1 Iron Bottom Sound の寒村(lonely village)
「そんな、未来が無いみたいに言わなくたって・・・・・」
「いやなことはどんなに言われたってやらないよ。何のためにやれっていうんだよ? しょせんこの世は仮の宿り。あす死んでも不思議はないし、人生はその程度のものなんだよ」
ジョナはそう言って、皆を置いて帰ってしまった。
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広大な太平洋王国の赤道の南側には、太平洋平原の西南に隣接するソロモン低地があった。ソロモン低地は、低緯度である程度の水分が確保できることから、現在でいえば亜寒帯の植生で育つ植物の栽培が盛んだった。不毛な太平洋平原から、その農業生産基地のソロモン低地へ抜けるには、ソロモン山地の山々を抜けるいくつかの道があった。そのうち最もポピュラーなのはサンタイザベル山地とマライタ山地の間の南に抜ける谷あいを南下し、ブエナビスタ山を南に見て西から南へ回り込み、ガダルカナル山地の北側を西南へ下る街道が最も使われていた。
その谷あいの街道筋から外れてガダルカナル山地の北側の谷筋を東の奥深くへ進んで行くと、Iron Bottom Sound と呼ばれる行き止まりの谷の入り口に、ホニアラの村があった。
そこは、行き来のある街道筋から外れたところであった。また、先史人類が脆弱な体にも拘わらずに戦いを繰り広げた戦争文明の残滓、すなわち巨大な鋼鉄の戦闘艦や涙滴型の戦闘機械の残骸が数多くが残る薄気味悪いところでもあった。それゆえ、住む者は金剛族、水明族、木精族、火炎族、土塊族というように多様なのだが、いずれもが逃亡者か隠者か変人の類であり、その子供たちが狩猟農耕学校に学べるほど開発や争いからは程遠い寒村だった。
ホニアラの人里には、赤道近くであることから天高く辺りを照らす太陽の光が豊かにあり、その下にブナやミズナラの実やリンゴを採取するための畑が輝く。そこから一歩山へ入っていくと、灌木や下草の続く険しい丘陵が続く。その上の山地には、直射日光によって焼かれた不毛の岩と石のなかに巨大な鋼鉄の戦闘艦や涙滴型の戦闘機械の残骸があった。
だが平和なこの村にも異変が生じていた。ジョナたちがこの村に来てからのことらしいのだが、その辺りからこの頃人里へと、いまだに安寧を得られないままに転生させられた死霊をもとに作られた自動攻撃機械の魑魅魍魎たちが人里へと出没するようになったという。いままでならば、その荒地から谷あいの人里へ、魑魅魍魎の類が下りてくることはなかったのだ。最近では、新月の星明りの時ばかりでなく満月の夜さえも、ホニアラの人々の作ったものを荒らしに来る魑魅・魍魎がはびこるようになっていた。
狩猟農民学校生のジョナは、天気の良いこの日、屋外で狩猟授業の実習授業を受けていた。実習の内容は、ホニアラ村に食害を与えている魑魅・魍魎の一種、ゾンビーホッパーの追い込み猟だった。
「この蹴り足の足跡からすると、この先100メートルに着地してそのまま直進していっているんだろうな」
そんな独り言を言いながら、彼は獲物の跳躍した行方を想定しながら、数百メートル向こうにいる相棒へ合図をした。その合図で相棒がゾンビーホッパーを追い出した。ゾンビーホッパーは逆の来た方向へ、すなわちジョナの待つ方へ戻るように跳躍してきた。そのタイミングでジョナは手に持った槍で頭部を一突きにした。
毎日の授業でジョナは、雇ってくれている食堂のオーナーのために、なんやかやとメニューの食材を手に入れているのだった。
「これで、今日の夕食用の食材は十分といっていいわ」
学校の首領トレーナーであり、食堂のオーナーのアンヘルがやっと納得してくれたようだった。
「ジョナも私の立ち廻りの指導を理解できるようになったわね」
「へん、目の前に獲物が来れば、操力を付したこの槍で一突きで仕留められるんだ。指導なんか......」
