また来訪者
シロナが洗い清めてくれたニシャの髪はいつも以上にさらさらで指どおりがいい。服はボロボロだったから、シロナが趣味で作っているワンピースを着せてくれたらしい。まぁ・・・サイズはいかんせんシロナが大人の女性の姿なので大きいが。今はニシャの体格に合わせて手直しをしてもらっている。
しかし・・・よく眠っているな・・・唇は桃色で・・・柔らかそうだ・・・。うっとりとしながらその唇に指を伸ばそうとすれば・・・
「ルドラ、おイタはダメよ」
傍らでワンピースの直しをしていたシロナから声がかかる。
「うぐ・・・っ!おイタではない!」
「十分おイタよ。眠っている女性にベタベタ触るんじゃないの」
「先ほどまで抱きかかえていた」
「それは必要だからでしょ?それは必要ないじゃない」
「・・・うぐ・・・っ」
「ダメよ」
「・・・わかった」
何故だ・・・主人は俺のはずなのにっ!!何故かシロナに怒られるとしゅーんとしてしまう。誰かに似てるんだよなぁ・・・シロナって・・・。あ・・・前世の姉かな・・・?俺には前世に面倒見の良い姉がいたのだ。シロナに言われると何だか姉を思い出してしまう。
「ニシャねね、ねてるの?」
「ニシャねねとねるー」
観念して指を引っ込めれば足元にかわいいちびっ子がふたりいた。人間の歳で言えば3歳くらいの見た目である。
ひとりはぴーんとたった狼耳しっぽの男の子。黒い毛並みにライトブルーの瞳をしている。名前はソラ(命名:シロナ)。もうひとりはたれ耳の狼耳しっぽの女の子。白い髪は腰まで伸ばしており、瞳はライトブルー。名前はシエル(命名:シロナ)。ふたりは双子で、シロナとクロの子どもである。
「ほら、ニシャねねだぞ。ただ眠ってるから静かにな」
俺がふたりをベッドの上にあげてあげると、早速ふたりはとてとてとニシャに駆け寄る。ニシャの左右にそれぞれ寝転ぶとお布団の中に身をうずめてニシャに寄り添う・・・
ぐは・・・っ!
なにこれ・・・かわいい!かわいすぎる・・・!
ニシャとわふわふっ子の夢の共演!こんなことならもっと早くニシャを攫って・・・いや、ここに招いてわふわふさせるべきだった・・・!しかし・・・
「ダメよ」
シロナの声に、ギギギ・・・っと首を横に向ける。
「添い寝はダメよ」
「・・・」
読まれている。完全に思考を読まれている。前世の姉ちゃんを強烈に思い出す。
「でも、ソラとシエルとはお昼寝しているぞ」
「それは子どもだからでしょ?多感な年ごろの女の子に寝ている間に勝手にそう言うことをしたら・・・拒絶されても知らないわよ」
「うぐぁっ!!」
何となく正論な気がして抗えないいいぃぃっっ!!!
そんなやり取りをしていた時だった。
「ルドラさま、表にお客さまが来られております」
不意にアールシュが部屋にやってきた。
「はぁ?客?どこのどいつだ」
「カシス公爵家の者と名乗っております」
え・・・?ニシャの実家か?もしかして・・・誘拐がバレたか!?いやしかしニシャの命が危なかったわけで。それに俺は婚約者・・・!何もやましいことはしていない!
「これからもね」
シロナのひと言に、俺は何も言えなかった。
「結婚したら・・・」
「結婚したらね」
うぐぅ・・・
「・・・あの、それでどうしますか?」
「あぁ、一応会おうか」
俺は早速玄関へと向かう。そこには雨具に身を包んだ使用人らしき男がいた。
「何の用だ」
「お・・・お助けを・・・!お嬢さまが・・・!」
ん?ニシャお嬢さまが攫われたって?あんなところに閉じ込めておいてもう気が付いたのか?
「ダーシャお嬢さまが死んでしまいます!」
あ‶?ダーシャ・・・?あぁ・・・オトゲーのヒロインでニシャの実の妹か・・・だが。
「知らん。魔法使いが入用なら城に行け。魔法師団にでも頼め」
そんなもの俺に持ち込むな。例えニシャの生家であってもニシャがあまりいい扱いを受けていなかったことくらい把握している。ぶっちゃけ、牢屋に入れられていた時点でいいも悪いもない。最低だ。
「何と冷たいことを・・・!お嬢さまはあなたさまが贈られたドレスと宝石で苦しまれているのに!」
「はぁ・・・?俺はそんなもの贈っていないぞ。何故ダーシャ・カシス公爵令嬢に俺がそんなものを贈らねばならん」
「しかし、宛名にはしっかりとあなたさまの御名が・・・っ!」
「知らんものは知らん!言いがかりはよせ!」
「そんなぁ・・・っ!」
思わず俺に掴みかかりそうになる男を、颯爽とアールシュがとり押さえて床に転がした。俺は魔法で扉を開け、そのまま男を公爵家の馬車ごと敷地外へぶっ飛ばして扉を閉める。
「とっとと帰れ!俺は今忙しい!!」
こうしている間にもニシャが目を覚ましたらどうするんだ!!
念のためバカな奴らが押し掛けて来ぬよう、屋敷を結界で囲う。屋敷の者以外は出入りができない結界だ。便利だろう?
「さて、俺はニシャが目覚めるのを待つ。アールシュは異母兄の方を頼むぞ」
「えぇ。ですがやはり・・・」
「何か気になることがあるのか・・・・」
「先ほどのお点前は、やはり大魔王の如き所作でございました」
「やっかましいわっ!!」
公爵家の使者「早くシュヴァルツ魔法侯爵家に行かなくては・・・あぎゃ―――っっ!!!」
※公爵家前の穴に気が付かず落下。その後助け出されて慌てて出発した。