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5話

 あるいは、ここで強引にでもフィオナを帰らせるべきだったのかもしれないな、と思ったのはこれからずっと後のことだった。

 何かがおかしいとは思っていたんだが、その時の俺は深く考えると言う行為をしていなかったのだ。ソクラテス先生の名言引っ張り出しておきながら俺もフィオナのことは言えないな。


 俺とフィオナは、何故か基地への潜入に成功していた。潜入というか侵入というか。まあ隠れて入ってんだから潜入か。言葉は重要じゃないが。

 フィオナが「ここから登るから。先にあたしが行くからあんたも後から来なさいよ」なんて言って、人通りのない道から塀をよじ登り始めた。煉瓦造りのように見える塀は、大人の足だとよじ登れそうにないが、煉瓦と煉瓦の隙間は子供の足ならギリギリ引っ掛けられそうな具合に空いていて、多少の出っ張りも手伝ってフィオナは案外スルスルと塀を登って行ってしまった。


 このまま外で待っててもいいんじゃねぇかな、なんて思ったりもしたが、塀の向こうからひょいとフィオナが顔を出し「早く来なさいよ」なんて言うもんだから、俺も仕方なく登り始めた。

 塀を登りきり、基地の中に降り立つと、そこは何かの建物の裏側といった感じのところだった。いかにも人通りがなさそうで、微妙に掃除が行き届いていない。


 まじで人に見つかりませんように。神様お願いします。

 なんて、普段全く信じていない神様に祈るくらいには、この状況に胃を痛めている俺がいる。それでも最終的にフィオナに付き合ってしまうのは何故だろうな。やっぱ心配なんだろうな。でもそれだけじゃねぇよな。俺は自分で自分がわかんねぇ。哲学。我思う故に我あり。


「こっちよ」


 なんて言ってフィオナはずんずんと歩き始める。

 絶対に基地の地図なんてものは知らないはずだが、なんでそんなに迷いなく進んでいけるのか。エスパーか何かなのか?


「なんでわかるんだよ」

「勘よ」


 エスパーでもなんでもなく、ただの勘だった。その勘、さっき外れたんですけど大丈夫ですか?


「大丈夫に決まってるじゃない。あんたは大船に乗ったつもりであたしについてこればいいの」

「へいへい……」


 限りなく泥舟に近い大船な気もするけど、ここまで来た以上俺ももうフィオナのことを止める気はないし、あんまり喋って騒いでたら見つかりそうな気もするしで、黙ってついていくことにする。

 というか、まずもってなんで侵入に成功してるのかがわからんしな。まだ監視カメラとかはないだろうし、基地全部をぐるっと監視してるわけじゃないかもしれないけど、それにしたって子供が簡単に入れてしまうっていうのはセキュリティ的にどうなんだ。大丈夫か、うちの国の軍隊は。スパイ天国になってたりしないか?


 キョロキョロとあたりを見回し、誰もいないことを確認しながら建物の壁沿いを進んでいく。一応フィオナにも見つかったらまずいという意識はあるらしい。そう思うならまず侵入しようなんて考えないで欲しいもんだが。


