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2 鉱泉小屋(Mineral Spring House)

「あなたたち、そんな解体の仕方をしているの?。血が抜けきっていないから、肉をダメにしているじゃないの。ジョナだったら、スマートに済ませているのに......」

 狩猟農民学校教師のアンヘルが、大声を上げた。生徒である哈巴狗ハパゴウ)は、代官のサンゲルタンや地主のチュア・ラングとともに狩りをし、ジョナに負けまいと三人なりに一生懸命に魑魅魍魎の一種である大型の獲物を解体した後だった。

「体も汚れたままで食堂へ入ってこないでよ。くさいわ」

 食堂のアンヘルにこう言われては、三人は外に出るほかなかった。そしてその背後から、彼らを追い立てるように声が聞こえた。

「匂いがまだ残っているわ。くさい、臭い。教えたのに、あんたらはなぜ体を洗ってこなかったのよ。」

 その言葉とともに、食堂オーナーのアンヘルが窓という窓を開け放ち、一生懸命に部屋の中の空気を外に出そうと努力する姿が見えた。そこに、間が悪く使用人のジョナが、仕入れから帰ってきたところだった。

「アンヘル、臭いね」

「私が臭いわけじゃないわよ」

「新しい獲物が取れたのか?」

「そうよ」

「この匂いは処理が下手なせいだね。そうか、アンヘルが解体したのか。ということは、やはりアンヘルが臭いんじゃないか」

「あんたのクラスメイト達、巴狗パゴウたち三人が解体したものを持ち込んできたのよ! でも、血抜きはしていないし、そのせいでにおいがすごくって。せめて、血抜きはしっかりやってほしかったわ」

「血抜きねえ。アンヘルはそれを知っているんだね。今まで解体作業を嫌っていたのに.....」

「私は解体作業ができないわけじゃないわよ。けど、嫌いなの。珍しく獲物をとって来てくれた代官様や哈巴狗(ハパゴウ)が解体までやってくれるというから任せたのに、やり方がめちゃくちゃなんだもの」

「それで汚れたから服を水で拭いているのかい? ほら、だんだん服がぬれて透けてきた。中身が僕を魅了しはじめている......」

「え?」

 アンヘルは途端に赤面して奥の控室に引っ込もうとすると、そこへ三人が顔を出した。

「へえ、アンヘルが服をどうしたって?」

「なんであんたたちが来るのよ」

 アンヘルは三人を睨むと、体の前を隠しながら奥へ駆けこんでしまった。

「本日は獲物を持ち込んでいただいてありがとうございます」

 ジョナが代官たちに挨拶をすると、アンヘルが更衣室の中から怒鳴ってきた。

「その三人は、解体したまま体も洗わないで食堂へ来たに違いないわよ。彼らはまだ臭うんじゃないの?」

「じゃあ僕が確認しましょう」

 ジョナがそう言うと、そう指摘された三人は目をキョロキョロ動かしてアンヘルの逃げ込んだ更衣室を眺めながら、ろくな返事も返さなかった。

「お、俺たちは、アンヘルが心配だから戻っただけだから」

「違うわ。戻ってきた三人は、自分の汚れを落としてもいないのに、私のスケスケの姿をわざわざ見に来たんでしょ?」

 そう言われると、三人は慌てて食堂の外へ出て行ってしまった。三人とも、ジョナの顔を見つつ文句たらたらだった。

「なぜ、ジョナはいいんだよ」

「なあ、そうだよな」

「つまらねえ、かえろうぜ」


 次の日、アンヘルの食堂に新しい従業員が来た。名をパメラといい、アンヘルが新しく採用した水明族の娘だった。

「ジョナ、このは協同組合の組合長からの紹介で雇った女の子、あんたの新しい仲間よ。パム、この男は無害だから怖がらなくていいわよ。彼は私の店の給仕なんだけど、女性を口説く勇気なんてからっきし無いんだから」

 そう紹介された二人は、互いに遠慮がちにあいさつを交わした。

「あ、僕、ジョナ言います」

「あ、私、パメラ・ホラニア・ラモスという名前です。私も狩猟農林学校に通うことに在っています。これから、いろいろ教えてください」

「そんなに怖がらないで」

 ジョナがそう言ったのは、パメラがあまりにおどおどしているためだった。だが、二日後には、アンヘルのフォローがあったためか、彼女はだんだんジョナとも打ち解けて来ていた。


 一週間後の午後、哈巴狗ハパゴウと代官サン・ゲルタンたち三人がまた獲物をとってきた。今回は、ジョナが用意した湧き水筋沿いの解体小屋を使うことになった。ジョナはそのまま解体を請け負い、三人はジョナとともに血抜きと解体がスムーズに終わることができた。気をよくした三人は連れだって近くの蒸し風呂に向かった。もちろん体が臭いからだった。

 蒸し風呂屋は食堂の面するメインストリートのはす向かいにあった。そこは、女主人のラウラ・ゴリドンが経営する大規模な遊興施設で、授業を終えた生徒たちがよく利用するところであり、またアンヘルやジョナもたまに利用するところだった。


