11 ソロモン低地への侵入者
黒い巨獣の群れはホニアラ村に入り込んで行った。ただ、巨獣の動きは不思議だった。ある巨獣は、一旦停止しては風の方向に体を向け、何かを探るかのようにとどまった。また、動いてはまた止まった。ほかの巨獣も似たような動きを始め、繰り返していた。チュアは、その点に注目し、巨獣たちが縦横に動きつつも、以前のように獲物を求めて住居や生産基地を破壊していないことを指摘した。
「あいつらの動きは、でたらめではないね。ただ、獲物を求めているというよりは、何かを探しているという動きだ」
やがて、巨獣たちの向きが、アンヘルとナデジダ王女が先ほどまで隠れていた鉱泉小屋に一斉に向き始めたのを見て、ジョナは巨獣たちの目標がナデジダ王女ではないかと感じた。
「あいつら、ナデジダ王女を探しているのか?」
「とすると、確実にソロモン低地に向かうことになるな」
巨獣たちは鉱泉小屋に達すると、そこがすでに無人であることをすぐに悟ったようだった。その後、かれらは鉱泉小屋に見向きもせず、一斉に向きをソロモン低地へと向いた。
「確かにソロモン低地が危ない」
ジョナはそういうと、ナデジダ王女を連れてソロモン低地へ向かったアンヘルを追い、ソロモン低地に危険を告げるために出かけた。
ジョナはホニアラ村から出たところで、逃げ遅れたらしいホッパーの群れに遭遇した。
「そうか、巨獣がホニアラ村でぐずぐずしているから、逃げるのをやめていたな」
彼は一頭のホッパーを捕まえるとソロモン低地へとホッパーを駆って急いだ。
ガダルカナル山地の北側の谷筋を西へ進み、ブエナビスタ山を南に見て西から南へ回り込み、西南へ下る街道に出ると、もうすぐソロモン低地のはずだった。
ジョナはどのようにしてソロモン低地の住民たちに危険を知らせようかと考えながら走り続けていると、ソロモン低地に入る前の谷あいで、鶴翼陣形を構えて待ち構えている王国軍と遭遇した。その旗は、キーン総督のものだった。
戦列の最前列に達した時、ジョナは兵士たちに総督へ取り次いでくれるようにと申し出た。だが、取り次ぐものはなかった。
「怪しい奴」
警戒した兵士たちは、口々にそういうとジョナを取り囲み、捕縛しようと打ちかかった。ジョナは振り下ろされる槍や盾を腕で受け止めた。すると、当然ながらジョナのスキンスーツが結晶化し、打ちかかる武器をことごとくはじき返してしまった。それが兵士たちの警戒心を高めてしまった。
「こいつ、只者ではないぞ」
「こ、金剛族か」
「応援を呼べ」
ジョナはすっかり大勢の兵士たちに囲まれてしまった。それでもジョナは兵士たちに大声で申し立てを続けていた。
「総督様に取り次いでくれ」
ジョナは何回も大声を上げた。だが兵士たちは槍や武器を構えたまま、警戒態勢を緩めなかった。その時に大声を聞きつけたのがアンヘルだった。
「ジョナ!」
「アンヘル! 助けてくれ」
「兵士さんたち、あれは私の連れ合いよ」
驚いたアンヘルは、警戒の兵士たちにジョナの解放を願った。だが、気が立っている兵士たちがそれを聞き入れることはなかった。
「そうか、それならなおさら......」
仕方なく、アンヘルはモスタルキーン提督に直接訴えるしかなかった。
「兵士さんたちがいうことをきいてくれません......」
「なにがどうして? 何、ジョナが来ただと?」
そう応じて総督がホッパーを走らせて最前列に出てくると、包囲している兵士たちを一喝した。
「彼の姿と顔は周知していたはずではないか。すぐに開放して私の前にお連れしてこい」
モスタル・キーン総督は、ナデジダ王女やアンヘルとともに、本陣の奥に座っていた。そこに案内されたジョナは、ようやく巨獣たちがナデジダ王女を狙っていることを報告した。
「そうか、よく知らせてくれた。王国軍は、あの黒い巨獣を正式に「黒機械獣」と呼ぶことにした。そしてその黒機械獣がここに来るまでにまだ時間がある。そこで、私に策があるんだ」
キーン総督はそういうと、王国軍の陣形を解き、焦土作戦の準備を始めた。総督は、本陣を高台に設けつつ、全軍に命じて谷筋の奥からソロモン低地に入る直前まで、すべての生物を取り除き、一体を全て岩だらけの砂原と変化させた。
二日後の夜、谷あいの道筋の奥から、典型的な金属同士が軋るような音が響いてきた。初めはかすかな音だったが、次第に軋る音が大きくなってきた。
ガシャリキーガシャリキー。
黒機械獣は逃げ遅れたホッパーたちを追い立てるように街道を下ってきていた。脇の丘へ逃げ込もうとするホッパーから森林に潜む小動物に至るまで、動物たちをすべて捕食しつつ進んできたのだった。
