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あなたは私が守ります!  作者: 神代ちまき
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蘇る前世と悔恨1-アティアー

初投稿です。よろしくお願いいたします。

 わたし、アティア・リベルタには前世の記憶がある。便宜上前世と呼称するが、正確には時間が巻き戻った記憶だった。

 今年9歳になるわたしは、5歳の時に仕事中の事故で父を亡くした。物言わぬ姿となって戻ってきた父に泣き縋る母の姿を見て、かつての記憶がフラッシュバックしたのだ。

 父を亡くしたショックも大きかったが、膨大な情報量が一度に蘇った反動で、数日熱を出して寝込んでしまった。父を亡くしたショックだろうと周りは同情したが、わたしは高熱にうなされながら父に詫び、悔いた。どうせ記憶が蘇るのならば、なぜ父が亡くなった時だったのかと。もう一日早く蘇っていれば、両親は今この時も穏やかに笑っていたに違いなかったのに。

 父の葬儀にも参加できなかったが、数日後にベッドから起き上がれるようになった時にはせっかく蘇ったはずの前世の記憶はずいぶん朧気で、血の海で事切れたひとりの少女の絶望に染まった白い顔が最後となっている。わたしもそこで死んだのかどうかもわからない。

 ぼんやりとしたこの先に当たるかつての人生、そしてあの少女の最後は、前世のわたしに激しい後悔と心の傷を植え付けた。もしも再び彼女と出会うことがあるならば、わたしは必ず彼女を守ってみせよう。

 前世の記憶が蘇ってからの4年、わたしはそう思い続けていた。




 そして父を亡くしてから4年後の今年、前世では母も亡くなってしまう。父を亡くしてから気鬱を患い、そのせいで病を得てしまった母は、2年ほど前からベッドで寝たきりになってしまった。しょせん平民の我が家には大した蓄えもなく、父が遺したそれはとうに尽きている。できるだけ切り詰めて生活していたけれど、それも限界に近い。

 せめて母は助けたい一心で、わたしは人生2回目という大きなアドバンテージを活かし、市場の手伝いや自宅での針仕事で薬代を稼ぎ、教会の奉仕で食料を分けてもらいながらひたすら働いては母の看病を続けていた。ああ、せめて母が手遅れになってしまう前に、『あの人』がわたしたちに気付いてくれたなら――――!


 わたしの願いは届かなかった。母は、前世より半年ほど長らえたものの結局帰らぬ人となって、わたしはまたひとりになったのだった。



 教会の神父様や市場でわたしを気にかけて雇ってくれていた人たちが、幼いわたしの代わりに葬儀を執り行ってくれた。数日前まで母がいた空のベッドを見つめ、前世の記憶などどれほどの役にも立たないと絶望し、かつての母のように食事もとらず自宅に引きこもっていた。数日あるいは一週間か、どれほどの時間が過ぎたのかわからないけれど、わたしを心配して来客があった。


「アティア、ひどい顔だぞ」

「………余計なお世話よ」


 訪問者は教会で暮らしている孤児のひとり、ケイシャだった。わたしより2歳年上の彼は、わたしが5年前に教会での奉仕活動を始めたころからの友人だ。教会の孤児たちの中では年長者なので、とても世話焼きの優しい人。奉仕活動のノウハウを教えてくれたり、農家でもらったクズ野菜を分けてくれたり、何かと気にかけてくれている。

 仮にも女の子の顔を見るなり暴言を吐いたかと思うと、台所を借りるぞと勝手に上がり込み、うっすら埃をかぶった台所を掃除したかと思うと、火魔法を使って竈に火を起こす。

 そういえばケイシャは、平民のわりに魔力が強いんだったなあと、テーブルの上で組んだ腕に頭を乗せたまま彼の背をぼんやりと眺めていた。


「おい、アティア。大丈夫か?」


 穏やかな声と共に肩が優しく揺すられて、いつの間にか眠っていたんだと気付く。ふわりと漂う食欲をそそる匂いに、たちまちお腹が空腹を覚えて騒ぎ出した。さっと顔が赤くなるのを自覚しつつ、そっぽを向いてケイシャから視線を逸らす。


「ほら、ケイシャ特製野菜スープだ。ちゃんと食えよ。今日は特別に、燻製肉も入ってるんだぞ」

「燻製肉なんて、教会への寄進じゃないの?」

「肉も野菜も全部、お前が手伝ってる市場のおっちゃんやおばちゃんからだ。みんな心配してるんだよ。だからこれ食って、また教会や市場へ出てこい」

「………うん………ありがとう、ケイシャ」


 ケイシャやみんなの気持ちが温かくて、木を削ったスプーンを手にした時だった。家の扉が控えめに叩かれて、しかしはっきりとした響きを以て3回鳴った。


「誰だろう? ああ、いい俺が出る」


 立ち上がろうとしたわたしを制し、立ったままだったケイシャがすぐそばの扉へ向かう。彼が扉を開けると、扉とほぼ同じくらいの背をした男性が現れた。


「失礼。お嬢さんは、アティア・リベルタ嬢だね?」


 装飾の類はないものの上質な生地の外套を羽織り、目深に帽子をかぶった男性が、ゆったりとした足取りでテーブルに座ったわたしへ近づいてくる。まさか、この人は――――!正確な時期は記憶がおぼろげなせいであやふやだが、少なくとも彼がここを訪ねるのは母が亡くなってから一年は先だったはず。

 驚きに目を見開いて動けないでいるわたしの前に片膝をついた男性は、そっと帽子を取って胸の前に当てるとわたしを見上げる。

 くせのないさらりとした髪は美しい蜂蜜色。見上げる優しい眼差しは翡翠色。美しく整った容貌の紳士は、母とわたしの色彩と同じだった。


「間に合わなくてすまなかった。迎えに来たよ、かわいいアティア」


 呆然と目を見開くわたしとわたしに膝をつく来客を、ケイシャが声もなく見つめていた。


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