2話
結論から言うと、夢ではなかった。
いやもしかしたらまだ微粒子レベルでは夢の可能性も捨てきれないが、とりあえず夢では無いっぽいと言うのは認めなくてはならないだろう。
何故にそう思うのかというと、単純だ。流石に長すぎる。
もう三年だ。俺の意識が戻る? はっきりした? なんて言えばいいのかわからないが、あの日からもう三年経った。
走馬灯みたいに三年あっという間に経つならまだ夢だと思ったが、違うんだ。普通に一日一日を真面目に生きて三年。三年ってめちゃくちゃ長いよな? 特に子供の体だからそう感じるのかもしれないが。
一年は三百六十日くらい。地球が三百六十五日だったから、微妙に違うらしい。ということは星の大きさとか公転軌道とか違うんだろうなってぼんやりと思ったりもした。俺は天文学者じゃなかったからそんなことくらいしか思わないが。一日の時間の考え方は地球と違うからよくわからん。二十四分割じゃないからな。でも体感的には似たような感じだ。
でも、それは要するにここが地球じゃないってことに繋がるんだよな。単純に暦が違うわけでもないし。というか六十日単位で分けるんだよな、月。三十日前後のあのカレンダーじゃないんだ。あと、なんか月二個見えるんだよね。この星衛星二個持ってんじゃん。地球じゃねぇじゃん。みたいな感じだ。
地球じゃないどこかの星に生まれ変わったか、それとも異世界とやらに来てしまったのか。よくわからないが、少なくとも地球では無いらしいと言うことだけは確かなんだ。地球には月一個しか無いしな。
どこかの銀河に地球みたいな星があったのか、全然別の世界に来てるかは知らないが、そもそもなんで生まれ変わったんだろうな、俺。別に仏教徒でもないし、輪廻転生なんて信じてなかったんだけどな。
あまりにも唐突すぎたせいで、いまだに実感がわかない。なんか他人の人生をスタートからやらされてるみたいな違和感。何かの拍子にまた元のあの生活に戻るんじゃないのかっていう期待感。
でもそれと同時に、そろそろ受け入れてこの子供としての人生をちゃんと考えていくべきなんじゃないかっていう気持ちもあるにはあるわけで。
「ねぇ、シャン! 聞いてるの!?」
そう言って俺に詰め寄ってきたのは赤い髪が煌めく幼い少女――あの指スマを一緒にしてた子だ。あのときは性別なんてわからなかったが、今は髪も伸ばし、女の子だとわかるような格好をしている。
ちなみにシャンっていうのは俺のあだ名だ。命名は目の前の女の子。語呂が良くって、そのあだ名が広まって以来誰も俺を本名で呼ばなくなってしまった。家族でさえシャン呼びだし。呼ばれなさすぎて俺も自分の名前をうっかり忘れるほどだ。
「聞いてる、聞いてる。そんな大きな声出さなくても聞いてるよ」
「何回も同じことを言う人は話聞いてないってママが言ってたわ! つまりシャンは話聞いてないってことね!」
繰り返し行ってることが、我々人間の本質であるってアリストテレスも言ってたし、つまり繰り返し同じことを言ってる俺が正しいことは明らか。なんて反論も浮かぶが何言ってんだこいつ状態になるに決まっているので口には出さないけど。まあ六歳児が喋る言葉じゃないしな……。
「フィオナ、なんだ、その……つまり何が言いたいんだ?」
ちなみにここは俺の家で、リビングに相当するところだったりする。まあ飯食うところも家族がくつろぐところも一緒だから、リビングというかリビングダイニングというか。
夕飯の準備をしながら俺が詰め寄られてるのをニコニコ笑って見てる今生の母さんはどうやら俺を助けてくれる気はないらしい。息子が女の子に詰め寄られてるわーくらいにしか思ってないんだろう。あの人はそういうふわふわした人だ。
「だから、珍しい物探しよ! 珍しい石とか、変な石像とか、訳のわかんない魔導士とか、何かの生まれ変わりとか!」
……何を言ってるんだこいつは。前半はまだ何を言ってるかわかるが、後半は意味がわからんぞ。いるわけねーだろ、そんなの。いや目の前に1人いるけどさ。そんなの言っても絶対信じないだろうし。探すって言ってるのに信じない。うーん、矛盾だ。
「その珍しいもの探しがどうしたんだ」
「あんたも来るのよ。当然でしょ?」
ホワイ? なぜ? 何故俺がそんなもの探しに付き合わなければいけないのでしょうか?
