蘇る前世と悔恨3-リタクリスー
わたくし、リタクリス・イーリス・デルタエルには前世の記憶がある。便宜上前世と呼称するが、正確には時間が巻き戻った記憶だった。
その記憶が蘇ったのはたった今。今日からわたくしの妹として暮らすと父が紹介した少女、アティアを目にした瞬間。突然膨大な前世の情報が奔流となり脳内を駆け巡り、あまりの情報量に酔ってしまい立っているのも辛くなったけれど、公爵令嬢としての矜持がわたくしの体を支えた。
わたくしはくせの強い髪質も、宵闇のような濃紺の髪と瞳の色も顔だちも母そっくりで、父から受け継いだものはなにもなかった。しかしアティアという美しい少女はまさに父の色彩を継ぎ、顔だちも父とそっくりであり、父の所縁であることは明白だった。そのうえ彼女はこれから3年後、王立センダルア学園へ入学すると頭角を現し、ついには一時代にひとりという光魔法の使い手として覚醒するのだ。
さらに彼女はわたくしの婚約者候補でもあるセンダルア国の第一王子フィルド様に見初められ、わたくしの望むものすべてを持つアティアに対し激しい嫉妬に襲われてしまう。
けれどわたくしがフィルド様と結ばれたあと、彼女は血の海の中で息を引き取ることとなる。
一度に記憶が蘇ったためそれぞれはひどく朧気ではあるが、彼女の最後だけは前世と今世のわたくしの心を抉り、激しい後悔を味わわせたのだった。
あのとき、なにがあったのかは思い出せない。けれど、この押しつぶされそうなほどあまりに深い自責の念が、今世こそ彼女を守ろうと決意させた。
その結果わたくしがどうなろうともかまわない。
ゆっくりと浅い呼吸を繰り返し必死で平静を保ちながら、改めてアティアを見つめる。
ああ、本当になんて美しい少女だろう。緊張のためか、顔色が青白い。それでもしっかりと伸ばされた美しい背筋と凛とした眼差しが、何かの決意を秘めたかのようにわたくしをまっすぐ見つめていた。
「アティア、彼女がリタクリスだ。君の一歳年上だからお姉さんになるね。リタ、今日から君の妹になるアティアだ。しっかり面倒をみてやってくれ」
「はい、お父様。 アティア、わたくしはリタクリス・イーリス・デルタエルと申します。今日からあなたのお姉さまですわ」
正直いまにも倒れそうなくらい眩暈がひどいが、己を必死に叱咤しつつカーテシーを披露する。すると、平民育ちのはずのアティアも、それは見事なカーテシーで返礼したのだった。
「はじめましてリタクリスお姉さま。アティアです。今日からよろしくお願いいたします」
アティアの美しいカーテシーを見て、普段は冷静で殆ど表情の変わらない父が驚きに目を瞠った。公爵家当主が驚くほどの美しい所作を、いったいどこで習ったのか。
「驚いたな。カティアから習っていたのか?」
「は、はい、そのとおりです」
カティアとは、アティアの亡くなった母君の名前のはずだ。わたしの母は政略結婚とはいえ心から父を愛していたが、父は宰相というお役目上ほとんど王宮で生活しており、滅多にこちらへは帰ってこない。なのであまり二人が揃っているところを見たことはなく、夫婦仲はわたくしにもよくわからない。母は父にそっくりなアティアを愛人の子と疎み辛く当たっていたが、前世のわたくしはアティアを見ると劣等感に苛まれてしまい、ほとんど顔を合わせず滅多に口を聞いたことすらなかったように思う。
だが、わたくしがフィルド様の婚約者と決まったあと、アティアはその後何らかの事件によって死んでしまうはず。ならば、彼女をフィルド様の婚約者にすれば、助けられるに違いない。フィルド様がきっと彼女を死の運命から救う力になるだろう。
アティアとの初対面をすませたあと、気力を振り絞ってようやく自室へたどり着いた。専属侍女であるナタリーの顔を認めた瞬間、ついに限界を迎えたわたくしは、暗い意識の底へ落ちていった。
前世の最後の記憶――――。絶望に染まった白い顔で、血の海に横たわる事切れた少女。
前世で受けた心の傷と激しい後悔が、わたくしを突き動かす。
彼女は必ず守ってみせる。たとえわたくしが、どんなことになろうとも。
プロローグ部分はこれで終了です。
次回より週一を目標に更新していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。