対面
―――王城のとある執務室
「それで、俺をこちらに呼ばれた理由は何でしょう」
「・・・単刀直入に言おう」
俺の目の前で腕を組んでいる人物・・・。
黒髪に鋭い青い瞳の男は一見どこにでもいそうな冒険者のような格好をしているのだが・・・
「・・・ダーシャ・カシス公爵令嬢を助ける方法を教えてくれないか」
「・・・何故陛下まであの盗っ人令嬢を助けたいと仰るのですか?助けた後で俺に拷問して調教してぶひぶひ言わせる権利を下さるためですか?」
そう、言葉の通りこのひとが国王陛下である。
寝起きだからか本人も眠そうである。いつも以上に鋭いその眼差しは・・・多分本人も明け方に叩き起こされて心底不満だからである。
「拷問調教する価値があると思うか」
「・・・いいえこれっぽっちも思いません」
陛下はどうやらあのカメレオン令嬢には特に思い入れはないらしい。それに、ヒロインはゲームでは確か・・・聖女に目覚めるのだったっけ。しかしながら未だに毒におかされている以上、目覚めるかどうかもわからないし・・・盗っ人聖女なんて世も末だ。
「ひとつ・・・お伺いしても?」
「何だ?」
「何故・・・土壇場で第1王子の婚約者を俺のニシャからダーシャ・カシス公爵令嬢にすり替えたんですかね」
「・・・“お前の”・・・か。相当気に入ったんだな」
「少なくとも初対面の婚約者を前にして、真っ先に妹に乗り換えるようないい根性はしていませんね」
「そうか。ならニシャちゃんは安心して預けられるな」
「えぇ。いい根性をしている第1王子に感謝いたします」
「・・・どこでどう間違えたのか・・・。あのな・・・俺もさすがにあの公爵夫妻が見合いの場に妹まで連れてくるとは思わんかった」
「・・・普通はそうでしょうね」
「んで、ウチのバカ息子が・・・挨拶しようとしているニシャちゃんの横を素通りして、ダーシャ・カシス公爵令嬢に告ったんだよ」
「ナンパ大会でも始めたんですか?そこにいる女は選び放題的な」
「そう思われても仕方がないな。まさかあんなことをしでかすとは思わなかった・・・」
「でも、認めたんですね」
「あのまま、ニシャちゃんをバカ息子の婚約者にしてもニシャちゃんは幸せになれないと思ったんだ。政略結婚だから仕方がない・・・かもしれないが、それにしてもあれはひどすぎた。ニシャちゃんは泣かなかった。ずっと黙っていたよ。俺と嫁さんがニシャちゃんに駆け寄って慰めている間もあの家族はニシャちゃんに目もくれずただバカ息子とダーシャ・カシス公爵令嬢の仲を祝福していた。・・・公爵はそっぽを向いていたが、それでもニシャちゃんに目は向けなかった」
「・・・馬鹿馬鹿しい茶番だ」
「本当にその通りだ・・・あの場でウチのバカ息子をぶん殴りたかったが・・・ぶん殴ったら確実にダーシャ・カシス公爵令嬢のトラウマになるだろうしやめておいた」
「トラウマにしてしまえばよかったのに。あぁ、でも紫蛙と緑カメレオンはトラウマにできましたかね」
「・・・お前なぁ・・・。でも、まぁあの後息子は叱り飛ばしたよ。こんなことをしでかした以上、今後一切婚約破棄も解消も認めないし、もしそれを選んだ時は廃嫡の上に市井に流すと約束させてな」
「あぁ・・・だから王太子をまだ指名しないんですね」
「・・・ひとまずアイツの頑張り次第だな」
「・・・ダーシャ・カシスの方はどうなんですか?」
「遂に敬称もつけなくなったか・・・まぁ、いい。正直・・・俺も嫁さんも参っている・・・」
「ダメじゃないですか」
「だからニシャちゃんを将来の王子妃に欲しかったんだよ」
「でも、あのバカ王子と結婚したところで・・・」
