16話
こちらは本日投稿の2話目です
「サクライ先輩、ここに入る前に何の研究をしているかはわからないみたいなこと言ってませんでしたか」
「そうだね」
「なら、どうして壊獣の研究をしていたなんて言ったんですか」
「壊獣の研究をしていたからだけど?」
歩きながら当然のことのように言うサクライ先輩。
「それはわかってないことなんじゃなかったんですか」
「軍はね」
そのまま歩き続けて、やだて一つの扉の前で止まった。
その扉は閉ざされていて、扉の横にはタッチパネルのようなものが光っていた。
「今日僕はさ、実は君に話があってここにきたんだよね」
「はぁ……どういうことですか?」
今日のサクライ先輩は少しおかしい。いやまだ短い付き合いだし、サクライ先輩はこんな人だ! なんて自信を持って言えるわけではないが、なんかおかしい。
そんなサクライ先輩が俺に話? ……あんまりいい予感はしないな。
「ところでシャン君はこれが何か知ってる?」
タッチパネルを指さすサクライ先輩。そこには0から9までの数字が表示されていて、画面上部には八桁の空間が空いている。前世の記憶で見たパスワード入力画面みたいな感じだ。
サクライ先輩の言う「これ」がタッチパネルを指しているのか、パスワードを打ち込む画面というか、パスワードのことを指しているのかわからない。そもそもなんて答えるのが正解なんだ? 俺がタッチパネルのことを知ってるのもおかしいし、パスワードのことを知っているのもおかしい。まぁパスワードなんてわからないんだが。
少し考えて、俺は「分かりません」と答えた。
「そっか。ま、そうだよね。簡単に説明すると、この画面の数字のところを触ると、画面の上のところに触った数字が表示されていく。正しい順番で八桁の数字を触れば、この部屋の鍵が開いて中に入れるようになるってわけ」
やっぱりパスワード入力の画面だったのか。進んだ技術を持ってた文明だったのなら、生体認証的なロックもありそうなもんだが……元々なかったのか壊れたのか。結局古典的なパスワードが一番信頼できるって所長も言ってた気がするな……。
「シャン君、ちょっと押してみてくれない?」
「俺がですか?」
「うん。ここのパズワードってまだわかってなくてさ。僕はもちろん、軍の人も入ったことのない部屋なんだよね」
「いや俺、正解なんて分かりませんけど」
「大丈夫大丈夫。誰も知らないし、試しにぽちぽちってやってみてよ」
「はぁ……わかりました。ちなみにこれ、間違えたからって何かペナルティとか無いですよね?」
間違えた瞬間急にトラップが作動して帰らぬ人になるとか、そういう系のやつだったら絶対やらんぞ、俺は。
そんな俺の心配をよそに、サクライ先輩は笑って「ないない」と言った。
「今まで軍の人が何回かチャレンジしたみたいだけど何もなかったって。だから間違えても大丈夫だぜ」
「それほんとなんですよね?」
「大丈夫だって。何なら試しに僕が先にやってみようか?」
なんて言って、俺の返事も聞かずにサクライ先輩はぽちぽちっと数字を押してしまう。すると「パスワードが間違っています。もう一度やり直してください。あと二回間違えると自動で警備会社と警察に連絡をします」という表示が出た後、先程の入力画面に戻った。
あー……まぁ、この時代に前時代の文明の警備会社とか警察とか残ってないし、パスワード入力を間違えた結果起こる処理がこれだけなら、確かに俺たちにとってみれば何も起きないに等しいな。
「ね? 何も起きなかったでしょ?」
「そうですね。まぁ適当に押してみますけど、何が正解かなんてわからないんで文句言わないでくださいよ」
適当にパスワードを打ち込んでいく。わからないから本当に適当だ。
当然間違っていて、さっきと同じ画面がもう一度出てくる。当たり前だが。
「もう一回お願い」
「何も変わらないと思うんですけど」
「いいから」
何だろう、押しが強いな。そもそもわからないのにパスワードを打ち込む意味があるのかこれ。ドアなり壁なり壊して入った方が早くない?
