海の街でのデート
この前の騒動の結末について・・・ニシャにはカシス公爵家がダーシャのしでかしたことで処分を受けた・・・とだけ伝えてある。それだけでもニシャは悲しそうな表情を浮かべた。自分が虐げられた家のことだと言うのに・・・。ニシャは本当に優しい子に育ったな・・・。
だが、全てを教える必要はない。一族郎党処刑され、その中にはアニク・カシスもいたこと。アニク・カシスが故意にニシャとアンシュを孤立させ、虐げさせたこと。使用人を含めて処罰されたことは・・・ニシャには伝えていない。ただ、アンシュには全てを話してある。
アンシュに彼の出自について伝えた時、驚くかと思えば・・・生前に真実を母親から聞いていたらしい。俺がその事実を知っていることの方には驚いたようだが。
そして、俺たちが休暇を楽しんでいる間に陛下が全ての処理を終わらせ、またアンシュが陛下の王弟であることも正式に明かされることは話した。多分、少し周りは騒がしくなるだろうが・・・しかし、天下の魔法侯爵家の籍に入ったアンシュに堂々と手出しをしようとする者は普通はいないから安心しろと言えば・・・
“無茶はしないでくださいね”と逆に忠告され・・・“大人しくいい子にするんだぞ”と、アンシュの養父・ラーヒズヤにも言われてしまった。
いや、俺がまるで問題児みたいじゃないか。
“手のかかる子だもの”とシロナに言われれば、素直に項垂れる習性には抗えなかったのである。さて、そんなこともあったのだが・・・今日はニシャとのデートの日である。
そして・・・
「お・・・お待たせしました!」
ニシャが準備を終えて俺の前にやってきてくれた。
今日は領主邸のメイドたちがめちゃくちゃ張り切ってニシャを飾り立ててくれた。ニシャはこのルードハーネ公爵領の町娘風の衣装に身を包んでいる。この時期のルードハーネ公爵領の町娘たちは身軽な薄手で花柄のワンピースが親しまれている。かわいらしい薄黄色の生地のワンピースはノースリーブだが、肩のあたりにひらひらのフリルがあしらわれており、その上にひらひらリボンをあしらったかわいらしいデザイン。そして小さな白い花がちりばめられている。そして靴は通気性のいい歩きやすい白のサンダルだ。
そして、小さめな斜め掛けの茶色いショルダーバッグをかけている。
「似合っている。どこからどう見ても可憐な町娘だ」
「あ・・・ありがとう、ございます!」
一方俺は半そでシャツにズボン。これを見ても貴族だとはあまり思われないが・・・顔の左半分に仮面をしているのでちょっと怪しい・・・と、アールシュには言われた。まぁ・・・否定はしないがな。
「一応、陽射しは強いから・・・日傘を差そうか」
「は、はいっ!」
ミルク色の日傘も、縁にフリルがあしらわれたかわいらしいデザインだ。
「あの・・・日傘は・・・」
「俺が持つ。俺の方が背が高いから」
「は・・・はいっ!」
初めてのデートに、ニシャはかなり緊張しているようだ。
「ちゃんとエスコートするんだぞっ!」
「暴れないように」
と、同じくデートの準備を完了させたハリカとラーヒズヤ夫婦に忠告を受ける。エスコートはもちろんだ。でも暴れないようにってどう言う意味だろう・・・?
因みにハリカもこの街の流行りである花柄ワンピース。ラーヒズヤはシャツにズボンと・・・俺とまぁそんなに変わらないが・・・
ラーヒズヤは・・・何故か子持ちのお父さん風に感じる。実際養子のアンシュはいるのだが。
「お前、何か失礼なこと考えなかったか?」
「いや、別に?」
ここは笑ってごまかしておいて、早速ニシャとともに街へ繰り出した。
「ニシャ。迷子にならないよう俺の腕に捕まってくれ」
すると日傘を構えた腕にニシャがそっと手を重ねてくる。
「何だか・・・とっても落ち着きます・・・!」
俺はめっちゃドッキドキだが、しかしながら相変わらずニシャがかわいい。
「まずは水族館に行かないか?」
「すいぞくかん・・・ですか?」
「あぁ。午前中の方が空いているんだ。ゆっくり見られる」
「見る場所・・・なのですね」
どうやらニシャは“水族館”を知らないようだった。
早速連れて行ってみると、大きな水槽の中でたくさんの魚が泳いでおり、ニシャは感動してきゃっきゃとはしゃいでいる。
「ニシャ、サメがいるぞ」
「サメ・・・ですか?」
初めてサメを見たニシャ。
「大きいです!」
サメの中でも小型なのだが、初めて見るニシャには大きく感じたようだな。
「タコもいるぞ」
「タコ・・・ですか?」
「昨日のお好み焼きに入っていた、ぷるぷるしたやつだ」
「こ・・・ここにいたタコさんなのですか!?」
タコを初めて見れば普通はその見た目に驚く・・・と言うか、嫌な気分になることもあるのだが、ニシャの着眼点はかわいらしかった。やはりニシャと一緒だと飽きないな。常に俺を楽しませてくれる。
