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小さな国だった物語~  作者: よち


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63/227

【63.弔いの酒】

生死の境を彷徨う者がいる一方で、戦いの後始末は続いていく。


過去に倣うよう、グレンとライエルに大まかな指示は送ったが、節目での視察と最終確認は、優秀な伴侶に引継ぐために、国王自らで為さなければならない。



ロイズの姿を求めて城へとやってきた美将軍(ライエル)は、話し掛けられて頬を染めた女中から居住区へ向かわれたと耳にして、地階の廊下で背中を壁に預けた。


整った顔立ちにも疲労の色は隠せなかったが、前髪を後ろに縛って、それでも凛々しくあろうとする立ち姿は、通り掛かった女中が思わず見惚れて、手にしたお盆を落としてしまう程であった。


「捕虜は、北の練兵場に集めました。また、リャザンからの援軍が、城外の監視を行っております」


螺旋階段から降りてきたロイズの姿を認めると、美将軍は足を進めた。


「分かった。是非とも礼を伝えたいが……城外(そと)には出れるかな?」

「それは……難しそうです」

「だろうね……」


二人は並び立って西の城門から夜空を見上げると、先ずは北へと向かった。


「捕虜の数は?」

「およそ、40名といったところです。うち半数が、負傷兵です」

「多いな」


ライエルの返答に、ロイズが呟いた。

小さな要塞国家。数十人の捕虜を幽閉できるような牢屋など、備えてはいない。

リャザンの軍勢が迫ると知って、再び城外に戻る事を諦めた兵士が予想以上に多かったのだ。


城外へと逃げ出して、負け戦の撤退戦を強いられるくらいなら、大人しく投降した方が良い――

極限の状態で選び取った行動は、賢明な判断とも言えよう。


北の練兵場が見えてくる。河川敷にあるような、通りから2メートルほど下がった乾いた土の広場。

四方を囲うように焚かれた篝火の内側で、麻縄によって両の手首を前で、足首は隣の者の足首と繋がれた捕虜達が、鎧を外した軽装の姿で腰を下ろし、寡黙を貫いて、沙汰が下りるのを待っていた。


「ロイズ様」


宵闇の中にロイズの姿を認めると、グレンが駆け寄ってきた。

夜となり、姿を現した満天の星たちが、戦いの終わりを粛然と見守っている――


「すまない。遅れた」

「いえ、負傷兵は24名。動ける者は、18名です」

「負傷兵は?」

「あちらです」


視界には、後者の18名。

焦りを含んでロイズが尋ねると、篝火に浮かんだ四角い顔が、トゥーラ城の北側の壁を指で示した。

射撃訓練によってボロボロになった的の下。背中を壁に付け、或いは大地に横たわっている複数の人間が視界に入る。


「治療は?」

「応急処置は済んでおります。幸い、命に関わるようなケガを負っている者は、おりません」

「そうか……」


安堵を含んで呟くと、端正な顔立ちが、居並ぶ捕虜たちへと向けられた。


「ブランヒルさん」


ロイズは彼らの先頭。足元で、一人だけ手首と足首同士を縛られた、見るからに強靭な肉体を誇る男に声を掛けた。


「先ずは、私を信用してください。全員、スモレンスクへ帰します。ですが、少しの間、労役をお願いできますか?」

「……好きにしろ」


膝を曲げ、目線を等しくしてから願い出た国王に、ブランヒルは視線を逸らしながら答えた。


「ありがとうございます」

「……」


微笑みを作ったロイズが膝を伸ばすと、捕虜となった副将は一つを思った。


こいつは、王ではないのか?

敵国の捕虜に対して頭を下げるなど、相応しくない行動として、咎める者は居ないのか?


