次から次へと懲りないな
「ねーね、これよんでー」
「よんでー」
ソファーでは、ちびっ子狼双子のソラとシエルがかわいらしくニシャの左右にちょこんと座りながら絵本の読み聞かせをおねだりしている。
「うん、もちろん」
ふたりから甘えられるニシャももちろんかわいらしい。あぁ・・・わふわふちびっ子狼とニシャの共演もまた・・・良いものだな・・・。
「ルドラさま、先ほどから手がとまっておりますが」
資料を追加しに来たアールシュの鋭い声が響く。
「今日もニシャとわふわふの共演が尊い」
「いいから、とっとと処理してください」
むぅー。
まぁ、仕方がないか。領地経営などの仕事がない分、魔法関連の仕事はごっそり舞い込む。それが魔法爵たちの中のトップであるが故のもどかしさ。
アールシュが俺の執事兼助手であるように、アンシュもまた同じような立場を任せている。読み書きは母親から習っていたそうなので、当分はアールシュに付きながら魔法の知識を入れてもらいながら屋敷の仕事も覚えてもらっている。なかなかまじめだし物覚えもいいな。やはりスカウトして正解だったようだ・・・。
「・・・ルドラ、表に客来てっけど」
と、その時狼耳しっぽの青年・クロが顔を出す。
「うん?誰?」
「・・・カシス公爵家の使用人だとか」
「はぁ・・・?」
クロの言葉に、アンシュとニシャがふたりともビクンと反応する。まぁ・・・カシス公爵家では随分とひどい目に遭ったらしいからそう反応するのも無理はないよな・・・。
「わかった。応対する。アンシュは俺と来てくれ」
「わかりました」
アンシュは立ち上がり俺に続く。
「あの・・・」
ニシャが心配そうに俺を見つめてくる。尊すぎる、そのうるうる目。
「大丈夫だ。心配ない。アンシュには顔を確認してもらうだけだ」
「あぁ、だからニシャはここで待っていて。ルドラさまと一緒なら大丈夫だから」
「・・・うん」
アンシュがニシャの頭をぽむぽむと撫でれば、ニシャが安心したようにはにかんだ。
・・・俺もあれやればよかった・・・っ!
「くだらない意地張ってないでとっとと行ってください」
と、アールシュ。
くぅ・・・っ!もっとニシャを堪能したいのに・・・。カシス公爵家めぇ~~~っっ!
俺はめらめらと魔力を放出しながら、アンシュと共に玄関へと向かった。
―――
玄関口には、使用人を代表してきたのか初老の執事とメイドがいた。
「アンシュ、顔は知っているか」
「はい・・・カシス公爵家の執事長とメイド長ですね」
俺が“アンシュ”の名を呼べば、ふたりはハッとして顔をあげる。そしてアンシュの顔を見るや否や盛大に表情を歪めた。
しかしながら、彼らもただで引く気はなかったのか・・・唐突に口を開いた。まずは執事長のほうだ。
「魔法侯爵さま!どうか我らをお救いください!」
あ‶?何で俺がお前らを救わなきゃならないんだ・・・?ふざけてんのか・・・?
「カシス公爵家は多額の賠償金支払いのため、資産のほぼ全てがなくなり、屋敷や家具、ドレス、宝石などそのほとんどが差し押さえられ、我々使用人の給料も長らく支払われておりません!」
「それで?」
「ど・・・どうか我々使用人一同を、魔法侯爵さまのもとで召し抱えてはもらえないでしょうか!」
は・・・?何で俺がそんなことをしなきゃならないんだ・・・?大体、資産がない・・・?どうせあのカメレオンと公爵夫人が贅沢三昧した結果だろう?知ったことか!
