16 代官屋敷からの脱出
「こいつら、二人一緒にその檻の中に閉じ込めておけ。例のあの食事をくれてやれ」
ジョナは後ろ手に縛られ、両足はまとめ上げるように縛り上げられ、そのまま檻の中に放り込まれた。反対にパメラは、縄から解放されていた。ただし、彼女は何も身に着けていないためか、代官所の奴らには彼女がもう反逆しないと思われているらしかった。
「おい、湯女。お前が夕方食べた食事だ。もう一食やるから、その男に食べさせてやれ」
パメラは、干した木の実とヨーグルトのような飲み物とをジョナの許へ運んできた。以前の内気なパメラなら、すぐに、また積極的に人に接しようとするとは思えなかった。何かがおかしかった。
「ジョナ、何かを食べておいたほうがいいわ。今はこれしかないから」
パメラは縛られているジョナの上体を抱き上げて起こし、食事を与えようとした。小皿に乗っていた木の実を、ジョナは見たことがあった。アルカロイドが明らかに含まれているものであり、精神に異常をきたすものだということが予想できた。パメラの今の状況は明らかにそのアルカロイドによる神経的影響に違いなかった。
「パム、あんたはこれをいつも食べているのか?」
「いいえ、夕食で初めて出たのよ」
「パム、僕は食べられる気がしないんだ」
「そうなの、じゃあ、いただくわよ」
パムは、ジョナが止めようとする暇もなく、ためらいなくジョナの食事を食べてしまった。パメラは生まれたままの姿であるはずなのに、いやに積極的で高揚していた。明らかに彼女の様子はおかしくなっていた。
「おなかが空いていたから、ちょうどよかったわ」
パメラは、再びジョナの上体を起こし、自分の体の上に抱え上げていた。ジョナは努めて冷静になり、パメラの注意を会話へと移そうとした。
「空腹だったのかい?」
「そうよ、おいしいんだもの」
「そんなに好きなのか?」
「食べる前まではそんなことはなかったんだけれど、そうね、夕食にこれを食べたら体中で何かが気持ちよくなっていて自分が自分でないほどに動いてしまう感じになるの。先ほどの刺激も、私には苦しみではなかったわ」
「刺激? 単なる刺激だったのか? あんたはさっき苦しんでいたんじゃないのか?」
パムはジョナのその質問に答えず、ジョナの体に自分の体を巻き付けてきた。
「縄は痛いわね。でも、ジェット水流は......」
「痛いんじゃないのか?」
「痛い? そうじゃなくて......」
パメラは微笑みを浮かべたが、ジョナには理解できなかった。
「ジョナ、今はあんたしか目の前にいないわ。だからジェット水流の代わりにあなたが私に刺激を与えてくれないかしら」
ジョナはその言葉にショックを受けた。今のパメラはアルカロイドの作用を強く受けていた。それもジョナの分まで食べたがゆえに、時間的にあとから強まってくる作用に、服用時の作用が加わって、四倍の強度で作用を受けているはずだった。このままでは、パメラはジョナを襲ってくる。ジョナがそう思ったとたんに、パメラがジョナに襲い掛かってきた。
「ジョナ、ジョナ」
パメラはそう連呼しながら、縛られたジョナの体の上にかさばった。だが、ジョナは目をつぶり、すべての表面をダイヤモンド表面のように変化させ、微動だにしなくなった。だが、パメラはそれに構わずに縛られたジョナにかさばり、馬乗りになり、またまさぐり続けた。
いつの間にか、疲れ切ったパメラはジョナの体を抱えたまま眠り込んでいた。ジョナは、スキンスーツの外部摩擦係数を無くし、パメラに気づかれないようにそっと離脱した。それと同時にジョナを縛っていた縄は、ずれとゆるみを生じさせていた。そのゆるみによって、ジョナのスキンスーツの一部表面に鋭い結晶面を生じさせることによって、容易に切断することができた。
