7話
入学してから、数日。
フィオナは大人しかった。
とても不気味だ。
フィオナは十歳の時からあまり変わっていない。外見は超美少女に成長しているが、中身は「魔王とかいないかしら」とか「古代のオートマトンとか!」みたいなことを言っていた時とあまり変わっていない。だからこそのあの自己紹介な訳だが。
そして、西小高等科の時は暴れていたのだ。暴れていたと言っても暴力的な話ではない。
持て余すリビドーを発散させるかのように、あれやこれや。傍目から見れば奇怪な行動を繰り返した。
「学校の屋上に続くドアがぶち破られて、屋上に変なサークルみたいなものが描かれてた時はビビったね」
教室で昼飯を食いながら、西小高等科からの付き合いのテレンス・ヘンウィックはそう言った。
この国に弁当などと言う文化はないので、昼飯は基本的には購買で買うか食堂で買うかのどちらかだ。
「へぇ。そんなことやってたんだ彼女」
そう言いながらパンを食べているのは、この学校に入ってから知り合ったマーロン・モイヤーだ。小柄ながら、それなりの量をいつも食べている。
「シャン、お前よくあんなのに毎回付き合えるよな」
「付き合ってるんじゃない。付き合わされているんだ」
そう言って俺も買ってきたサンドイッチを食べる。
「そこに違いはあんまりなさそうだけどね。他にはなんかしてたの、彼女は?」
マーロンがそう言うと、テレンスが答えた。
「無理矢理銅像動かして壊してたな」
「何それ。なんの意味があって?」
「さぁな? シャン、なんでまた銅像壊してたんだ、あれ?」
テレンスが不思議そうな顔で俺に聞いてくる。
銅像……? あいつ関連のことは色々記憶にありすぎて、どでかいインパクトがないと咄嗟に思い出せないんだよな。
「銅像って、いつの話だっけ」
「お前当事者なのに忘れたのかよッ」
「喉まででかかってる。もう一押しなんだが」
「よく自分の学校の銅像壊したこと忘れられるね……」
そう言われてもな。あいつが問題起こしまくりなのが悪い。
この昼休みだって、俺にしては本当に珍しく平穏な時間を過ごしているのだ。あいつがここ数日なんの動きも見せないのは逆に恐ろしい。
いや、もしかしたら俺の見えないところで何かしら動いているのかもしれない。現に今だって教室にいないのだし。昼休みが始まった瞬間、どこかへと消えてしまった。
「二年の五の月の後半くらいの話だよ。夏の終わりで、そろそろ涼しくなるなーって頃に全校集会で銅像の話されたんだ」
「あーはいはい思い出した。あれね、銅像ひっくり返したやつ」
「銅像ってひっくり返せるもんなの?」
ひっくり返せるんだな、これが。
「あれは、あれだよ。銅像の下に何か地下室の入り口とかあるんじゃないかってフィオナが言い出したんだよ」
「それで銅像ひっくり返したって? バカじゃねぇのか?」
「俺じゃなくてフィオナに言ってくれ」
なんて言いながら、あの日のことを思い出す。
銅像をひっくり返した理由はさっき言った通りだ。もちろん銅像の下に入口なんてものはなかった。だが、重要なのはそこじゃないのだ。
銅像をひっくり返したとき、フィオナは微かにだが魔法を使っていた。でないと数百キロどころかトン単位で重そうな銅像を、子供の力でひっくり返すなんてできるはずがない。だが、そのときフィオナはディスクを持っていなかった。
魔法はディスクを通してでなければ使えない。そのはずなのだ。それにもかかわらずフィオナはディスクなしで魔法を使っていたーーように思う。俺の想像だが。
だが、俺の想像が正しかったとしたら、それが知られればまた軍の研究者やら何やらがきて大騒ぎになる。とてもめんどくさいことになるのだ。
またいろいろ追求されるのも嫌だし、このことを知っているのは今のところ俺だけだ。もしかしたらディスク無しでも魔法が使える、と言うことは一般に知られていないだけで知っている人は知っていることなのかもしれない。でも少なくとも俺は知らないので、有名な事柄でないのは間違いない。幸いにもこのことを知っているのは俺だけなのだし、わざわざ吹聴して面倒ごとを抱え込むこともないだろう。
なんて思って、今見たことは見なかったことにしようそうしよう。と思い込んでいたらそのまま本当に忘れてしまっていたのだが。
「で? 士官学校まで来て、お前らは何をしようとしてんだ?」
「お前らっていうな。別に何もしねぇよ」
なんて言うが、フィオナは絶対に何かやらかす。そう言う確信がある。というかすでに自己紹介で若干やらかしている感はある。まだ若干だが。
そう言えばあいつ、昼休みに何してるんだろうな。入学してから昼休みにあいつが教室にいるのを見たことがないが……。
まあ、いいか。何も聞こえてこないと言うことは、何もしていないのだろう。そう言うことにしておこう。俺の精神的な安定のために。人生を危険に晒せ! なんてニーチェ先生は言っていたらしいが、俺はごめんだね。
