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小さな国だった物語~  作者: よち


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54/228

【54.勝利の条件】

「なんだ、これは……」


南側。スモレンスクの本陣。


林を背にした総大将(ギュース)は、目の前で起こっている目を覆うばかりの惨状に、100キロを超える体躯から伸びる丸太のような二本の腕をだらりと下げて、呆然となって立ち尽くしていた――


小一時間前。残っていた兵力の殆どを割いて、都市城門を正面から落とすべく、バイリー率いる主力部隊が満を持して突撃していった。

それが今や、炎と煙の充満する真っ只中にいる――


巨大な落とし穴。その薄暗い四辺の底で黒煙に視界を塞がれては、動きようがない。

加えて投石器からの砲弾と油壺。更には炎を纏った矢羽の雨が、断続的に降り注いでいるのが見て取れた。

火の手が上がった瞬間に聞こえた断末魔は、次第にか細いものとなり、今では殆ど聞こえなくなっている――


「どうしますか……」

「く……」


次なる指示を求める部下の声も弱々しい。

退却を指示するまでもなく、逃げられる兵の殆どは、既に自力で脱出を遂げている。


それでも総大将は、諦める訳にはいかなかった。


「ブランヒルが城内(なか)に居る……城門が開けば……勝機はある」


都市城壁の上に浮かんでいる四角い城は、既に濛々と広がる黒煙の向こうにその姿を消していた――


しかしながら、ブランヒル率いる遊撃隊。更には東側と西側から侵入を果たした友軍は、城門を内側から開けようと奮闘しているに違いない。

彼らの働きに、これまで温存していた残りの部隊が応じない訳にはいかないのだ。


「西側から攻める。隊の編成を!」

「はい!」


風は変わらず南西から。穏やかに吹いていて、視界を奪う黒煙は東からの攻撃を塞いでいる。

ギュースはやむなく自身に近い西側からの攻撃を命じた――



「お前たちは、西へ向かえ。敵は、恐らく、西からくる!」

「はい」


当然ながら、トゥーラの大将軍は読んでいた。

南で配置に就く一隊を西へと回し、少ない兵力ながらも、自軍の力を最大限に引き出していた――



その頃、侵略軍の一縷の望み。トゥーラの市中に飛び込んだ副将(ブランヒル)は、目標としていた南の都市城門を前にして、トゥーラの若き美将軍によって進路を塞がれていた。


「ロイズ様、お逃げ下さい!」


しかしながら、撤退を決めたところへ、相手の棟梁がのこのこと姿を現したのだ。

降って湧いたようなチャンスを逃すまいと、ブランヒルは国王(ロイズ)に向かって猛然と駆け出した。


「わわっ」


殺気立った、見るからに屈強な兵士が向かってくる。

ロイズは咄嗟に足を止め、踵を返してブランヒルに背を向けた。


「頼んだよっ」

「お任せください!」


棟梁を守ろうと、重装備を施した6名の近衛兵は、向かってくる敵を迎え撃つべく両足を前後に固め、三名ずつ二列の布陣で槍を中段に構えた。


「うおおっ!」


敵の目線を逸らす為、間合いを測ってブランヒルが跳び上がる。

そして槍の穂先に触れるか否か、絶妙な位置に姿勢を低くして着地をすると、そのまま勢いを殺すことなく右前方、兵士と住居の隙間を狙って肩から飛び込んだ。


「うおっ!」

「なにぃ!」


動きは含んだが、想像以上の速さだった。

ブランヒルは最初から、槍の穂先を交えるつもりは全くなかったのだ。

勢い余って住居の壁に自らの身体を激突させると、その衝撃を伝えるドンという大きな重低音が響いた。

咄嗟にトゥーラの兵士が槍で追うも、間に合わない。


かくしてスモレンスクの特攻隊長は、トゥーラの国王の背中を追う機会を取得した――


「ロイズ様!」


抜かれた近衛兵たちが、慌ててブランヒルの背中を追い掛けた。

彼らの背後では、隊長(ブランヒル)に遅れて駆け出した、童顔のカプスと長身のベインズを含む8名が、数秒遅れで続いている。


「くそっ。意外と速い……」


獲物との距離は20メートル。縮まらない背中にブランヒルは焦った。

ロイズもまた、足の速さには自信があったのだ。おてんば娘と一緒に野山を駆け回っていた子供の頃に培った脚力は、伊達ではない。


そんなトゥーラの国王が、目先の十字路を右へと入った――


(城へ、逃げ込むつもりか?)


