狂乱のダーシャ・カシス
「そんな・・・そんなの嘘よ!レヤンシュがそんなことするはずないじゃない!それに私たちも何もしてないわ!」
それでも納得しないダーシャに、公爵が続ける。
「更に・・・君は私の後継者のカビーアに対しても酷い態度だった」
カビーアはルードハーネ公爵の長男で次期公爵に指名されている男性で、クリシュナの血のつながった兄である。
「だって!アイツはクリシュナを虐める酷いやつじゃない!」
「お兄さまはそんなことしません!」
「そうよ!あんなにクリシュナを大事に思っているお義兄さまに何てことを!」
これにはクリシュナとディクーシャが反論する。引っ込み思案なクリシュナがここまで声を荒げるとは・・・。それが兄弟仲の良さを如実に示していると言えるだろう。
「さらには・・・ディクーシャが激怒しそうだから言いたくはなかったが、身重なリディにも暴言を吐き、掴みかかろうとしたのだ。とっさにカビーアが庇わなければ・・・」
リディ・・・とは、ディクーシャの姉で、カビーアの妻である女性だ。
「んな・・・っ!?私の姉さまに何てことを!」
姉のリディが大好きなディクーシャが怒りをあらわにする。
「泥棒猫の姉だったのね!やっぱりあれは悪女だわ!モブでもないくせに!」
「はぁっ!?何を意味の分からないことを・・・!それって立派な婦女暴行じゃない!しかも身重の女性に対して何てことを!」
「落ち着きなさい、ディクーシャ」
「ディクーシャ・・・ぼくもついてるから」
「・・・おじさま・・・クリシュナ・・・」
公爵とクリシュナの制止で、ディクーシャは悔し気に矛を収めるが・・・納得はできないようだ。そりゃぁそうだろうな。
「あと・・・重要なことを知らないようだから教えてやろう。私は・・・第2王子派閥なのだよ」
『えっ』
ダーシャとバカ王子が揃って素っ頓狂な声をあげる。いや、今までの話を聞いてまだ自分たちの側にいると思っているのもそうだが・・・、やはりあの王子はバカらしい。そんなことも事前に調べていなかったのだから。
「・・・あと、私はカシス公爵とは学生時代からの犬猿の仲だ。そんな男のアバズレ娘になど融資などするものかっ!!」
まぁ、公爵は此度の件で父娘揃って嫌いになったようだし・・・完全に脈は断たれたな。
「さて、私からは以上だ。時間を取らせてしまい済まない。魔法侯爵」
「いいえ」
「では、こやつらが忍び込んだのは魔法侯爵領ですので」
「あぁ、処罰は俺が下すのが適当だな」
「ちょっと、何言ってんのよ!私たちはそんなことしてない!あのルードハーネ公爵の別邸へクリシュナに会うイベントのために向かったんだから!」
「何を言っている。あの屋敷は俺の屋敷だ。貴様、陛下が我が魔法侯爵家に与えた土地に文句を付ける気か?それがどう言う意味だか解っているのか?」
「は・・・?何で陛下が出てくるの・・・?あ・・・わかったわ!陛下も同じようにレヤンシュを冷遇している悪逆王なのよ!酷いわ!あなたもその子分なのね!」
何を言ってるんだ・・・もう、コイツの頭解剖してもいいかな・・・?
「公爵、俺もこいつらの処遇を決めました。陛下に突き出して処刑を進言しましょう」
「あぁ、私も同感だ」
そう俺たちが頷き合うと、たちまち顔を青くする。
「ちょ・・・ちょっと待ちなさいよ!」
「何だ」
「あ・・・あなた、割とイケメンじゃない?ゲームの公式攻略対象ではないけれど・・・でも気に入ったわ!私を酷い目に遭わせたことはヤンデレルートってことで許してあげる!私のハーレムに入れてあげるから、私とイイコトしましょ?ね?モブなのにこの私を抱けるのよ?幸せでしょ?んふっ?」
何故かダーシャが急に俺に色目を使っているのか、腰をくねくねさせている。
「そ、そうだぞ!ダーシャは顔もいいし体も最高だ!最高に楽しませてくれるんだ!そんなダーシャを抱ける権利をやろう!どうだ、すごいだろう!」
は・・・?このバカ王子もバカ王子で何を言ってるんだ・・・?
