15 ホニアラ村の変異
ジョナがホニアラに戻ったのは、アンヘルと別れて一年ほどたってからだった。スラーバ黒軍がジョナを追っていたためだったが、そろそろほとぼりが覚めたのではないかと、ジョナは考えていた。こうしてジョナが戻ったホニアラには、しかしジョナを知る者は誰もいなかった。
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ジョナはアンヘルをさがした。探し回った。だが、ホニアラにはジョナの知り合いは誰もいなかった。村は全て作り変えられ、昔の代官所跡もメインストリートも、湯場のあった辺りもすべてが無くなっていた。
「なぜ、ここにだれも居ないのか。誰一人知り合いが残っていない」
ジョナは自問自答した。
「ここならば、アンヘルたちを代官が迎えてくれたはずだったのだが」
「総督もバックアップしてくれているはずなのだが」
「だが、ここに居ないということは迎えてもらえなかったということか?」
ジョナは不用意に住民たちに近づかないほうが良いと判断した。それゆえ、村での住居は高い針葉樹の林の中に丸木小屋を建て、そこに落ち着くこととした。
ジョナは村の各所を歩いた。改めて作り替えられた村の地理を把握しなおした。代官所は村の中央ではなく、村の入り口ともいえる狭い谷あいの丘に設けられていた。ジョナはその代官所を見つけると、そこから村を見下ろした。
作り変えられたといっても、付けられた道筋は見覚えがあった。それを注意深く観察し続け、それによってジョナが把握できたことがいくつかあった。
かつてのメインストリートの道筋が把握できた。その筋に沿って見出したのは、かつてラウラたちが営んでいた蒸し風呂場の跡だった。
だが、そこにたどり着くと、見えたのは建物の屋根ではなかった。一度や二度ではない、繰り返し繰り返し崩壊を繰り返したためだろうか、兵も壁も跡かたはなく、ただ、土台だけが残っているだけだった。
蒸し風呂場は、かつてメインストリートに面していたはずなのだが、そのメインストリートは今では小川の流れる水路に変わっていた。そして、水路の両側にはいくつもぼ名日が立てられていた。かつてのメインストリートとその両側は、大規模な墓地になっていた。
では、メインストリートをたどって行けばあるはずのアンヘルとジョナが営んでいた鉱泉小屋と食堂は、今はどうなっているのだろうか。
鉱泉はあった。かつてのアンヘルたちの鉱泉小屋は跡形もなくなっていたが、見覚えのある湯殿は湧き出た水を一時溜めておくための施設になっていた。そこから、常時一定量の水がメインストリートだった水路に流れ出す仕掛けとなっていた。そして、周囲には、幼い子供たちのための比較的古い墓が設けられていた。かつて、黒機械獣と土塊族が乳児院を襲った時の犠牲者たちが埋葬されたのであろうと考えられた。そこに隣接する場所にも、その時の犠牲者と思われる村人たちの墓所があった。
ジョナは、目の前の墓に比べて、真っ白な新しい墓所が水路の下流にあったことを思い出した。彼は水路をたどって下流の墓所に戻った。新しい墓に刻まれた名前は、はっきりと読み取れた。
「入浴施設管理者 ラウラ・ゴリドン」
「組合長 アタランテ・メレアグロス」
「蒸し風呂従業員・・・・」
そこには、かつての商売敵やその従業員たちの新しい墓所が並んでいた。多くの知り合いが亡くなっている事実を、ジョナは一人一人の名前を口に出して確認しなければ、受け入れることができかった。彼らは、ごく最近の戦闘で犠牲になったのだろうか。
新しい墓所は水路から離れた場所にもいくつか存在した。水路から離れた荒れた場所にまで墓石が連なっていた。しかも、その場所にある墓石は、土ぼこりにうずもれるように、みすぼらしかった。新しい墓なのだが、誰も墓参りをした形跡がなく、放置されたままのものだった。そして、その名を見た時にジョナはショックを受けた。
「哈巴狗」
肩書も何らかの言葉もなく、ただ小さな石に名前が刻んであるだけの墓石。彼は、代官付きの哈巴狗だった。彼らはアンヘルたちをかくまってくれるはずの人物だった。
「巴狗。何があったんだ?」
彼は、慌てたように周囲の荒れた土地に放置されたような墓を探した。そして、彼の予想通り、水路の反対側のやはり荒れた土地に知っている名を発見した。
「チュア・ラング」
「テムジン・カーン」
