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21話

「フルト、もし万が一のことがあったらフィオナとサクライ先輩を頼むぞ」


 移動の道中フルトにそんなことを頼んだら、返事はまさかのノーだった。


「嫌ですよ。そんなこと言われても、僕では手に余ります。なので、必ず帰ってきてくださいね」


 真剣な顔でそう言われて、俺は思わず頷いてしまった。


「よかった。そのまま辞世の句でも読み始めそうな雰囲気でしたので、どうしようかと思いました」


 なんて言われて、俺は思わず自分の顔を触ってしまった。

 ……そうか、俺は自分で思っていたよりも、どうやら緊張していたらしい。まぁ、当たり前か。あんなとんでもない怪物の相手をするのだ。普段通りでいる方がおかしいか。


「ま、僕の経験上どうにかなると思うぜ。気楽に行くといいよ」


 いつも通りの口調でサクライ先輩が言う。


「ちなみに、サクライ先輩のループでは今回のことも起こってたんですか?」

「もちろん。細かいところは違うけど、大筋は一緒のことが起きてたよ」

「結果はどうなってました?」

「それを言ったら面白くないでしょ? 自分の目で結末は確認してくれたまえ、若人君」


 なんてことを言われて煙に巻かれた。まぁ、こう言うことを素直に教えてくれないのもいつも通りだ。

 その後待機部屋に行く3人と別れ、俺とラドフォードは着替えるために司令部付きの控室へと通された。


 そこで用意されたエンペドクレス専用に調整された魔導服に袖を通す。魔導服というのは魔力を行き渡らせることで飛躍的に強度や柔軟性が向上する装備で、見た目は帝国軍の軍服に魔力を通しやすくするためのラインが入っている。

 タグのところにあのマッドの名前が書かれていたので、俺たちが実験を終わらせた後にでも作ったのだろう。実験中に作って欲しかったな!


 ここにくるまでに任務における簡単な作戦の説明があった。

 最初に帝国陸軍が壊獣の足止めを行う。その後、魔法部隊が飛行しながら牽制しつつ、人や建物のない場所まで壊獣を誘導する。そこまで行ったら俺とラドフォードが出撃する。帝国陸軍と魔法部隊はそのまま俺たちの援護に入る。ざっと言うとこんな感じ。


 現在魔法部隊が誘導を行なっている最中らしい。誘導が完了したら司令部に連絡が入るらしいので、その後に俺たちが出ることになる。

 俺とラドフォードは着替え終わると、控え室に備え付けられているベンチに座る。


 しばらく無言の時間が流れた。


「……ラドフォードは怖くないのか?」


 何も喋らないのもどうかと思って、ラドフォードに話しかける。それはこの任務を聞かされた時から思ってはいたことだった。

 出撃しろと言われて反発したのはフィオナだけで、ラドフォードは終始無言だった。まぁラドフォードはいつも無口ではあるのだが。


「怖くはない」


 淡々とした声で答えが返ってきた。


「そうなのか」

「これが必要なことだと理解している。それに、私が死んでも代わりはいるから」

「何言ってんだ? 代わりなんているわけないだろ」


 二文も喋ったと思ったら何を言ってるんだラドフォードは。死んでも代わりがいるとか、そんなわけないだろう。死んだら、そこで終わりだ。

 だが、俺の言葉が不思議だったのか、ラドフォードは俺の方を向いて目をパチクリとさせた。……いや、客観的にはいつもの無表情なんだが、なんとなくそんな感じがしたのだ。


「……そう」

「そうだよ」


 そう言うと、ラドフォードはまた正面に向き直った。

 そこで会話が途切れるかと思ったが、今度は珍しいことにラドフォードから話しかけられた。


「あなたは、死ぬのが怖い?」

「怖いに決まってるだろ。俺はできればこんなことはしたくないんだ」

「でも、あなたは自分からフィオナ・アインスタインの代わりに志願した。死ぬのが怖いのなら、何故?」

「そりゃ、さっきもフィオナに言ってたけど、今のフィオナじゃどうにもできそうにないし、フィオナが傷つくのも嫌だからな。俺たちしかできないのなら、俺が出るしかない。こんなことフルトに押し付けるわけにもいかないしな」

