レヤンシュとダーシャ
「早く!早くここから出せ!ぼくは第1王子だぞ!王太子になる男だぞ!」
「ちょっと!どう言うことなの!?私はレヤンシュさまの婚約者で、公爵令嬢なのよ!?」
さてさて、ネズミ捕り用の鉄格子(※移動式万能タイプ)の鉄籠に入れられているのは、ミルクブラウンの髪に鮮やかな青い瞳を持つ美少年・・・あれが第1王子のレヤンシュだ。通称:バカ王子と呼ばれている。
もうひとりはピンクブロンドのセミロングの美少女で、エメラルドグリーンの瞳を持つ、ダーシャ・カシス公爵令嬢である。前世のゲームではとってもいい子だったのに、現実では何と言う残念ヒロイン。いや・・・ゲームでも実の姉の婚約者を横恋慕して奪い取ったわけで・・・。元々碌な女じゃなかったということか。
「ごちゃごちゃと騒がしい!」
この土地の領主である俺が、公爵と一緒にふたりの前に躍り出る。
「貴様・・・その仮面は魔法侯爵だな!くそぅ・・・ダーシャに酷いことをしておいてよくもおめおめと・・・叔父上!どうか助けてください!この男はぼくのダーシャに散々酷いことを・・・!」
「そうです!しかもお金まで巻き上げられて、畑しかない田舎で貧相な暮らしをさせられています!どうか我がカシス公爵家をお助けください!」
はぁ・・・何と言うか、相手にしたくない。こんなやつらでも一晩の宿を提供したのは公爵なりの優しさと言うか、貴族としての義務的なものだったのだろう。それに、追い払って領地の宿に泊まられて領民に手出しをされたらそれこそ公爵の顔に傷がつくからな。
厄介者は自分が責任をもって一晩の宿だけは提供したのだろうな。
まぁ、話を振られたのは公爵の方なので・・・どうする?と視線を向けてみれば、盛大な溜息をついていた。
「まず第1王子殿下」
「あ、あぁ!叔父上!」
呼ばれたバカ王子は元気に返事をした。
「あなたに“叔父上”と呼ばれる筋合いはございません」
「んな・・・何だと!?ぼくを誰だと思って・・・!」
「それは亡き妻の姉君であらせられる王妃殿下からお許しをいただいております」
「んな・・・っ!?母上が・・・そんな・・・っ!あ・・・てことは・・・貴様はぼくの臣下だ!ぼくの言うことを聞け!」
いや、何でそう言う思考になるかね?むしろ特殊思考すぎて逆に拍手してやりたいくらいだ。
「私がお仕えしているのは、アディティア・レーヴェ陛下だけでございます」
「だったらぼくの命令も聞け!ぼくは父上の息子で・・・ゆくゆくは王太子になるんだぞ!」
「陛下は未だ後継を指名してはおられません。なのに自ら“王太子”を名乗られるのでしたら、私は陛下の臣として、あなたを陛下の前に突き出さねばなりません」
「んな・・・っ」
「ちょっと、話が違うわよ!あなた、レヤンシュの叔父なんでしょ!?なら、甥っ子の婚約者の家が困窮しているなら助けるのが道理ってものでしょう!?」
レヤンシュがいいどもると、続いてダーシャが口を開く。
「先ほど申し上げた通り、私は第1王子殿下の叔父ではありません。王妃殿下より許可をいただいております」
「何なのよ、その王妃って!レヤンシュの母親なのに・・・わかったわ!そいつが一番の悪党なんだわ!レヤンシュを冷遇して虐めている悪女なのよ!」
「んな・・・っ!王妃殿下に何と言うことを・・・っ!知らぬのなら教えてやろう、小娘がっ!」
あ~ぁ・・・公爵が完全にキレてる。俺知らねぇぞ。
「何よ!私は公爵令嬢よ!?」
「だから何だというのだ!たかだか“令嬢”だろうが!第1王子殿下が私にやったことを今この場で、教えてやる!」