黒機械獣たちはついに総督が設けた焦土領域に達した。すると、先行する黒機械獣たちは、たちまちそこで擱座するようにして動きを止めてしまった。すると後続の黒機械獣たちも動きを止めた。
「狙い通り、あいつらは動きを止めたな」
総督は、高台の本陣から黒機械獣たちの擱座した様子を観察していた。だが、その顔色が次第に困惑した表情に変わった。
「あいつら、前列の仲間を食っているぞ」
黒機械獣はそのまま擱座し、後続の進行を止める形となっていた。だが、後続の仲間は擱座した仲間を分解し捕食し始めていた。時間はかかっているのだが、捕食が終わると捕食した機械獣は、4倍の数に分裂した。ただ、後続の黒機械獣はそこが焦土であるため、前進してもすぐに再び擱座した。そして、後続の黒機械獣が擱座した仲間を捕食して4倍に分裂した。このようにして彼らは進撃を続けたのだが、擱座した仲間の捕食に手間取っているためか、黒機械獣の進撃は、今までの進撃速度とは異なり、粘り気のある溶岩のようにほとんど止まったような速度に変わっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
黒機怪獣たちは遅々として進まななかった。その代わりに、遥か後方に別の集団が出現した。それは、黒機械獣群の規模をはるかに超えた土塊族の大軍だった。
モスタルキーン総督はジョナたちに逃げるように言うと、王国軍を鼓舞した。
「黒機械獣の後ろに、土塊族。どうやらあいつらが黒幕だったらしい。許さんぞ、王国を荒廃させ、人々を苦しめ、そのうえナデジダ王女を襲い来るとは。王国軍の勇士たちよ。勇気を振り絞れ。王国を破壊しようとする敵を、黒機械獣の向こうに陣取っている憎むべき敵を。命の尽きるまで怒りを込めて撃ち叩け」
この言葉とともに、総督は王国軍を率いて高台から駆け下りていった。焦土領域にとどまっている黒機械獣の背後をつき、進撃し始めていた土塊族の大軍の横腹に襲い掛かった。
当初、土塊族は横腹を突かれたことで、王国軍に食い破られるように見えた。しかし、土塊族はそれを予測していたかのように陣形を鶴翼に変形しつつ、王国軍を左右から挟撃した。王国軍は渦のような土塊族の軍の中に消え去っていくようにみるみるうちに撃滅されていった。ただ先頭の総督旗下の少数群だけは、土塊族の戦列を突破し、反対側へ抜け出ていく姿が見えた。こうして、もはや土塊族を妨げるものはいなくなった。
「総督、あんたは僕たちを助けるため、全軍を突撃させたのか。その意志はわすれない。ありがとう」
ジョナは戦況を見極めると、総督への感謝と別れの言葉を口にし、デジダ王女を抱くアンヘルの手を引いて、戦線から遠くへ去っていった。他方、土塊族は、黒機械獣の動きを止め、かわりに大軍をソロモン低地に展開し始めた。それは、逃げ去ったナデジダ王女を抱いて逃げたジョナたちを探し出すためだった。
ジョナたちはソロモン低地のブナ林の獣道にひそんでいた。彼らはすでに、土塊族に発見される前に土塊族たちの行軍の様子に気づいていた。
「アンヘル、どうやら囲まれたようだ」
「王女は任せて」
行手を彼らに遮られていることを悟ったジョナ達は、樹々の枝の上に上がって様子をうかがうことにした。
樹上から下を観察し続けていると、遠巻きにしていた土塊族の兵たちは、徐々に包囲網を狭めていた。
「カシラ、目標はどうやら地上には居ないですね」
彼らは長年の経験から、獲物が木の上に逃げたと感じていた。
「そうか、どこかの枝の上だな。見つけにくいところだぞ。だがそれなら、このあたり一帯で、足跡、その他の痕跡を探せがよい」
彼らはそんなやりとりをしながら、ジョナ達の足の下をゆっくり過ぎていった。ジョナたちは息を殺してその様子を見つめていた。彼が木々の枝を弄ぶ音だけが響いていた。
「ハクション」
ナデジダ王女のくしゃみが全ての音を打ち破るように響いた。
「あの木の上だ」
「王女殿下、しばらくアンヘルとともに逃げる支度をしてください」
ジョナは観念してアンヘルとナデジダ王女に逃げるように言い聞かせた。
「僕が血路を切り開く。そこを二人は突破して逃げてくれ」
アンヘルもナデジダ王女を左手に抱き上げると、右手には刃の長い鎌を構えた。三人はその言葉と同時に飛び降り、ジョナは敵を切り伏せながら走り出した。アンヘルもナデジダ王女を抱き上げながらその後を追った。だが、前方には周到に用意された罠があった。そこで、やはりジョナたちは土塊族に捕らえられてしまった。
「さてさて、お前たちは親子三人だな」
「もはやここまでか」
