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11話

 翌日のことだ。

 この日の授業もつつがなく終わり、俺たちは再び共有談話室に集まっていた。


 今日のメンバーは昨日の話通り、俺、フィオナ、サクライ先輩、ラドフォードの四人だ。女子の少ないはずの士官学校で何故かこの空間だけ異常に女子の人口密度が高い。しかも美少女だ。普通は嬉しいはずだ。俺だって美少女は嫌いじゃない。囲まれたいって思っても不思議じゃない。

 だがしかし、なんだろう。この三人に囲まれても嬉しくない。


 フィオナはまあいうまでもないが、常に無表情のラドフォードに、マジで全く何を考えているかわからないサクライ先輩だ。気軽にニノちゃんって呼んでくれてもいいんだぜ、なんて言っていたが、呼びたいとは全く思わない。

 そんな三人が集まり、何をするかというと、まあ簡単な顔合わせと書類の提出だ。


 このメンバーで部隊を編制しますって書類を書いて提出して、申請が通らなければ部隊は編成できない。倶楽部活動も似たようなものだが、それは新しい倶楽部を作るときの話だな。


「まあこれから仲良くしていこうぜー」


 なんてなんて何を考えているかわからないヘラヘラした顔で言うサクライ先輩。


「あたしたちは仲良し倶楽部を目指しているわけじゃないわ。仲良くするのはもちろん構わないけれど、それは目的を達成してからの話よ!」


 目的ってなんだよ、と思いながらもフィオナから投げつけられた書類の空欄を埋めていく。ラドフォードの出身地? そんなの知らねぇよ。

 ペンと紙をラドフォードに渡しながら「目的ってなんだよ」とフィオナに聞く。


 なければ作ればいい、と言う勢いに任せて本当にここまできたし、なんなら障害らしき障害も何もなかったが、これからどうしていくのか、と言うのはまぁまぁ重要なことだろう。


「あたしたちは面白いことを見つけたり、作ったりしてくのよ!」

「まぁそんなことだろうとは思っていたが。それならわざわざ部隊なんて作る必要あったのか? 倶楽部活動でもよかっただろ」

「バカね。倶楽部活動じゃ校外に自由に出られないじゃない。あたしは休みの日に限られた時間しか外に出られないような、せせこましい活動をしたいわけじゃないのよ」


 必要事項を書き終わったラドフォードから書類を受け取る。パソコンで打ち込んだみたいな綺麗に整った字だな。

 俺たち寮生は基本的には校外には許可をもらわないと出ることができない。規律を保つためだとかなんとか言ってた気がするが、あんまり詳しくは覚えていない。

 が、部隊は「隊員同士の円滑な連携と秩序を構築するため」という建前で割と自由に校外に出ることができる。一応外出許可証なるものを発行してもらう必要があるらしいが。


「まぁ外出許可証なんて適当に名目を埋めておけばほぼ出るよ。出なくても僕が出すしね。なんたって生徒会副会長だし」


 とのことらしい。

 ……というか、なんでこの人ここにいるんだ? いつフィオナと知り合ったんだ? 昨日はなんか衝撃的すぎて聞き忘れてたけど、普通に考えておかしいだろ。……おかしいよな?


