悪役令嬢なはずの彼女
ついにこの時が来た。俺はいつも通りソファーに座り彼女の到着を待っていた。
ニシャ・カシス・・・オトゲーの中では可憐な妹のダーシャに嫉妬し、数々の嫌がらせを行うのだ。しかしながら昨今の転生物に於いて、悪役令嬢の立ち位置は悪役たるものではないことがほとんどである。だから俺も少しは期待しよう。少しだけだぞ?
だがしかし、実際の彼女がいい子だったとしても、さすがに俺の顔は嫌がるかもな。とはいえ、王さまからの直々の手紙・・・“すまん、たのむ。この通り”と言うメッセージが来てしまった以上、この縁談は強制的に本決まりになるだろう。
後から彼女がショックを受けないように、俺は敢えてこのままでいく。普段は顔の左半分を覆う白い仮面を付けており、焦げ茶色のサラサラの髪に、右目は深い青だ。仮面を付けていれば十分に端正な顔立ち。自分で言うのもなんだが結構なイケメンである。麗しの魔法侯爵と呼ばれた父と美人の母の特徴を受け継いだ美少年。しかしながら、俺の顔の左側は見たものが言うには、悪魔やら異形のものに例えられるらしい。瞳の色は金色で瞳孔は縦長。その上、焼けただれたような痣が瞼から頬まで広がっているのだ。
きっと恐ろしいと思うに違いない。
早速表に馬車が到着したようで、執事のアールシュが出迎えに向かう。
『ひぇっ!?魔族!?』
叫び声は男の者だった。付添人か・・・?全く失礼してしまう。執事のアールシュは俺よりも2歳ほど年上だ。現在14歳。朱色の髪に金色の双眸に端正な顔立ちを持つ美少年であるが、彼の頭には黒く歪んだ角が2本生えている。突然変異と言うものらしい。彼はその外見故に捨てられ隣の領地から追い出されるようにウチの敷地内に入って来たところを、角があるだけで何なんだと俺が拾ってやった。もちろん俺の顔を見て恐がるのなら領主邸に置いておこうと考えたが、アールシュは自分と同じ金眼を持つ俺との出会いを喜んだ。しかも魔法の才があるため助手としても有能だ。
そんな彼は角があるだけでよく“魔族”などと呼ばれてしまう。魔族とは魔王の眷属のことだ。この世界には魔王の伝説がある。その姿かたちは誰も知らないのに、彼を見た途端“魔族”扱いは何なのだろうと思う。
だが・・・魔王・・・?確かオトゲーの攻略対象のひとりだったな・・・。えぇと・・・朱色の髪に黒く歪んだ角・・・金眼・・・。え・・・?魔王ってアイツのことじゃね?因みに“アールシュ”の名は領主邸の執事長に思いつく名前を挙げてもらいその中から決めた。
オトゲーの魔王の名前は何だったっけ・・・いや、魔王だった気がする。うん。魔王だ。特定の名前は出てこなかった気がする。攻略対象なのにいいのか、オイ。因みに魔王は隠し攻略対象でラスボスであった。
そんなことをつらつらと思い浮かべていたら、アールシュがひとりの少女を携えてやってきた。
深い藍色の長い髪に、ダークグリーンの瞳は吊り目がち。だがオトゲーの中の彼女のイメージとは打って変わり、彼女はどこか自信なさげに俯きながらこちらへ歩いてきた。
「供のものはいないのか?」
俺も12歳ながら彼女も12歳。先ほど付き添いらしきものの声がしたのだが、彼女はアールシュに連れられてひとりでやってきたのだ。
「・・・その・・・ごめんな・・・さい」
彼女は脅えながらも顔を見上げ、そして固まった。
そりゃぁそうだろう・・・この顔を見れば誰だって怖気づく。
「あなたが・・・侯爵さま・・・?」
彼女は驚いたように目を見開いたが、何故か俺の顔をまじまじと見てくる。その宝石のようなキラキラした瞳で・・・。
「あ・・・ご、ごめんなさ・・・申し訳ありません、侯爵さま。ニシャ・カシスでございます」
彼女はハッとしたように、見事なカテーシーを決めた。とても優雅な所作だ。きっとたくさん練習したのだろうな。・・・第1王子の御前に出るために。
「・・・俺がルドラ・シュヴァルツだ。取り敢えず、掛けて」
「はい、失礼します」
彼女は以外にもすんなりと俺の正面に掛けた。大体どの令嬢もそうは言われても俺の顔を見てびくびくしながら座るのに数分かかるのだ。
「こ・・・侯爵さま・・・」
彼女は俯きつつ腰掛けたが、突然顔をひょいっと上げた。
「な、何だ」
突然のことでかなりぶっきらぼうな言い方になってしまったかもしれない。
「侯爵さまがお若くて・・・びっくりしました・・・」
「同じ12なのだから、若いも何もないだろう」
「ご・・・ごめんなさい・・・」
「お前は俺をどう聞いていたんだ」
「と・・・年上の、とっても年上の方だと・・・ご、ごめんなさい!」
「い・・・いや・・・」
まぁ、まさかこの歳で侯爵位とは思うまい。一般的な貴族ならば成人年齢の16歳から家督を継ぐ。だが魔法侯爵や魔法伯爵などの魔法爵の場合は例外があるのだ。その実力を得ていないものを魔法爵にするわけにはいかないので実力があれば12歳から認められる。それまでは魔法爵は後見人が代理で持っていたが、後見人と言っても魔法侯爵の財産や功績目当てのやつらばかりだ。だから俺は父の遺言で父の友人の魔法使いに今まで代理をお願いし、国王さまもそれを了承していた。しかしながら魔法侯爵の仕事のほとんどは自分自身でやっていた。父の友人も魔法侯爵の地位には興味がなく、単に預かりという扱いで文句も何も言わなかった。ただたまに元気でやっているか様子を見にくる程度である。父も良き後見人を選んでくれたらしい。
が・・・、
「・・・お前は俺に不満はないのか・・・?」
「そ・・・その、と、年上好きとかそう言うのでは・・・ないです!」
「いや、そこではないし・・・その話はもういい」
「・・・ごめんなさい・・・」
ニシャ・カシスは再び俯いてしまう。
「貴様は俺の顔が気にならないのか?」
何故かいつもと違う縁談についつい本音をぶつけてしまった。
ぶつけられても困らせてしまうだろうが・・・。
「ど・・・どうして・・・?」
「恐ろしくはないのか?」
「侯爵さまは、とてもお優しそうな顔をしています」
そう言って、彼女は微笑んだのだ。
まるで、天使のように。
それが、俺と悪役令嬢であるはずの彼女との出会いだった。