 三人を心配したアンヘルは、夕刻になってからジョナを蒸し風呂屋へ様子を見にやらせた。そのジョナが蒸し風呂屋の大きな玄関の前に来た時、その玄関先にはサン・ゲルタンや哈巴哈(ハパゴウ)たち三人が外に追い出され、受付のラウラに猛抗議をしている最中だった。

「なんで追い出すんだよ」

「俺は哈巴狗(ハパゴウ)様だぞ」

「臭いからダメ」

「なあ、頼むよ」

「何言っているんだよ。くさい奴らがそのまま入ってしまったら、中に臭いがこもってしまうじゃないか」

「俺様は代官補だぞ」

「お偉いさま、貴方様もダメです。総督様へ苦情を申し立ててもかまいませんか?」

「そ、それは......」

 追い出された三人は、ジョナが行き着いた夕闇時になっても、まだ蒸し風呂屋の玄関先で文句を言い続けていたのだった。全く納得していないらしかった。


「おお、ジョナ、いいところに来たな。お前があの施設の裏口を開ける算段をして来い。俺たちが入れる算段を付けるんだ」

「でも、それは悪いことではないのですか」

「この代官補様が許す。そう、俺はもうすぐ法執行者の代官になるんだ。だから、許す権限があるんだ。さあ、やって来い」

 三人は、ためらうジョナをそのまま蒸し風呂屋の脇の塀から中へ投げ入れてしまった。塀の中に投げ入れられたジョナは、そっと無音で着地するのが精いっぱいだった。

 彼はそっと立ち上がると周りを警戒しつつ、蒸し風呂屋の裏手へと回り込んだ。そこには、加熱用の薪が集積され、薪割の斧が置かれていた。多分その先にはボイラーがあるのだろうと思われた。

「薪を割る作業をして、タールにまみれたごみを取り去れば、僕の体の匂いがタールと木々の匂いになるはずだ。そうすれば、下男として怪しまれずに奥へ入り込める」

 ジョナはタールと木くずとを体中にまぶすと、そのまま蒸し風呂施設へ向かおうとした。


「あれ、見ない顔だな、新入りか。しかし、必要以上の薪を準備してしまったのか。よろしい。掃除もし終わっている。それにしても汚れと匂いがひどいな。そのまま奥へ行くな。こっちへ来い」

 下男の元締めと思われる男が若いジョナを蒸し風呂ではなくお湯の溜められた鉄桶へと導いた。

「これで、においをすべて消せ。そうしたら再び施設に入ることが出来るからな」

 ジョナは言われたとおり、渡された柔らかな金属酸化物を体に塗り付けた。ジョナはその物質が泡立つこととエステル交換反応の残り滓があったことから、それが石鹸であることに気づいた。ジョナは積んであった石鹸の包みを先ほどまで湯舟だった鉄桶にごっそり入れ込んで持ち出し、そのまま蒸し風呂屋を抜け出していた。 


「代官様、皆さま。僕にいい考えがあります」

 三人の元へ戻ってから、ジョナは三人を食堂裏の湧き水筋にある解体小屋へと促し、助けを借りながら小屋の中に持ち込んだ鉄桶に湧水を導き、湯を沸かす仕組みを簡単に作り上げた。鉱泉小屋の出来上がりだった。

「これで蒸し風呂屋に行く必要もなく体がもっときれいになりますよ」

 三人はとても喜んだ。それ以来、その小屋を何人もの男女たちが通うこととなった。当然食堂も繁盛することとなった。いつしか鉱泉小屋は繁盛し始めていた。それに伴ってのことだろうか、ラウラの蒸し風呂屋は次第に客足が途絶えつつあった。

 ジョナの鉱泉小屋は、鉄の湯船が一つ。その周囲に湯船からのお湯を使った洗い場がいくつかあった。男女ともタオルを巻きつつ、急ぎ体を洗った後にタオルを巻き付けて湯船に入る仕組みだった。合理的に思えたその仕組みが、後日によくない事態をもたらすことになるのだった。


 さて、ある日、哈巴狗(ハパゴウ)ら三人が、風呂場で不思議な話をジョナに語った。捕らえたと思った獲物を回収すると、すでに首に傷があり、そこからすっかり血が抜き取られていたという。

「まるで吸血蝙蝠が吸いとったように、な」

「吸血蝙蝠って、確か魍魎もうりょうの類だったよな」

「そんな小さな魍魎が大型の魍魎の地をすべて吸い取ったとでもいうのか?」

「でも、いいじゃないか。血抜きの手間が省けたんだろ」

「いや、まさか、吸血の火炎族がこの村に入り込んだんじゃないのか」


 次の日、ジョナの鉱泉小屋では、タオル地でサウナを楽しんでいるパメラに。そこに見知らぬ男が入ってきた。それは、吸血童子オロチと呼ばれる火炎族だった。その手には、村の若い娘が抱えられていた。それを見た鉱泉小屋の客たちは悲鳴を上げて我先に逃げ出し、鉱泉小屋を遠巻きにしていた。

