デルタエル公爵家にて3-アティアー
案内されたわたしの部屋は、リタクリスの隣の部屋だった。そこは確か前世でも同じだったはず。やはりわたしの家がそのまま入りそうな広さの私室には、衣裳部屋と洗面台にお手洗いや簡易キッチン、バスルームも完備されている。前世では数日客間で過ごし、それから部屋が宛がわれたような薄らとした記憶があったが、今世ではわたしがお父様と執務室で話をしている間に調えられたようだった。白を基調とした上品な部屋が、今日からわたしの部屋になるという。
「……この部屋は、元々カティア様がお過ごしになっていたのですよ」
「母をご存じなのですか?」
それは初耳だ。驚いてエイドを仰ぎ見れば彼はゆったりと品よく微笑み、彼はまたわたしの目線に合わせて膝を折った。
「ええ、とてもよく存じ上げておりますよ。わたしは幼いころから旦那様――――エルハンド様の従僕として公爵家で育ちましたから、お二方の遊び相手でもあったのですよ。アティア様は、本当にカティア様の幼いころと瓜二つです。馬車から降りてきたあなたを見た瞬間、幼いあの日に戻ったかのようでした」
懐かしそうに微笑むエイドの眦には、薄らと涙が滲む。そして室内へ目を向けると、ソファへわたしを促した。
「こちらの調度品は、カティア様がお使いになっておられたものを参考に調えたものですが、アティアお嬢様のお気に召さないのであれば、お好みのものに変えますのでなんなりとお申し付けくださいませ」
「いえ、わたし、このお部屋がとても好きです。このままがいいです」
「そうですか、それはなによりです」
上品で落ち着いた部屋は本当にわたしの好みであったので、思ったままそう言えば、エイドは嬉しそうに笑った。その笑顔はそれまでの穏やかな微笑みとは違って、どこか少年めいた無邪気なものだった。
しかしそれもごくわずかで、次にはもう端正な有能執事の顔だった。
「それではお疲れでしょうから、こちらでおくつろぎください。夕食はお部屋までお持ちいたしますが、メインは肉と魚のどちらになさいますか?」
「えっ じゃあ、えっと、お、お肉で……」
「かしこまりました。よい小鹿が入っておりますので、どうぞお楽しみになさってください。わたしはこれで失礼しますが、なにかあればお手元のベルを鳴らせばメイドが参りますので」
「はい、ありがとうございます」
エイドが退室して、広い部屋にぽつんとひとり残されたわたしは、ソファに座ったままぼんやりしていたけれど、リタクリスの事を思い出してはっとした。
「そうだわ、あのとき顔色が真っ白で大変なショックを受けてたみたいだし、ちゃんとわたしは従妹であってお父様の隠し子じゃないって説明しなきゃ」
見回すと誰もおらず、おろおろと見渡す視界にエイドが置いて行ったベルを捉えて、陶器でできたそれを手に取り軽く振った。思いのほか音が大きく、ひとりで驚いているとすぐさま一人のメイドが「お呼びでしょうか」と現れた。どこにいたんだろうと思ったが、確か衣裳部屋の一角にメイドの控室があったはずだと思い出した。
「あの、リタクリスお姉さまは、どうしておられますか」
「リタクリスお嬢様はご気分が優れないとのことで、お部屋でおやすみになっておられます」
「そうですか……。あの、お見舞いに行ってもいいでしょうか」
「……リタクリス様の侍女に聞いてまいりますので、少々お待ちください」
ぺこりと一礼して静かに部屋を出て行ったメイドは、ほどなくして戻ってきた。
「申し訳ありません。先ほどお眠りになったそうなので、面会はご遠慮くださいとの事です」
「……そうですか。ありがとうございます」
メイドの返答を聞いて、浅はかだったと後悔した。体調を崩したばかりの時に会いたいだなんて、それこそ自分の事ばかりで彼女の身を案じていない証拠ではないか。そっとしておいて、ちゃんと休んでもらうべきなのに。
焦らずに落ち着いて行動しなければ。自分が何のためにここにいるのか、もう一度胸に刻む。
「ご用はそれだけでしょうか」
「あ、はい」
「それでは下がらせていただきます。ご用の際は、またベルでお呼びくださいませ」
そう一礼して、メイドは控室へ下がっていく。一貫して無表情であったメイドを見送り、その姿がドアの向こうへ消えると、彼女の名前を聞きそびれた事に気付いた。