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12 トフアの新王朝の大軍

 トフアの丘には、紫色に光を反射するアーチと黒い金属の柱とによって構成された神殿が建立されていた。その神殿を囲むように、黒い要塞都市が築かれ、元は外輪山であった山を基盤に築き上げられた頑強な黄金色の城壁が丘の周囲を巡らされていた。それが王国の辺境を守るための強大な神殿要塞都市トフアだった。

 その丘の東に広がるトンガ山脈から向こうには、急激に落ち込む深い暗黒のトンガ谷が口を開いていた。トフアの丘にある神殿は、その谷底に住むという神邇(ジニ)を祀った神殿であり、スラーバ第二夫君陛下が精神的にも物質的にも拠り所とするトンガ谷への祈りをはせるところでもあった。


 ジョナたちは、ナデジダ王女とともに王都プレザントへ進撃するスラーバ軍の大部隊に同行していた。スラーバ陛下の大軍、通称スラーバ黒軍は、すでにトフアの要塞都市を出て、北西、つまりピナクル山にある王都プレザントへと進軍していた。上空には覆い尽くすように展開した太極浮動黒色要塞群が、進軍する隊列の左右には黒機械獣の大軍が、それぞれ並行して進んでいた。そして、隊列の中央には、第三王女のナデジダ、そして王女護衛となったアンヘルとジョナたちの乗ったスラーバの王家用車両が、大軍に守られつつ進んでいた。


 ナデジダ王女の居室は王家車両の後端部に面していた。ジョナたちは今、要塞都市の光景を後ろに、そして後続の隊列とその左右翼に並走する黒機械獣の大軍、上空の要塞群を眺めながら、スラーバ陛下や付き人たちと懇談する機会を許されていた。

「我々の大軍をもってすれば、王都プレザントを占領する王国純血党軍とその傀儡となった第一王女たちを追い出すことも可能でしょう」

 側近のジュラメッサ ジュニア将軍は、そう言いつつナデジダ王女の横に侍っているジョナとアンヘルとを睨んだ。彼の父は、ジョナやナデジダ王女に対する酷い取り調べ行為ゆえに、処断されていた。それゆえ、ナデジダ王女はともかくジョナやアンヘルをいまだ憎んでいるようだった。

「ジュニア。お前は彼らを睨んだな。お前は父を処刑されたことがまだ納得できないようだね。お前の父は私の娘を打ったのだぞ」

「父は.......王女殿下のご尊顔を存じ上げませんでした。しかも、奴らと一緒にいたのですよ。だから、父はあのようなことをしてしまったのです。無理もないこと......」

「ほほう、それで許されるべきだというのか?」

「いいえ、そこまでは申し上げておりません」

「そうじゃろうな。そうでなければ、お前もここに居ることはできまいぞ」

「はい」

 ジュニアはそう返事をすると二度とジョナたちを見ようとはしなかった。


「うむ、よかろう。進軍の速度も適切じゃ」

 スラーバは、外を見ている王女の隣に立つと、そう言って満足そうに外を一瞥した。

「土塊族兵ばかりではないぞ。空を進む太極浮動要塞群も、地上に展開する黒機械獣群も、今や火炎族による術によって動く。つまりは私の命令で動くものとなった。それに、私にはさらに軍事力を強くするための豊かな財もある」

 スラーバは、そう言いながら王国の通貨でもある煬元コインの山の触感を楽しんでいた。

「不思議な力ならば、トンガの谷底に住まう方々から頂ける。武器ならば、いくらでもトンガの谷底から持ち出せる。王国の通貨煬元ならば、トンガの谷底からいくらでも与えてもらえる。今や、太平洋王国すべてを私が思うようにできる。私を凌駕する者はもうこの国にはいないぞ」

 そう言いながら、スラーバはナデジダ王女が甘えて寄りかかっているアンヘルと、その横に立っているジョナを一瞥した。

「そなたたちは、もう無敵じゃ。そなた達を襲うものなどいない。王女とともにここに居ればよい。ジュラメッサはお前たちに危害を加えたゆえに死刑に処した。お前たちは王女を保護し、私のところまでよこしてくれたのだからな。」

 スラーバはそう言うと、王女の居室から出て行った。


「もうすぐプレザントだな。ここから先は、水の無い領域だ。明日はここから一気に王都プレザントに攻め入る」

 ジュラメッサジュニアは全軍に一斉に指令を出した。隊列は王都プレザントのある山のすそ野にそのまま停止し、両翼の黒機械獣軍団や上空の太極浮動要塞は、隊列を組みなおしながら地上に展開した。それぞれが地中深くの水分をくみ出すために井戸装置を突き刺していた。ほとんどの軍団では移動宿舎内で水を利用し始めていたが、王家車両だけはその頂上部のプール部に水を溜め、王が側近らとともに湯あみを始めていた。

「眺めがよいな。私たちが終わった後に、幼い王女に湯あみをさせよ」

 スラーバの言葉に、側近のジュラメッサジュニアが怪訝な顔をした。

「陛下、この高貴な施設をナデジダ殿下を世話しているアンヘルとジョナにも使わせよ、とおっしゃるのですか。アンヘルとジョナは、旧王朝に通じているかもしれないのですよ」

「彼らが旧王朝の体制の中で生活してきたのは確かだ。だが、ナデジダ王女を助け、世話をしてきたのも確かだ。現実にナデジダ王女もなついているではないか。それにな、私があのアンヘルの裸身を見るよい機会にもなる。私がそう言っているのだぞ」

 ジュニアとしては、その隙が危ういと言いたそうだった。だが、王はそんなジュニアの表情を無視した。


 夜になり、ナデジダ王女はアンヘルとともに湯あみをする時間となった。ナデジダ王女は三人で湯あみができることに大喜びだった。

「ジョナ、一緒に行こうね」

 王女の言葉だったが、ジョナは乗り気ではなかった。ジョナのぐずぐずしている態度に、アンヘルはあきれたように指摘した。

「いまさら、何を言っているの。私の体なんて、もう見たことがあるでしょ?」

「いやだよ。......たしかに一瞥したこともあるけど、見ようとしたわけじゃないし。見ないように努力してきたんだ。見慣れているはずが無いじゃないか」

 懸命に反論するジョナを眺めながら、アンヘルはいたずらっぽく微笑んだ。

「それなら、今から見慣れちょうだい。王女殿下もあんたが一緒に来ることを求めているのよ」

 そう言うと同時に、アンヘルはジョナの腕を締め上げていた。

「これは狩りでのテクニックだけど。これで獲物は動けないわよ」

「僕は獲物じゃないよ。や、やめてくれよ。頼むから」

 ジョナは発熱で顔を真っ赤にしてもがいたのだが、腕を後ろに決められては身動きできずに屋外浴場へ引きずられていくしかなかった。


 バスタブというには大きなプールほどの湯船につかりながら見上げると、空には空気が薄いために星の瞬きはほとんどなかった。また、気圧が低いために沸騰させたお湯であっても沸点はせいぜい45度であり、加熱し続けていても湯音は41度程度だった。湯音が低いせいか、またはスキンスーツのせいか、またはアンヘルの姿を見まいと湯船から乗り出して外を眺めていたせいか、ジョナはあったまることがなかった。そして、当然ながらジョナはくしゃみをした。

「寒い。湯冷めした。もうだめだよ」

 ジョナはいい口実が見つかったと思いながら、湯あみの場から這う這うの体で抜け出していた。その様子をスラーバ達が盗み見ていた。

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