6話
この世界での記憶でいうと、初めての葬儀だった。やっぱりこの世界でも葬儀では黒い服を着るんだな、とか、火葬ではなく土葬なのは日本とは違うよな、とか、そんなことをぼんやりと考えていた。
父親と一緒にいるはずのフィオナは、何故か父親と離れてずっと俺のそばにいた。ぎゅっと手を握り込んでくるので、俺は今日一日ずっとフィオナと手を握りっぱなしだ。
先日泣いたからか、フィオナは泣かなかった。泣きそうなのは見ていればわかるが、意地になっているのかなんなのか、一粒も涙を流すことはなかった。泣きそうになると耐えるように俺の手を握る力が強くなるのを感じた。
前世の記憶では、どちらかといえば親しい親交のない人の葬儀にしか出席した覚えはないので、今回の葬儀には俺も少なからず以上に思うところはあったし、悲しい気持ちもあった。だけど、一番悲しいはずのフィオナが耐えているのだから、俺がそんな気持ちを表に出してはいけないな、と思って、表面上はいつも通りに過ごしていたように思う。
――その日の葬儀は、フィオナの母親の葬儀だった。
思い返せば、今の俺と連続していないはずなのに、連続しているように感じる、とても昔のように思える記憶で、俺はいつまで超常の存在を信じていたのだろうか。少なくとも幼稚園の頃にはサンタクロースはいないと分かっていた。クリスマスの日に幼稚園に現れる白もじゃのおじさんは園長先生だって分かっていたし、家で起きた時に枕元にあったプレゼントは両親がくれたものだとも理解していた。
ただそれとは別にして、戦隊モノとか、怪獣モノとか、そういう特撮の世界観だとか、ファンタジーものの漫画の設定が現実にないと気づいたのは小学校も高学年に入っていたように思う。もしかしたら中学生の時くらいまでは淡い希望を持っていたような気もするが、とにかくそれくらいの年齢だった。
信じる信じないなんていうのは酷く主観的なものであるから、何歳まで信じていた、なんて話に意味はないし、今生の俺はそれこそ最初から信じていなかったわけだが。まあ魔法使いはいたが。
なんとなーくそんなことを思い起こして、俺は学校での恒例行事といっても差し支えない、入学初日のクラスでの自分の自己紹介を終えた。
今世でも俺は無難に生きていくのだ。それが平和に生きる上で最も大切なことである気がしてならないからな。確信はない。だが前世の二十余年と今世の十五年の人生でそう学んだのだ。
俺が席に座ると、俺の席の後ろのやつが立ち上がる。席順での自己紹介だから当然と言えば当然だ。
「西小高等科出身、フィオナ・アインスタイン。嫌いなものは退屈な時間。色恋友情、普通の青春なんてものに興味はありません。時間の無駄なので。以上」
思わずため息を吐きそうになり、それをなんとか気力で止める。
後ろにいるのが誰かなんて言うことは分かりきっているが、そいつの表情を見るために振り返った。
そこには、ここ数年でとんでもない美少女に成長した幼なじみが立っていた。
肩のあたりでバッサリと切られた赤い髪は艶めいていて、勝気な大きな瞳はつまらなさそうに周囲を見渡している。街を歩けば十人中九人は振り返って見るような容姿は、クラスの中でも一際目を引いているのは間違いない。まあ、そのあまり友好的ではない自己紹介になんだとこいつを見ているやつの方が多いと思うが。
フィオナは誰も何も言わないのを確認すると、そのまま無言で席に座った。
「あー……えーと、次の人、自己紹介をどうぞ」
なんて、担任の若い美人教師の若干動揺した声に続いて「はい! 北小高等科出身――」と自己紹介が続いていく。
「何よ」
後ろを向いていた俺と目があったフィオナが不機嫌そうに言う。
「――別に」
いや、本当に特に何もない。さっきの自己紹介について、俺からフィオナに言えることなんて特に何もないのだ。俺からしたらいつものこと。いつものこと過ぎてため息を吐きそうになったが。
「だったら前向いときなさいよ」
「ごもっともで」
そう言って、俺はフィオナから視線を外して前を向いた。自己紹介はまだまだ続いていく。
これからの生活、どうなることやら……。
