9話
「今日から親戚の方がフィオナちゃんのお世話をするんですって」
母さんにそんなことを言われたのは、葬儀の後少ししてからだった。
フィオナは別に親戚のところに引っ越しをするわけではなく、親戚の人がフィオナの家に来て世話をするらしい。
俺はフィオナと離れ離れにならなくて、内心でホッとしていた。
今のフィオナは見ていて少し危なっかしい。母親が死んでから、フィオナの父親はあまり家に帰って来なくなったらしい。そこに来てこの話だ。フィオナのことが心配になるのは当然だろう。
俺がいたって何もできないかもしれない。実際フィオナの母親が亡くなったときは何もできなかった。それでも側にいてやれるなら、側にいてやりたい。
純粋にそう思った。
俺は校内を彷徨いていた。
入学してから二度目の身体検査を終え、今日の授業は全て終わった放課後。
フィオナから言いつけられたことをなんとなーくな感じで遂行しようと、俺は当てもなく彷徨いていた。
なければ作ればいいなんてことをフィオナは言っていたが、そう単純なものでも無いだろうとは思う。そう思いながらもフィオナの言うことを聞いている俺も俺だが。
作ると言うのは、フィオナが散々こき下ろしていた倶楽部活動——のことではない。
この士官学校では、最低人数四人以上で部隊編成を申請することができる。小隊単位から大隊単位まであるが、まあ大抵は小隊単位での申請らしい。
この部隊編成というのは、士官学校の授業等で編成される即席の部隊とは違い、学校生活でほぼ常に一緒に行動するよう義務付けられ、校外演習や実践演習などでも適用されるようになるものだ。成績も部隊単位で付けられるようになるし(部隊単位とは別に個人の成績ももちろんあるが)、この学校で過ごす一種の運命共同体と言ったような代物だ。この部隊の成績や経歴は軍に士官した時にも大いに影響されるとても重要なものだったりする。また、軍から任務が割り振られたりすることもあったりする。
なので、普通思いつきで作ろう! とはならないし、一年生である俺たちにはそもそも校外演習とか実践演習とかも無いので、そもそも作る必要性もない。ただ、申請自体は入学した直後からできるので、一応作ることはできる。部隊に入ってくれる人がいるかどうかは別だが。
特権として部隊専用の談話室が用意される。部隊が自由に使ってもいい談話室で、校舎内の特別教室棟か、寮の男女共有スペースのどちらかに用意される。空いている部屋を割り振られるので場所は選べないが、今のところ空いているのは寮の共有スペースみたいなので、俺たちの申請が通ればそこに用意されるだろう。
というのは、入学の時に配られたこの学校の規則集のようなものに書いてあった。入学の時にチラ見しただけだったものをわざわざ引っ張り出して読んではみたが、だからと言って俺のやる気が上がったりはしなかったが。
「あたしはナオミに部隊申請のことを交渉してくるから、アンタは部隊メンバーを探してきなさい」なんて言い残してフィオナが去って行ったのがさっきのこと。ちなみにナオミというのは俺たちの担任の美人女教師のことだ。丁寧な物腰だがだらしないところも見え隠れする、将来のエリート候補生を育てる有能な女教師。というのはナオミ先生本人談だが、まあ女性でこの学校の担任を任されているくらいなのだから有能なのは本当なのだろう。丁寧な物腰が見えたことは無いし、だらしないところが隠れているところも見たことはないが。
ぶっちゃけフィオナに言われて部隊メンバーになってくれそうな人を探しているが、俺は部隊申請自体が通ると思っていない。将来のキャリアに大きく関わってくる大事な部隊編成が、こんな一学年の最初の方にパパッと決まってしまうのはあまり宜しいとは言えないだろう。特にフィオナは軍肝いりの特待生のようなものだ。お遊びのような部隊編成でキャリア形成を潰されてはたまらない。
フィオナ本人は将来のキャリアなんてどうでも良さそうだが(入る学校間違えたかとか言ってたし)。まあその辺りは俺もどうでもいい。ここを卒業しても軍に入ろうなんて思ってないしな。
一応いつも一緒に飯食ってるテレンスとマーロンには声をかけた。が、案の定断られた。まぁ残念でもなく当然の反応だな。こんな時期にそんな誘いを受けたって普通断る。誰だってそうするし、俺だってそうする。
しかしだからといってその二人以外に当てがあるわけでもないので、こうしてなんとなーくでぶらぶらうろついているのだ。
だが、フィオナに言われて校内をうろついているが、思い返せば入学して以降じっくりと学校の中を見て回ったことはなかったような気がする。俺が知っているのはいつも使う教室周りと移動教室先の特別教室、それと実技等で使う校庭と実技室くらいのものだ。合同授業で一緒になった別のクラスの連中くらいならなんとなくは知っているが、それ以外の同級生なんてものは顔も名前も全く知らない。
