17話
作戦内容を伝える。なんて言われても、まだ俺には実感が湧かなかった。
それまで平和に暮らしてきたのに、今日からいきなり命をかけて戦えと言われても困る。心の準備ができないし、したくない。
……人と話すのは苦手だった。新しい環境に放り込まれるなんて尚更だ。人とどう接していいかわからない。自分以外の他人は、何か計り知れない全く別の生き物のように感じていた。
それでも、どうにか生きていくために俺も人間のフリをして、他人と接していた。そう、フリだ。人間として出来損ないの俺は、人間のフリをするしかない。
「アンタには無理そうね。無理せずあたしに任せときなさい」
赤毛の少女がそう言った。
幼なじみの彼女は、俺が人間だと感じられる数少ない人だった。数少ないというよりは、唯一だと言っていいかもしれない。
「それにしても、巨大な人形の怪物なんて、漫画やアニメの世界じゃないんだから。それにいきなり戦えだなんて、勘弁して欲しいわね」
「そうだな」
俺には、大事なものはそんなに多くはない。けれども、守りたいと思うものはあった。
研究室兼作戦室のモニターには、巨大な人型の獣が映し出されていた。
部屋のモニターには、見覚えのあるようなないような街並みが映し出されていた。
日本にはどこにでもあるように見える街並みで、俺の前世の記憶的には見覚えのないその街並みには、一つだけありえない光景が加わっていた。
「同じ時間をループって、どういうことですか?」
立ち並ぶビルの背丈よりもなお大きく見える巨大な影。それは人の形にとてもよく似ていて、でも似ているのは形だけだった。
「言葉の通りの意味だぜ? ちょっと詳しく言うと、フィオナちゃんがディスクを爆発させた時から、今この時間よりももう少し進んだ時間くらいかな。始まりの時間はいつも同じなんだけど、終わりの時間はちょっとばらつきがあって一概にはこの時間! って言うのが言えないんだ」
全身に毛がびっしり生えていて、頭部は猪のような、ライオンのような、なんだかわからない形をしていた。しっぽも生えていたり、鋭い爪があったり、色々な動物——とりわけ哺乳類か何かがごちゃごちゃ混ざったような感じだ。
「……いきなり何を言い出すかと思えば。何かの冗談ですか?」
その悍ましいとでも言うべき怪物が、日本の街並みを破壊していく。家々を踏み潰し、ビルを倒壊させる。
「冗談だったら僕もよかったんだけど。残念ながら違うんだよねー。本当に残念だぜ」
その怪物は真っ直ぐ街を突き進んでいた。どうやら無秩序に街を破壊して回っているわけではないらしい。何か目的があるのだろうか。
「もしそれが本当だったとして、それをどうやって俺に信じろって言うんですか?」
突然怪物が爆発した。何かが当たったように見えた。映像が空に切り替わって、飛行機らしきものが飛んでいるところが映し出された。あの形からして戦闘機か何かだろうか。と言うことは自衛隊? まぁ、こんなものが街中で暴れ回っていたら出てくるよな。
「別に信じてもらう必要はないんだけど。ま、僕の話を聞いてもらえると嬉しいかなーくらいな感じ?」
また映像が怪物の方に切り替わる。爆発した煙が風で吹き飛ばされて、怪物の姿が見えてくる。そこに映し出されたのは、全く無傷の怪物の姿だった。
「話を聞いてもらえると、ですか。まぁわざわざこんなところまで来てする話なんですし、別に聞く分には構いませんが。というかこんなところまで来なくても話くらい聞きますけど」
戦闘機の攻撃を受けて無傷ってどうなってんだ。特撮の怪獣じゃあるまいし。特別なヒーローしか倒せないのか?
