと、ナナもそれに応じた。

「僕は嫌な思い出があるよ。あの祭壇にたぶん犠牲の女が寝かされて固定されるんだ」

「あんたはそれを知っているのか」

 ジョナは、物知りなナナの答えに驚いて確認をした。ナナはそれに応じてジョナを見つめた。

「そうだね、あんたもそれを知っているようだね」

 ナナがそう同意を求めてきたが、ジョナは無言のままだった。少年時代のいやな記憶がよみがえっていた。


 やがて、神殿では、祭壇の周囲を少し離れて埋め尽くすように3~4人の火炎族の男女の組が、一組、二組と座り込み始め、ついには数十組が周囲の席を埋め尽くした。彼等は何かを期待するかのように歓声を上げ、騒ぎ立て、笑いあっていた。

 そこに二人の男女が現れた。貴賓席に向かって歩く姿にジョナは見覚えがあった。ジョナの姿を模したスラーバとアンヘルの二人だった。二人の姿を見たナナは、驚いてジョナを見つめた。

「グミーユ、女と一緒にいる男、あれはあんたとうり二つじゃないか」

「ヤーサン、その通りだ。あれが僕のターゲットだ」

「彼を暗殺するのか?」

「どうしたらいいか、まだわからない」


 二人が相談しあっている間にも、儀式は進んでいた。

「女王とその夫の登場である。皆敬意を払え」

 一同が立ち上がり、貴賓席の二人に向かって最敬礼をした。貴賓席からもそれらの声にこたえるそぶりが見えた。そして最後に登場したのが数人の司式者だった。彼は貴賓席に向かって霊を捧げると、彼らは先ほど女王と紹介されたばかりのアンヘルを連れ出し、祭壇へと案内し、その上に寝かせた。女王というのは、捧げられる女をさす言葉だった。

 司式者は、アンヘルを動けないように固定すると、祭壇ごと神殿の奥へと運び込んだ。神殿の奥は鬱蒼とした広葉樹林の森のため、神殿から先へ続く道があることに気づかなかったが、昼になって太陽の陽がまっすぐに森林を照らし始めると、道の先に誰も立ち入らない奥の院があることに、気づいた。

 その奥の院の先頭の窓が開き、神殿の奥へと運び込まれた祭壇を一瞥するものがいた。窓はすぐに絞められたのだが、奥の院から祭壇に向けて歩いてくる者がいることに、気づいた。その姿は、ジョナは久しく見たことのない先史人類の形態だった。

 祭壇に彼が近づくと、先ほどまで静かだった祭壇の周囲の3~4人の男女たちが嬌声を発しながら一人が複数を愛撫しあって相互に愛撫し快感の声を上げ合うおぞましい行為を始めていた。それと同時に、神殿の奥へ運び込まれたアンヘルもまた司式者たちによって愛撫を受け、ジョナにとって聞くに堪えない声を発し始めていた。ジョナはうなり声をあげ、ナナもまた目を伏せてうつむいたままだった。


 神殿の奥から出てきた者がいた。その姿を見せた時、群衆はどよめきの声とともに声を上げてそのものを賛美する声を発した。

「ベラ様」

「詛読巫のベラ様 ビルシャナ様」

「ウラ ベラ様 ウラ」

 ベラ、ビルシャナと呼ばれた者たちの姿は、先史人類のそのままだった。すべてをはぎ取られたアンヘルもまた、先史人類の姿を見せていた。

「今宵、我らが帰依するベラ様ビルシャナ様と、我らの代表たるアンヘル女王が一体となる。そしてわれら司式者もこの二人の合体したときの共鳴に合体するのだ。さあ、いまこそ子の共鳴をベラ様に捧げよう。そしてわれら全員がその共鳴を分かち合うのだ。」

 ジョナはこれらの状況を目にした時、呪いに近い唸り声を上げた。

「ベラ、あの男、詛読巫の儀式を始めるというのか。そして、またしてもアンヘルを」


 ジョナはこの後に起きることを予測していた。祭壇の周囲の男女4人程度の組は、すでに仲間同士で絡み合い快感に浸っていた。ここで行われている儀式では、詛読巫での儀式と同様に、呪詛と詛読術とが活用されていた。

 儀式における呪詛では、周囲の組を含むすべての参加者が互いに術者となり、目の前の他人の心と精神、意識に対して働きかけ、その人間が術者に向けて心と体を解放し、喜んで奉仕し尽くすように仕向けることが出来た。

 また、儀式における詛読術では、参加者はまた、互いに呪詛を掛け合うと同時に、互いに心の中の思いや詛を読み合って絡み合わせ、同時に互いに快感に至って一体感を作り上げ、共鳴にいたることが出来た。すなわち、はるかな過去、煬帝国の国術と言われた霊剣操の共鳴がこの時代に至って、彼らが帰依する守護者がむさぼり食す共鳴へと作り上げられていたのだった。これらの仕組みによる呪詛と詛読術とで儀式が構成され、それによって彼らの快感が彼らの帰依する守護者ベラやビルシャナとの一体感へと発展させていくことになっているのだった。


 ジョナやナナが観察を続けていくと、すでに、参加者全員が快感に溺れていたことで、彼らの心に共鳴が生じ、ベラとビルシャナはそれらをむさぼっている最中だった。そして、参加者たちの願いがそこで明らかになった。

 神官たちがベラとビルシャナへ拝礼し、声を高らかに上げた。

「喜悦の中の民たちよ、今そなたたちの願いが叶う。さあ、今こそアンヘル女王とそのご夫君の国を建設し、我ら火炎族の仇である木精族の太平洋王国を滅ぼし、山はすべての山、谷はすべての谷底まで全世界を支配するのだ」

 儀式に参加していた火炎族の大群衆は、興奮したままに詠歌を大声で歌い始めた。抱き起されたアンヘルは、スラーバとともにベラとビルシャナに従って、奥の道を進んで森の中へと消えていった。


 夜になって、儀式は終わり、神殿周辺は再び静寂に包まれた。ジョナとナナは樹上からようやく下に降りた。

「アンヘルの相手はスラーバという男だ。彼は術に酔って自分を火炎族に見せたり、別の男に似せたりすることができる。」

「そう、それから彼らを亡きものにすれば、火炎族の目論見はついえるわね」

「いや、そうじゃない。アンヘルとスラーバの背後には、ベラとビルシャナがいる。ベラとビルシャナは火炎族を通して実現しようとする目論見が潰えても、必ず別の企てをし始める。ベラとビルシャナを撃たなければ意味がない。」

「どうするんだ?」

「僕がスラーバに入れ替わる。もともと僕の姿でアンヘルをだましているんだから、問題ないさ。そして、戦いを止めさせるために火炎族を率いるアンヘルを助け、木精族の王女たちと和解させ、二つをひとつにするんだ。それはかつてスラーバが第二夫君として所属していた太平洋王国の復活の形をとった新たな帝国とするつもりだ」

「あんたがスラーバに成り代わって、もとの太平洋王国を復活させるのか?」


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