楽しみにしてるね
「と言うのが手記に記された最初の話だった」
静かにリュートを置き、吟遊詩人はそう締めくくった。
最初こそ胡散臭そうに話を聞いていた男達だったが、話の途中ですっかり酔いも醒め、気付けば全員真剣に吟遊詩人の話に耳を傾けていた。
男達はしばしの間口を開く事も酒を飲む事も忘れ、静かに微笑み吟遊詩人を見つめていた。
「で、結局それがどうメロル祭と関係があるってんだ? ようはあれだろ、糸に困った養蚕農家が貴族の娘を殺して、その髪を紡いで刺繍家の男に渡したって話だろ?」
最初に口を開いたのは、やはり吟遊詩人の前に座っている筋肉質の男。
話を聞く前とはうって変わって酒の勢いで絡んだ様な口調ではない。
粗暴に見えて本来この男は、知的で頭の切れる性質の男なのだろう。
話を終えた吟遊詩人は一先ず乾ききった喉に酒を流し込み、一息ついてから再び目の前の男に向き合った。
「君達はこの話を聞いてどう思った?」
話し過ぎか少し枯れた声でそう一言だけ言い、今度は酒ではなく水の入ったコップに手を伸ばす。
「そうだな……貴族もその刺繍家の男も馬鹿だなってのと、村人はそうまでする意味はあったのかね。俺だったらその村人を追い出すか俺が出て行く。それが無理なら関わらないようにするしかないな」
「そう、不快感はあるにしろ分別のつく大人だったらそんな冷静な対応が出来るだろうね。でもそれが子供だったらどうだろう。メロル際の悲劇はその事件を思い出したある男がメロル祭の最中にその話を持ち出したのが発端だった。これはなんとも単純で残念な短い話だよ」
そう言って吟遊詩人は手に持った水を一気に煽り、先程とは違う世間話でもするかの様な口調で話し始めた。
「そんなつもりなんて無かったんだ。ただの雑談、冗談だ。本当だ、意味なんて無かったんだよ」
役人の質問に涙ながらにそう語るのは被害者の夫で加害者の父。
メロル祭の最中に起こった突発的な殺人の火付け役ともなったその男は、事の顛末を役人に話し終えぐったりと椅子に座り込んでいる。
話を聞いた役人二人は互いに顔を見合わせ溜息をつく。
男が嘘をついているとも思えないし、実際に殺人が起こった。
だが男が語ったイヌプス村の事件は聞いた事が無い。
工芸祭、伝統市など色々な呼び名の付くメロル祭りで出展していたその家族は、早い段階で予定していた商品が底をついてしまったと言う。
そこで予備として持って来ていた材料で追加商品を作る事となった。
その時、男は針に糸を通しながらふとある話を思い出した。
その話がイヌプス村の金糸の話だった。
丁度店で扱っていた商品も刺繍小物が多かった為、少し怪談話をする位の感覚で隣で作業をする娘に話した。
「では、あなたがその村の事件を話したら突然、娘さんが奥さんと近くに居た客を刺したと言う事ですか?」
役人の質問に男はただ静かに頷いた。
少し離れたところに横たわる、所々赤く染まった布をかぶった二つの遺体。
男はそれにぼんやりと視線を向けていたと思うと、突然血だらけになった自身の手で頭を抱えこんだ。
「そんなつもりは無かったんだ。信じてくれ。ただ話を聞いた娘が、あまりにも本気で怯えているもんだからもっと詳しく話してやろうと思ったんだ」
「その村の事件を語っただけじゃないのか?」
男は頭をかきむしり、悲痛な叫びにも似た声を上げた。
「その後村は大量に埋めた貴族の化粧や調髪剤のせいで木が枯れ、流れ出した薬品が井戸に溜まり、そのせいで疫病が流行し廃れてしまった。だが、村の糸も有名だったけど、それと同じ位に村特有の刺繍と裁縫の技術も有名で、その技術はどうにか生き残った村人の子孫が引き継いだ」
話す男の気迫は凄まじく、役人はただ男の言葉に耳を傾けるしか出来なかった。
