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小さな国だった物語~  作者: よち


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93/227

【93.抱擁】

あくまでも、屋台骨の復帰を待つ。

当座の結論は、国王ロイズの意向を以って決した――



城の地階。

国王付きのラッセルが退出した後の臨時の執務室で、ロイズは壁際に備えられた机の上に両肘を預けると、両手を重ね、物思いに耽るようにして顎の先端を乗せてみた。


「……」


改めて、異なった施策に思いを致す。

真っ先に浮かぶのは尚書の提案であろうが、それこそ最終手段。


リアが指揮を執る事が絶対に叶わないという状況下。又は本人が指揮権を譲ると言ってこない限りは、絶対にあってはならない。


彼女の手腕によって、現在(いま)がある。


ならば最良の判断を下せる彼女が、今後も指揮を執るべきなのだ――


「……」


リアの療養中だけでも、グレン将軍やライエル、他の文官の意見を容れるというのも一つの手段である。


しかしながら彼らを一度でも頼ったら、彼女が復帰した後も進言を耳に入れる機会を余儀なくされるだろう。

そうなれば、進言を容れない、或いは保留となった理由を、その場で返答しなければならない。

彼らからの進言を毎度リアへと渡していては、いずれ不信感を抱かれるのではないだろうか――


あくまでも上意下達の方針は、リアが(まつりごと)を行う以上、崩すべきではない。


「……」


仮に指揮を執れなくなったとき…

想像したくもないが、彼女を補佐に回す事になる。


そうなれば、彼女はどうしたって国王の立場や思考を考慮した上での参考意見を述べるだろう。


結果彼女の類まれな立案能力が削がれる事は勿論、決断を下す刃が鈍るであろう事は、想像に難くない。

加えて、責任の所在が曖昧となってしまうのだ。


幾多の人命を背負って指示を出す――


責任は負うという強い心魂があってこそ、彼女の決断力は生まれているのだ――



「ふう…」


深い溜息を吐き出して、ロイズは身体を起こした。


「寝るか…」


悶々と思考を繰り返したところで、何が生まれる訳でもない。

期限が迫るといった思いはあるが、天秤で量るなら、リアの復帰を未だ待てる…

彼はベッドにごろんと転がった。


「……」


俺がやっていくのか?