「そこのドア、開かないのかしら?」


 フィオナがそう言って指さした先には、確かにドアが一つあった。金属製の頑丈そうなドアだ。


「普通に考えたら鍵かかってるだろ」

「とりあえず開けてみましょう」


 俺の言葉を無視してフィオナはドアに近付く。

 開くわけないだろ――なんて思っていたのも束の間、フィオナがドアノブを捻ると、ドアがガチャ、ギィ……という少し錆びついた音とともに開いた。


「開いてたじゃない、ラッキーね。ここから入りましょう」

「嘘だろ……」


 なんで開いてんだ? セキュリティガバガバすぎだろ……。

 フィオナは開いたドアにさっと身を潜り込ませると、中から顔を出して俺を手招きする。


「誰もいないから早く来なさい」


 無言で俺もドアの内側に身を潜り込ませる。俺が入った後、フィオナはドアを静かに閉めると鍵をかけてしまった。


「おい、なんで鍵なんてかけるんだよ」

「外から誰か入ってきたら困るじゃない」


 俺たちがその「外から入ってきた誰か」なんだけどな。口にはしないけど。


「こんな人通りの少ないところで俺たち以外に外から入ってくるか? そんな心配するよりも、見つかった時にすぐに逃げ出せるように鍵開けといた方がいいだろ」


 実際のところ、普段どれだけ人がここを通ってるなんて知らないが、鍵は開けておいた方が無難だろうと思う。今開いてたってことは普段から開いてる可能性が高いだろうし、そこが閉まってたら不自然に思われるはずだ。後はさっきフィオナに言ったのもその通りな理由なんだが。


「……それもそうね」


 俺の言葉に納得したのか、それ以外の理由があるのか。珍しく俺の言うことを聞いたフィオナは鍵を開け直すと、くるりと基地の内部の方に顔を向けた。

 今俺たちが立っているのはどこかの廊下の突き当たりだ。奥の方まで道が続いていて、廊下の左右には等間隔でドアが並んでいる。


 役所とかならドアの上に部屋の名前が書かれているプレートが掛けられていそうなもんだが、あいにくここにはそんなものはかけられていなかった。だから並んでいるドアの向こうがなんのための部屋なのかは残念ながら俺たちには一切わからない。

 そして、俺たちが入っても誰も出てこないところを見るに、この付近には誰もいないか、部屋のドアや壁が分厚くて中にまで音が聞こえていなかったかのどちらからしい。どっちにしろ入った直後に見つかると言うことは避けられたみたいだ。


「とりあえず奥に行ってみましょ」

「それはいいけど……どこに向かってるんだ?」


 俺はフィオナに問いかける。基地の中に入ってどこに向かっているのかを聞いていなかった。そもそもフィオナもどこに向かっているのかを教えてくれていないし。目的ははっきりしているが、目的地ははっきりしていない。


「訓練場みたいなところ。魔法使いは貴重だし数も少ないから、基本は訓練をしてるってお父さんが言ってたわ」


 何それ初耳なんだが。

 ていうかなんでそんなことフィオナのお父さんは知ってるんだ? て思ったけど軍関係者だったなあの人……。


「ほら、誰もこないうちにさっさと行くわよ」


 そういうとフィオナはまたしてもずんずんと奥に進んで行ってしまった。慎重さと言うものを知らんのかあいつは……。

 そこで、ふと廊下の先に、人影が見えた。俺たちより少し年上に見える、濃い紫のショートカットを持った少女。

 なんでそんな少女がここに? と思ってよく見ようと見直すと、その時にはもうそこには誰もいなかった。


「……?」


 見間違いか? あんなにはっきりと?


「なにしてんのよ! 置いていくわよ!」


 先に進んでいたフィオナから声がかかった。

 なんだったんだ? さっきの人影は。なんて思いもあるが、フィオナに置いていかれてはたまらない。一人でこんなところをうろつくなんてゴメンだ。


「すぐ行く!」


 俺は人影のことを頭から振り払うと、フィオナの後を追いかけた。






 俺は今生で何故、を考えることとか感じることが多くなったように思うが、その9割くらいは目の前の幼なじみ関連のことだと思うんだよな。

 今回もそうだが、何故ここまで誰とも会わずに進めるんだ?


