14 内戦 新王朝と旧王朝の戦い
スラーバ黒軍は、兵士たちを動員して捜索を始めた。だが、王族用車両を中心に展開した大掛かりな水くみ上げ陣形のために車両は身動きできず、暗闇の中でジョナたちを探し出すことなど無理な相談だった。ジョナたちは、右往左往する兵士たちの混乱に乗じて、闇に紛れて離脱していった。
ジョナたちはピナクル山のふもとにとりつくと、深い谷あいに入り込んだ。そこから先は、ナデジダ王女の案内で彼女のお気に入りの遊び場だった井戸施設に逃げ込むことができた。そこはおそらく戦略上の理由から、外から発見されにくい地下施設であるために、発見される虞がなかった。またナデジダ王女の言うには、ここから地中の水路トンネルをたどって王都城内に入り込めるということだった。
「誰かが言っていたけど、ここから8000メートル掘り下げないと水にたどり着けないのよ」
水の確保に苦労しているのは、スラーバ黒軍だけではなかった。だが、このプレザント向けの設備は簡易的な井戸ではなく、半永久的に掘り下げた穴であるために、大量の水を王都まで供給出来ていた。
「この地下水路をたどっていけばいいんだね」
水路横の通路は、施設維持管理のための狭いものだった。水量も豊かなままだった。それゆえ、ジョナたちが王都に着くまでに結構な時間を要していた。
「まだこれだけの水を補給し続けているということは、城の中に誰かが残っているんだろうね」
水路から這い上がって王都の地上に出てみると、城壁の中は、以前に訪れた時と同様に無人のままだった。あの時は、第一王女ミランダの側に立つ王族純血党ら旧王朝軍が、第二夫君陛下と第三王女ナデジダの側を襲ってから始まった内戦の初めのころだった。今や内戦は王国全土に拡大していることもあって、旧王朝軍が放棄した後、無人のままらしかった。それでは、誰がどこに残っているのだろうか。そんな疑問を持ちながら、ジョナたちは城の中へと入り込んでいった。
その直後、地響きとともに城壁が大規模に崩れ始めた。
「この音は、複数の個所で城壁が破壊されたに違いない」
「それは、城をスラーバ黒軍が侵入し始めたということかしら」
一段高い櫓に上ると、王都の中心にある城へスラーバ黒軍が向かっている様子が見えた。
「城攻めがはじまったね。彼らは初めから城を占領するつもりで来たんだ。彼らは城の中に王族が残っていると考えたんだろう」
ジョナの指摘したとおり、王都プレザントはスラーバ黒軍の黒機械獣と浮動要塞とに包囲され、大規模な砲撃によって城壁や様々な施設が破壊され始めていた。同時に、王都内にスラーバ黒軍の部隊が侵入し、真っ直ぐに城に殺到し始めていた。
ジュラメッサジュニアは、スラーバ黒軍の浮動要塞を王都を上空から威圧するように配置し、黒機械獣群を城塞の中へと導入した。それによって、城の内部に残っていると推定した王族に心理的圧力を加える考えだった。
「スラーバ陛下、この王都にある城を占領することが大切だとお考えなのですか」
「そうだとも。たとえ無人と言えども、広大な太平洋王国の首都だ。その城を占領することこそが、新王朝を打ち立てられたことを体現したことになるんだ」
スラーバの言うことを納得したジュラメッサジュニアだった。だが、彼の頭の片隅には罠ではないかという思いがあった。
「しかし、これでは王族純血党の重装甲槍砲撃突撃車両の大軍に包囲されたときに、全滅させられる危険があります」
「ジュニア、確かに罠だともいえる。しかし、彼ら自身がこの王都を捨てることは本来あり得ないことなのだ」
「それはどういう意味ですか」
