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10 再びホニアラ村にて

 ホニアラ村では、農地も採取用の林も、付属設備も住居も何もかもが破壊し尽くされていた。ジョナはナデジダ王女とアンヘルを連れて村へ帰ってきたのだが、アンヘルの鉱泉小屋は半壊し、食堂と付属の私室は半焼していた。

「今夜寝泊まりするところが無いわね」

「王女殿下を連れて帰ってきちゃったから、彼女をかくまう必要もあるね」

 彼はそういうと、鉱泉小屋を修理し始めた。食堂は火事を起こしたために建て直さなければならなかった。鉱泉小屋は鉱泉が噴出していることもあり、火事にはならずに壁が半壊しているだけで構造は維持されていた。

「夜になるまでに二か所ほど壁を修繕すれば、踊り場でとりあえず横になれる。それに、岩場から切り出した大岩をいくつか周囲に並べれば、頑丈な防壁にもなるしね」

 彼は針葉樹林へ手際よく一本の木を、また切り立った岩場へ登ってはいくつもの大岩を切り出してきた。それも、どのような手段を使ったのか謎なのだが、アンヘルから見ても、ジョナは異常に手筈よく壁の修理と防壁を建築し終わっていた。

「まあ、これでとりあえず寝泊まりできるね。さすがに住みかということにはならないけど」

「いいじゃない。ジョナ。水の流れのある所の傍に住めるんだから。料理も洗濯もできるし、いっしょに入浴もできるし、ね」

 アンヘルが言った最後の言葉は意味深だった。

「入浴ねえ」

「そうよ。それに村の再建がなされなければならないのなら、それに合わせて私も再び新しい家族が欲しいの。あなたがその気だったら、あの......私のこと......、全てあなたのものにしていいわ」

 アンヘルの言葉の最後はよく聞き取れなかった。だが、その意味をジョナは十分に理解していた。子供を失った悲しみは癒えていない。だが、その過去をアンヘルはもう乗り越えていた。新しい子供が欲しい。彼女はそう思っており、そのことをジョナも悟っていた。ただ、彼には大きな問題があった。

「でも、この期に及んでいうべき言葉じゃないんだが......僕は、その、どうやったらいいか、知らないんだ......」

「私にも教えて。新しい家族って、赤ちゃんのことでしょ? 何をどうやるの?」

 話を聞いていたナデジダ王女が横から口をはさんだ。幼いながらにカンは鋭かった。だが、ジョナはそれ以上口がきけなかった。彼のひきつった顔を見ながら、アンヘルも一言だけ付け加えて黙ってしまった。

「私が教えるわ」

 アンヘルのその顔を、ナデジダ王女とジョナはそれぞれしばらく眺め、彼女の言おうとしている意味を考えていたのだった。もちろん王女は、彼女ほどの子供であれば誰でも疑問に思っていること、すなわち赤ちゃんがどうやって生まれるのかを。ジョナのほうは、彼がしなければならないことは何かということを考えつつ、戸惑いのまま沈黙していた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その夜遅く、月明かりもない暗闇の中、王女もジョナも深い眠りの中にあった。それを確認しつつ、アンヘルは一人静かに湯あみをしつつ、体を清めていた。

 体を乾かしてから、アンヘルは静かに寝入っているジョナの横に滑り込んだ。その時、ジョナはようやく目を覚ました。

「アンヘル、今までこんなことにならないように気を付けていたんだが。......。まさか、今夜来るとは思わなかった。本当にその気になっているとは......」

「ジョナ、私の最愛の人。あんたが私を愛してくれていることはよく知っているわ。だから、今夜、私を受け入れて」

「本気かよ」

「本当は私、あんたが愛してくれていることをわかるだけでも十分なのよ、服を脱がなくても。でも、あんたを受け入れることもできるのよ。だから、こうしてあんたに私のすべてを晒しているの」

 こう言いながらアンヘルはジョナに迫った。だが、アンヘルがジョナに手を伸ばした時、アンヘルはジョナがそのような機能が不完全であることに気づいた。

「あんた、まさか......」

「わかっただろ? 僕の体は確かに相手とその行為をできる。でも僕は、僕の肝心なものを誰にも与えることができないんだ」

 スキンスーツの局部は確かに男性のように盛り上がった。衝撃を与えれば、表面は硬化した。ただ、そこにはジョナが反応する敏感なところはなかった。アンヘルはジョナのスキンスーツの上をなぞっただけで、それらのことを悟ったのだが、彼女はそれがあくまでジョナの肌であると思っていた。つまり、ジョナは現在暮らしている生活圏でスキンスーツを脱ぐことはできなかったゆえに、アンヘルがその表面をジョナの肌であると考えても無理はなかった。こうしてアンヘルの知ったジョナの異常さと不完全さは、アンヘルを驚かせていた。


・・・・・・・・


 次の日、アンヘルの鉱泉小屋に旧知の村人たちがやってきた。もとは代官の付き人であった水明族の哈巴狗ハパゴウ、土塊族の村長むらおさのテムジン・カーン、そして大地主の水明族チュア・ラングの三人だった。以前は、王都から派遣されている代官の木精族サン・ゲルタンもいたのだが、モスタルキーン総督とともに、安否不明のままだった。