「アンシュ、コイツら使用人がお前とニシャにしたことを話せ」
「はい・・・こやつらは、公爵夫人、ダーシャ、その双子の弟・アニクに好き勝手させた挙句、自身らも一緒に俺やニシャを毎日のように怒鳴り、暴力を振るいました。時には食事に異物を混ぜたり、水や泥をかぶせて笑いものにしたり、時には裸にして犬のように首輪を付けて口だけで水を飲ませたり・・・など人間扱いすらしませんでした。他に思い返してみてもきりがありません」
「そ・・・そんな・・・そんなことはしていない!」
執事長が怒鳴る。
「そうよ・・・!自分が次期公爵になれないからアニクさまに嫉妬してそのような妄言を魔法侯爵さまに吹き込んでいるのね!」
次はメイド長だ。
「認知すらされていない上に、今まで屋敷に置いてやった恩を仇で返す気か!この薄情者め!」
更に執事長が続ける。
「思い上がりも甚だしいな」
「え・・・?」
「今まで屋敷に置いてやった恩・・・だと?そもそもあの家はお前たちの家ではないだろうが。一体何をほざいているのやら・・・。屋敷で我が物顔で好き勝手するような使用人はいらんし、そもそも俺のニシャとその兄のアンシュを虐げてきたお前らを雇うはずがないだろう。夢物語も寝て言え!」
「そんな・・・!」
「しかし、ニシャ・・・ニシャお嬢さまぁ・・・はこの魔法侯爵さまの家に嫁ぐ身・・・!こちらの魔法侯爵家にて暮らすのなら、生家からメイドのひとりやふたり、連れて行くのは普通でしょう?」
「んな・・・っ!?抜け駆けするな!執事だって・・・!」
何かふたりで勝手に言い合いを始めたのだが・・・。
「お前らは何を勘違いしているんだ。お前らのカシス公爵家だったか?あれは既にニシャの生家ではないし、ニシャは既に魔法侯爵家の籍に入っている。ここにいるアンシュもな。そしてカシス公爵家とは完全に絶縁している。お前らカシス公爵家の者どもには縁などない」
「そん・・・なっ!?まだ婚約者の身で・・・入籍だなんて!」
「はんっ、威張り散らしておいてそんなことも知らないのか?だがそれが魔法爵の特権だ」
その血を絶やさないため。優秀な魔法使いを国にとどめるため。その一族の繁栄のために必要な伴侶を娶ることができる特別制度である。例え婚姻前であっても、あらかじめ魔法爵家に籍を移し、場合によっては生家との完全断絶も可能。魔法爵家に迎えた者の生家や血縁がしゃしゃり出てきて魔法爵に取り入られることを防ぐため、徹底して魔法爵家に不干渉と言う立場をとることができるのだ。
優秀で特殊な能力を持つ魔法使いの血筋を残すための保護制度である。
「あんな魔法も碌に使えない娘よりも、我が公爵家のダーシャさまの方が魔力もあり、様々な魔法が扱え更にはお美しい!」
何を言い出すんだ?この執事長が。紫蛙でカメレオンな女が美しい?
「それに、次期公爵であらせられるアニクさまも大変優秀で・・・きっと魔法侯爵さまに多大なる貢献をされるでしょう・・・!」
と、メイド長。知らん。あと、多大なる貢献なら俺自身でできる。どうせニシャが虐げられるのを黙ってそのままにしていたんだろう・・・?ならば同罪だ。カシス公爵家の奴らに掛ける情けなどない。
「それに、アンシュは既に魔法侯爵家の養子に入っている。貴様らとは何も関係ない。俺のニシャだって同じだ。よって、貴様らを召し抱える・・・?だって?笑わせるな。長年ふたりを虐待してきたお前らなどお呼びじゃない。だが感謝しろ。せめて家には送ってやるさ・・・“強制転移”」
俺がふたりに手を向けて叫べば、ふたりの足元に魔法陣が浮かぶ・・・。そして・・・光に呑まれていく中、必死にあがくもののこちらには来られない。
『くそう・・・くそう・・・!貴様のせいだぁ―――っっ!!!』
『ひとりだけ幸せになりやがってぇ―――っっ!!!』
「さようなら。二度と我が魔法侯爵家の敷居をまたぐなよ・・・?」
『くそおおおおぉぉぉぉ――――――っっ!!!』
やつらは最後まで俺を忌々し気に睨む。しかしあっけなくやつらは公爵邸へと強制転移させられたのだった。
※強制転移で公爵邸の前に送られた執事長とメイド長※
どすっ!!
バキッ!!
ぴゅ~~~っっ!!!
ふたりがそこに落とされた拍子に“仮蓋”が外れて落下。
『ひいいいぃぃ―――っっ!!助けてぇ―――っっ!!!』
その後、強制執行官が来るまでふたりは穴の中に閉じ込められたのであった。