「ぼ、ぼくが何をしたって言うんだ!」
「あんたねぇっ!」
その言葉に、思わずディクーシャが反応して前に出ようとするのをクリシュナがとっさに止める。
「でぃ、ディクーシャ!いいから・・・!」
「でも・・・、クリシュナ!」
そんなふたりのやり取りを見て、ぱあぁぁっと顔を輝かせたのはダーシャだ。
「クリシュナ!クリシュナよ!やっと会えたぁっ!あのね、クリシュナはゲームスタートの学園入学の半年前に偶然ルードハーネ公爵領で私と運命の出会いをするの!でも魔力を暴走させちゃって大変なことになるんだけど・・・私がいれば大丈夫!その暴走も抑えてあげる!私はあなたを助けにきたの!だから早く私をここから出してちょうだい!」
いや・・・本当に何言ってんの・・・?このヒロイン。てか、ゲームスタート・・・って、やっぱり転生者か・・・?確かに・・・クリシュナルートでは学園入学の半年前にヒロインと運命の出会いをしている事実が明らかになるが・・・。
「ちょっと・・・何言ってるの・・・?あと、クリシュナは確かに魔力を暴走させたことはあるけど、私がいるんだから問題ないわよ」
「は・・・?アンタ誰よ」
ダーシャがディクーシャを見て驚愕する。
「私はクリシュナの婚約者よ。将来はクリシュナが私のナディー魔法伯家に婿入りして結婚することが決まっているの」
「はぁっ!?何それ!クリシュナはその魔力の高さゆえに父親の公爵や、兄の公爵令息に迫害されて孤独に育つの!それ故に内向的で婚約者もいないのよ!?アンタなんてゲームに出てこなかったじゃない!」
「ちょっと・・・げーむ・・・?とか何の話よ・・・。あと、おじさまとお義兄さまがクリシュナを迫害なんてするはずないでしょう?それはおじさまとお義兄さまへの侮辱だわ。それに、クリシュナには私やルドラもいるし、私たち魔法伯一家も付いているわ。孤独なわけないじゃない」
「はぁ・・・?何それ・・・そんなの知らない・・・」
「言いたいことはそれだけか」
公爵の冷たい声が響き、ダーシャが言葉を詰まらせる。
「ディクーシャ、そこまででいい。クリシュナのためにありがとう」
公爵に言われるとディクーシャは素直に引き下がり、再びクリシュナと一緒に並び立つ。それをダーシャが憎い目で睨みつけていた。
「そこの第1王子殿下はその昔、私の息子・・・今は養子に出してしまって義理の息子となったが・・・クリシュナは、第1王子殿下の興味本位で魔道具を起動させるための魔力源にされ、無理矢理魔力を奪われてしまったクリシュナはショックで魔力を暴走させたのだ」
「え・・・イベント、もうすぎちゃったの!?」
いや、そこなのか・・・。今ツッコむべきところは。
「何を言っているのかわからんが・・・その時、助けてくれたのがたまたま領地に滞在されていたルドラ・シュヴァルツ魔法侯爵。そして魔法侯爵が転移魔法で連れてきてくださった、ナディー魔法伯家の方々だ。そこにいるクリシュナの婚約者・ディクーシャはたった8歳だったが、クリシュナをその膨大な魔力ごと受け入れ鎮めてくれた。だから、クリシュナの伴侶となれるのは彼女しかいないし、我が息子がルードハーネ公爵家の籍を抜けてナディー魔法伯家の籍に入ったのもそこの第1王子殿下から引き離すためだ。そこの第1王子殿下は、私の愛した亡き妻の忘れ形見であるクリシュナと、家族との時間を奪った仇だ」
そう言い切った公爵は最後に鋭い目でバカ王子を睨む。するとバカ王子は怯んだように顔を背け、ダーシャは何のことかわからずにきょとんとしていた。




