アヤン・レーヴェの報告書 前
※今回は第2王子アヤン・レーヴェ視点のお話です※
―――これは、レーヴェ王国第2王子・アヤン・レーヴェの報告書から抜粋した記録である。
俺はこのレーヴェ王国の第2王子として生を受けた。外見は父上にそっくりで、黒髪にブルーの目を持っている。ただし父上に比べたらいささか平凡な顔かなぁと思っている。更に、バカでアホな上、最期には謀反を起こしたとして処刑された兄王子を見て育ったおかげか、俺は人一倍婚約者を大切にしてきた。
もちろん、婚約者と初めて会った場で他の令嬢に即乗り換える・・・何てことはせず、婚約者のエリン・ワヌ公爵令嬢を何よりも大切に想ってきた。
エリンは赤みがかった金色のゆるふわロングヘアーにダークレッドの瞳を持つかわいらしい令嬢だ。その上、成績は常に上位で美少女。それに何の不満もない。むしろエリンに俺が相応しいのかどうか迷ってしまうほどだ。だからこそ人一倍努力したし、王子教育にも公務にも積極的に臨んだ。
忙しい勉強や公務の合間を縫って、そんな彼女との少ないお茶の時間を楽しんでいる時のことだった。いきなりあのバカでアホな元兄上がやってきたかと思うと、その傍らに自らの婚約者を携えていた。
そして何を考えているのか、その婚約者がいきなり俺の腕に抱き着いて来たのだ。“将来は義理の弟になるのだから”などと言い張って。しかもそれをあのバカでアホな元兄上は気にもせず、婚約者は人懐こいなどと微笑んでいる始末。
更には俺の婚約者であるエリンを“悪役令嬢”などと呼び邪険に扱ったのだ。それにはさすがに我慢ならずに、王族としてはしたないかもしれないと思いつつ、彼女に怒りをあらわにした。すると彼女は明らかに演技の嘘泣きを始め、それを見たバカでアホな元兄上が怒り狂ったのだが・・・。何だか収集が付かなくなってきたと思ったので、秘密裏に魔法師団長に習っていた転移魔法でエリンと共にその場を後にした。
その後話を聞いた母上も激怒してバカでアホな元兄上は謹慎を喰らったものの、毎日のようにバカでアホな元兄上の婚約者が王城にやって来て、“俺に会わせろ”“エリンと言う悪役令嬢の仕業だ”と言い張り騒ぐ始末。
いたたまれなくなった父上は、恒例化しているデゼルト王国への留学に俺とエリンを派遣した。まだあちらの学園の入学年には1歳及ばないが、それでも特殊な事情があったしエリンも大変優秀だったため、無事にデゼルト王国の学園でも主席をふたりで争うまでになった。
デゼルト王国での滞在は楽しかった。あちらの王太子殿下夫妻は良い方たちだし、茶会に呼んでいただき交流を深めるのも勉強になった。
ただ、気になることならある。俺とエリンはデゼルト王国王立学園の学園寮にそれぞれ滞在していたのだが・・・夜分、エリンと俺の部屋にそれぞれ侵入者が現れたのだ。幸い警備は完璧だったためすぐさまとり押さえてお役所に突き出したところ、何とその正体はデゼルト王国第2王子と第1王女だったのだ・・・!
第2王子は既に学園では1年生のはずだが、1度も会ったことがない。なんでも勉強について行けず、城で別途家庭教師を雇って猛勉強中なのだとか。
此度の騒動については、長らく交流を続けてきたレーヴェ王国の王子と婚約者がデゼルト王国に留学しているため、是非挨拶をしたくなってやんちゃなことをしてしまった・・・との説明が国王陛下夫妻からされた。更には王太子殿下夫妻も、本来はとてもいい子で聞きわけが良い子たちだから許してあげて・・・とのことだった。
何だかエリンと腑に落ちないと互いに感じつつも、俺たちはバカでアホな元兄上とその婚約者並びにその一家が処刑されたと言う知らせを受けた。その後は侵入事件の一件もあったため、俺とエリンは半年の留学を終えて帰国した。
そして父上に紹介されたのが、父上の異母弟だと言うアンシュさんだった。そんな事実に驚きもしたが・・・祖父のことは聞いていたので、まだ被害者がいたのかと嘆息した。
けれどアンシュさんはとてもいいひとで、長らく取り潰しになったカシス公爵家で義妹のニシャ嬢と共に虐げられていたところを、現在籍を置いている魔法侯爵家に保護されたんだとか。
一方の従兄であるイシャン兄さんが女性恐怖症を発症して引き籠りになってしまったので、まともな叔父ができたことにエリンと共にとても安堵した。
その後、俺たちの学園入学が決まると、アンシュさんも魔法侯爵と同じ研究室に出入りしていると聞き、エリンと共に挨拶に伺った。
何故かそこでイシャン兄さんがうずくまってぶつぶつと何かを呟いており不気味だったが・・・。
それでもアンシュさんはいいひとだった。そして魔法侯爵もまた、魔法師団長のラーヒズヤから聞いていたような“大魔王”のような感じではなく俺たちとも普通に挨拶してくれて安心した。
あのバカでアホな元兄上が魔法侯爵の婚約者であるニシャ嬢に随分と迷惑をかけたらしいけれど、あくまでも俺に対しては期待していると言う言葉をもらえたし。
その後ニシャ嬢とディクーシャ嬢、クリシュナさまも紹介してもらった。
そして、そう言えば・・・と思い、俺は魔法侯爵に相談したのだ。
以前、エリンが“悪役令嬢”と呼ばれたことについて・・・
魔法侯爵は・・・“ちっ、第2シリーズの方か・・・”とちょっとよくわからないことを言ってはいたものの、俺がしっかりとエリンを守れば大丈夫だと仰ってくださった。
更に、エリンの居場所がいつでもどこでもわかると言うペアリングをもらった。因みに俺は転移魔法を使えるので、そのリングがあればエリンの元にすぐさま転移できるのだと言う。
魔法侯爵にここまで目をかけてもらえるなんて、とてもありがたい。
エリンに早速そのことを話してお互いにペアリングをはめようと話したら、エリンが何だか微妙な表情をしていたのだけど・・・何故だろう?
ひょっとして、学内で目立つことを心配しているのかな?
でも、エリンの安全のためでもあるし婚約者であることを周囲に示すのも大切なことだと説けば、渋々納得してくれたのだった。