 なんて思っている現在、俺たちは訓練場の控室みたいなところにいた。

 絶対におかしい気もするし、そうじゃない気もする不思議な感覚に襲われているが、ここにくるまでに奇跡的に誰にも会わなかった。まあ会ってたらここには辿り着けていないんだけどな。


 この部屋には窓があって、訓練場を覗けるようになっている。覗く用の窓じゃないんだけどな。どう考えても換気と明かり取り用の窓なんだが。

 そして窓の外にはフィオナ待望の魔法使いが訓練をしていた。


「あれが魔法使い?」


 手のひら大の丸いものを持ってる。遠目からは詳しくはわからないが、あれがディスクなんだろう。たぶん。


「まあ、ディスク持ってるしそうなんだろ」

「そう……」


 あまり数は多くない。20人くらいだろうか。あれで全員ではないと思うが、それくらいの数の魔法使いが隊列を組んで訓練をしているようだった。

 窓にかじりついて魔法使いの訓練を眺めるフィオナ。


 俺もフィオナの後ろから魔法使いの訓練を眺める。

 俺は軍隊の訓練なんて何をやっているか知らないが、自衛隊の訓練とかをニュースで見るときは大抵匍匐前進とか、筋トレとかの基礎トレーニングみたいなのをやっていて、あまり派手なことをしているイメージはなかった。時々演習とかで砲弾を撃ったりといったものもあったと思うが、あまり気にして見ていなかったので詳しくはさっぱり覚えていない。


 ただ、目の前の魔法使いたちの訓練は、そう言うのとはやっぱり違っているようだった。というか、なんじゃそりゃ、と言うようなものというか。いや、ある意味ファンタジーな世界なら当たり前? かもしれないが。

 魔法使いたちは、地面から浮いていた。


 指導する立場の、おそらく教官のような人のみ地面に立っていて、残りの人たちはみんな空に浮かんでいた。

 と言っても、めちゃくちゃ上の方に浮いているわけではない。十メートルくらいだろうか? ……十メートルも飛んでたら結構飛んでるか。


「魔法使いって、空が飛べるのね」

「魔法使いだしな」


 魔法使いが空を飛べるのなんて知らなかったが。飛べるのか? 普通。普通の魔法使いっていうのが何かはわからないが。とんがり帽子に箒で飛んでいる魔女のイメージは割とステレオタイプだとは思うが。

 チラリとフィオナを見ると、フィオナは静かに興奮していた。もっと叫んだりするのかとヒヤヒヤしていたが、全然そんなことはなく、言葉少なげに魔法使いを見ていた。


「他には何ができるのかしら」

「さぁ……もしかしたら手からビームとか出せるかもな」

「びーむ?」

「光の線みたいなのが出て、相手を攻撃する技」

「出せるの?」

「知らんけど、出たら面白いよなって」

「そうね」


 なんて、こんなことを俺が言ってしまうくらいには、俺も浮かれていたのかもしれない。散々内心でフィオナの行動を非難していたが、なんだかんだ言って俺も男の子なのだ。魔法使いとか、そういうファンタジー要素に興味がないわけではないのだ。SFとかも好きだし。小さい頃は休日の朝の特撮を見るのが好きだった。前世の日本での小さい頃の話な。


「あれ? こんなところにディスクがあるわね」


 だからだろうか。窓から目を離したフィオナが見つけたディスクに触れるのを止めなかったのは。まあ普段から俺の話を聞かないフィオナのことだから、例え俺が止めていたとしても手に取っていた可能性は高いところが悲しいところではあるが。

 近くの机の上に、大人の男性の手くらいの大きさの厚みのある円板状のものが置かれていた。全体的に緑っぽく、中心から少しずれたところに丸と三日月っぽいものと半円が描かれている。三日月からするに、丸は満月? 太陽? わからないが、半円は半月っぽい気はする。その丸のところは透明になっていて、中の歯車やらの機械的な部分が見えるようになっていた。ディスクなんて近くで見たのは初めてだった。


 フィオナがディスクに触れた瞬間、眩しすぎて目を開けていられないほどの光がディスクから漏れ出した。

 眩しすぎる! これは俺でなくともわかる! 絶対にまずいことになる!


「お、おいフィオナ! 今すぐそれから手を離せ――」


 なんていう俺の声は最後まで発せられることなく、とんでもない音とともに爆発したのだった。

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