士官学校なんていうところは詰まるところ軍隊の一機関みたいなものなわけで。よく考えなくてもわかると思うが、そこに女子なんていう存在は殊の外少ない。俺たちが所属するのは魔導科というところで、ここは魔法使いの適性が優先されるところだから他の陸軍科とか海軍科とか航空科とかよりはまだまだ多いものの、それでも普通の学校に比べるとやっぱり少ないといったのが現実だ。
フィオナ・アインスタインという人間は、見た目だけは美少女だ。以前にも言ったかもしれないが、黙って座っていれば深窓の令嬢に見えなくもない。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花だ。実際は俺と同じ中流階級の家の出身だが。
そんなんだから昔からモテた。よく告白とかもされていたように思う。俺が全てを見ていたわけではないのでどれだけされていたかはわからないが。まあ実際に何度かみたことはあるけど。「あんたなに? 異世界人とかなわけ? 違うの? じゃあ話しかけないで」なんて言われていた。あれ言われてるのが俺だったらトラウマもんな気がする。
男女の数があまり違いがなかった高等科までの環境でもモテていたのだ。女子の数が少ない士官学校でなら尚更なのは言うまでもない。いくら将来のエリート候補生とはいえ、未だ15歳の少年なのだ。色恋にかまけたくなってしまうのも当然だろう。
「ほんっとありえない。バカしかいないの? この学校は」
寮の共有談話室でそう怒りを露わにしたフィオナは、最後の文字を殴り書くようにして課題を終わらせた。
士官学校は全寮制だ。もちろん家庭の事情によっては自分の家から通うこともできるが、基本的には学校側が用意している寮に入らなければいけない。
男子寮と女子寮は別々だが建物自体は一緒なので、中間地点に男女共有のスペースが幾らか設けてある。食堂とか、今俺たちがいる談話室とか。
「あいつらの頭はジャガイモか何かが詰まってるわけ? こんなとこまで来て付き合ってくださいだの好きだの愛だの頭おかしいんじゃないかしら」
「お前には頭おかしいなんて言われたくないだろ」
「なによ」
「――なにも。ていうかまたなにか言われたのか」
俺はまだ終わっていない課題に適当に文章を書きながらフィオナの相手をする。
フィオナが告白してきた相手にキレてるのは別に今に始まった事ではないので、あまり気にしても無駄だ。
「帰り際に下駄箱に手紙が入ってたのよ。一眼見た時から好きになりました。是非お付き合いしてくださいって」
「いつものパターンだな」
「高等科までは許したわ。そういうこともあるだろうって、つまんないやつしかいなかったし」
「いやお前、高等科の時もキレてただろ」
「うるさいわね。……なんで士官学校なんていうところまで来て、高等科の時と同じようなことされなきゃいけないわけ? ……入る学校間違えたかしら」
そりゃお前が見た目だけはいいからだろ、とは本人には言わないが。
ていうか入る学校間違えたって、俺たちには学校選ぶ選択権なんてないに等しかっただろ。
「で? 手紙はどうしたんだよ。返事には行ったのか?」
「その場で破り捨ててやったわ。せめて言いに来るなら直接来なさいよ直接。手紙なんて全く男らしくないわ」
「男らしく直接来たらどうするんだ?」
「そんなのその場で断るに決まってるじゃない。好きだの愛だのそんな無駄なことに使ってる時間なんてないのよ」
「結果一緒なら手紙の方が気楽じゃないのか」
「気持ちの問題よ、気持ちの!」
気持ちの問題なんて言っているが、結果が一緒なら気持ちも何も関係ないと思うんだが……まあ俺にはあんまり関係ないけど。
まあ、今の会話でわかると思うが、フィオナはモテるがこんな感じで相手をバッサリ切ってしまうので、誰とも付き合ったことがない。多分。いちいち俺に言わないだけで付き合ったことがあるのかもしれないが、俺が知らないのだから長く続いたことはないのだろう。
それで、告白された日は大抵機嫌が悪い。もう目に見える感じで機嫌が悪い。いやフィオナはいつも顔に出てるな……。
「ていうかフィオナ、お前課題終わったんなら俺に見せてくれよ」
「何よあんた、まだ終わらないわけ?」
「逆に聞くがなんでそんなに早く終わるんだよ」
「こんなの簡単じゃない」
「簡単!?」
なんでこんなやつの頭がいいんですかね!? 神様世の中の人間のパラメーターの振り方間違えてませんか!?
俺は別に前世の記憶があるだけで地頭はよくないのだ。四則演算とか、基本的な理科とかの知識とかはあったりするが、そもそもこの世界の学校で勉強することは日本の教育とは違うことが多くて、結局一から勉強し直しているようなものだ。特に士官学校に入ってからなんか勉強したことがない知識しかないので、普通に時間がかかる。しかも俺が望んで入った学校ではない、というのも手伝ってやる気が起きないのだ。
「ほら、ここの考え方はこっちの文章に書いてあるわ」
「ん……? あぁ、これか。助かった」
「ジュース奢りなさいよね」
「へいへい……」
そんな感じで俺たちは日々を過ごしていったのだった。