「うちの商品を見てくれ、珍しいだろう? これは全て妻の家に伝わって来た技法なんだ。……よりにもよって妻だけじゃなく客まで殺してしまうなんて」
男が言わんとしている事が分かった役人の一人が口を開きかけるも、男はそれを制し続きを口にする。
「単なる偶然なんだろうけどな。どうにか疫病にかかるも一命を取りとめた村人は皆、井戸の毒にやられて肌は青白く、髪も目も白に近い淡い金色になったらしい」
そう言って二つの亡骸に視線を向けた。
その男の視線の先、布の下から覗く髪は、二つ共限りなく白に近い金色だった。
酒場で吟遊詩人の話を聞き終えた男達は、銘々岐路に着いた。
吟遊詩人の話を真に受け神妙な顔つきで帰って行った者と、豪気に笑い飛ばして帰った者とまちまちだった。
すっかり静まり返った酒場に残されたのは、吟遊詩人とその正面に座る筋肉質な男、それと酒場の店主のみだが、誰も口を開く事は無く黙々と酒を口に運んでいた。
筋肉質な男が空になったコップを酒樽の上に置くと、コップの中で氷が軽い音を立て転がり、静まり返った酒場に響く。
「確かにこの辺じゃ白に近い金髪なんて珍しいだろうが、だからってなぁ。何とも偶然が重なった事件だな」
筋肉質な男はそう言うと、干し肉を咥えリュートの弦を調節していた吟遊詩人に酒を注いだ。
そんな男の呟きに答えるわけでもなく、吟遊詩人は無邪気な笑みを浮かべ注がれた酒を口に運ぶ。
「そう言えば……」
その光景をぼうっと眺めていた男が、ふと思い出したように声を上げる。
さすがにこれには吟遊詩人も反応し、酒を飲む手を止め男に視線を移動させた。
「さっきの話、なんか変じゃないか? 役人も知らない事件の全貌が書かれた手記の存在はまだ良いとするが、何でそんな物お前さんもその父親も知ってたんだ? それに……いくら大量に死体を埋めたからって、化粧品や調髪剤が井戸を汚染する程影響を及ぼすものか?」
筋肉質な男はそこまで言うと、干し肉の塊を鷲掴みにし豪快に口に放り込み腕を組んだ。
それは納得するまで帰らないと体現しているようだった。
吟遊詩人は男から視線を逸らし小さく唸った後、一切の笑みを消し再び視線を合わせた。
「全て繋がっていると言ったけど、実際はどこでどう繋がってるか何て本人しか分からないものだよね。僕も手記の実物を見た訳でも無いから詳細は分からない。その男の話が虚偽か真実か、その男の妻が村の生き残りの末裔なのか、なぜその話を知っていたのか分からない。ただ村人に末裔が居た様に、妻と一緒に殺された客に家族が居たかも知れないし、まだどこかでその家族が生きているかも知れない。可能性を考えれば何もかもが分からなくなる。ただ確実に全てが繋がっているだけ」
そう言うと張り直したリュートの弦を軽く弾く。
筋肉質な男は繋がっていると言う言葉を小さく口の中で復唱し、吟遊詩人の話に思いをはせる。
ほんのり酔った上に眠気も襲って来た頭で、ぼんやりとリュートを弾くにしては綺麗過ぎる吟遊詩人の指を目で追いかける。
そのまま吟遊詩人の指が帽子の隙間から覗く、自身の金の髪に触れまで目で追っていると、吟遊詩人は一際無邪気な笑顔を作った。
「メロル祭だってずっと過去から繋がって来てる訳だし、何も不思議な話じゃない。じゃあ、もう時間も時間だよ。明日のメロル祭、楽しみにしてるね」
再び弾かれたリュートの弦の音が響く。
そう言えば話に夢中であったし思い込みもあったので気にもとめていなかったが、この吟遊詩人はリュートを弾いていただろうか。
ぼんやりとした頭の中に、リュートの音と楽しみにしてるねと言う言葉がいつまでも響いた。
最後までお付き合いいただきありがとうございます!!
大昔、公募に出した物です。
拙いですが、思い出と言うか記録として手直しせずそのまま公開しました。