「わからぬか? 我々がこの王都を占領し、城にいることこそが、新王朝の支配を現すと教えたな。それは彼等も同じだ。この城に彼らの王族がいることこそが、旧王朝が健在であることを示すことになるんだ。それゆえに、ミランダ王女がこの城のどこかにまだ残っているともいえる。そうであれば、彼らが城内に入った我々を包囲したとしても、王都攻め、城攻めという積極策に出ることはなかろう」
「しかし、包囲されたままではもう一つの憂いがあります。もし、封鎖されたままであれば、我々の食料を確保できないと考えます」
「それは心配ないぞ。何のためにこの最大戦力を準備したと思うのだ? 必要に応じて突破すればよいではないか」
「わかりました。ここは仰せのままに」
ジュラメッサジュニアはそう言いつつ、スラーバの考えに従うのだった。そして、ジュニアの考えが固まった時、浮動要塞からの報告があった。
「木精族の重装甲車両からなる軍が、王都を包囲しています。彼らの重装甲車両は彼らの従来型とは異なり、衝角を有した槍砲撃重装甲車両を展開しています」
「心配するな、彼らは攻撃しては来ない」
ジュニアは、スラーバの顔を見ながらそう答えた。だが、スラーバとジュラメッサジュニアの予測とは反対に、猛烈な攻撃が始まった。木精族の王族純血党軍が繰り出した槍砲を有した衝角重装甲車両突撃部隊は、彼らにとっての切札だった。
「城壁に陣取る黒機械獣からの報告です。彼らは今までの衝角攻撃に加えて、砲撃をしつつ突撃してきます。現在、機械獣の損耗率が30%に達しています」
「浮動要塞を動かせ。徹甲弾攻撃によりすべてを粉砕せよ」
こうして、激しく動き回る重装甲車両は砲撃と衝角攻撃とによって黒機械獣をことごとく粉砕していった。黒軍側も、浮動要塞群が重装甲車両軍の上空から大量の徹甲弾を散布攻撃した。黒機械獣はいたるところで擱座し、重装甲車両によって食い破られ、その重装甲車両も浮動要塞からの徹甲弾により次第に爆発し、粉砕されていった。
城壁の内外で両軍の戦闘が開始された混乱の中、城に忍び込んだ三人は王族のみが知っている秘密居室へと達した。そこには、ミランダ第一王女を守るように親衛隊部隊が待ち構えていた。
「お前たちは誰か?。ここを知っているということは、王族関係者か? だが、その服は我々の物ではないな。だが、スラーバ黒軍の兵士でもなさそうだ」
「僕は、ジョナと言います。スラーバ陛下が僕の恋人を手籠めにしようとしたために、逃げ出してきたのです」
ジョナがアンヘルやナデジダ王女を後ろにかばいながらそう答えると、親衛隊の一人は怪しみつつ質問を続けて来た。
「逃げ出した? 確かにスラーバ陛下は好色だ。だが、その幼児は誰か?」
「これは、ナデジダ王女です。彼女の案内でここまで来られたのです」
ジョナの指摘は親衛隊と王族の側近たちを驚かせた。
「なに、第三王女だというのか? ではスラーバの下には王家の血族がいないではないか」
「そうですね。彼女もスラーバ陛下を恐れたため、私たちは逃げ出したのです。ただ、どこに逃げればよいかわからずに、ここまで来たのです。それにここには第一王女もいる。なれば、王族を再び一つにし、内戦を終わらせるチャンスでもある。そう判断したのです。」
そのあと、側近たちは思わぬ事態の展開に議論を始めていた。
「スラーバは錦の御旗を失ったことになるな」
「だが、まだそれは公然知られてはいないぞ。それだけに、彼らはナデジダ第三王女を躍起になって探しているに違いない」
「そうか、だからこちらに逃げ出したのか?」
「だが、我々への捜索もより厳しくなるぞ」
「だが、これでは、ここで継承権をはっきりさせなければならない」
ジョナは側近たちの議論を我慢して聞いていたのだが、両軍の戦闘が激しくなってきたことを悟って、なかなか結論を出せない彼らにいら立った。
「砲撃と爆発の音が聞こえませんか。ここをさっさと逃げださなければいけないことだけははっきりしていますよ。継承権は生きていればの話題でしょ?」