「ここにきたのは、さっきもちょっと言ったけど、この部屋に君が入れるのかを確かめたかったっていうのがあって。前回も前々回も、いつものループでは入れたんだけど、今回もそうなのかなって。あとは、さっきから流してるこれ」
そう言って、サクライ先輩は戦闘機と怪物の足元に来ていた戦車が踏み潰されたところで映像を止めた。
街も、人も、戦闘機も、何もかもぐちゃぐちゃだ。唯一まともに残っているのは怪物だけだった。
「俺がこの部屋に入れることに、サクライ先輩にとってどんな意味が? ……まぁ俺自身もこの部屋に入れることには驚きましたが。あと、その映像はなんなんですか?」
俺の問いかけに、サクライ先輩はその長い白い髪を弄びながら答えた。
「僕ってば、これまでに何回も同じ時間をループしててさ。ループしてる原因とかさっぱりわかんないし、正直さっさとループを抜け出したいんだよね。だってさ、同じことの繰り返しだぜ? 毎日毎日同じことの繰り返し。しかも気づけば時間すら元に戻ってる。一回だけじゃないんだぜ。どんだけつまらないことかわかる? 明日何が起きるか。ひと月後に何が起きるか、一分後に何が起きるか、僕には手にとるようにわかる。全く望んでいないのに。僕、よく正気保ってられるよね。自分で自分を褒めたいくらいだよ」
「……まぁ、俺にはよくわかりませんが」
「そりゃそうだ。ここで簡単にわかるなんて言われたら魔法でぶっ飛ばしてるところだったぜ」
胸元にかけてあるディスクを弄りながらサクライ先輩が笑う。
時間がループする、なんて言うのは物語の中だけの世界だ。少なくとも俺の中ではそうで、だからこそサクライ先輩の言葉は信じ難い。
「それで、さっきも言ったけど、僕はこのループを抜け出したい。僕は面白いことが好きだって言っただろ? この何もかも知り尽くしてしまったクソつまんないループを抜け出して、僕は僕の知らない未知が待っている世界に進みたいんだよ」
俺は、まだサクライ先輩と知り合って日が短い。いまだに人となりなんてものは掴みきれていない。そんな俺から見ても、サクライ先輩の顔は真剣な表情に見えた。
「でも、今回のループはちょっと違うんだよね」
「違う?」
サクライ先輩はそこでニマッと笑うと、俺に人差し指を突きつけてきた。
「君だよ、シャン君。いつものループと比べて、君が違うんだ」
「……俺が?」
俺が違うってなんだ。サクライ先輩の知ってる俺と、今の俺が違うってことか?
「そう。そして、僕はそこにループを抜け出す鍵があるんじゃないかって思ったんだ。シャン君、君にね」
そう言ってサクライ先輩は俺に詰めよってきた。
ずいっといきなり目の前にサクライ先輩の綺麗な顔が迫ってきて、一瞬ドキッとする。……いや、まぁ俺も男の子ですし?
「い、いや、あの……どういうことですか」
そっと自然な感じにサクライ先輩を押し戻しながら聞き返す。俺は紳士なので。
「今までのループだと、君とフィオナちゃんは一緒にいなかったんだ。エンペドクレスのこともあるから結局は今みたいに同じ部隊に入るんだけど、幼馴染としていつも一緒にいる、みたいな感じじゃなかった」
俺はその言葉に少なからず衝撃を受けていた。
俺とフィオナが一緒にいなかった……? あのフィオナと、俺が?
「全く想像できませんが」
それが嘘偽りない俺の本音だ。俺とフィオナが一緒にいない、ということが想像できない。それくらい幼い時からずっと一緒にいたのだ。前世でも一緒にいたような気になってくるレベルである。フィオナがそばにいない俺と、俺がそばにいないフィオナ。……どんな感じなんだ?