コイツの頭の解剖許可も出るだろうか?陛下にチクるついでに申請しておこうか・・・?
「バカか。俺にはニシャがいる。俺の婚約者はニシャだけだし、俺が嫁にするのもニシャだけだ。ニシャを虐げた貴様などいらん」
「は・・・?ニシャ・・・?何であの悪役令嬢が出てくるのよ!」
そこでやっと彼女は俺の後ろに立っているニシャに目を向け驚愕する。どうやら、自分に都合のいいものしか見えていなかったらしい。
う~ん・・・その目も解剖申請出しておこうか・・・?
「あの悪役令嬢・・・!しかも・・・アンシュ!アンシュもやっぱり悪役令嬢に連れ去られていたのね!?突然私の前からいなくなって・・・お父さまもアンシュは諦めろって言うのよ!でも、アンシュは私のハーレムに入る攻略対象なんだから、私と離れ離れになるはずがない!そんなの許されないのよ!そう・・・そうなのね!あの悪役令嬢め!アンシュもあなたもその悪知恵を使って騙して操っているのね!?」
最早何を言っているのかわからない・・・かろうじて俺は前世の知識があるから言わんとしていることはわかるが・・・公爵なんてもう耳を塞ぎたいと言う表情を浮かべている。
「黙れ」
「ひっ」
ふん・・・頭はお花畑でも、人間の本能と言うのは残っていたみたいだな・・・?
俺は、ニシャと出会ってから長らくやっていなかった悪戯をしてやることにした。
「見くびるなよ・・・この俺を操る・・・?どの口がそうほざく・・・?それ以上ニシャを愚弄するようなことを言ってみろ・・・ただじゃおかないぞ」
そう、凄みを込めてバカふたりに言うのと同時に、俺は顔の左半分を覆う仮面を外した。
『ひぃっ!?』
途端にふたりは悲鳴を上げる。
「んな・・・な・・・ば、バケモノ!?」
「貴様・・・!貴様は魔族だったのか!?」
見事にダーシャとバカ王子が恐怖していた。
「紫蛙と緑カメレオンよりはましだろう・・・?あと俺は・・・魔族ではなく・・・大魔王だ・・・!覚えておけっ!!!」
『ぎひいいいぃぃぃっっ!!!』
今にもちびりそうな勢いで抱き合うバカふたりはどうでもいい。再び仮面を装着し踵を返してアンシュに肩を支えられているニシャの元へと向かう。
「ニシャ、大丈夫か」
頬に手をあてがってやれば、ニシャはうるうるした目で俺を見上げる。
「はい・・・るどら、さま・・・」
「恐かったか?でも、大丈夫だ」
「だけど・・・ルドラさまが・・・とられてしまうんじゃ、ないかって・・・あの時、みたいに・・・」
あの時・・・あのバカ王子と初めて引き合わされた時のことを・・・気にしてたのか?
「そんなわけはない。俺にとっての唯一は、ニシャ以外には存在しない」
「ルドラさま・・・」
「だから大丈夫だ」
そっとニシャを抱きしめる。いつの間にかアンシュの両手はニシャの肩にはなかった。く・・・っ!相変わらず気が利くやつめっ!!
「ルドラさま・・・」
ニシャの安堵する吐息を腕の中で感じながら・・・そのニシャの柔らかい感触を堪能しようとしていたのだが・・・
「こんなところで・・・こんなところで悪役令嬢に負けるなんてありえない!私はヒロインなのよ!?」
あのバカ女のせいで、いい雰囲気が台無しになった・・・。やっぱり頭と目を解剖した後で八つ裂きにしてやろうか。
「私は王子妃になるの!そして将来の王妃になるの!レヤンシュが王になって私は王妃!そして他の攻略対象たちに囲まれながら贅沢して暮らすのよ!!」
全く・・・未だにお花畑を見ているらしいあの女にひと言言ってやりたいところだが・・・その前に酷く冷静で低い声が響く。
「そうか・・・ではお前はこの俺に翻意がある・・・と言うことでいいのか?」
その声の人物に、ダーシャとバカ王子がハッとして目を見開いた。