やはり肩書のない、みすぼらしい墓名碑だった。
「僕の仲間たちが全て死んでいる。何があったんだ? 殺されたのか?」
最後の自分の言葉にジョナは戦慄した。なにかの事故、もしくは何らかの戦乱があって巻き添えで死んだのであれば、それなりの敬意をもって葬られたはずだった。だが、この荒地に単に放り込まれたように葬られたということは、処刑された、もしくは反逆者として殺されたと考えるべきだと結論するしかなかった。
ジョナは、無言のままその墓所を離れた。
彼は、静かに代官所に入り込んだ。そこにはジョナの見知らぬ代官が職務を取っていた。
「王国の王女が居ない今でも、総督閣下の下、われらは一枚となって秩序を保っていられるなあ」
「はっ、モスタル・キーン総督はおっしゃられましたね。王族同士の戦いが始まった以上、私たちは王国民たちをいかにして安定させるかが問題であると」
「そうだ、副官。総督が事実上のこの辺りの王となった今、我々の職務は重要だぞ」
この会話は、普段も行われているらしかった。代官のみならず、代官の部下たちもそうだった。
「我々の代官様は、キーン総督閣下の直接の部下となった方だ」
「俺たちはこれでいい夢を見られるな」
「そうだぜ。いい夢だな。そうそう、いい夢といえば、あの湯殿妾が下げられたらしいぞ。何でもいつまでも言うことを聞かないから、俺たちに任せるとさ」
「あの女を自由にできるのか、いいじゃないか」
「じゃあ、仕事明けのお楽しみとするか」
ジョナは、この湯殿妾に関する会話がなぜか引っかかった。
夜に再び代官所へ戻ると、すでに勤務が終わったはずの役人たちがぞろぞろと帰宅していく中、その中の上司と思われる数人が地下講堂へ進んでいく姿が見えた。朝に行われる代官の挨拶があるはずもなく、おかしなことだった。
それを確かめにジョナは地下講堂へ向かおうとした。だが、その日朝でもないのに代官までが地下講堂の入り口でぐずぐずしていた。なにかを待っている彼らの姿に、代官の後ろに隠れて付けて来たジョナは、それ以上入り込むことが出来なかった。
講堂ではなく、何か別の場所で人間の苦悶の声が上がり始めた。講堂の横に設けられた代官たち向けの湯殿からだった。しかも、苦悶の声は高い子供の声のように聞こえた。
「おう、そろそろ始まったな」
「しかし、まだ入ってはなりませんぞ。まだ抵抗している様子です」
苦悶の声は強くなり悲鳴に聞こえてきた。子供の声ではない。その様子から、明らかに女の声だった。
「そろそろ、よろしいと思います。代官様の部下たちがどのように料理したのか、御照覧ください」
「何、俺のやり方以上のやり方があるというのか? ほほう、それを教えてもらおうか」
代官はそう言うと、湯殿のドアを開け、中に入って行った。そしてジョナの後ろでドアが締められると、室内が明るく照らされた。
「代官様のおなりである」
すると、熱心に動いていた者たちが一斉に代官を振り向いた。
「よい良い、そのまま続けなよ。どんなやり方をしているのか、俺も教えてもらおう」
悲鳴は天井からつるされた若い女のものだった。後ろ手に縛られ、その縄が二本、下を向いた胸の二つの山をより高く強調するように締め上げていた。さらに別の四本の縄が大腿部を縛り上げてつるし、重力が二本の足が下向きに開くように作用していた。つるされた女は悲鳴を上げながら頭を上下左右に振り、体をもだえるだけだった。
「ほほう、お前たちのやり方は、なかなか見上げたものじゃ。これでは彼女は避けることもできず逃げることもできず、ただ悶えるだけなのか。誰がこんなことを発明したのかね」
「俺です。こうやると悲鳴が上がるのです」
悲鳴と悶えの前で、一人の男が代官の前に進み出て、誇らしくまたにやけた顔を晒しながら、鋭い水流を娘に当てていた。ジョナは真っ赤な顔をして何が起こっているのかを把握した。
次の瞬間、ジョナは娘の周囲にいた男たちを殴り倒した。同時に縄を切り、疲れ切った娘を両手に抱き上げて床の上に立った。だが、汗のためか足場が滑りやすかったためか、ジョナは娘を抱えたまま仰向けに転んでしまった。
「ジョナ!」
ジョナは娘が自分の名を口にしたのを聞いて驚いた。そして、乱れた黒髪のその奥に見慣れた、だが疲れ切った娘の顔があった。
「パム!」
すかさず代官たちはジョナを捕らえてしまった。
「こいつは、この娘の恋人か? こんな危ない真似をしおって」