「中に何があるかわからないのに、そんなことして大事な資料が壊れたりしたらどうするのさ。どうしてもっていう時の最終手段だぜそれは」
「まぁ、確かにそうですね。……これ三回間違えたらしばらく数字打ち込めなくなったりしませんか?」
「よくわかったね。丸々一日は反応しなくなるよ」
やっぱりそうか。この手のやつはだいたいそんな感じがしたんだよな。スマートフォンのロック解除とか、間違え続けたら面倒臭かった気がするし。
四桁くらいなら偶然で当たるかもしれないけど、八桁なんて偶然じゃ当たらないよな……。それで当てたらどんな確率だ? って話だ。
んー……まぁ、外したところで俺に何かペナルティがあるわけでもないしもう一回適当に押そうか。八桁だろ? 八桁。
「……20251114」
何となく思い浮かんだ数字だ。特に意味はない、と思う。
ぽちぽちと数字を押し終わる。
まぁ間違ってるだろうな。特に反応もないし。存在しない警備会社と警察に連絡がいって終わりだろ。
『パスワードを認証しました。ロックを解除します』
ガチャリ、と何かが外れる音がした。
「……は?」
……え? 開いた? なんで? いや、そりゃパスワードがあってたからなんだろうけど、いやいやいや……え? なんであうの? 思い浮かんだ数字を打ち込んだだけだぞ?
「やっぱり、シャン君はここを開けられるんだね」
呆気に取られている俺をよそに、サクライ先輩は鍵の空いたドアを開けて中に入っていく。慌てて俺もサクライ先輩についていって部屋に入った。
「やっぱりってどういうことですか?」
部屋の中は実験台と思しき頑丈そうな机が中央に置かれていて、大量の資料が詰まった本棚が壁際にあって、本棚の反対側には今生で初めて見たデスクトップパソコンが置かれた机が配置されていた。
「さっき、僕は君に話があるって言っただろ?」
「そういえばそうですね」
この部屋に入る前にそんなことを言ってたな、確かに。
「だからちょっと、くじ引きの結果を弄らせてもらったんだ。フィオナちゃんには悪いことをしたと思ってるけど」
「くじ引きの結果を弄る? そんなことどうやって……というかなんのためにですか? 俺に話があるならわざわざそんなことしなくても、談話室で話せばよかったんじゃ?」
いちいちこんなところで話をしなくてもよかったはずだ。わざわざこんなところで、一体なんの話をするんだ? 他の人に聞かれたくない話とかか? 愛の告白ってことはまずあり得ないだろうしな。なんなんだ、一体。
「ま、僕くらいになるとくじのひとつやふたつ弄るのなんて朝飯前だぜ。それで、わざわざここに来たのは君がさっきのドアを開けられるのか見たかったっていうのと、あまり他の人に聞かれたくない話をしようかなって思ったからさ」
そう言いながらサクライ先輩はデスクトップパソコンに近付いていった。パソコンの埃を軽くはたき落とすと、電源ボタンを押す。
この施設の電気が生きているのだから、もしかしたらつくのかもしれない。と思っていたパソコンは、俺の思いと同じく電源がついた。
それにしても、掴み所の難しいサクライ先輩の他の人にあまり聞かれたくない話って……。いったいどんな話なんだ? 全くいい予感はしないが。
「あー……シャン君、パスワードはなんだったっけ」
「KKK20251114ですよ」
「あーそうそう、ありがと」
……いや待て、俺今なんて言った? KKK20251114? なんでこんなところにあるパソコンのパスワードなんてすらっと口から出てくるんだ? どう考えてもおかしいだろ、それは。
パスワードを打ち込んだパソコンはデスクトップ画面が立ち上がる。サクライ先輩はエクスプローラーを開き、そこからデータを探している。
目当てのデータを見つけたのか、サクライ先輩はそのデータをダブルクリックした。それは一つの動画ファイルだった。
「ねぇシャン君」
動画ファイルの再生が始まり、モニターにフルスクリーンで映し出される。その映像の中には、前世の日本によく似た街並みが広がっていた。
サクライ先輩が俺の方に振り返る。
「僕はこれからあり得ないなって思われるような話をするんだけど、あり得ないなんてことはあり得ないってことで、一つ話を聞いて欲しいんだ」
俺はまだどうしてこの部屋やパソコンのパスワードがわかったのか? ということや、サクライ先輩がいきなり動画を再生し始めたことに混乱していて、まともに返事をすることができずに頷き返した。
サクライ先輩は次の言葉を紡ぐのにゆっくりと溜めを作った。もしかしたら俺がそう感じただけかもしれない。そう感じるくらい、サクライ先輩が言った言葉に俺はまた頭を混乱させられたのだ。
「実は僕、同じ時間を何度もループしてるんだよね」
うっすらと顔を笑みの形に変えてそう口にしたサクライ先輩の表情は、同時にとても疲れているようにも見えた。