「『もう授業も指導も不要だ』と言いたいの? でも、収拾のつかないほど力が暴走するあなたが一人で対処できるようになったのも、トレーナーの私がキスして包んであげているからでしょ?。それに、目の前に獲物が来なければ仕留められない貴方が、獲物を仕留められるのも、私があなたの立ち廻りの仕方も待つべき地点も教えてあげているからでしょ?」
「それはそうだけど......」
「それでは、この獲物も、やっぱりトレーナーである私のおかげで捉えることが出来た、ということでいいわね」
こう言われては、いくら生意気なジョナであっても、素直に返事をするしかなかった。
「はい、尊敬すべき年上の師匠様」
「『年上』は余計だわね」
アンヘルの食堂は村のメインストリートの交差点に面していた。村人たちにとっては、村の唯一の宴会の場所でもあった。
「オーナー、今夜のメインディッシュは?」
「ホッパーのフライよ。尻尾の殻は硬いから残してね」
「硬い? これだけ赤く揚げてあればぱりぱりかじれるだろう」
「その食べ方を知っているのね。通だわね」
「オーナーに褒められちゃあ、もう一皿注文しちゃおうかな」
ほとんどの村人たちは人の好い男女たちだった。だが、ごく一部に、ジョナより年上であることを笠に着て威張り散らすクラスメートたちがいた。
「村一番だか何だか知らねえけどよ、いつもちんけなメインディッシュだな」
「あら、哈巴狗。来てくれているのね」
「そうだ、俺はあいつのクラスメートだが、王国総督様のお代官サン・ゲルタン様のお付きをやったこともある立派な戦士なんだぜ。その俺様が、たかがトレーナーにすぎないあんたの店に来てやっているんだぜ。感謝しな」
哈巴狗と呼ばれた水明族の男は、そういうと店の真ん中に陣取った。その横を、無口なままでジョナが通り過ぎようとしていた。
「おお、年下のジョナじゃねえか」
「あ、いらっしゃい」
「なんだい、年上に対しての挨拶がねえな。教育がなってないんだな」
「はあ、じゃあ失礼します」
ジョナはオーナーのアンヘルからこんな時にまともに受け合うなとキツく言われていた。それゆえ、彼の返事はまともに受けあわないものになっており、つまらないやりとりに成り下がってしまった
「おい、お前のつまらない獲物を賞味してやっているんだぜ」
「ありがとうございます」
「頭だけは良さそうだから、はるかに年上の俺たちと同じクラスになっているだけのお前だ。そんな幼いお前の、つたない獲物だと指摘してやっているんだぜ」
「はあ、そうですか」
「それがお前の返事かよ。やっぱり、四歳も年齢が舌だから、ヘタレなんだな。トンガの漆黒の深淵ヘ身を投げた方が、みんなのためだぜ」
「そうですか」
「なんだよ、アンヘルの連れというプライドもないのかよ」
「じゃあ、失礼します」
哈巴狗は、はるかに年下のジョナに適当にあしらわれたことで、怒りを通り越して呆れてさらにからかうことを止めてしまった。ジョナはそんな巴狗の表情にすら注意を払うことなく、奥の調理場へ消えていった。
次の日、オーナーのアンヘルにジョナのクラスメートたちが数人訪ねてきていた。いずれもジョナより4ないし7歳ほど年上の若者たちだった。屈強な土塊族の狩人でもある若い村長補佐のテムジン・カーン、王都から派遣されている若い代官補の木精族サン・ゲルタン、そして若くして大地主を受け継いだ水明族チュア・ラングが、小さなトレーナーのアンヘルを見下ろすようにして囲んでいた。
「それで、何が出たんです?」
小さなアンヘルが、それでも指導者としての威厳を伴って、中央の大男のテムジンカーンを見上げて質問した。テムジンは聞いてくれと言わんばかりに大声で訴え言葉を継いだ。
「今まで、姿を見たことはなかったんだが、どうやら盲突猪が数匹で群れを作って畑を襲っているらしいんだ」
「最初は、サーベラスだと思ったんだが、奴らは肉食だ。畑を荒らすわけもなかったんだ。それに、もっと大きな足跡だったんでね」
