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小さな国だった物語~  作者: よち


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99/228

【99.あの日⑤】

暗闇の地下室に逃れた二人は、侵略者たちの好き勝手な話し声を、膝を抱えたままで耳にした――


「おい、お前ら」

「あ、デクラン隊長」

「ここには、誰もいなかったか?」

「はい」

「外に、厩がありました。逃げたのでは?」

「北へ向かった形跡があったから、追わせた」

「ウチらの馬より速いのなんて、そうは居ませんよ」

「そうだな…」

「隠れてる奴もいるだろうからな。くまなく探せ。夜は、ここで過ごす」

「は!」

「ところでお前ら、ほどほどにしとけよ。程度ってもんを知れ」

「あ、はい…」


嗜めるような声が聞こえて、一つの足音は離れていった――


それから10分くらいだろうか。

家屋を物色する物音や足音が遠ざかると、やがて人の気配も消え去って、地下室に静寂がやってきた。


「……」


傍らで膝を抱えて丸くなっているリアを確認すると、ロイズは改めて部屋の中を見回した。


全面が灰白色の、無機質な長方形の空間。

壁には細かな凹凸が認められるが、表面は固められていて、触っても砂が生まれる事は無かった。


採光口は三方向。

指を二本、上下に並べた程の大きさではあったが、それが短辺には二か所、長辺には4つが設けられていた。


当然ながら視界は悪い。恐らく地上では、人工物があるとバレないように、石や草木で覆っているのだろう。

昼間だというのに、三日月の夜に降り注ぐ星明りほどの光度しか無かった――


(これを、造ったんだな…)