「……」


しかしながら、親子ほど歳の離れた四角い顔の将軍は、明るい表情で談笑中。


改めてロイズを見上げたブランヒルは、訝しそうに眉を寄せ、彼の一連の振る舞いに対して、一層の警戒心を起こすのだった――



トゥーラの都市城壁の外側。南西に、小さな焚火。

火を囲うようにして、監視役を買って出たリャザンの騎馬隊の面々が、あくまで外から感じた、この凄惨なる戦いの精査を始めようとしていた。


援軍としてやってきたリャザンの本隊は、明日には引き返すとの報告を受けている。

本隊には王子(グレヴィ)と、将来の丞相候補が同行中。

だからこそ精励し、朝一番で報告しようという目論見だ。


「お、おい……」


車座になった6名。北を向いた男が不審に気付くと、一同の視線が揃った。


「誰だ!?」


防具は外しても、各々の手元では槍が待機中。

松明が一つ近付いてくるのを認めると、咄嗟に武具を掴んだ男たちが、一斉に立ち上がって構えを取った。


「怪しい者ではない。不躾だが一つ、頼みがあって来た」


暗闇に浮かぶ一本の松明から、低い声がやってきた。一部の者には聞き覚えのある声色に、警戒はしつつも、緊張した空気は幾らか和らいだ。


「頼みとは?」


一つの声が、闇を伝った。


「弔いの酒を、交わしてもらいたい」

「……」


松明の隣に浮かんだのは、肩越しまで伸びた、ぼわっとした赤髪に囲まれた大きな表皮。

次に立派な体躯と丸太のような腕が現れると、落ち着き払った低い声色が、真っ直ぐに槍を構えるリャザンの兵士達に届いた。


「酒を?」

「ああ。俺一人では、寂しかろうと思ってな」


刀傷を左の頬に浮かべた男は、言いながら、左手に持った松明を、四角い城の方へと掲げてみせた。

視線たちが従うと、大地には息絶えた侵略者たちの甲冑が、ゆらりと松明の明かりに照らされて、俺達の存在を忘れるなと訴えかけていた。


「……」

「酒は、あるのか?」

「ああ」


大柄な男は問い掛けに応じると、二つの陶器の取手を併せ掴んだ右手を、得意気に掲げた。


「我らで良いのなら、申し受けよう」

「恩に着る」


武器は無い。戦意も窺えない。

一番の年長者が応じると、松明の明かりに揺れ浮かんでいる赤髪が、僅かに下がった――


「一つ、足らんな」


やがて、手のひらサイズの陶器が配られて、リャザンの年長者が声を発すると、大柄な男の口角が上がった。


「ここに、入れてくれ」


自身が持った陶器を年長の男に手渡すと、赤い髪の男は両方の分厚い手のひらで、大きな受け皿を作った。


「……では、私も」


豪快な振る舞いに微笑みを浮かべると、年長者は隣の兵士に陶器を手渡して、自身も同じように盃を作った。


「……」


戦い止まぬなら、矛を交えた二人の男。

それが今、共に口角を上げている。


勿論、思い至る事は無い。


しかしながら、相対する双方がこうした平和に気付くなら、果たして、この世の争いは失くすことができるのだろうか――


「ここに……斃れる事となった英霊に」


5つの陶器と二つの両手に生温い酒が注がれて、ギュースの声が満天の星空に向かった。


「……」


続いて英霊が昇るであろう星々に向かって5つの陶器が掲げられ、赤髪の男は両手に注がれた弔いを、一思いに飲み干した。


向かい合った男が彼に倣うと、男達も顎を上げ、陶器の向こうに見える星々を視界に入れた。


「名前を、聞いていなかったな」

「……スモレンスクの、ギュースだ」


年長の男が尋ねると、一呼吸を置いてから、野太くて力強い、誇りを含んだ声が夜空に響いた。


「ギュース……やはり、そなたか……」


男は呟いた。

毎年のようにトゥーラにやってきて、大小の戦禍をもたらす敵の総大将。


その度に援軍が派遣され、蹴散らすが、トゥーラに向かう道中で待ち伏せを食らったり、攻城戦を仕掛けているかと思えば、切り替えて素早く野戦部隊として突撃を図ってきたり。とにかく騎馬戦に於いては神出鬼没で速攻型。自ら先頭に立って、比類なき勇猛を存分に(ふる)うのだ――


「帰らないのか?」


そんな名だたる敵の総大将が、残って隣に立っている。年長の男が、訝しそうに尋ねた。


「まだ、戻らぬ者がいる」


言いながら、男は頬の傷を星明りに浮かぶ四角い城の方に向けてみた。

視線の先では、北西と南西の見張り台にそれぞれ一つだけ、松明の明かりが寂しそうに灯っている。


「……」


掛けられた梯子の数から察するに、侵略軍がトゥーラの城壁を越えたことは間違いない。

残された者とは、恐らく城内で拘束された兵の事。

その者たちの解放を待ってから、祖国へ共に戻るらしい。


年長の男は、星々を背景にして、雄大な身体で大地を踏みしめる敗軍の将の心を量ると、ふっと視線を彼に預けた。


「手間を掛けた」


視線に気付いたギュースは目玉をぎょろっと動かすと、短い一声を吐き出した。

続いて松明を再び左手で掴むと、篝火から炎を受け取って、北側の闇の中へと大柄な身体を進めた――



「……」


星空の下。微かに赤が残る小さな焚火の跡を前にして、大地に腰を下ろしたギュースは瞼を閉じていた。


現在置かれた境遇。

そんなものに、そろりと思いを巡らせた。


後悔が無いと言ったら嘘になる。

それでも、彼の心中は穏やかだった。

全兵力を投入し、必勝を期した戦いで、勇猛を発揮することなく敗れにも関わらず――


勝敗は、戦いの常。

終わったならば、受け容れる。


あれこれと言い訳を考えて、責任を他者に転嫁しない潔さもまた、彼の将としての器を表していた。


「拝みに行くか……」


呟くと、敗軍の総大将は頭の後ろで両手を重ねてから、そのままごろんと大地に背中を預けた。


「んが……」


しかしながら、やがて男は、安らかに眠れと語り掛けた筈の英霊に、大きないびきを聞かせる事になるのだった――

お読みいただきありがとうございました。

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