「自由に外に出たいから部隊作ったっていうフィオナの話はわかった。それで、あの……どうしてサクライ先輩がこんな部隊に?」

「こんなってなによこんなって!」


 フィオナがなんか喚いているが無視だ無視。

 ラドフォードから受け取った書類をサクライ先輩に渡す。


「うーん……まあ面白そうだったから?」


 書類を受け取りながらサクライ先輩がそんなことを言う。


「なぜ疑問系? ……というかどこでフィオナと知り合ったんですか?」

「フィオナちゃんが倶楽部の体験をしてるときにちょっと声をかけさせてもらったんだよね」

「そうね。いきなり話しかけられて流石のあたしも少し驚いたわ」

「僕のところに報告が上がってきてたからねー。いろんな倶楽部を荒らし回ってる子がいるって。まぁそれ以前にフィオナちゃんのことは知ってたんだけど。特待生だしね」

「そうなんですね。何故うちの部隊に?」

「面白そうだったから?」

「それはさっき聞きました」


 サクライ先輩から書類を受け取る。めちゃくちゃ丸っこい字とめちゃくちゃカクカクの字が混ざってる。……わざと書いてるんだろうけど、地味にすごいなこれ。


「条件だったのよ」

「条件?」


 フィオナがそんなことを言い出した。

 条件ってなんだ条件って。


「部隊の申請をしに行ったときに条件をつけられたのよ」

「なんだそりゃ」

「部隊に生徒会執行部の人を一人入れれば申請通してあげるって」

「それでサクライ先輩を?」

「入ってくれるって言うから」


 ……まぁ、お目付役ってところなんだろう。部隊作らせてやってもいいけど代わりにこっちの目も入れさせろよって。


「もともと興味があったって言うのもあるしね。軍期待の特待生が何をするんだろうって」

「あ、そうですか」


 書類を全部確認した俺はそれをフィオナに渡す。フィオナは俺から受け取った書類をざっと確認すると立ち上がった。


「これ出してくるから、今日のところはおしまいね。また明日ここに来てちょうだい」


 そう言うなりフィオナはさっさと談話室を出て行ってしまった。


「どうする? 僕とおしゃべりでもしていくかい、シャン君?」

「遠慮しておきます」


 手持ち無沙汰になった俺にサクライ先輩がそんなことを言ってきたので、反射的に断りを入れる。ていうかあなたもその名前呼びなんですね。まぁいいけど。

 ああいや、でももう一つ気になったことだけでも聞いておくかな。


「そういえば、よかったんですか? サクライ先輩は。こんなところに所属して自分のキャリア的なものとかは」

「別に問題ないよ」


 そういうとサクライ先輩は自分の制服の肩の部分を見せてきた。そこには何かのバッジみたいなものが付いていた。


「これ、階級章なんだけど。生徒会執行部の人間には特例で学生のうちから尉官待遇が受けられるんだよねー。副会長は中尉待遇。特務中尉ってやつかな。会長は特務大尉。そのほかの執行部員は特務少尉。何事もなくこのまま卒業すれば特務の部分が消えて晴れて尉官からのスタートってわけだね。だから学生のうちにキャリアなんてものを気にする必要はないってわけ」


 マジか。


「それって、階級的にサクライ先輩がこの部隊の隊長をやらないとマズくないんですか?」

「ぜーんぜん。あくまで階級は軍での階級であって、学生生活には関係ないからねー。学生の部隊は学生同士で運営しろってことだね。そこに軍の階級を持ち込むなんて無粋なことはしないよ。面白くないし」

「面白くない、ですか」

「フィオナちゃんとは違うベクトルの面白さだろうけど。僕が面白そうだからこの部隊に来たっていうのは本当だぜ?」


 そう言うとサクライ先輩は立ち上がる。そのまま談話室の出口に向かって歩き出した。


「ま、また明日だね。明日には僕らの専用の談話室も用意してもらえるだろうし、楽しみにしとくよ」

「お疲れ様です」


 ひらひらと手を振って談話室からでて行ったサクライ先輩を見送る。掴みどころのなさそうな人だな。仲良くできるのだろうか。


「ラドフォードも、今日は終わったみたいだし帰ってもいいぞ」


 結局一言も喋らなかったラドフォードにもそう言う。書類を書いてからマグカップを両手で持ってちびちび紅茶を飲んでいたラドフォードは、一回頷いてから立ち上がる。


「……また明日」


 そう一言告げると、出口に向かって歩いて行った。


「おう。また明日」


 さて、俺も帰って明日に備えて寝るかな。

 ……あ、課題やってねぇわ。フィオナが戻ってきてから写させてもらおう。






「遅かったわねぇ。待ってたのよ?」


 俺たちに割り振られた談話室の扉を開けると、間延びしたような女性の声が聞こえてきた。

 談話室に最初から備え付けられているソファーに寝転がり、どこからか調達したであろう雑誌を読みながら手をひらひらこちらに振っている。女性教官用の服を着て、少しウェーブのかかった黒髪をさらりと流している。その胸は大人の女性であることを主張するような豊満さであった。


「……ナオミ先生? こんなところで何を? ていうか寛ぎすぎでは?」


 俺とフィオナの担任の先生であるナオミ・ケンジットだった。

 自称丁寧な物腰の女性なのだが、自称は自称であった。


「あれぇ? アインスタインさんから何も聞いてないの?」

「フィオナ、どういうことだ」


 俺の後ろから続けて談話室に入ってきたフィオナに問いかける。するとフィオナは直美先生を見て「あら、もう来てるのね」と漏らした。


「ナオミはうちの指導教官になったから」

「指導教官?」


 フィオナはズンズン談話室に入ると、空いているソファーに腰掛けてふんぞりかえるように足を組んだ。


「そうそう。あなたたちの指導教官になったからよろしくね。ちなみに専属よ専属。こんなことって滅多にないんだから」


 どこからかお菓子を取り出し、ソファーの前のテーブルに置きながらナオミ先生が言った。フィオナはナオミ先生がおいたお菓子を手に取り食べている。いつの間にかサクライ先輩もフィオナの隣に座っていて、お菓子をつついていた。

 いや、何? なんなのこれ。状況についていけないんですけど。


「指導教官っていうのは、部隊について指導監督する教官のことだね。まぁ読んで字の如くだけど。外部との顔繋ぎ役でもあるから、外部で何かしたいときは基本的に指導教官を通してって形になるね」