「いや、ここのタコとは種類が違う。あれは港で獲れたタコだ」
「じゃぁ・・・ここのタコさんとお友だちになれます!」
ま・・・まぁ、お友だちになったのに食すのは・・・勇気がいるだろうしな・・・?ひとまずニシャはほっとしているようだった。
―――
ひと通り海の魚類を見て回ると、ニシャは初めての体験にとっても楽しそうだった。最後に土産物屋に行くと・・・
「何か記念に買おうか」
「いいのですか?」
「もちろん」
「お財布のひもは俺が握っておりますので大丈夫ですよ」
「変なもの買わないでくださいね」
後ろの保護者2人!俺を何だと思っている!全くもう・・・。
付き添いと言うか・・・監視じゃないのか・・・?あの2人。
「どれもかわいいですね・・・あ、この子」
ニシャがとったのは、先ほどのタコのキーホルダーである。
「それが気に入ったのか?」
「はいっ!」
「それじゃぁ、お揃いで買おうか」
「・・・ルドラさまも・・・ですか?」
「あぁ、タコは好きなんだ」
俺の場合は主に・・・タコ焼きと海鮮お好み焼きだけど。まぁ、それは言わないでおこう。
「タコさん・・・かわいいですけど、食べるのも好きです!」
・・・と、思ったのだがニシャは結構図太そうだった。
「今度タコ焼きを作ろうか?」
「はいっ!タコさん、おいしいので好きです!」
どうやらニシャはお友だちのタコさんじゃないのなら、普通に食料として食すことに抵抗はないらしい。きっとタコ焼きのタコも、ニシャに食べてもらえることを誇りに思ってくれることだろう。・・・うんっ!
まぁ、そんなこんなでアールシュに会計を頼み、ふたりでタコのキーホルダーを購入した。俺はベルトに、ニシャはショルダーバッグのファスナーに装着した。
「次は街に行こうか。おいしいイカメシが食えるぞ」
「いか・・・ですか?あの・・・三角形の旗がついた・・・」
「あぁ、そうだ。よく覚えているな」
「ルドラさまとの一緒の時間のことは・・・、全部覚えていたいのです!」
そんなこと言われたら、俺暴走しそう。
でも背後の保護者2人からの圧を感じたので普通に微笑んでおいた。
初めてのイカメシをみたニシャは・・・
「脚が付いていないです!」
「まぁ・・・そうだな・・・?その、多分中に米を入れるため・・・かな?」
「お米が入っているのですね」
「そうそう。中の米にも味が染み込んでいるし、外側もたれで香ばしく焼き上げているからうまいぞ」
「はい!おいしそうです!」
ニシャは初めてのイカメシに目を輝かせている。人数分購入してもらい、高台に着けば・・・
「ほら、ここから海が見える」
「わぁ・・・!昨日もディクーシャちゃんと少し見たのですが・・・」
ディクーシャめっ!抜け駆けしていたとは・・・っ!いや、ルードハーネ公爵領と言えば海だから・・・海を見せるのは当然か。
「ここからの眺めもとってもステキです!」
「あぁ、俺も気に入っている」
早速高台のベンチに腰掛け、イカメシを頬張れば・・・
「ふぅぅ・・・っ!おいひぃれすっ!中のお米もですけど・・・外側のイカさんのぷりっぷり感や、たれとの相性も抜群ですね!」
「あぁ、これが病みつきになるんだよ」
自分で作ることもあるが・・・やはり露店で焼いたものはそれだけで何か特別感があるんだよな・・・不思議なことに。
「今日はどうだった?」
「・・・!ルドラさまとお出かけできて・・・とても楽しいです!」
「そうか・・・それは良かった」
俺もニシャのかわいい姿をたくさん見られたからな。たまにはこうやってニシャと街歩きと言うのもいいかもしれないな・・・。途中・・・俺の仮面を見てかわいい女の子を誑かす不審者だとか言い出すナンパヤロウどもはいたが・・・アンシュとアールシュが意気揚々と追い返していた。
俺が大事なところが爆発する魔法をかけようか?とも提案したのだが早々に却下された。何故だ。爆発は魔法使いのロマンだぞ?(※ごく一部の魔法使いたちの言い分です。大半の魔法使いは爆発反対派です)
その帰りは、屋敷の連中のお土産としてイカの形を模したたい焼き・・・のような菓子を選んで購入し、帰路についたのだった。ハリカとラーヒズヤ夫婦はお土産にこの地域の名物でもある水まんじゅうを買ってきてくれて、屋敷のみんなと歓談しながら味わった。
いつの間にかディクーシャとクリシュナもウチに来ており、早速とばかりにニシャと腕を組んではしゃいでいる・・・。
「ルドラくん嫉妬?かわいいなぁ~」
余計なお世話だハリカっ!全く・・・
「ま、青春よね」
「だねぇ、シロナちゃんっ!」
ハリカやシロナに茶化されつつも、ディクーシャに町娘のダンスを教えてもらい一緒にくるくる回っているニシャを眺めていると、何だかとても微笑ましくなった。