「代官のサン様も、王国総督様もまだ戻って来ていないらしい。王国全体が指導者たちの混乱でバラバラになっているようだ」

 村長のテムジンはそう言いつつため息をついた。チュアは、そういうテムジンを励ますように指摘した。「ここは、村長がしっかりしているから、なんとか保たれているけどな」

「こんな時だが、あんたらは鉱泉小屋に寝泊まりかあ。仕方ないよな。村全体でどこでも建物は破壊されているからなあ。寝泊まりできる場所があるだけ、幸せだぜ」

 哈把狗がそう言うと、ジョナはそんなもんかと思い、自分の境遇に感謝するのだった。そして、自分たちのこの幸せを乱す者がいれば、再び力によって排除することを決意するのだった。


 次の日、彼らは丘陵地帯で久しぶりの狩りに興じた。チュア・ラングが野生のホッパーをおいたて、アンヘルとジョナやテムジン、哈把狗らが待ち構えている谷の行き止まりまで追い込んでいた。道を見失ったホッパーに、四人が一斉にとびかかって一撃で仕留める。そういう作戦だった。だが、あまりに簡単すぎた。

 今回ホッパーを仕留めたのはジョナの一撃だったのだが、それはあまりに簡単すぎた。通常の野生のホッパーであれば、人間が待ち構えるところへわざわざ向かってくることは考えられなかった。若いジョナの鮮やかな打撃の様子に、チームを組んでいた屈強なテムジンもいつもは横柄な哈把狗も驚いていた。

「いつの間に、そんなに上手になっていたんだ?」

「そうですね、戦いを経験したからかなあ」

「それはおかしい。通常なら狩りで戦場での武具の使い方を練習するのに、戦場で武具の扱いに慣れたから狩りがうまくなったと言いたいのかよ」

「そうなるかな」

「こいつ、とぼけてやがる」

その会話を聞いていたアンヘルが指摘した。

「以前から、私がタイミングと待つべきポイントを覚えさせていたのよ」

「そうでしたね、年上の師匠」

 ジョナが相槌をうった。他の二人は、ジョナの上達の速さに驚き、また彼のとぼけた返事、そして二人の仲の良さにあきれ、それ以上ものを言うのを止めてしまった。だが、次のアンヘルの言葉は意外だった。

「でも、何かおかしいわね。このホッパーはあまりに無警戒だったわ。人馴れしていたのかもしれないわ。それに......首に下げている物は、王国軍軍旗の切れ端ね」

 アンヘルがそう言うと、ほかの4人は新たなホッパーの足音が聞こえてくるのに気づいた。

「このホッパーの後に、続いてくるホッパーたちが来ているね」

 チュアのその指摘を合図に5人はそれぞれ近くの樹上に飛び上がった。倒れたホッパーは戦闘だったのだろう。その後に続く大集団が5人のいる木々の間を走り抜けていった。

「先程のホッパーは、あまりに人なれしていた。とすると後続のホッパーたちもそのような奴らのはずなんだが......、それにしては彼らは僕たちには目もくれずにどんどん走り抜けていくね」

 ジョナはそう指摘すると、アンヘルはその先にある結論を口にした。

「追われている......のか? つまり、彼らが真剣に逃げなければならないほど大きいものが追い立てて迫っている」

 その推定は当たっていた。彼らが聞いた音は、奥深い森林の奥から響いてくる泣き声ではなく、金属同士が軋るような音だった。

ガシャリキーガシャリキー。

 単なる機械のように、単調に繰り返す音なのだが、しかし、5人が目の当たりにしたのは、生きているものを襲い精神エネルギーを食らう殺人機械、あの黒い怪物だった。しかも、数頭ではなく数十頭の黒い巨獣だった。

「ホッパーたちが来た方向から、黒い怪物たちが来るわね。私、ナデジダ王女のところに戻るわ」

 アンヘルはそういいつつ、指をさした。それは、黒い怪物たちが来た方向とは反対のソロモン低地だった。

「私は、ナデジダ王女と一緒にあちらへ逃げるわね」


 黒い巨獣たちは、一定の規則に従って体を震わせながら森林を踏み倒しつつ進んできていた。見た目には、黒光りする機甲兵機なのだが、機械のように足並みをそろえているわけではなかった。動きからすると、ジョナにはやはり生物のように感じられた。それを裏付けるように、先ほどジョナが倒したホッパーの死骸に達した数頭が二倍の頭数に分裂した。

 「観察した限りでは、確かに機械だな」

「このままでは俺たちも巻き込まれる。危ないから退避しよう」

 チュアがそう言うと、4人は巨獣の進路から急いで退避し、少し離れて見下ろせる岩山に移った。

「このまま進むと、ホニアラ村だ。村がまた危ない」

「この先はソロモン低地だ。ホニアラ村もソロモン低地も蹂躙される......」

 チュアの指摘はほかの5人にもわかるほど明らかな予想だった。それは生産基地の完全な壊滅を意味し、王国の滅亡を決定的にしてしまうように思われた。

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