土地を荒らされた大地主のチュアが補足的に状況の説明をした。その説明からも、大型のパイアが出没しているに違いなかった。そして、王国を代表する代官のサンが改まった態度で大袈裟な身振りで頼み込むのだった。
「あんたは五行を越えた強者だと聞いているんだ。どうか、村のため、王国のために働いてくれまいか」
「五行を越えたとは誰が言っているのかしら? 単なるうわさよ!」
アンヘルはそう言いつつ、三人の大男たちからの頼みごとに困惑した。だが、三人の男たちはあきらめていなかった。
「とにかく、明日一緒に来てくれないか」
地主のチュアがそう言うと、三人はやっと帰っていった。それを見送りつつアンヘルはため息をついた。
「本当はジョナの功績なのに......」
陰で話を聞いていたジョナが出てきて言った。
「クラスメートたちの中で一番若い僕は、目立ちたくないんだよ」
「わかっているわ。この店だって、あなたが獲物をとって調理できるから経営しているんであって......私一人だったらやらない仕事だわ」
「でも、俺に獲物を捕る立ち廻り方を教えてくれたのは、アンヘルだ。立ち回りが出来なければ、何もできないのと同じだよ」
「でも、その技は誇れるのに」
「さっきも言ったけれど、僕は目立ちたくないんだよ」
「ねえ、どうして逃げちゃうの? 何から逃げているの?」
ジョナはアンヘルの言葉をそのままに、さっさと寝室へ行ってしまった。
夜中のことだった。ジョナはアンヘルに起こされた。なかなか起きられないジョナは、アンヘルにつねられ、抱き起され、ほおずりされ、という具合だった。
「もっと普通に起こしていただけないかな。お姉さま」
「誰がお姉さんなの? 私はあなたの先生でしょ?」
「それは学校の中だけの話だろう? こんな起こしかたをして、窓の外から誰かがのぞいていたらどうするんだよ」
「だって、成都でアルバイトにすぎないジョナが、店のオーナーを虜にしているなんて、だれも考えていないもの。それに、ジョナの部屋を覗き込む変わり者はいないわよ」
「虜だって? いや、ここは変わり者だらけの村だよ。特に僕に魅せられている娘なんか、変人に違いないね」
「あら、そうかしら。私は心ばかりじゃなくて、貴方との接触も欲しいのよ。普通の女の子でしょ」
「へえ、女の子だったのかな? い、痛い。や、やめろ。やめて。やめてください。」
「それ以上言ったら、つねるだけじゃすまないわよ」
「わかった。わかりましたよ。さあ、狩猟農林学校のアンヘルしか、退治できない仕事なんだろ? さあ、出かけようよ」
アンヘルは暗闇の中、月明かりに剣や首飾りなどを光らせながらサン、チュア、テムジンらほかの村人たちと落ち合っていた。そのアンヘルのはるか後ろの暗闇には、ジョナが潜み控えていた。
先攻からの知らせがあったように、星明りに影が見えた。その影はサーベラスよりはるかに大きかった。普通の盲突猪でも高さはビルの五階に届くほどであった。アンヘルはそれを思い出しながら、屈強な教え子や村人たちとともに巨体の影へと挑みかかっていった。彼らは松明の光から火を取り、火矢を大量に射掛けると、突き刺さった火矢の明かりで、その大きな姿が浮かび上がった。
「私が挑むから、生徒さんたちが援護してくれますか」
アンヘルは正面から左サイド、そして背後に飛び、いくつかの大きな打撃を与えて大きな盲突猪を衰弱させていた。まるで、闘牛士が一突き二突きと剣を突き刺して雄牛を追い込んでいくようにして、ついには大きなそれは倒れこんだ。
いくつも突き刺さっている火矢によって、毛皮が焦げ始めていた。いくつかの箇所には火もつき始めていた。
「いけない…仲間が来る」
アンヘルがそう叫ぶと、狩猟農林学校の生徒たちは陣形を立て直した。だが、そのほかの村人は右往左往し始めた。このように、盲突猪狩りは村人の誰もやりたがらないことだった。
遠くからこだまする地響きが聞こえた。やはり肉のやける匂いが呼びこんだのか、仲間の異変に気付いたほかの盲突猪たちが地響きを立てて近づいてくるのが分かった。