こうして、親衛隊を先頭にジョナたちは王都からの脱出を始めた。
脱出経路は複雑だった。地下の居室から脱出して出たのは、城下町の裏道だった。その込み入った裏道を先導したのは、ナデジダだった。
「こっちよ」
彼女の通る道は、時に酒場だった軒の細い道、時に屋根の連なる空中回廊、時にまだ壊されていない城壁の上だった。そして彼らは、城壁の内外で繰り広げられているスラーバ黒軍と旧王朝軍との激烈な戦闘を目の当たりにした。
「黒機械獣がいたるところでひっくり返っていますね」
「味方の重装甲車両が黒機械獣を貫いている。彼らが活躍しているんだ」
「いや、彼らは逃げ回っているんだぞ」
彼らの目の前には、注がれる徹甲弾の尻尾が光の雨のように降り注ぐ姿が見えた。
「このままでは、味方は全滅する」
「彼らに撤退を命令しろ。我々王族が彼らと合流して体制を整えるんだ」
「この信号弾を使おう」
その言葉に、ジョナが鋭く反応した。
「それでは僕たちの位置を知られてしまうじゃないか」
「我々は王女殿下たちを連れて逃げる。その間に誰かが残ってやればいいんだ」
親衛隊の一人が冷たく言い放った。
「そうだ、ジョナとアンヘル、お前たち二人が残ればよい」
その言葉に、アンヘルが抱いていたナデジダ王女が悲鳴を上げた。
「アンヘル、行かないで」
アンヘルも戸惑いながらジョナの顔を見た。このままではアンヘルが犠牲になりかねない。そう思ったジョナは静かに言った。
「その役目、僕がやる」
ジョナがそう言うと、アンヘルは反対した。
「アンヘル、ここからはアンヘル王女のために生きろ」
「あなたはどうするの?」
ジョナはアンヘルではなく、ミランダ王女とその側近を見た。
「王女殿下、そして親衛隊の皆さんはホニアラ村へと逃げ伸びてください。そこはだれも見向きもしない開発や経済の中心から外れた寒村です。そこへいくには、ガダルカナル山地の北側を西南へ下る街道筋から外れてガダルカナル山地の北側の谷筋を東の奥深くへ進んでください。そのまま入り込んでいくと、Iron Bottom Sound と呼ばれる行き止まりの谷の入り口にホニアラ村があります」
「ホニアラ?」
「そこの代官は生粋の木精族でサン・ゲルタンという信用のおける友人です。また哈巴狗という付き人も友人ですから。そして総督のモスタルキーンも信頼できます。彼らは必ず王女様たちに味方してくれるはず、かくまってくれるはずです」
ジョナはそう言うと、改めてアンヘルに向き合った。アンヘルは言葉を重ねた。
「あんたはどうするの?」
「僕は大丈夫だ。必ず合流する」
「私はおいていかれるの?」
「あんたはそう感じているのか? 僕は必ず戻ってくる。なぜなら、あんたは僕の愛だからだ。僕の生きる光だからだ。おいていく? そうじゃない。任せるんだ」
「任せる?」
「そう、王女殿下と親衛隊とをな」
「私が彼らを任されるの? どうして? 私は偉くないわ。私はただの貴方の女よ」
「そうかね? もう一つ任せたい。僕の唯一つの生きる光をだ」
「そんな言い方は卑怯よ。でも、そう、わかったわ」
アンヘルは、ナデジダ王女を抱き上げながらそう言ってジョナの前を立ち去った。親衛隊とともに王族二人は去っていった。
ジョナは、信号弾をもってそこに一人佇んだ。アンヘルの姿を、ナデジダ王女のの顔を、そして親衛隊の姿を見つめ続けていた。
ジョナが打ち上げた信号弾は、旧王朝軍に確かに伝わった。だが、それはそこに王族がいるとスラーバ黒軍が考えることにもなった。そして、スラーバ黒軍は浮動要塞群をゆっくりとジョナのいる方へと動かし始めた。
「さあ、此処を早く脱出しましょう。我々は生き延びなければなりません」
ミランダ王女、ナデジダ王女はアンヘルとともに、親衛隊に守られながら離脱していった。