フィオナ・アインスタインは一言で言えば幼なじみだ。同じ年に隣の家で生まれた、同級生の幼なじみ。時期的に言えば俺の方が少し早く産まれてるから俺の方が若干お兄さんなんだが、まああんまり関係ないわな。
アインスタインという、地球でいうところの天才物理学者にもうちょっとで届きそうな名前をしている一家だが、別に物理学者というわけではない。なんなら父親は軍関係者らしい。詳しくは知らない。というか、この世界はあまりまだ物理学が進歩していないように思える。
よくある創作ものみたいに中世ヨーロッパ的な生活環境ではない。無いが、だからと言って現代日本と同水準の生活環境であるかと言われれば、それも否である。
近代くらいの、産業革命が聞こえてきそうな感じの文明レベル、と言ってもいいかもしれない。散切り頭を叩けば文明開化の音がするらしいが、残念ながら今のところそんな頭の人は見たことない。そして、物理学的な何かでここまで発展しているわけでもない。
地球の歴史では、蒸気機関の登場により産業革命が起こった。機関車が登場し、陸路での物流が一気に加速したが、その蒸気機関の代わりにこちらの世界では、わかりやすくいうと「魔力」が用いられている。よくいるファンタジー小説の魔法使いみたいに、手とか杖から魔法をバーン! みたいな魔力ではなく、電気みたいな一つのエネルギー源みたいな扱いだ。まあ俺は科学者じゃなかったので、具体的に魔力が現代で言うところのどんなエネルギーと相似しているのかとかは知らないが、おそらくトーマス・エジソンやニコラ・テスラもびっくりの訳のわからない動きをしているのでは無いかと思っている。だって、空気中にある魔力を特殊な装置で取り込んで変換するとエネルギーになるって、割と意味分かんないじゃん。素人目に見てるからそう思うだけかもしれないけど。
まあ、だから、詰まるところフィオナが言っていたような魔法使いはこの世界にはいない。異世界っぽいところなのにロマンもクソもないが、実際いないのだから仕方ない。魔力をエネルギーに変換する仕組みを作り上げた錬金術師ならいるが、この錬金術師って現代で言うところの科学者だしな。元の地球でも科学者(化学者か?)の元になったのが錬金術師だったみたいだし、あんまり変わらないのかもしれない。
もしかしたら魔道具的な何かはあるのかもしれないが、六歳の俺は少なくとも見たことはない。家族が使ってるのも見たことないし、家にあったりもしないので、その辺はよくわからないが。
「マオウとかって、いたりしないのかしら」
「マオウ?」
「そう、マオウ」
俺とフィオナは近所の公園を歩きながら、そんな会話をしていた。
マオウって、あれか。魔王のことか。
この世界に? 魔王? どうだろうな。
「いそうにない気がするなぁ」
「絵本とか、有名な冒険のお話にはよく出てくるわ。魔王と勇者」
「そりゃまあ、そういう話だからな」
「だったらどこかにいてもいいじゃない」
「まあ、お話の話だから」
「つまんないわね」
つまんないって言われてもな……。いないとは思うけど、一応魔力なんていうファンタジーな存在もあるわけだし、もしかしたらいてもおかしくはないのかもしれない。
それに、この国より北側に底の見えないくらい深い大穴が空いているらしいし、もしかしたらその中には何か魔王的なものがいるのかもしれない。今生の両親がちょっと語ってくれた神話的なものには、その大穴の中には壊獣と呼ばれる大きな何かがいるらしい。まぁ所詮神話の中の話ではあるのだが。
フィオナはそこらへんに落ちていた木の棒を拾うと、歩きながらそれを振り回す。
「こう、ズガーン! バキーン! って感じで、魔王と勇者が戦うの。勇者の仲間はそうね……大魔道士に、異世界人。あとは古代のオートマトンとか!」
「人間じゃないんだな……」
「だって、ただの人間が仲間なんてつまんないじゃない! 勇者の仲間なのよ?」
「まあ確かに」
「まずは魔王を探すところからね!」
「さっきいないって言っただろ」
「いるかもしれないじゃない! この世界のどこかに!」
「じゃあもしいたとして、その勇者は誰がなるんだ?」
「もちろん私よ! ……って言いたいところだけど、誰でもいいわ、そんなの。私じゃなくても、近くで見るだけでも十分面白いわ!」
「なんだ、そりゃ」
「とにかく、面白いことが大事なのよ」
面白いこと、かぁ。おもしろき、こともなき世を、おもしろく。って高杉晋作も言ってたしな。そりゃ俺も面白い世の中の方がいいと思うけど。
「そうだわ! 将来勇者になるために、今から修行しましょう!」
また何を言ってるんだこいつは。修行? 何するつもりだよ。ていうか女の子の発想じゃないよなそれ。まあいいけど。
「修行? まぁ、頑張ってくれよ。草葉の陰から見守ってるからさ」
「何言ってんのよ」
「……?」
「あんたも一緒にするに決まってるじゃない」
「はぁ?」
今度こそ本当に何を言ってるんだこいつは。流石に意味がわからんぞ。
なんで俺がそのありもしない英雄譚の勇者様になるための修行に付き合わなきゃならんのだ。やるなら一人でやって欲しいんだが。
「さぁ、そうと決まれば早速今日から修行よ! あんたも着いてきなさい!」
「うお! おい、手を離せ! せめて襟を掴むのはやめろ!」
苦しい! 死ぬってこれ! やばいって!
ていうかマジでやんの!? フィオナさん!? 俺はやるなんて一言も言ってませんよ!? フィオナさん!?