「アンヘル、十数頭がここに向かっているらしいぜ。もう囲まれているみたいだ。どこかに隠れないと」
先行の教え子達が戻ってくると、彼らは周囲の村人たちにむかってそう大声でさけんだ。すると、村人たちはパニックに襲われ、口々に悲鳴を上げた。
「みんな、隠れろ!」
「他、助けてくれえ!」
「どこへ? どこに隠れればいい?」
村人たちの悲鳴が辺りに響いていた。しかし、周囲が開けたこの辺りには木も生えておらず、隠れる場所は見当たらなかった。アンヘルの教え子、つまりジョナのクラスメートたちさえも、困惑して声を上げた。
「このまま複数頭で来られては、俺たちには逃げる場所がないぞ。アンヘル、なんとかしてくれ。俺たちは逃げることができないぞ」
「あなたたちは、できるだけこのオープンスペースから谷あいへの集落へ逃げて。わたしがここで獣たちを引き付けるから」
「でも、一人で大丈夫なのか」
「私は教師よ。それに、今まで盲突猪を何度も仕留めてきたのよ」
「でも、此方に向かっているのは十数頭の群れだぞ」
「今はとにかくみんなが逃げてほしいの」
「わかった」
このやり取りの後、オープンスペースにアンヘルは一人残された。
やがて、オープンスペースから先を遮る森林の向こう側から、大地をゆるがす足音が大きくなってきた。そのあとに星の光を遮る山とも思える巨大な猪の背中が見えた。一つ、二つ、そして全部で13の盲突猪がその全容を見せつつ、アンヘルへ迫ってきた。
アンヘルは剣を構えて先頭の盲突猪へと突撃を開始した。だが、そのあとに黒い影が伴っていた。アンヘルが飛び上がり、先頭の盲突猪の眉間に剣を一突きしてその背に取り付くと、付き従う影もまた背中に取り付いていた。その瞬間、先頭の盲突猪は這いつくばるようにして地に付した。
その様子を後続の盲突猪が気付き、先頭の盲突猪の亡骸の周囲を囲んだ。だが、すぐ近くの数頭も、先頭の盲突猪と同様に倒れ、まるで周囲の盲突猪を妨げる城壁のように積みあがっていた。
「これで、奴らが諦めればこちらの勝ちね」
アンヘルはそういうと、倒れこんでいる盲突猪の巨体に駆け上がり、一番高い場所から周囲を見渡した。だが、生き残っている盲突猪たちはまだまだ殺意のこもった目でアンヘルたちを睨んでいた。
「グルグルグル」
そう聞こえた声とともに、再び次々に別の盲突猪が続いて殺到してきた。アンヘルが押しつぶされるのも時間の問題に感じられた。
「このままでは......」
その途端、倒れこんでいる盲突猪の背中から大きな二本の閃光が振るわれた。その眩い光が消えた時、やがて暗闇に浮かび上がったのは、躓き転がっているの盲突猪と周囲に積みあがった数頭の巨体、そして、その周囲には両断され尽くした盲突猪たちの焦げた肉の断片が広がっていた。
ジョナは両手から発した光を収めた後、しばらく呆然とした顔をして立ち尽くしていた。アンヘルと知り合うはるか昔に使った技だった。アンヘルも、当然に、そのジョナのその技を見たことがなかった。
「あんたのその技は、初めて見るわ」
「僕がやったんじゃない。僕の持っているこの小さな鎌の柄のマークが『霊は精神なり。霊刀とは空真未分の刀にして渾渾沌沌たる所の唯一気也』とか言い出して......それから首周りのチョーカーのガーネットが熱くなって......勝手に二つの巨大な刀が僕の両手に現れて動いたんだ」
「でも、あんたがやったんでしょ?」
「僕はやってない」
「あんたがやったのよ。あんたが二つの大きな刀、いや鎌を使っていたように見えたわ。まさか、なにかの操力を統制できるようになったのかしら」
「僕はただ、アンヘルが危ないと思ったからで......僕は嫌なんだ。こんな風にしたくないんだ。僕はやりたくないんだ」
ジョナはそう言うと、アンヘルの傍から走り去ってしまった。
狩猟農林学校の生徒たちや村人たちは、一同の元に戻ってきたアンヘルの表情を見て、盲突猪たちを全滅させたのがアンヘルでないことを察した。
「アンヘル、どうしたんだ」
「アンヘルがやったんだろ?」
「私、何もできなかった」