「ダメになるのは目に見えてるな・・・。まさかあんな場で息子のバカさを思い知るとは」
本当に・・・この陛下と王妃さまの間によくあんなバカが産まれたな。とは口に出しては言わないけど。
「ニシャちゃんとお前の縁談だが・・・」
「あぁ・・・」
「実はな・・・先んじて公爵夫人が色々なところにオファーを出していたらしい。大金がもらえるならばと年寄りやおっさんもなりふり構わずな」
「・・・よく無事だったな」
「最終的に婚姻を認めるかどうかは俺の許可がいる・・・だからなるべく情報を早く掴んで俺が潰した。それでお前との縁談を打診したんだが・・・それでもあの夫人は粘っていたな」
「ふん・・・どこまでも愚かだ。どうせ最終承認が降りないのに・・・でも、何で俺なんだ?」
「・・・あの子に何かあった時、お前ほど頼りになるやつはいない・・・今回だって、そうだった」
「・・・まぁな」
「お前から何か叶えてほしいことがあるなら聞こう。その代わり・・・治療法を聞かせてくれ」
「・・・じゃぁ、3つ」
「・・・多いな」
「少なすぎるくらいだぞ。ドレス宝石の窃盗の上、俺の婚約者とその兄にはひどい仕打ち、更には解毒剤をねだってきた挙句、処方通りに飲まずに悪化したら俺のせいにする・・・何の茶番だ一体・・・!」
「わかってる・・・お前の言い分は十二分に理解している。だからその3つの内容を聞こう」
「1つ、ニシャを魔法侯爵籍に移して俺の屋敷に住まわせる。2つ、アンシュをラーヒズヤ夫婦の養子に入れて魔法侯爵預かりとする、3つ、盗んだ品物の弁償、解毒剤、今回の治療代の支払いは全てカシス公爵家持ちで1週間以内に納めること。以上」
「・・・1つめと3つめはいいだろう・・・しかし、2つめは・・・」
「・・・アンシュをこのまま公爵家に置いておいても何にもならない。ただ本人とニシャが苦しむだけだ。あと・・・陛下は先王のしでかした失態のために公爵相手に借りがあると思っているかもしれないが・・・アンシュは公爵家で冷遇され、公爵自身もアンシュをないものとして扱った。あんたは騎士団長と随分仲良しだけど・・・アンシュに対する情はないのか」
俺がそう告げると、陛下は驚いたような表情を見せた。
「・・・知っていたのか・・・」
「あぁ」
「・・・ドゥルーヴに聞いたのか」
「そんなわけあるかっ!俺には俺だけの方法があるんだよ」
いや、方法も何も前世の記憶に基本的な知識があったから、それをベースにちょっくら探ってゲームのシナリオと同一かどうかを調べたら出てきただけだけど。
「・・・そうか・・・そこまで知っていて・・・だが、ひとつ確認したい・・・アンシュに魔法の才があるのか・・・?魔法侯爵家の養子に入れるには、魔法の才やそれを是とするような特異能力が何かしらないといけない。そうでなければ周囲が納得しないぞ」
「問題はない」
「・・・お前がそう言うなら・・・わかった。俺に任せておけ」
「あぁ、それじゃぁ俺は帰って寝るから」
「いや待て、治療法を教えて行け!!」
「・・・わかったわかった・・・ほら、持ってきている」
俺はその薬瓶を2つテーブルに置いた。
「これは?」
「まずこっちを1日1錠30日分飲めば紫蛙に戻る。その後元のこの薬を1日1錠30日分飲めば元の肌の色に治るだろう」
「・・・鬼だな」
「悪いか」
「いや、これであの子のわがままもおさまってくれるとありがたいが」
「そう願っています。では俺はこれにて失礼します」
「あぁ・・・朝っぱらからすまんかった」
そして俺は陛下に一礼し、転移魔法で屋敷に帰還したのだった。