「俺たちは狩が得意でね。お前たちのように親子連れで逃げ回る奴らは簡単に捕まえられるのさ」
網によって巻き上げられた三人は、頭目と思われる男にそう言われ嘲笑された。
三人はそのままソロモン低地に設けられた土塊族軍団の本陣に連行された。そこでジョナたちの前に現れたのは、敵の大将の火炎族ジュラメッサだった。
「さて、これで厳しく尋問できる。三人をおろせ」
土塊族の兵士達はその命令によって三人を下ろし、それぞれが縛り上げられた。その光景に驚き、アンヘルから引き離されたことで、ナデジダ王女は大声で泣き始めた。途端に兵士の一人が王女の横面を叩いていた。その光景にアンヘルが悲鳴を上げると、彼女もまた鞭で撃たれ、血飛沫が飛んだ。
「女子供に何をする!」
ジョナは怒りのあまり、また毛を逆立てた。このままでは、ジョナがまだ逆上する。そう感じたアンヘルは血潮を滴らせながらも、ジョナを嗜めた。
「今は動かないで!」
その言葉にジョナは動きを止めた。それを見た頭目らしい男が目を細めた。
「ほほう、尋問のやり方を決めたぞ。男を尋問しよう。答えなければ、女と子供に罰を与えてやる」
彼はサデイスティックな笑いを浮かべ、アンヘルとナデジダ王女を撫で回した。
「さて、ホニアラ村でお前達は高貴なお子様を見かけたはずだ」
ジョナはこの質問が来る事を予想していた。ただ、彼ら土塊族がナデジダ王女の味方なのかはまだわからず、不用意に事情を話すことは危険だった。
「黙秘か? それならお前の妻と子供の体に聞いてやろう」
そう言うと、頭目と配下たちはアンヘルの服をはがして縛り上げ、同時にナデジダ王女の縄をきつくした。
「ほお、いい眺めだ」
「無抵抗な女子供に何をする」
「何をすると聞いたな。では教えてやろう」
途端にアンヘルは悲鳴を上げた。アンヘルの肌に容赦なく鞭が何度も撃ち込まれたのだった。それを見たジョナは再び怒りを燃えたぎらせ始めた。もはやアンヘルは鞭打たれて脱力しており、次に撃たれるのは、悲鳴を上げているナデジダ王女に違いなかった。
「お前達、何をしておるー」
突然、頭上から声がかかった。
「ジュラメッサ司令官殿!」
司令官と呼ばれた男は火炎族の男だった。ジョナは土塊族の司令官に火炎族が座っていることに驚いた。
「お前達、せっかく生きて捕らえた奴等を殺す気か?」
ジュラメッサはそういうと、吊り下げられたアンヘルを引き下ろさせた。だが、彼もまたアンヘルの肌に手を伸ばして品定めをし始めた。これもまた、ジョナにとって再びの苦悶の始まりだった。
「おい、司令官。あんた、ジュラメッサという名前か」
「無礼者。囚人の分際で!」
ジョナはしたたかに鞭打たれた。鞭うった土塊族の頭目は嘲笑し、ジョナをさらに鞭うった。その光景に、ついに気の強いナデジダ王女は大声で泣きだしていた。ジュラメッサは不幸なことに王女の姿を見たことがなかった。それゆえ、ジョナとアンヘルの子供だろうと思い込み、ナデジダ王女をさらにきつく縛り上げつるし上げた。
突然、大声が響いた。
「ジュラメッサ、その娘をどうする気だ」
「これはこれはスラーバ陛下。この親子三人を今取り調べているのです」
「取り調べだと? 私の娘を縛り上げて、何を聞き出そうというのだ」
その瞬間、スラーバからジュラメッサめがけて錫杖が打ち下ろされた。
「痴れ者が、わが娘に何をした。そうでなくとも子供にこのような仕打ち、許されまいぞ」
その瞬間スラーバの近衛兵たちがジュラメッサを拘束し、ナデジダ王女やジョナたちはようやく解放された。
・・・・・・・・・・・・・・・
「気づくのが遅れ、申し訳ないことをしたな」
スラーバ第二夫君陛下はそういうと、ナデジダ王女を手元で慰めながら、状況を説明した。
「彼ら土塊族、そして火炎族がこの正統なミルシテイン家の主力部隊を構成しているんだ」
彼の話によれば、すでにミリア・ミルシテイン女王はすでに死亡しており、第一王女ミランダが代表する旧ミルシテイン王家と、ナデジダ王女が代表する正統ミルシテイン家との間で内戦が始まっていた。もっとも「正統ミルシテイン王家」とは言っても事実上は「新ミルシテイン王家」といったほうが妥当だっただろう。そこで、今後は彼らを「新ミルシテイン家」と我々はよぶことにする。
では、ホニアラ村で展開された戦いはなぜ起きたのだろうか。実は、ナデジダ王女はアサシンに王都で襲われたためにホニアラ村に父親のスラーバ第二夫君陛下とともに逃げ延び、秘密のうちにホニアラ村の乳児院に預けられていたのだった。そこで、ナデジダ王女と父親とが再会するはずだったのが、今やっと再会できた。ということらしかった。