表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたは私が守ります!  作者: 神代ちまき
2/16

蘇る前世と悔恨2-アティアー

エルハンド・イーリス・デルタエル公爵。

 この国の中核を担う名家のひとつ、デルタエル家の当代当主である。いまわたしは、そう名乗った紳士が乗ってきた馬車に乗せられ、今世では初めての貴族街へやってきた。なぜか、前世では一緒にいなかったはずのケイシャと共に。公爵の迎えによりここで別れるはずだったケイシャは、わたしが心配だから下男として公爵家で雇ってくれと頭を下げたのだ。この国のトップと言ってもいい殿上人を前にすごい度胸だと驚いたが、公爵はあっさりとケイシャの訴えを受け入れて、共に馬車へ乗せてくれた。

 お忍びのため馬車に公爵家の家紋は入っておらず、外見は比較的質素な二頭立て馬車の車窓からの景色は見覚えがあると確信を得ている。隣のケイシャは、緊張からかやや俯いたまま両ひざの上に置いた拳を握りしめていて、長めの黒い前髪が馬車の揺れで振れるたび、その奥の黒い瞳が険しい色を宿してちらちらと見え隠れしていた。


「ケイシャ、大丈夫?」


 力を入れすぎて白くなっている拳へそっと手を乗せると、考え事をしていた様子のケイシャがはっと顔を上げてわたしを見た。


「あ、ああ。大丈夫だ。それよりお前のほうが心配だから………」

「ケイシャ君、アティアのことはなにも心配いらないよ。先ほども話した通り、彼女はわたしの双子の妹の忘れ形見。わたしの可愛い姪っ子なのだよ。アティアの父君はリベルタ男爵家の三男であったため家督を得ることはできず、男爵家も裕福とはいいがたかったため、彼らは市井で平民同様に暮らさざるを得なかった。妹であるカティアは、幼いころからの婚約者であった現国王の縁談を嫌がって恋人のエドモンド・リベルタ氏と駆け落ち。父は貴族名鑑からカティアとエドモンド殿の存在を抹消してしまうほどの処置を取り、王家の怒りを免れた。わたしも行動を制限されて学園を卒業後は自領で領主代行を任ぜられてカティアを探すことができなかった。わたしは一日も早く公爵を継いでカティアを探そうとしたが………間に合わなかった………」


 母の訃報を聞いた時を思い出したのか、わたしの向かいに座る公爵はその秀麗な眉を苦し気に寄せ、薄い唇を噛み締めた。この方は、こんなにも感情を表に出す人だっただろうか。前世の記憶はあの少女の最後を除いてどれも朧気ではあったが、もっと怜悧で近づきがたい印象だった気がする。もしかしたら前世の経験がある分、当時より周りを見る余裕があるのかもしれない。


「………あの、おかあさ…母から、自分には事情があってもう会えないけど双子のお兄さんがいて、とても仲が良かったって聞いてました」


 だから公爵に怯える事無くこんなことも言える。そう聞いた公爵は翡翠の目を瞠って、そして嬉しそうに眦を下げた。


「そうか、カティアがわたしの事を話してくれていたんだな」

「はい。魔法も剣術もとても強くて勉強もできて賢くて、学校ではいつも一番だったって。それでいて笛がとても上手だって言ってました」

「そうか、カティアが………」


 それきり公爵は、片手で顔を覆うと顔を伏せて黙ってしまった。もしかして余計なことを言ってしまったのだろうかと不安になったその時、馬車が歩みを止めた。それを合図に公爵が顔を上げ、車窓を覗いてわたしを促した。


「見てごらん、アティア。この館が今日から君の家だ」


 言われるまま目を向けると、馬車を迎えるためにゆっくりと左右に開く巨大な鉄柵の門扉のかなり奥に、いまは小さく、しかしはっきりと見覚えのある館が建っていた。間違いない。わたしは今日これから、あの少女に出会うのだ。


 前世の最後の記憶――――。絶望に染まった白い顔で、血の海に横たわる事切れた少女に。

 前世で受けた心の傷と激しい後悔が、わたしを突き動かす。

 彼女は必ず守ってみせる。たとえわたしが、どんなことになろうとも。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