その前に追い付き、仕留める。いや、城内だろうと、追いかける。

執念とも呼ぶべき決意を胸にして、十字路を鋭角に曲がる為にブランヒルは左足で踏ん張って、右へと跳ね跳んだ。


「なっ!」


その刹那、鋭利な柵の連なりが待ち構えているのが目に入った――

勢いは止められない。

同時に視界の脇から数本の槍が伸びてきて、柵によって膝を刈られたブランヒルは、並ぶ穂先の下へと勢いよく頭から突っ込んだ――


(やられた……)


乾いた土煙がのぼる中、自らが薙ぎ倒した罠たちとブランヒルは同化した。


ダイルが住民に襲われて、背後を見やって確認した当時、10人ほどの人影が映った。

それが今しがた、挟撃の為に現れた兵数は6人で、つまりは誘われたのだ――

悟ったブランヒルは、届かなかった喪失感に奥歯を噛み締めると、無念の拳を大地の上で強く握った。


「やりましたか!?」

「よし!」


続いてブランヒルを()()()抜かせたトゥーラの6名が姿を現した。

首尾よく獲物を捕らえているのを確認すると、サッと左右に3名ずつが住居の影に身を潜め、後から続く侵略者の一団を待ち構えた。


「ブランヒルさん!」


居住区の十字路。スモレンスクの一団が異変に気付いて足を止めると、ブランヒルの弟分、カプスが童顔に焦りを浮かべて思わず安否を叫んだ。


「俺に構うな! 行け!」


捕らわれた自分に、もはや価値は無い。

ブランヒルは地面に腹部を預けるという無念な姿を晒しつつも、隊長としての意志を明確に伝えた。


「……わかりました」


ここで争っても、勝ち目は無い。

カプスは兄貴分の心を受け取ると、他の仲間が躊躇う中、北の城壁を目指して真っ先に駆け出した。


「お、おいっ!」

「いいから行け!」


長身のベインズが、カプスの判断に思わず声を発すると、ブランヒルが再び鋭い声を張り上げた。


「くっ」


選択肢は無い。ベインズもまた、カプスに続いて駆け出した――


「行ったか……薄情な奴らだ……」

「いいえ。賢明な判断だと思いますよ」


乾いた土から頬に伝わる、遠ざかってゆく足音を認めてブランヒルが呟くと、彼に近付いた棟梁が、立ったまま労った。


「お前が、親玉か?」


近衛兵によって、両腕を背中で縛り上げられたブランヒルが、近付いてきた鎧姿の、端正な顔つきをした若い男を鋭い目つきで見やった。


「親玉は、他に居るんですけどね……」


首の後ろに右手を添え、苦笑いを浮かべながら答えると、ロイズは左後方に見える四角い箱を重ねたような、簡易な造りの城を見上げた。


この時。南から昇っている黒い煙を視界に入れたが、居住区の辺りを覆っている訳でもなく、彼は何を思うでもなかった――


「お前らの、勝ちだ」


両腕を後ろに縛られた状態で身体を起こされて、臀部を地面に付けたブランヒルが、観念を口にした。


「そう言われましてもね。貴方たちにとっては敗北でも、私たちの勝利とは……簡単には言えません」


称えるような発言を、ロイズは否定した。


「どういう事だ?」

「そうですね……事後処理次第……って事ですよ」

「……なるほどな」


些末な争いを制しても、大局を変えなければ意味はない。

小さな国家を思いやったブランヒルは、ふっと鼻を鳴らすと、続けて尋ねた。


「それで、どうするつもりだ?」

「うーん……親玉次第ですね」


ロイズは答えようがないといった感じで虚空を仰ぐと、やがてブランヒルに手のひらを向けながら(うそぶ)いた――



一方で、ブランヒルを残して駆け出した一団は、退路を確保しつつ味方の反撃を待つという、隊長が描いた案を実行すべく、ひたすらに北を目指した――


「……」


表情は、一様に暗かった。

無理もない。途中でダイルを失ったばかりか、隊長(ブランヒル)までもが戦列を離れたのだ。


「どうする?」


最後尾を走る長身(ベインズ)が、先頭を走る同僚(カプス)の短い黒髪に向かって尋ねた。


「……先ずは、進入路の確保だ」


退路と口にしないのが、せめてもの意地だろうか。

背中からの問いかけに、カプスは後方を確認するために少しだけ視線を預けると、自身にも言い聞かせるように短く答えて、再び視線を前にした。


「……」


追手の数は、思った以上に少なかった。

意味するところは、北の城壁までは見逃してやる。もっと言うなら、そのまま逃げ帰れという意思表示。

カプスは後ろ髪を引かれながらも前へと足を進めつつ、冷静な分析を行った。