再び最悪を浮かべるも、入城の際や春先の戦いに勝った後、笑顔で手を振ってくれた民衆の姿が脳裏に浮かんで、権力欲のない男は仮の未来を打ち消した。


王妃の姿を下げたなら、彼らを裏切る事になる…


幾多の喝采は、決して自身に向けられたものではないのだ――


「……」


彼は天井を見上げると、今はなるようにしかならないと覚悟を決めて、静かに瞼を閉じるのだった――




戦いが終わって、一週間。


トゥーラの市中にもようやく日常の風景が戻ってきたようで、子供たちが歓声を上げながら、広いメインストリートを横切る姿が散見されるようになった――


「いつ直る?」


久しぶりに開催された朝市を終えて片付けに勤しむアンジェが、太陽を背にして寂しそうな顔を覗かせる愛娘の声色に、寄り添うように小さな背中の背後で膝を屈した。


北の城壁は人の気配が少なくて、子供達にとっては人気の場所である。

築城の際に、倒されることなく残された幸運な樫の木を集合場所に、逃げ回るように走ったり、枝に登ったり…

そんな憩いの場所は、今は危険だという理由で、子供は立ち入り禁止となっていた――



トゥーラの砦は、西方からの侵攻に備える為に、リャザンから派遣された者たちが定礎した。


遠く西の方では十字軍の遠征が起こり、「宗教神の名の下に」 虐殺と凌辱の限りが尽くされ、戦禍を逃れた多くの人々が東へと移動した。


更には1132年。

キエフ大公ムスチスラフⅠ世が逝去すると、強い結束を保っていたルーシの国家群は権力を巡って対立するようになった。


ルーシの東端であるリャザン公国は、逃れた人々が流れつく。

肥沃な大地に人口が増えたなら、女や財産を狙う侵略者たちの眼が光る――


やがて防衛の強化を目的に、先ずは若い男たちが砦を築く為に派遣され、寝泊りできるようになり、愛着も湧いて家族や恋人を呼び寄せる――


更には流れ着いた者たちが加わって、新たに拓いた土地を守るために励んだのだ。

槍を持てぬほどの老人の姿は皆無で、働き盛りの若い男が多いという構成比も特徴であった。


若い男女が共に働けば、当然のように恋が生まれ、愛を育み、新しい生命が誕生をする。


メイも、そんな結晶の一つである――



「パパが、直してくれるわよ…」


すぐに…そのうちに…

気休めの言葉を使わずに、小さな両肩に手を触れて、アンジェは優しい声音で我慢を説くのだった――




女中頭のアンジェの夫であり、メイの父親でもあるグレンは、トゥーラの軍務を司る将軍である。


「飯だ」


簡素なトゥーラ城の南門を出て左側。地下へと続く階段を降りた先。

奥の牢屋で退屈をしているであろう住人に、右手でお盆を支えた四角い顔は、差し入れでも渡すかのように声を発した。


夏の空気を閉じ込めて、冷涼がひんやりと肌に触れる。

手前の牢屋は侵略軍が放置した兵糧が天井付近までびっしりと積まれていて、愛妻アンジェの報告通りだと認識をした――


「誰だ?」


通路側。二つの採光口からの明かりに照らされた姿は、たったの一人。

護衛の無いまま訪れた存在に、寝転がっていたスモレンスクの総大将は上半身だけを起こすと、訝しそうに声を発した。


「トゥーラの大将を務めている、グレンと申す」

「……」


まさか飯だけを運んで退散…という訳でも無いだろう。

返ってきた返答に、ギュースは立ち上がるでもなく、黙って胡坐をかいた。


「酒は、無いのか?」


続いて近付く足音を認めると、大柄な男はニヤリと左の頬傷を歪めた。


「……」


届いた声に、グレンが手前の牢屋の扉を無造作に開けると、彼の足元、地面に接した四角い木箱の側面に備わる蓋を開いて、細長い一つの陶器を取り出した。


「話が分かるな」


彼の姿を嬉しそうに認めると、ぼわっと伸び放題の赤髪を肩の向こうにやったギュースが改めて歓迎を表した。


トゥーラでは珍しい粗末な囚人服を着ているが、交換の後なのか、清潔さが窺える。


「なに…構わんさ。こんなものしかないが…」


目的のための潤滑油。

言いながら、拳より小さな陶器に酒を注ぐと、四角い顔の将軍は乾いた土床に腰を下ろし、鉄と木材の二重に設けられた格子の隙間から腕を伸ばすと、コトリと囚人の前へと差し出した。


「ありがたい」


酒が出てくると、のそっとギュースの身体が移動して、やがて格子を挟んで二人の大柄な男が向かい合った。

囚人の手首と足首はそれぞれ麻縄で繋がれて、容易には動けないようである。


「捕虜を戻す話が、進んでいてな…」

「ほう」


呟きに応じると、早速一杯とギュースは太い両手指を使って容器を掴んだ。続いて100キロを超える体躯を窮屈そうに折り曲げて、頭を前に差し出しながら口を付けると、こぼさぬようにと一息に身体全体を後へと反らすようにして酒を流し込んだ。


「そちらの国の話を、聞かせてもらいたい」


空になった陶器を引き取って再び酒を注いだトゥーラの将軍は、それを格子の隙間から差し入れながら、この場へと足を運んだ目的を低い声音で告げるのだった――




トゥーラの城内も、随分と復旧をした。

投石器の砲弾によって破壊された都市城壁や射撃塔、家屋の修繕は殆ど終わって、補修した箇所にはそれと分かる、色褪せていない真新しい色彩が浮かんでいた。


都市城壁の上部に設けられていた足場は撤去され、残されていた梯子も損傷が激しく危険だからと、殆どが解体されている。

梯子に比べて強度を確保せねばならない足場の材料は近隣の林から調達するが、此度の戦いに備えて手頃な木材は伐採、或いは採集済みであるし、なにより伐採してから乾燥させる必要があり、夏の調達は不向きである。

一方梯子に関しては、代用として侵略者たちが残していったものが使用され、先ずは一番攻防の激しかった西側の方から設置されていった――


使える物は、なんでも使う。

一から造り上げた貧乏国家の逞しさが、トゥーラという小国には確かに息づいていた。


グレンとアンジェの愛娘に笑顔が浮かんだのは、それから三日後。

戦いが終わって十日も経った頃であった――




夏の陽射しが西側の都市城壁に遮られるまでに傾いた頃、視察を終えたトゥーラの国王ロイズは城へと戻って、3階にある国王居住区へと足を進めた。


「起きておられます」


居住区へと繋がる扉を開けたところで、こちらに気付いたマルマが立ち上がって足を向け、すれ違う際に様子を伝えてくれた。


「おかえり」


ロイズが寝室へと入るなり、ベッドの上で上半身だけを起こした状態で、振り向いた伴侶の上目遣いが声を発した。

沈んだ感じが幾らか和らいだ様子で、少しだけでもほっとする。

すれ違った際のマルマの表情が明るかったのは、気のせいではないらしい――


「少し…元気になった?」


腰を曲げ、普段の大きな瞳に戻っているかを確認するように、ロイズが頬を緩めて覗き込む。


「う、うん…少しは…」


突然目の前に顔を向けられて、少しだけ頬を赤く染めた王妃が、思わず怯んだようになって声を発した。


「そっか…」


返ってきた彼女の声音にも、上気が感じられた。

リアの赤みの入った髪の頂点にぽんと右手を乗せると、ロイズは一安心と声を発した。


「ん…」


そのまま、柔らかな細い髪に沿って後頭部まで滑らせると、そっと引き寄せて、二人は唇を合わせた――


愛しさの籠った、励ましのキス。

療養中のそれらは、お互いが日々の区切りや慣習として交わしていたものであったが、接する面と弾力の違いは感じるもので、彼女の欲求を僅かにでも呼んだらしい。


「……」


湿った魅惑的な唇が新鮮な空気に触れたところで、リアの大きな瞳が真っすぐにロイズの瞳を覗いた――


私を、置いていかないでね…


止まったままの寂しさは、優しい肯定を欲していく…


「ね…」

「うん?」

「して…」


リアは静かに訴えた。

透き通るような、白い柔肌が伸びてゆく。


小さな左の指先が、先を求めてロイズの薄い夏の衣服を掴んだ――

お読みいただきありがとうございました。

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