「あいつ、木精族の女を抱えていたぜ」

「服がむしられたまま引きずられていたな」

「それでもあの女、まだ生きていたぞ」

「だけどよ、声も出ていないほど弱っていたぜ」

「あいつ、吸血童子オロチじゃないのか」


 小屋を占領した吸血童子オロチの手には、よわよわしく抵抗する村の木精族の娘があった。ジョナのクラスメートである彼女の息は、まだあった。だが、かろうじて残っていた服はすっかりその場でむしられ、彼女の最後の抵抗を抑え込まれると、オロチは彼女の最後の抵抗と触感を楽しみつつ彼女の首筋をおもむろに噛み、彼女はすっかり吸血されて息絶えてしまった。

 オロチは血液のすっかりなくなった躯を捨てると、逃げ遅れて湯船の物陰に隠れていたパメラを捕らえていた。

「オサオロチの旦那が言っていたのはこの店かな。ここは、かけ流しの湯が床を絶えず流し落としている。血で辺りを汚す心配がない良い場所だなあ。それに、ここにいる女達で、俺に魅入られて逃げ出せる奴はいないぜ。さっそく奉仕をさせよう」

 童子はそういうと恐怖で身動きのできないパメラを引きずり出していた。そのとき、彼女の悲鳴が外まで響いた。

「パム!」

 彼女の名前を叫びながら鉱泉小屋に飛び込んでいったのは、彼女たちのクラスメートの哈巴狗(ハパゴウ)ら三人だった。

「おまえ、吸血童子オロチ! ここで何やってんだ」

「ほお、ここの主人あるじはおまえか」

「俺たちは、此処の客だ」

「じゃあ、相手にならんね」

「私はこの村の代官(補)だぞ。もうすぐ代官となる私が、王国の権能をもって命じる。この店の娘を放しなさい」

「へえ、代官ねえ。そんなに力を持っているなら、実力を行使したらどうだよ」

「なんだと」

 三人はいっせいに同時にとびかかった。だが、一瞬にして彼らは同時に鉱泉小屋の外へ吹きとばされていた。そこにアンヘルが駆けつけていた。

「あんた、なんてことを」

「お前、此処の女主人おんなあるじか?」

「ここは私の店よ。パメラを放しなさいよ。こんな狼藉、許さないんだから」

「へえ、この娘、パメラっていうのか。いい娘を使っているじゃないか。奉仕してもらおうか」

「ここは、そんな店じゃないわよ。その娘だって、仕事が終わったから鉱泉小屋で入浴していたのよ」

「じゃあ、今からここは奉仕の場だぜ。この娘に奉仕の仕方の理想像を教えてやるぜ」

 童子はそういうと恐怖で動けないパメラのタオルを引きはがしていた。

「ゆるさない!」

 アンヘルはそういうと、持ち出してきたナイフをかざしてオロチにとびかかっていった。だが、アンヘルも簡単に同時につかまってしまった。

「なあ、一緒にふろを楽しもうぜ」

「いや、放して」

 二人の女は抵抗したのだが、非力ゆえに同時にいいようにされつつあった。


 その時だった。悲鳴を聞きつけたジョナが山から真っ直ぐに鉱泉小屋に走りこんでいた。

「お前、俺の邪魔をするのか」

 オロチはそういうと、大剣を振り上げてジョナに切りかかっった。ジョナは何も持っておらず、左腕で大剣を受け止めるしかなかった。だが、それでもスキンスーツに覆われた腕は、表面を一瞬に結晶硬化させ、大剣を受け止めていた。

「そ、それは何だ。お前の腕......」

 そう言うオロチを前にして、ジョナは首に下げるようにしていた鎌の金具が声と光を発していた。

「ふたたびの詠唱、空刀と真刀の言葉たる霊刀操......霊は精神なり。霊刀とは空真未分の刀にして渾渾沌沌たる所の唯一気也......」

 アラベスク模様の光に呼応して、ジョナが首に着けている一つ目のネックチョーカーのアカバガーネットが作用し、渦動結界によって一つの巨大な鎌のような刃を出現させた。

「これは真刀なり」

 続いて、二つ目のネックチョーカーのアヴァチャイトガーネットが作用した。それがジョナの手に何かを握らせた。

「これは空刀なり」

 オロチは驚いて恐怖におびえながらジョナを指さした。

「お、お前は、何者だ。お前は誰だ」

 次の瞬間、体勢を整えたジョナは空剣を右に握るようにして一瞬にオロチを袈裟懸けに両断していた。

「お、お前は普通の人間ではないな......まさか、幻の金剛族?」

 そう言いながら、オロチは両断された体を霧散させて消え去っていた。

「また刀が勝手に動いた......ええと、僕が金剛族? そうだね。これは金剛ともなる僕の皮膚さ。これが無いとここでは生きていけないだけさ」

 ジョナは涼しい顔でそういうと、結晶化したスキンスーツの表面をなでて元に戻していた。

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