アンヘルはそうつぶやいて元気なく返事をするしかなかった。それを見た生徒たちはさらに気づいたことを口にした。
「ジョナはどうしたんだ?」
「一緒じゃないのか」
「ジョナがまさか?」
「まさか、ジョナが不思議な一撃で獲物たちを退散させてしまったんじゃないのか?」
アンヘルは村人のその一言を聞いて、背中をびくっとさせた。彼女の反応とその後ろに立つ少年のジョナとを見て、彼女の教え子たちは、今までのアンヘルの強さが何らかの形でジョナに支えられていたのだと理解したようだった。
「ジョナは、何者なんだ?」
「私の大切な教え子よ」
アンヘルはそう答えた。しかし、周囲は納得するはずがなかった。
「ただの教え子だと?」
「そうよ」
「それはおかしい」
「でも、大切な教え子よ」
「俺たちが問いたいのは、ジョナの能力と素性だぜ」
「もともと、彼は私と一緒にこの村に来た連れなのよ。それまでもずっと一緒だったの。だから、彼のことは私がよくわかってるわ」
そう言ってアンヘルはジョナをかばうように、遠くにいるジョナとみんなとの間に立った。その光景をけげんそうに見ながら、アンヘルの教え子のうちのサン、チュア、テムジンがアンヘルとジョナとを交互に見つめた。
「だが、ジョナはやはりほかの人間とは違うぜ」
「ジョナの動きは確かに俺たち百鬼と同じか、それ以上の力があると見ていいな」
「そして、彼は、水明族、木精族、火炎族、土塊族のどれでもないんだぜ。おそらく金剛族かな。皮膚には光沢があるんだが汗をかかないしな......」
「俺たちは彼を信じ切っていいのだろうか、と疑問が生じるね」
「私、アンヘルがジョナの身元引受人なのよ。それだったら問題ないでしょ」
アンヘルのその言葉はショッキングだった。通常、彼らの世界では他人同士が身元引受人になる場合、夫婦であるか、奴隷の主人であることを意味した。
「それはそうだが、別の問題が生じるなあ」
「そうだよ。この問題はもっと深刻だぞ。」
「なぜ、アンヘルが身元引受人になってまで、なぜジョナを守ろうとするのか....」
「アンヘル、まさか彼は奴隷なのか アンヘルの所有物なのか」
「奴隷? 私の所有物?」
「そう、おのれのものであると思っている奴隷が怪しい人物とされると、困るだろう?」
「彼は奴隷じゃないわ」
「じゃあ、アンヘルが彼の奴隷なのか?」
「どうしてそう発想するのよ?」
「彼がアンヘルのものであれば、アンヘルは自分のものだからかばうだろう。彼がアンヘルの主人ならば、やはり主人のジョナをかばうだろう。結局、彼の身元引受人になるということは奴隷と主人の関係があるということさ」
「彼は所有される物ではないし、彼が私の主人でもないわ。私は私で、彼は彼よ」
「じゃあ、なぜ彼の身元引受人になるんだよ」
「わかったわよ。理由は、彼が私の大切な彼氏だからよ。」
「か、彼氏? そんなバカな」
「どうして、そんなバカな、と言うのよ 彼は私との人生を選んでくれたのよ」
「『人生を選んだ?』 なぜあなたのような高貴な人が?」
「私も、彼も剣士よ!」
「え?」
アンヘルの回答は衝撃的だった。アンヘルの教え子たちよりも4~7歳ほども年下であるはずなのに、敵う者が見当たらなかった。しかも、パイアをまとめて退治してしまう技を持つかもしれないジョナに至っては、彼らにとっては怪物のように感じられたのだった。
だが、ジョナはそのようにみられることこそ避けたいことだった。ジョナは大声で泣きごとのように怒鳴った。
「僕は、大した存在じゃあないさ。いや、僕にはできることなどほとんどないんだ。だから、剣士などと呼ばないでほしい。剣士がかかわるべきことなんて、僕にはどうでもいいことだよ」
「そんな、未来がないみたいに言わなくたって・・・・・」
「いやなことはどんなに言われたってやらないよ。何のためにやれっていうんだよ? しょせんこの世は仮の宿り。あす死んでも不思議はないし、人生はその程度のものなんだよ」
ジョナはそう言って、皆を置いて帰ってしまった。