パメラはまだ寝入っていた。ジョナは代官所の役人たちに気づかれる前に彼らの剣を操り、檻の天井、そして湯殿の天井をぶち抜き、そのまま外へ飛び出していった。
ジョナは眠り続けるパメラを抱えながら代官所を脱出し、針葉樹林の中に建てた丸木小屋に戻っていった。個室にパメラを寝かしつけると、隣室のジョナを襲ってこないように閉じ込め、ジョナは一息つくのだった。
次の朝、部屋を出たパメラは無口のままジョナを見ようとはしなかった。明らかに、昨夜に自分が経験した異常な感情の高ぶり、ジョナの体に絡みついた行動、さまざまな感情が彼女を混乱させていた。
「昨夜はありがとう」
パメラはジョナの顔を見ようともせず、そう一言いうのがやっとだった。
「僕は実害をこうむっていないから問題ないよ」
「でも、私のあんな姿を見たのよね」
「あんな姿? どのことを言っているのかな?」
ジョナとしてはそう聞き返さざるを得なかった。だがその質問は内気なパメラをさらに追い込んでいた。
「あの、昨夜の全部......」
パメラのその言葉で、ジョナは一瞬にしてすべての情景を目に浮かべ、顔が真っ赤になっていた。それを見たパメラもまた、ジョナが何を考えているかを悟り、ジョナをにらみつけていた。ジョナはその視線を避けるように横を向き、質問を返していた。
「なぜ、あんたはそんなに僕をにらみつけているんだろうか?」
「それが疑問なの? その疑問の答えが分からないなら、私を見ることができるはずよね」
内気なパメラにしては、挑戦的な態度だった。ジョナは思わずパメラを眺めた。すると今度はパメラが視線を外して、再び黙り込んでしまった。ジョナはパメラが会話で受け身になったのを捕らえて、話題を変えようとした。
「代官所の奴らは何をしたんだ? その、僕の仲間たちに......」
そのためらいがちの問いかけ方がよくなかった。パメラは途中から質問を遮るように答えてきた。
「あいつらが、私に何をしたかって聞くわけ? そう、そうなら答えてあげるわ。私をひん剥いて、私の胸を縛り上げて......私の大切なところを露出させて。...。もてあそんだのよ」
パメラはそういうと、自分の身に着けているものを脱いで叫び始めた。
「私は生きながら殺されたのよ。今まで、私は私の体を保ってきたわ。今まで純潔を保ってきたのよ。それなのに、それなのに、奴らは。......そしてあんたはそれを聞いて私をもう一度殺しているのよ」
パメラの叫びは止まらなかった。ジョナは彼女が彼の顔を殴るままに任せた。だが、パメラたちのような頑丈な骨格ではないジョナの顔は、すぐに血だらけになり、はれ上がり、顔の肌が裂けてしまっていた。ジョナのそんな貧弱でひ弱な顔の状態に、パメラは驚いて手を止めた。
「あんたの顔、こんな程度でこんなに裂けてしまうの?」
「も、もう少しで、死ぬところだったかもしれないね」
「あんた、顔以外は強いのに、顔の肌だけなぜそんなにもろいのかしら」
「あんたが僕を半殺しにすることに抵抗せず、君の気が済むようにしただけさ」
パメラはその言葉にショックを受けていた。
「なぜ」
「なぜ、と聞くのかね? 僕があんたを助け、またこのようにして受け止めたのは、天の導きだ。偶然にも、僕が助けたあんたがこの村で僕の隣人だったただ一人の人間なんだ」
「私だけがあんたの知り合いだったということ? そう、ジョナ、久しぶりだものね。この村に帰ってきたのも、会えたのも久しぶりね」
パメラは昔の控えめな娘の顔に戻っていた。
「そう、僕はこの村にアンヘルたちが戻ってきているはずだと思って、やっと帰ってきたんだ」