「それが、僕にとってはそれが当たり前だったから、今回のループの方が驚きだったぜ? なんでこの二人が最初から一緒にいるの? ってね。めっちゃくちゃ久しぶりに僕の知らない事柄が出てきて興奮したぜ」
「ちなみに、俺がいないときのフィオナってどんな感じなんですか?」
「めちゃくちゃ荒れてる。全身トゲだらけみたいな感じ。軍に言われて無理やり士官学校に通ってるから授業なんてまともに出てないし、基本的に誰とも関わろうとしてない。今とは全く違う感じだったよ」
即答だった。悩むそぶりすらなかった。……ということは、サクライ先輩にとってはそれが普通だったのだろう。
というか、そうか。俺がいないとフィオナってそんな感じになるのか。——いや荒れすぎじゃね? 何やってんだよフィオナさんや。
「ちなみに俺は? ——いややっぱいいです。なんか俺じゃない俺のことは聞きたくないですやっぱり」
「そう? シャン君もまぁまぁ違うんだけど、聞きたくない?」
そう言われるとなんかちょっと聞きたくなってくる。でもやっぱ俺じゃない俺のこと聞かされるのもむず痒いからやっぱりいいや。そんなのは俺なのか俺じゃないのかわからない前世の記憶だけで十分だ。
「結構です」
「ふーん……そういうところも違うところなんだけど、ま、いいや。それで、シャン君がいつものループと違くて、ついでに言うとフィオナちゃんも全然違うもんだから、ここにループを抜け出す鍵があるんじゃないかなーって思ったわけなんだよね」
「まぁ、わからなくもない話ではありますが」
「でも、あまりにも違いがすぎるから、この部屋を開けられるかどうか試しに来たんだよ。それまでのシャン君はいっつも開けられてたからさ。今回も開けられるかなーって。開けられなかったら、シャン君が実は全然違う人間に入れ替わってたりとかってことも考えてたんだけど、いつも通り開けられたからシャン君はシャン君だったなって」
俺からしたら俺が俺じゃなかったら困るんだが。
「シャン君、何か変わるきっかけになったこととかってある?」
サクライ先輩にそう聞かれて唐突にあるイメージが思い浮かんだ。
まっさらな大地だ。何もない大地に、なぜか俺とフィオナだけがいる。俺とフィオナは大地から突き出た岩に寄りかかるように座り込んでいて、その目の前に小さな花が咲いている。赤と、白と、紫と。力強く、生命力にあふれている。
——なんだ、このイメージは?
「そんなこと言われても、わかりません」
咄嗟にそう答えた頃には、さっきまで思い浮かんでいたイメージは綺麗さっぱり消え去っていた。本当になんだったんだ、さっきのイメージは。
「そっか。ま、仕方ないよね。そんな簡単にわかったら僕も苦労してないだろうし?」
そう言ってサクライ先輩は笑った。
「ちなみに、なんで俺がこの部屋を開けられるかは知ってるんですか?」
さっきのイメージの気分を変えるために、俺ですらなんで開けられたかわからないことを聞いてみる。さっきループのことを知り尽くしてるとか言ってたし、もしかしたら知ってるのかもしれない。
「それを僕が知ってたとして、シャン君はどうするの?」
逆にサクライ先輩に聞き返される。
聞き返されるとは思ってなかったから、返事ができない。俺の知らないことをサクライ先輩が知ってたとして、俺がどうするか、か……。まぁ、今の俺ではたぶん何もしない、が正解になるんだろう。何かする気があるのならさっき前のループで自分がどんな感じだったかを聞いてる気もするし。
「……まぁ、どうもしませんよ。たぶん」
「へぇー。ま、どっちにしろ僕からは知ってるとも知らないとも言えないかな」
「そうですか」
はぐらかされたような気がする。知ってるとも知らないとも言えないって、知ってますよって言ってるようなものだと思うんだが。
「ところで、この映像のことなんだけど」
そう言ってサクライ先輩はモニターのところまで戻る。
モニターの映像はさっき静止した画面のままで、相変わらず悲惨な状況が映し出されていた。
「この映像、なんだと思う?」
なんだと思うって聞かれてもな……なんだろうな。リアルなCGを使った特撮的な映像だとも思ったんだけど、違うんだろうな。……というか、俺はこれを知ってる気がする。なんか見た気がするんだよな。テレビとかではなくて、もっと別の何かで。
なんだったかな……別に前世の記憶的なアレではなくて、いやでも前世の記憶的なアレなのかも知れなくて——あ。
「壊獣の映像ですね」
「正解! なんで知ってるのかはさておいて、その通り。ここに映ってるこのでっかい怪物は壊獣だぜ」
いや、本当に、なんで俺はこの映像が壊獣のものなんだって知ってるんだ? この遺跡に来てからそんなことばっかりだ。自分が知らないはずのことを知っている。なんなんだ、いったい。
「この映像の他にも壊獣に関する記録がいくつもこの遺跡には残されてる。だからここは壊獣を研究してた研究所だったってわけ」
「いやでも、待ってください。壊獣は神話の中の存在では?」
そう。壊獣なんてのは子供の頃に聞く、世界を滅ぼしたっていう怪物のことで、それは大人が子供に語り聞かせる神話とか物語の中の存在のはずだ。実際にそんな怪物がいたなんて聞いたこともない。
「違うよ。壊獣は実在する怪物だぜ」
「証拠がありません」
「この遺跡っていう大きな資料兼証拠があるじゃん」
「すぐには信じられません」
「ま、信じなくてもすぐにわかるよ」
「どういうことですか?」
信じなくてもすぐにわかる? 壊獣について、何かあるってことか?