よくもまあそんな状態で人を誘うなんてしようと思っているな、なんて自嘲しつつ、フィオナの言うことには基本的に逆らわない(逆らえない)俺がいるわけで。
フィオナになんて言い訳をしようかな、なんて考えていると、そちらに思考が割かれていたのか目の前の人物にぶつかりそうになってしまった。
俺の目線くらいに―ー俺の主観では突然現れた頭を見て、咄嗟に身を躱す。人並みの反射神経しかない俺にしてはよく反応できたな、なんて思いながら俺はぶつかりそうになった人に謝る。
「すまん、大丈夫か?」
「大丈夫。ぶつかっていない」
濃い紫色のショートカット。俺の目線くらいの位置に頭頂部が来るくらいの身長に、少しだけ大きめの女子用の士官学校の制服。着けているリボンの色から同級生だとわかる。人形のようなクリッとした瞳は、髪の毛の色と同じような濃い紫色で、上から下にかけて少しだけ色が変わっているグラデーションをのぞかせていた。とても可愛らしい顔立ちをしている。
――なんだろう。どこかで見かけたことのある顔というか、雰囲気の女子生徒な気がする。いや、名前とかは全く知らないが。
どこでだったかな……校内で見かけたとか、そういう最近の話ではないんだよな。
「……?」
いつの間にか目の前の女子生徒の顔をまじまじと見つめてしまっていた。なぜ見つめられているのかわからない女子生徒が首を傾けている。
ぶつかりそうになって、立ち止まって顔をまじまじと見てるやつとか、ちょっとやばいやつかもしれないな、なんて思って少し焦って声をかけた。
「前どこかで会ったことあったっけ?」
――いや、どこぞのナンパ野郎か俺は。
内心でやっちまったな! と嘆いていたが、女子生徒は首を左右に降るだけで、特に表情を変えることはなかった。
よかった。相手が内心でどう思っているかはわからないが、少なくとも表情に出るほど不快に思われたわけではないらしい。何も感情の伺うことのできない無表情のままだ。いや、正直ナンパされた女子の気持ちなんて言うものは想像しかできないので、なんとも言えないものがあるが。
まぁ、いいか。
どこで会ったか思い出せないし、本当に会ったことあるかもわからないし。
この子に用事があるわけでもないので、道を譲ろうと体をずらした瞬間――。
「――昔、軍の基地にいなかった?」
どこで会ったのかを思い出した。会ったというか、見かけただけだが。
フィオナと軍基地に忍び込んだときに、一瞬だけ見かけたあの少女と同じ雰囲気なのだ。細かい顔の造形まで覚えているわけではないが、確かに髪の色とかも同じだった気がする。
だが、俺の思い出らしきものとはよそに、目の前の少女はまた首を横に振った。
「私はそこにいなかった」
私は……? なんか引っかかる物言いな気がする。
「そう……なのか?」
「そう」
そうなのか……。俺の勘違いか? いや、でも確かにこの目の前の女子にそっくりだった気がするんだが……。
でも本当に俺の勘違いなら、今傍目から見て俺ってどう写ってるんだ? ナンパに失敗した男的な?
いや、うん。いたたまれねぇわ。俺が。
まあ、本当にあの場にいたにしろいなかったにしろ、あんまり関係ないしな。別に親が軍人で、たまたま親の職場に来てただけだったとかかもしれないし。それ以前として本人はいなかったって言ってるわけだしな。
「あー……行き先遮って悪かったな」
「大丈夫」
今度こそ俺は道を譲るために身を躱す。……が、今度はなぜか女子生徒のほうがその場から動かず、俺の方をじっと見つめてきた。なんなんだ、一体。
「あなた」
さっきからそうなんだが、この子の声ってすごい機械的というかなんというか、ちゃんと人間が喋っているように聞こえるんだけど、感覚的には前の記憶にあった音声読み上げソフトが喋っているように聞こえるというか。感情が伝わってこないんだよな。いやまあ、人の感情の機微なんてものはよくわからんけど。
「あなたは、フィオナ・アインスタインの何?」
「……は?」
フィオナの何って、いきなり何を言ってるんだ? ていうかフィオナのこと知ってるのか。
いきなり問われた内容に困惑してまじまじと見つめ返してしまうが、目の前の少女の顔色は全く変わらず、なんの感情も浮かんでいない無表情のままだった。
少しの間お互いを見つめ合ったままだったが、少女が特に何か続きを言うわけでもアクションを起こすわけでもなかったので、俺は少女の問に答えることにした。
「何って言われても……幼なじみってところだろ」
「そう」
「そうって……何かあるのか?」
「わからない」
「わからない?」
いや、人に聞いといてわからないって。俺もどうしていいかわかんねぇよそれじゃ。
どう反応していいかわからずに困惑していると、「答えてくれてありがとう」そう言って少女は俺の横を通り過ぎていった。
何だったんだ一体。
世の中にはフィオナとは違った方向で不思議なやつもいるもんだな。




