住人が増えたらしい。
―――さて、夏季休暇も終え、王都の魔法侯爵邸に帰ってきた俺たちだが・・・
「明日から楽しみねっ!学園では私が付いているから安心してっ!ニシャ!」
「うん、ディクーシャちゃん」
明日から始まる新学期に、きゃっきゃうふふと胸を高鳴らせるふたりの少女。
「・・・いや、待て。何故ディクーシャが普通にウチにいるんだ。そしてクリシュナも!」
「ご・・・ごめんなさい・・・」
クリシュナは申し訳なさそうに項垂れた。いや、クリシュナには一切非はない。それは明らかなのだが。
「私がここに住む以上、クリシュナも一緒じゃないとダメでしょ?」
「確かにそうだが、何故ディクーシャが魔法侯爵家で暮らすことになるんだ」
クリシュナの魔力の関係で、ディクーシャと一緒の時が一番安定するのだ。だからふたり同じ部屋で暮らし、寝食を共にする必要がある。眠る時もディクーシャが一緒ならばクリシュナの魔力も安定して眠れやすくなるのだ。まぁ、講義の間は離れているが、お昼休みなどには必ずディクーシャとクリシュナは共に昼食を食べるらしい。
まぁ、でもそれも強制というわけではなく、ふたりがお互いに望んでいるからこそ成り立つ関係だ。そうでなければ魔力量過多のクリシュナを無理矢理無効化魔法で制御するしかなくなる。ただ無効化魔法が使えるディクーシャが一緒ならばいいと言う問題じゃないことはわかっているし、ふたりは相思相愛なのだ。引き離す理由もない。
「だって、あんた一人じゃニシャが心配だもの。学園に通わせることすら忘れてたルドラよ?それに、遅れている分の勉強も見てあげられるし」
「それは・・・その、忘れていたものは仕方がないし・・・お前は教えるのはうまいからな・・・」
悔しいことに、ディクーシャは本当にうまいのだ。魔法爵家の子女たちとも定期的に勉強会を開いており、彼らからも慕われている。
「だいたい、お前ら学園寮に所属しているんじゃなかったのか?」
学園には寮がある。それは、地方出身の貴族の子女が必ずしも王都に屋敷を構えているわけではないからだ。貴族は須らく通う必要のある王立学園には地方の領地で主に暮らす下位貴族の子女もいるし、魔法の才能があれば平民でも入学を許可される。そのような学生たちのための寮である。
「確かに・・・こっちにナディー魔法伯爵家の屋敷がない以上、学園寮に入るのがモットーよ。でも、私とクリシュナが離れて暮らすわけにはいかないじゃない。学園寮は当然のことながら男女別々。男女で同じ部屋には入れないの」
まぁ・・・言われてみれば男女同室のはずがないか・・・。通うのは貴族の子女ばかりだし、貴族のマナーレッスンなどもしているからな。
「じゃぁ、今まではどうしてたんだ」
「もちろん、ルードハーネ公爵家の本邸に厄介になっていたわ」
無論、高位貴族のルードハーネ公爵家ならば、王都にしっかりと屋敷も構えている。ルードハーネ公爵も領主としての仕事の傍ら王城での仕事も請け負っている。夏季休暇中は妊娠しているディクーシャの姉・・・公爵の義理の娘の様子を見に帰省していたものの、普段の居住はこちらだ。そして公爵が王都にいる間は、領地はその令息・・・カビーア殿が任されている。
魔法伯爵家の養子に入っているとはいえあの家はクリシュナの生家だし、そもそもディクーシャの姉の嫁ぎ先。つまりは親戚で、公爵自身も実の息子のクリシュナと義理の娘のディクーシャをたいそうかわいがっているので・・・。
「いや、なら今まで通りそうすれば・・・」
公爵だって喜ぶだろうし。
「こっちからの方が近いし・・・ニシャが心配だもの」
た・・・確かにそうだが・・・。まぁ、ルードハーネ公爵邸もここから学園とは逆方向に進めばそれなりに近いから、会いに行きたいのならいつでも行けるしな・・・。
「学園で一緒にいればいいだけだろう?」
「それ以外も・・・色々と。アールシュとシロナさんの話を聞いていればわかるわ。それに、ラーヒズヤおじさまからも是非に、ってお願いされたんだから!」
「ラーヒズヤめっ!!」
「でも、保護者にアンシュさんも加わったから心強いわ」
「なら、別にディクーシャがいなくても・・・」
ニシャの兄ならば、俺の義兄にもなるのだろうか。一応、俺の執事兼助手なのだが立ち位置はアールシュと同じになってきた気がする。
しかし・・・
「ディクーシャちゃんと一緒・・・ダメ、ですか?」
ぐはっ
ニシャが不安げな表情で俺を見上げてくる。
「・・・ニシャが・・・それでいいなら」
「やったぁ、決まりぃっ!」
早速ディクーシャが万歳をして喜ぶ。
「いや、オイ!俺はニシャがいいならと言ったんだ」
「いいわよね」
と、ディクーシャがニシャを見やれば・・・
「ディクーシャちゃんと一緒、嬉しいです!」
「・・・」
ニシャが嬉しそうに頷くのに、俺が抗えるはずがないのである。
「ほら!見なさい!あ、そうだ。休暇中に揃えておいた学園用に着ていく服、ちょっと整理しましょうよ」
「うん、ディクーシャちゃん」
ニシャはディクーシャに手を引かれ、そのままてくてくと付いていく。
「あぁいうことは、同世代の女の子にはかなわないわよ、諦めなさい」
と、シロナからごもっともなひと言・・・。
うぐぐ・・・っ!でも・・・学園用の服は俺も一緒に選んだからな!ディクーシャからどんだけ主張したいんだと苦言を呈されたがいいじゃないか!ニシャに余計な虫が付いたらどうしてくれる!!
「ルドラさま。ラーヒズヤさまから、今夜ドゥルーヴさまを連れて飲みに帰るからよろしくと、伝言が来ましたよ」
と、アールシュ。
またつまみの要求かっ!まぁいいけどっ!料理好きだし!
「あと・・・リハビリのためにドゥルーヴさまのご令息を連れてくるとも仰っていましたね」
「・・・あぁ・・・イシャンのことか。会うのは久々だな。結構女性陣多いけど・・・大丈夫なのか?」
イシャンは先の元第1王子とダーシャのせいで女性恐怖症を発症していたはずだ。ドゥルーヴの令息・・・つまりは大公令息なわけだな。因みに同い年。
「屋敷の使用人のメイドとは会話できるようになったそうですよ。あと、あの方は犬好きですから。わふたんもおのずとお好きですよね」
「まぁ・・・そこら辺は評価してもいいけどな」
でも、イシャンって・・・シロナを前にして普段から緊張して棒のようになるのに・・・大丈夫だろうか・・・?




