17 王女たちの落ち延び
ジョナの丸木小屋で、パメラは問われるままにジョナに今までのことを打ち明けた。
「あの日、私はアンヘルの鉱泉小屋からの湧き水と、ラウラの蒸し風呂屋の広い空間を利用して、先の戦いの犠牲者たちのための墓苑と礼拝堂を作ったのよ。そう、あなたも見たでしょ。かつてのメインストリートに小川を作って回廊とし、その周りに犠牲者たちを慰霊する場としたのよ。そこが村の精神的な拠り所となるように。残った村のみんなは誰も互いに信頼しあって、助け合いながら村の再建を始められたのよ。だから、またあんたの友人達とともに、この村が再び元の生活に戻れたかなと思えたわ」
「それから半年経った頃、つまり今から6ヶ月前のある夜、村長のテムジン・カーンのところに、王家とアンヘルの使者という人が来て、村の外側の林の中に来ていると伝えて来たことがあったわ。テムジンは、確かにアンヘルとナデジダ王女と会ったらしいし、そのほかにミランダ第一王女と親衛隊たちが森の中にいたと言っていたわ。テムジンや代官のサンたちは、彼らが王家の人々であり、アンヘルや貴方の友人だからと言うことで、彼らを匿ったのよ」
ジョナは、友人たちが懸命に味方してくれたのだということを想い、それが彼らの命を奪うことにつながったことに衝撃をうけた。王家の人々が、ここへ逃げて来たことで、ジョナが友人たちに暗に王家の味方をするように仕向けてしまったのかと思った時、彼は気高さと使命感という言葉に再び正面から向き合わなければならないのか、という思いと拒否感とにとらわれた。
「王女たちは立派な方のようね。彼らがホニアラ村へなぜ来たかを言っていたわ」
パメラの指摘に対して、ジョナは自分自身を責める自分の考えから逃れようと、何かを探すようにパメラに訊ねた。
「王女たちは、わざわざここに来たのは、別の意図もあったのかな」
「うーん、たしかに王女ならではの考えもあったから、ここに来たらしいわよ」
この言葉に続く彼女の説明は、彼に何かを思い出させるような言葉だった。
「へえ、どんな?」
ジョナはそう聞き返すと、パメラは素直に答えてきた。
「国が内乱で崩壊の危機にある今だから、辺境のホニアラ村に来た。辺境からは王国全体を見渡すことができる。そんなことを二人で語り合っていらっしゃったわ」
「へえ、父親が違っていても、さすがは女王の子供だということか」
「さすが、というよりもミルシテイン王家の一員であるという自覚を強く持っているということじゃないかしら」
「王家に使える家来たちも、そうなのだろうか」
「残念だけど、家来たちには裏切り者がいたのよ」
「裏切者か。つまり、友人でもある王家の人々を裏切った者。確かに動乱の時期だから、政治的栄達が大切だと思ったのかもしれないけど。野心を優先させて、互いに信頼しあった友人を裏切り、崩壊させたのは、貪欲以外の何物でもないね」
「そうね」
「裏切者は、そうして弱者を迫害する悪夢を招来するようになるんだ」
ジョナがパメラとの議論で指摘したことを裏付けるように、パメラは言葉をつづけた。
「そうよ。だから、悪夢はその後すぐにやって来たの。あの裏切者総督のモスタルが、急に来て土塊族の大軍で村を占領したのよ」
「えっ?。モスタルキーン総督が?」
「そうよ。彼がこの機会を周到に待ち構えていた裏切者だったのよ」
「今までの彼の行動はこのためだったのか?」
「それはわからない。ただ、彼にとって誤算だったのは、多くの抵抗者がいたことでしょうね。例えば、代官のサンや部下たちが揃って総督府のキーン総督に対して猛抗議をしたわ。ところが彼らは解任されてしまったの。他にも彼の部下たちだった代官所の役人たちも全て、ね。そして、土塊族の馬の骨を代官にしてしてしまい、他の全ての役人も職業人もこの土地にはなじみのない土塊族に総入れ替えしてしまったのよね」
「サンは、モスタルが王と王国の民とを裏切ったと言って、元の役人仲間や、友人達を結集したの。村人たちに反対した人もいたわよ。例えば組合長や私の雇い主のラウラは恭順すべきだと言ったんだけど、そうしたらつるし上げられて、代官所に逃げ込んだのよ」
「それから大きな総督への反対運動が起きたわ。村にはそっくり王族が逃げて来て居たから、ほとんどの村人たちが参加したのよ。村全体を巻き込んだ勢いで代官所が襲われたわ。一時は総督のモスタルたちは逃げだしたの。その時かな、そこにいた組合長とラウラが巻き添えでけがをしたわ。そのあと、しばらくして彼らは死んでしまったわ」
「それから三か月たって、一時離脱していた総督側は、黒機械獣群を連れて帰ってきたのよ。そうなると、反対運動は鎮圧されてみんな散り散りになって逃げたわ。王族を守っていた親衛隊やそれに続いて村人たちまで、ほとんどは村から出ていってしまった。運悪く逃げ遅れた人たちや、サンは殺されてしまったんだけどね。」
「あの新しい墓はそんな人たちのものだったのか」
「そう......、もう三か月も前のことよ」
「入浴施設管理者 ラウラ・ゴリドン。組合長 アタランテ・メレアグロス。こいつらは、肩書をつけて葬られていたね」
「そうね、総督のモスタルたちが葬ったのよ。私は、つい最近までラウラの部下だったということで、目をつけられていなかったのだけど、ちょっと代官の言うことに反発したら、あんなことになっちゃったのよ」
この時、パメラは再び顔を赤くして黙ってしまった。ジョナは話題を変えようとして別の質問をした。
「サンたちは隅のほうに葬られていたね」
「そうよ、確かサン・ゲルタンのほかに、哈巴狗、チュア・ラング、そして村長のテムジン・カーンとか、ね。彼らは総督に反旗を翻した裏切り者として処刑されたのよ」
「王女たちはどうしたんだ?」
「ミランダ王女、ナデジダ王女、それにアンヘル、あんたの連れ合いだった人ね」
「アンヘルは無事だったのか? 彼女らはどうしたんだ?」
「アンヘルは王族たちや親衛隊とともに逃げ出していったわ。そのあとは知らない。逃げきっていればいいのだけれど」
「どういうことだよ?」
「総督の黒機械獣軍団が、親衛隊を追って出撃していったのよ。その後、しばらくたってから総督は代官たちを率いて戻ってきたけれど。王族たちはつかまったのかもしれない」
「捕まった? どうしてそう分かったんだ? どこへ連れていかれたんだ?」
「代官が最近言っていたんだけど、王都へ逃げていった王族たちを追い詰めたとか、親衛隊を全滅させることができたとか......」
「その後はどうなったというんだ?」
「そこからは分からないわ」
「そうか」
ジョナはアンヘルたちが再びつかまっていることを確信していた。