3話
フィオナが泣いている。俺はなんと声をかけたらいいかわからなくて、ただじっと側でフィオナを眺めていた。時々背中をさすってやったりしながら、ただひたすらにじっとそうしていた。
フィオナが泣き止んだのはそれからしばらくした後で、俺はそれを見て酷く安心したのを覚えている。
俺の薄っぺらい人生経験では、その時のフィオナになにをしてやるのが正解だったのかわからなかった。いや、今でも正解なんていうものはわからない。
ただ、突然一人になってしまったフィオナの側にいてやることくらいしかできなかった。
「世界がもっと面白くなったらいいのに」
フィオナに聞かせるためか、俺がそう思ったのか。
ぽつりと、俺は呟いた。
魔法使いという存在がいるらしい、ということを知ったのは俺が十歳の時の話だ。
昔からいたわけではなく、技術革命の結果生まれた人造の魔法使いだ。
要するにどんな存在かというと、魔力を取り込み、演算し、放出するという機械を扱う人のことを魔法使いというのだ。その機械は「ネブラ・ディスク」と呼ばれている。なんか聞き覚えのあるような名前の気がするけど、詳しくは覚えていない。
そんなネブラ・ディスク――通称ディスクは、今のところ軍隊にしかない。つまるところ、魔法使いとは軍人なのだ。
夕食を食べているときに、母さんと父さんが話しているのを聞いてその存在を知った。なんでもディスクは誰もが平等に扱える代物では無いらしく、適性を持った一部の人しか使えないらしい。そして、父さんの友人がその一部の人らしく、軍隊に呼ばれたんだとか。
「別にそのまま軍人さんになるわけじゃ無いからね。今はどことも戦争なんてしてないし、そんなに軍人さんの人手が足りてないわけじゃないんだ。神話の壊獣が出てくるものでもないし」
なんて父さんは言っていたけれども、適正のある一部の人しか使えないっていうのなら、国としてはその人たちを確保しておきたいのでは、なんて思ったりもした。まあ俺には関係ないのだが。
関係ないのだが、騒ぐ奴はいるわけで。
「シャン! やっぱり魔法使いがいたじゃない!」
なんて、俺に詰め寄ったりしてくるやつがいるのだ。
「そうだな」
「あんた昔いないって言ってたわよね!」
言ったか? 言った気もするし、言ってない気もするな。魔王はいないんじゃないかって言った記憶ならあるけど。まあどっちでも目の前のフィオナからしたら変わらんか。
「そうだな」
「いたじゃない!」
「そうだな……」
十歳になってもフィオナは相変わらず元気で、女の子らしいことにはあまり興味はないらしい。黙って座っていれば深窓の令嬢らしい美少女なのにな。なんでこいつこんなに元気なんだろうな。
「ていうことは、やっぱり古代のオートマトンとか、異世界人とかもいるってことね!」
「それは、どうだろうな……」
まあ異世界人じみた転生者なら目の前にいるけど。こいつにだけは絶対言わないどこう。まあどうせ言っても信じてくれないと思うけど。
いや、というか正確に言うと俺は転生者ではないっぽい。確証なんてないし、この手の話に証拠なんていうものを用意できるわけでもないが、簡単に言うなら俺は「前世の記憶を持った、あるいは他人の記憶を持って生まれたこの世界の人」って感じっぽい。
小さい頃はその記憶の主が俺なのだと思っていたし、その記憶のおかげで子供らしからぬ考え方をしていたのも事実ではあるのだが、よくよくその記憶を思い出してみれば、今の俺とは考え方とか性格とかが随所で違ったりしている。
つまり、この記憶の持ち主はそのまま丸々俺と言う人物だったわけではなく、連続した繋がりのない前世または別世界の俺か、そもそも知らない他人の記憶か、と言うことだ。
まあ、他人の記憶にしてはなんだか馴染みすぎている気もするし、多分別世界の俺の前世の記憶とか、そんな感じな気がする。さっきも言ったが確証はないので、なんともこれだ! と言うことは言えないわけだが。確かめる術もないし。
まあ、話を戻して、このフィオナ・アインスタインという人間、もう生まれてこの方十年の付き合いになるが、ずっとこんな調子だ。魔王とか、勇者とか、古代人とか、異世界人とか、ああ、あと実際にいた魔法使いとか。そういうものを探し求めているというか。
前に「なんでそんなもの探してるんだ?」って聞いた時には「だってそっちの方が面白そうじゃない」なんてどっかで聞いたことのあるようなセリフを言っていた。
で、小さい時からそんなんで、今も小さいけど、まあそれは置いといて。ずっとそんなもんであっち行ったりこっち行ったり、あれやこれやしたり。そんなもんだからあんまり友達もいないというか。
七歳から通い始めた国民学校(日本で言うところの小学校)では、絡んできた男子を殴り倒し、ディスクについて先生に質問攻めをし、今年から始まった歴史の授業にケチをつけたり、結構好き放題にやっていたりする。
「ちょっと、見に行ってみない? 魔法使い」
「いや、何言ってんだお前」
またもや俺の家のリビングで俺に詰め寄っていたフィオナは、突然そんなことを言い出した。相変わらず母さんは見てるだけだし、家には俺と母さんとフィオナしかいないし。つまり俺の味方はいないのだ。
大体、見に行くったってどこに。魔法使いは軍人だぞ。軍人ていうのは基本的には軍隊にしかいないんだから。街中をうろうろしてるわけでもないし。いや、非番の人とかならうろうろしてるだろうけどさ。でもそれじゃ魔法使いかどうかなんてわからないし。魔法使いってわからないどころか軍人かどうかすらわからないな。
「見に行くったって、どこに?」
俺がそういうと、フィオナは少しキョトンとした顔をした後当然とばかりにこういった。
「そんなの軍人さんがいる基地に決まってるじゃない」
「行ったって会えないだろ」
「いいじゃない。行くだけ行ってみたって。きっと子供には甘いわよ」
「なんでそんなことわかるんだよ」
「勘よ。決まってるじゃない」
当然のようにそう言われてしまい、俺は二の句が告げなくなってしまう。望月の歌を歌った藤原道長だってそんなに自信満々じゃなかったと思うが、フィオナのこの自信はどこから湧いているのだろうか。
「勘で会えたら苦労しないと思うけど?」
「ごちゃごちゃ言わない! さぁそうと決まればさっさと行くわよ!」
「まだ何も決まってねぇと思うんだけど!?」