俺とフィオナは、国立の士官学校に入学していた。士官学校っていうのは、軍隊において士官(将校)になるための勉強をするところだ。十五歳から入れて、十八歳で卒業できる。希望すれば上級学校まで行けて、その時は二十二歳まで在学することになる。基本的には士官学校を卒業すれば、そのまま軍隊で士官として採用され、そのまま幹部コースへと乗っていく。
幹部コースとはすなわち言い換えればエリートコースなので、ここはいわばエリートの卵が集うところなわけだ。別に俺は優秀なわけではないが。
そんな場所に、俺とフィオナは試験をパスして入学させられている。
言い間違いではない。入学させられているのだ。
思い起こせば酷く頭痛がしてきそうなほど慌ただしかったあの一日。
詳細を話せば長くなってしまうので俺が楽をするために割愛をするが、結論から言うと俺とフィオナの潜入はバレた。当然だな。なんせ爆発したんだし。
何故か俺とフィオナは無傷だったが、部屋の中はボロボロに吹き飛んでいて、外で訓練していた魔法使いたちが文字通り飛んでやってきた。
そして中にいた俺とフィオナを見つけて何事だと騒ぎ、俺たちは捕まえられた。まあそりゃそうだわな。
そこからスパイ容疑だのなんだのかけられたが、もちろんスパイだなんてそんなことはなかったので、入念な調査の結果俺たちは魔法使い見たさに勝手に基地に忍び込んだ馬鹿だと結論づけられた。
そこでこっぴどく叱られて終わるならよかったのだ。いや本当はよくないが、まあ幼い頃の馬鹿の一つで終わっていただろう。
だが、話はここで終わらなかった。
何故か?
フィオナが触ったディスクが原因だ。
普通、ディスクを触っても爆発はしない。そりゃそうだ。触っただけで爆発なんてしてたら、危なっかしくて使えたもんじゃない。それこそ、外で訓練していた魔法使いなんて全員お陀仏しているだろう。
だが、そうはなっていないということは、ディスクとは本来爆発するものではないということだ。まあそういう爆発とは別に、対象のものを爆発させる魔法術式があるにはあるが。
それは置いておいて、とにかく重要なのは触っただけでディスクが爆発したということだ。
軍に所属する研究者は、そこに目をつけた。
何故触っただけで爆発したのか? ディスクの不備なのか? それとも何か他に原因があるのか?
結論を言うならば、それはフィオナに原因があった。
フィオナは、これまでのどの魔法使いよりも魔法に対する適性が高かったのだ。
魔法に対する適正と言うのは一種の体質のようなもので、言うなればアルコールを分解できるとか、牛乳を飲んでもお腹を壊さないだとか、そう言ったものと似たような感じだ。ある人にはあるし、ない人にはない。そして、魔法に対する適性を持っている人は一握りしかいない、貴重な人材なのだ。まあ、アルコールとか牛乳とかの体質と違って、訓練すれば伸びる類のものでもあるのだが。
とにかく、その貴重な人材の中でも、さらに圧倒的に高い魔法適性を持っていたのがフィオナだったのだ。一握の砂の中から転がり出てきた金の粒だ。
生来の魔法適性が高すぎて、本来は複雑な操作の必要なディスクを触っただけで周囲の魔力を取り込み、暴走してしまった。
俺が聞いたのはそんな感じの話だった。
そして、軍がそんな魔法適正の高い人材を見逃すはずがない。さっきも言ったが、魔法適性を持っている人間は貴重なのだ。
俺たちは、基地へと侵入したことを不問とする代わりに、十五歳から通うことになる学校の進路を、国立の士官学校へと指定されたのだった。
――何故俺たちなのかって? まあ、俺にもそれなりに魔法適性があったということだ。嬉しくはないが。後は、俺たちの両親が、俺も一緒に士官学校に入れてくれと軍の人に言ったみたいだと言うのもある。特に俺の両親ではなくフィオナの保護者が、だ。
「彼女の面倒を見れるのはシャン君以外いません。彼女を士官学校に行かせるのは構いませんが、彼も一緒に入れてあげてください」
なんて、マジでこんな感じのことを言ったらしい。いや、あの、俺も別にフィオナの面倒を見れてるわけじゃないんですけど……。
まあ、そんな感じで本来なら厳しい試験を通らなければ入ることのできない士官学校へと、俺たちはフリーパスで入学させられたのだ。