 お菓子を食べながらのサクライ先輩の説明に、そういえばそんな教官がつくって部隊について調べた時に書いてあったなと思い出す。


「普通は指導教官っていうのは複数の部隊を掛け持ちするんだけど、ナオミ先生には特別にここの専属になってもらったんだぜ」

「今まで面倒見てきた部隊の引き継ぎとか大変だったんだから」

 いつの間にかラドフォードは少し離れたところにある椅子に座り、持ち込んでいた文庫本を開いていた。

「あたしは指導教官なんていらないって言ったのよ。でも規則だからってうるさく言われたから、仕方なく受け入れたの」


 不満そうなフィオナだが、規則は規則だし仕方ないと思うぞ。


「しかし、何故専属に?」


 俺がそう聞くとサクライ先輩が答えた。


「特待生と、生徒会副会長。この二人が所属する部隊の指導教官が他の部隊と同じく複数部隊の掛け持ちだと色々都合が悪い。……っていうのが学校側の建前。軍としては、まぁ同性の教官を常時張りつかせておきたかったってところかなー。あんまり面白い話じゃないよ、どっちにしても」

「軍の事情を面白い面白くないで語らないでよねぇ、もう。サクライさんにはその程度のことなのかもしれないけど」

「あたしにとっても面白くないわ。大人が常に張り付いてるなんて……まぁいいわ。物は考えようだもの」

「本人が目の前にいるのにそう言ってのけるところは素直に感心するわ、フィオナさん。けど私にとってはとっても都合が良かったのよねぇ。専属なら、ずっとここにいてサボってても何も言われないし?」


 そう言ってナオミ先生はお菓子をひとつまみ口に運んだ。……やっぱ寛ぎすぎじゃね?

 俺もテーブルを囲むように置いてあるソファの一つに腰を下ろした。流石にお菓子に手を出す気にはなれなかったが。


「まぁナオミ先生は僕からの逆指名みたいな形でなってもらったんだ。面白くない話なんだから、その中で少しでも自分たちに面白い方向に持っていきたいじゃん? ほら、ナオミ先生はこんなんだからさ、僕としてもこーいう人の方がいいし」

「ニノさん、あなたも本人目の前にして結構言うのね」


 フィオナもサクライ先輩も本音では指導教官は必要ないと思っているのだろう。ただ規則は規則だし、それを跳ね除ける理由もないのだから、指導教官は必ず着く。それをサクライ先輩が自分に都合のいい教官になるように働きかけたのだろう。生徒会副会長の権力か、特務中尉としての軍としての立場か。

 どっちにしても、いてもいなくても変わらなさそうな、こちらにあまり口出ししてこなさそうなナオミ先生を選んだのだろう。


 まぁ俺としてもそのサクライ先輩の行動には賛成だ。賛成というか感謝だな。ガチガチの軍人みたいな人が来たり、融通の効かない人が指導教官になったりしてフィオナの意見が通らなくなったりしたら大変だ。主に俺が。フィオナの不機嫌解消に俺が選ばれるのは間違いない。


「まぁ事情はわかりました。これからよろしくお願いします」


 そう言って俺はナオミ先生に頭を下げた。

「あらぁ、シャン君は礼儀正しいのね」


 あなたもその名前で俺を呼ぶんですね? もういいですけど。

 ていうかそろそろ寝っ転がるのやめたらどうです? めんどくさいから無理? あ、そうですか。


「今後の行動予定を決めるわ!」


 お菓子を食べていたフィオナが「予定表」と書かれた紙をテーブルに広げながら、そんなことを言い出した。


「何か意見はない?」

「俺は男の隊員が一人欲しい。肩身が狭い」


 指導教官も含めて男女比一:四っておかしいと思うんですよね。男の方が数の多い士官学校ですよ? ていうか俺は別に女子に囲まれて育って女子に慣れまくってるハーレム主人公とかではないので、普通に同性の隊員が欲しい。


「あんたには聞いてないわ」

「いや聞けよ。一応副隊長だろ」

「名目上はね。——それで、他には?」


 俺の意見を軽く流し、フィオナが尋ねる。


「あ、忘れてたわ」


 フィオナの言葉に反応して、ナオミ先生はソファーの下に置いてあった鞄から一枚の書類を取り出した。


「これ、あなたたちの初任務。ちょっと特殊そうなのを引っ張ってきたから頑張ってね」


 テーブルに広げられた書類をフィオナと一緒に覗き込む。


「「新型ネブラ・ディスクの実践使用を仮定とした起動実験?」」


 同時に書類の表題を読み上げる俺とフィオナ。

 そんな俺たちを見て笑うサクライ先輩とナオミ先生。


 我関せずといった具合に文庫本を読み続けるラドフォード。

 俺たちの部隊活動が始まったのだった。


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