「それは、死の恐怖に勝るもの?」


 そう言われて、俺は黙る。

 俺がフィオナの代わりに出撃しようと思った理由は、フィオナに行って聞かせたことで間違いない。間違い無いが、たぶん全部でもない。俺自身、まだうまく言い表せていないこともある。


 俺は少しづつ自分の中で整理しながらラドフォードに話していく。


「さっき言ったのも本当だし、それ以外の理由もある……と思う。うまく言えないんだが、なんだろうな」


 壊獣を見た時、俺が心の底で感じたことはなんだっただろうか。


「不謹慎だけど、俺はあの壊獣っていうでっかい怪物を見て、少し楽しかったんだと思う。面白かったって言い換えてもいい」

「面白かった?」


 そう。面白く感じたんだ。それは何故か?


「突然降って沸いた非日常的な光景に、俺はワクワクしたんだ。もちろん、心の底から面白いと思ってたわけじゃない。怖かったのも確かだし、街が壊されたのを見て何くそ! なんて感じたかもしれない。でも、心のどこかでそう思ってたのも確かなんだと思う」

「そう」

「そうなんだよ。俺も俺がこんな奴だなんて思ってなかった……でも、そんな思いもフィオナの様子で木っ端微塵に砕け散った」


 ラドフォードは黙って聞いている。表情に特に変化はなかった。


「俺の幼なじみにこんな顔をさせてるやつのことを面白いと思うなんて、なんてバカなんだって。さっきはうまく言葉にできなかったけど、今はそう思う。それで、震えてるフィオナを見て自分が出ようって思ったんだよ」

「それは何故?」


 俺は喋りながら、自分の首から下げているディスクを目線の位置に持ってきた。


「自分のワクワク感とか、どうでもよくてさ。俺はフィオナが死ぬのが嫌だったんだよ。自分が死ぬことと同じか、それよりも嫌だなって感じたんだ。だったら俺が出ようって」


 死んだら2度と会えないってさっきフィオナも言ってたけど、その通りだ。もしあのままフィオナが出撃して、仮に死んでしまったら。フィオナが戻ってこなかったら。

 生まれてからずっと一緒にいたのだ。正直に言って、フィオナがいない世界なんていうのは全く想像できない。フィオナがいない世界を自分から想像することに恐怖を感じたのだ。


 だったら、俺が自分で出たほうがマシだ。フィオナがいなくなるかもしれない恐怖なんて味わうくらいなら、俺が自分で出撃して戦った方がマシだと思った。

 結局はそういうことだ。フィオナが死ぬかもしれないのが怖いから、俺はフィオナの代わりに志願したのだ。


「そう……わかった。話してくれて、ありがとう」

「いや……なんていうか、恥ずかしい話をしたな」


 ……うん、普段だったら絶対こんな話はしないわな。

 やっぱフルトとのやり取りの時も思ったけど、俺は自分でも思ってないほどに緊張してるらしい。死ぬかもしれないし当たり前だとは思うんだけど、その緊張に気づかないくらい硬くなっていたのだ。


 ——フィオナには絶対に聞かせられない話だな。こんなん聞かれたら恥ずかしすぎるわ。

 控室に弛緩した空気が流れた。が、その空気をディスクから鳴ったアラームが一瞬で壊した。そのアラームはあらかじめ作戦の説明を聞いていたときに知らされていたアラームで。


 俺たちの出撃を知らせる合図だった。

 俺とラドフォードはベンチから立ち上がる。出撃場所に向かうために、ドアに向かって歩き出した。


「あなたを死なせたりしない」


 ドアを出る間際、ラドフォードが言った。


「さっき、私に変わりはいないと言ってくれて、嬉しかった」


 ラドフォードの表情は見えない。


「……そうか」 


俺たちはドアを閉めて、出撃場所に向かった。


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