市中を抜けて、真っすぐに目指した北側では、相変わらずの乱戦模様が繰り広げられていた。

しかしながら実際のところ、彼らに続いて市中への侵入を果たした者は皆無で、状況は明らかに防衛側に分があった。


「使える梯子は、どこだ!?」


足場は崩落したが、梯子の殆どは保たれている。

それでも()みざんまでもが無事かどうかは分からない。

劣勢の仲間たちに自身の存在を伝えると、カプスは恐らくは生きている、自身が侵入を果たす為に使った梯子の前で翻って、仲間の進路を確保した。


「う……」

「これは……」


南側が視界に入ると、黒煙が空を覆うほどに立ち昇っているのが飛び込んだ。


「完全に、仕切り直しだな……」

「ああ……」


北の城壁を背後にしながら、南の戦線を思いやる。

仮に突っ込んでいたら、全滅は免れなかった。隊長の撤退命令は正解だ――


しかしながら、命を賭した末の撤退という決断は、精神的な負荷がとてつもなく大きかった。

結末を語るカプスとベインズの全身を、たちまちに徒労感が襲った――


「お前、足……」


並び立った事により、ベインズの負傷した左足に、カプスが気付いた。

心なしか、カタカタと震えているように見受けられた。


「こんなもん、かすり傷や」

「……」

「俺は……ここを守る。お前は、敵を削れ」

「……分かった」


梯子の位置は動かせない。

味方の兵士が姿を現す場所が同じでは、矢羽に狙われるのは当然だ。

それを少しでも回避する為には、危険を承知で切り込んで、敵の狙いを分散する必要があった。


「もう一つ、確認だ」


長身のベインズが、続けて口を開いた。


「なんだよ」

「攻めるのはお前。守るのは、俺の役目だ。撤退する時は、お前が先だ」

「なんでだよ!」

「この足じゃあ、梯子は厳しいからな。それに、お前にはニーナちゃんが居るだろ?」

「はあ? お前なあ……」


思いもよらない名前が飛び出して、童顔のカプスが怒りを灯す。

行きつけのお店の、初恋の少女の面影を残す小さな女の子……


「そうじゃねえよ。俺が、()()()報告をあの娘にしたくないってだけだ!」

「……」

「お前は、絶対に生き残れ!」

「元から、そのつもりだよ!」


丸顔に厳しい表情を作って吐き捨てるように言い放つと、カプスは前へと飛び出した。


「カプスに続ける者は、続け!」


援護の声を、ベインズが飛ばす。

相当の力量が無ければ単騎で突っ込む事など出来ないが、そこは城内に侵攻しようという部隊である。

カプスに続けと、ブランヒル隊の生き残りが中心となって足を踏み出すと、乱戦模様を拡げる為に、意図的に分散して戦うよう努めた。


「きゅ、弓兵は、壁のうぇを狙ぅように!」


大将軍(グレン)から北側の守りを託されたルーベンが、指示をする。

兵士としては細身で見劣りするが、グレンが託す人物だけに、他者に比べて視野が広く、機転が利いた。


戸惑う事が無いように、弓兵に対しては加勢に現れた上方の敵のみを対処させ、槍兵に対しては、目の前の敵だけを相手にするよう、役割分担を明確にしたのだ。


彼の指示により、スモレンスクの副将の合流で変化が生まれそうだった戦場の空気は再び引き締まり、またもや膠着状態を生み出すのだった――



「マルマ、戻りました」


南から快足を繰り出して、城門に掛けられた石橋を渡って城へと戻り、石畳の廊下を走り抜け、息を切らしながら大広間へと戻ったマルマは、左手を石壁に添えて少し肥えた身体を支えながら、先ずは一声を発した。


「どこ行ってたの!」


たちまちに、苛立ちを隠せないアンジェの厳しい声が飛んできた。


「え……」

「ライラが、北の給水所に行ってる。あなたも行って!」

「は、はい!」


事態が呑み込めない。

しかし、反射的にアンジェの指示には身体が動く。


今度は西の門から飛び出して、マルマは残る体力を振り絞って、北へと急いだ――



「来ないかぁ……」


一方で、トゥーラ城の三階。居住区を抜けた辺り。


屋上へと続く梯子の下で、生気を失った青白い顔を浮かべた小さな王妃は、ぺたんと腰を落として赤みの入った髪ごと背中を石壁に預けると、丸い輪の中に描かれた薄曇りの空を見上げながら、戻る事の無い親鳥を待つひな鳥のように、か細い声を放つのだった――

お読みいただきありがとうございました。


イメージですが、各話の主な描写箇所になります。

挿絵(By みてみん)

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