ぽつりと、過去を描いた――


つまりは、予測をしていたのだ。


作業場から続く地下室は、外気温の変化を受けにくい。砥石や修理品の保管場所として使われていた。

ロイズの知る限りでは、部屋の広さは十分で、保管庫をもう一つ造る必要は無さそうに思えた。


「ごめんなさい…」


隣から、ふいに小さな声音が漏れ出した。


ロイズが視線を移すと、膝を抱えたままの状態で、リアの華奢な身体が小刻みに震えていた。


「言えば、よかった…」

「何を?」


見当もつかない言葉がやってきて、何気にロイズが聞き返す。


「分かってたのに…」

「……」


続いた発言に、少年は現在直面している事態を指しているのだと悟った。


「なんで…分かったの?」


叱責する訳でもなく、ロイズは普段通りを装って、優しい声音で促した。


塞いだ心を(ほぐ)すには、言葉のやりとりは重要な過程である。

当然ロイズにそんな意図は無かったが、結果として僅かであっても、リアの心に風穴を開けられた――


「鳥がね…」

「とり?」

「うん…鳥さんが、飛んで行ったの。夕方に…」


膝を抱えたままの体勢で、リアは訥々(とつとつ)と口を開いた。

懺悔をするように。加えて、(ゆる)しを求めるように――


「お父さんが、教えてくれたの…鳥がみんなで飛んで行く時は、注意しろって…」

「いつ?」

「狩りに行った時。動物が一番怖がるのは、人間だって…その向こうには、人が居るかもしれないって」

「……」


耳に届いた思い出話に、そういえばと少年は一つを思い起こした――


父さんも昨日、外の様子を窺っていた気がする…



ロイズの父親は、農作業の傍ら、都市部へと足を延ばしては日用品の買い付けなんかも行っていた。

付近の住民から頼まれた品を市場で買ってくるのだが、その度に家を空ける事になる。


物心がついた頃から、ロイズに母親らしき人は居なかった。

故に父親が出掛ける際には、リアの家に泊まりに行くという習慣が出来上がっていたのだ。


そんな父であったから、当然新しい情報を受け取る機会が増える。

もしかしたら、確信は持てないまでも、不穏な動きを察知していた可能性がある。


「ごめんなさい…」


静かな灰色の空間に、沈んだ声が吐き出された――


「リアは、悪くないよ?」


父にとってもまさかだった出来事を、小さな身体が抱え込む必要はない…

例えそれが、痛恨の極みだったとしても…


「……」


しかしながら、慙愧を想い起こしてしまっては、簡単に心を戻す事など出来よう筈もない。


塞いだ少女は、ひたすらに沈黙の時間を垂れ流した――




夜を迎えると、地階の暖炉に火が入り、寝室は数人の男たちが集う場所となった。


「隊長、楽勝でしたね」

「まあ、そうだな」

「この辺りは、鍛冶屋が多いのですかね」

「この家も、そうみたいだな。目ぼしいモノは献上するから、残しておけよ。それ以外は、好きにしろ」

「そうでなくっちゃ!」

「でも、驚きましたよ。この辺りを襲うって聞いた時は」

「反乱分子が育ちつつあるって事でな。併合するって話だ」

「確かに、それは分かりますわ。ここの奴ら、士気が低かったですもん」

「食料の供出も、渋ったみたいですよ?」

「そりゃあダメだ。俺たちが守ってやってんのに」

「……」


静寂な夜の会話は、当然ながら階下の二人にも聞こえている。


徴兵に加えて、度重なる食料の供出。

カティニの住民の疲弊は明らかで、父の元を訪れる不満の声は、日に日に増していた――


それが、襲撃の理由らしい。


子供のロイズに善悪の判断は付かなかったが、地下室へと避難して、震えている状況だけは揺るぎようがない。


それでも彼らの言い分に、黙って耳を傾けるしかなかった――



「そういえば、赤い髪をした女が、居なかったか?」


突然の発言に、ピクと膝を抱えたリアの身体が反応をした。


「東の方へ逃げた連中の中に、居ましたよ?」

「どうした? 若かったか?」

「そりゃあ、殺しましたよ。24くらいってとこですかね」

「そうか…」

「なんか、ありましたか?」

「いや、上の連中でな、赤髪の女を欲しがってる奴がいるらしくてな」

「それって、ロスラヴリの城主じゃないですか?」

「なんだ、知ってるのか?」

「髪色の違う女を集めてるって話ですよ。どんな趣味してるんだか…先に教えてくれたら、捕まえましたのに」

「いや、それでは、取り逃がす可能性が出る」

「確かに…」

「ここら一帯の奴らを粛清しろってのが、そもそもの指令だからな」

「……」


そこまでを耳にして、恐る恐る、ロイズは右側に座る少女へと静かに首を回した。


ぎょっとした――


膝は抱えたままで、しかし顔だけは正面を向いていた。

大きな瞳は茫然となって、瞼は開いたままで、零れ出る涙は湧き水の如く、とめどなく溢れ出していた。


明かりは階段の上。

暖炉へと通じる隙間から覗く揺らぎを含んだオレンジ色が、灰白色の壁に反射して届くのみである。


そんな仄かな明るさは、無情にも絶望を表現する、二つの大きな濡れた瞳だけを映し出していた――


声は勿論のこと、音や気配すらも起こす事は許されない。

気持ちが僅かでも緩んだなら、止められない。


少女の根底に備わる理性が、泣き声、嗚咽、鼻水、歯ぎしり、荒い呼吸までもを一つに凝縮させた結果、大きな瞳からのみ、悲愴を(こぼ)す事態となったのだ――


「……」


なにもしてやれない。


手を触れる。何らかの声を掛ける事も、意識を向ける事すらも…


必死になって抑え込んでいる希薄な膜を、揺らす事などできよう筈もない。


無力となったロイズは、それでも側にいるだけでも彼女の助けになるだろうかと、持ち堪えてくれと祈りながら、ただただ膝の間に頬を(うず)めるのだった――




朝を迎えた――


気張っていた神経が休息を求め、硬直した筋肉が弛緩を欲したのだろうか。

右肩に重みを感じて首だけを動かすと、リアが半身を預けつつ、こてんと首を傾げて静かな寝息を立てていた。


「……」


助かった――


目が覚めた… 息をしている… 命がある…


心の底から無事に一晩を越えたと安堵して、少年は大きく一息を吐き出した。


採光口から淡い光が落下して、階上からの会話は消えていた――


「……」


警戒を解く前に、暫くの時間を置いてみる。


微かな会話、草を踏む音、呼吸の一つすら逃がす事がないように、静寂の中で耳の感覚を研ぎ澄ました――


「ふう…」


どうやら、人の気配は無いようだ。

少年は意識して、溜息交じりに喉からの声を出してみた。


「むにゃ…」


届いたのは、リアの呑気な声だった。


寝るのが得意で、遊びに行った先でも河原や木陰で転がると、いつの間にか寝息を立てている…


そんな自慢にもならない特技が、今は大いに役立っていた。


「ね…」


少しの安堵を胸にして、しばらくは彼女の軽い身体を支えてやろうと決したところで、漏れ出た声を鼓膜が拾う。


「マ…マ…」


視線をリアに戻すと、あどけない顔つきはそのままで、一筋の涙がすうっと頬を伝って零れ落ちていった――

お読みいただきありがとうございました。

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