ここにきてからの自分自身も、サクライ先輩の話もよくわからないことだらけだ。
俺のディスクから、突然音がする。合流の時間に合わせて設定しておいた、甲高いアラーム音だ。
「おっと、もう時間みたいだね。それじゃ帰ろうか」
「……そうですね」
音が鳴ってから、さっさと入ってきた扉の方に向かって歩き出したサクライ先輩について行く。なんだかもう、これ以上ここで話す気はなさそうに感じた。
「ああ、そういえば言い忘れてたけどね」
急に立ち止まって振り返るサクライ先輩。
「カレナちゃんとフルト君。あの二人にもちょっとした秘密があるから、話を聞いてみると面白いかもしれないぜ?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて言うサクライ先輩に、俺は聞き返した。
「俺にこんな話をして、フィオナにはしないんですか?」
元の向きに直って再び歩き始めるサクライ先輩。
「彼女は常識的だから、こんな話をしてもまともに取り合ってくれないさ」
俺も信じるとか一言も言ってなくないですか? ……いや待て、フィオナが常識的?
「待ってくださいサクライ先輩! その言い方じゃ俺が常識的じゃないって聞こえるんですが!?」
「えー? 僕はそんなこと一言も言ってないぜ? シャン君の被害妄想なんじゃない?」
そう言って笑うサクライ先輩は「早くしないと約束の時間に遅れて、フィオナちゃんに怒られちゃうぜ」なんて言いながら走り出した。
「一番最後の話が一番納得いきません! サクライ先輩待ってください!」
人からそう思われてたなんて、今日一番の衝撃だったわ! 俺よりフィオナの方が常識的なんておかしいだろ!
そう思いながら、走り出したサクライ先輩の後ろを俺も遅れないように走り始めた。
集合場所に戻った俺たちは、というか俺はすでに到着していたフィオナに「ちゃんと探索してきたんでしょうね!」と詰め寄られていた。サクライ先輩が目の前にきた時はドキッとしたが、フィオナが俺の目の前にずいっときたところでときめく心は失ってしまっているのだ。残念なことに。
「してきたに決まってるだろ。俺をなんだと思ってるんだ?」
「こーんな美人な先輩と二人きりでアンタが本当に集中できてるかわかったもんじゃないわ」
そう言ってサクライ先輩の方に手を回すフィオナ。サクライ先輩はサクライ先輩で楽しそうにしていて何も言わない。
「そっちこそちゃんと探索してきたんだろうな」
「当たり前じゃない! あたしをなんだと思ってるのよ!」
「お前が先に聞いてきたんだろうが!」
「あたしは隊長なんだから、当然のことを聞いたまででしょ!」
ふんだ! なんて顔を背けるフィオナに呆れるやらなんやら。だいたいなんでこいつちょっと不機嫌そうなんだよ。わけがわからん。
「まぁまぁ、そこら辺にしましょうよお二人とも。時間も時間ですし、まずはここを出て迎えにきている車に乗りましょう」
俺たちを見かねたのか、フルトがそう声をかけてきたので、一旦外に出た。そこにはここまで連れてきてくれた車がもう止まっていて、ドアを開けて待っていてくれた。
「ま、とりあえず帰ろうぜ? 今日の報告会は帰ってからか、明日にしようよ」
さっさと車に乗ってしまったサクライ先輩に続いて、みんな車に乗って行く。フルトが乗って、ラドフォードが乗って、フィオナが乗って、最後に俺が乗る。
「あんた、帰ったら今日のことちゃんとまとめて報告しなさいよ。いいわね!」
「わかったわかった。ただでさえ6人も乗ってて狭いのに詰め寄ってくるな!」
なんてやりとりをしながら帰った翌日。
壊獣のことについて報告した途端「なんでそんな面白そうなことが分かったのにすぐにあたしを呼ばないわけ!?」なんて言われながら襟首を掴まれ首をガクガク揺さぶられる羽目になるのだった。




