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小さな国だった物語~  作者: よち


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52/218

【52.進退】

トゥーラの城壁を越えた侵略者(スモレンスク)の一団は、南の都市城門を目指してひたすらに走った。


「ダイルとベインズは、付いてきているか?」

「……ベインズは、追ってきます」

「そうか……」


後方に一瞬だけ視線を送ったブランヒル。部下の報告に、無念を含んで呟いた。


残りは9名。

それでも足を止める訳にはいかない。

このまま南の城門まで突き進み、相手の守備隊を内側から攪乱し、主力(バイリー)が率いる南からの進軍を助ける。そしてあわよくば、城門を内側から開放する――


少人数の彼らの作戦は、実にシンプルなものであった。


「うん?」


彼らがトゥーラ城の西門を左に認めたところで、正面左右から長槍を持った数人の兵士が現れた。

ザッと一列に並んで行く手を阻もうと、長槍を中段に構えている。


「突っ込むぞ!」


元より覚悟の上だ。

一段と加速して勢いを付けると、ブランヒルは長槍の間合いを計った上で、高く上へと跳ね上がった。


向かってくる相手の動きを追いかけて、居並ぶ兵士の目線が思わず上がる。


「うわっ!」


隙を作ったブランヒルは、着地の体勢は低くして、勢いを殺さずに前へと跳ねると、長槍の穂先の下に身体を潜り込ませ、短く持った槍で敵の腹部を打突した。


「おらぁ!」


隊長に続けと、怯んだ長槍をカプスが渾身の力で薙ぎ払うと、開いた活路に後続の兵士が雪崩れ込む。


「わあああ」

「くそっ。怯むな! 止めろ!」


幾ら抵抗の声を発しようと、間合いを詰められてしまっては、槍兵に抗う術はない。

結果、侵攻を止めるべく居並んだ真ん中を、綺麗に割られてしまった。


「な……うわっ!」

「うおっ!」


次に響いた驚嘆は、ブランヒルとカプスのものだった。


敵の間を割った先、目の前の十字路に、木製の柵が並んで置かれてれているのが目に入ったのだ。

加えて左右の路地からも、ガゴンと音を立てて同じような柵が二つずつ転がってきた。

思わぬ形で足を取られた両名の身体は、柵に突っ込むようにして乾いた地面へと叩きつけられた――


「今だっ! 仕留めろ!」


三方から取り囲んだトゥーラの槍兵が、一斉に襲い掛かる。


「させるか!」


隊長の窮地に、ここまで共に従ってきた部下達が、獲物を捕らえんとする槍の穂先たちを懸命に払い()けた。


「くそっ! 次から次へと……からくり城かよ……」


小さな恨み言を吐いたブランヒルが身体を起こすと、一隊はお互いが背中を預け、上から見ると円を描いたような、方円の陣形に構えた。


「観念して下さい……」


その時だ。ブランヒルの両耳に、聞き覚えのある落ち着いた若い男の声が届いた。


「ち……」


奥歯を噛んで、顔を向く。


彼の視界に入ったのは、息を整えつつ、ゆったりとした足取りで近付いてくる、槍を手にした若き美将軍の姿であった――



「やっと、追いつきましたよ……」


市中の外周を先回りしたライエルは、息を整えながら槍を構えると、侵略者を囲う兵の輪の中に、スッとその身を加えた。


「……」


南の城門までは100メートル。

東西と南の路地を塞がれて、退路は引き返すことになる北側のみ。

一丸となって突撃したならば、あわよくば辿り着けるかもしれない……


「なっ!?」


窮地に立たされて、甘い見通しが迫る状況下。ブランヒルの目が大きく見開いた。

都市城壁。向こう側に向かって、子供が毬を放るように、黒い塊がぽーんぽーんと飛んでいくのが目に入ったのだ。


「私達も、勝たねばなりません……」


それが何であるのか、この場で知るのは美将軍(ライエル)だけだった。

やがて城門の向こうから、濛々(もうもう)とした黒煙が、これから始まる惨劇を伝えるかのように、不気味な意志となって昇り始めた――


「わあああああ!」

「火だ!」

「逃げろ!」


黒煙の向こうから、(わめ)き声と共に状況を知らせる悲痛な叫びが沸き上がる。

小型の投石器からは絶え間なく油の入った壺が飛んで行き、続いて火種となる、紅蓮の炎を纏った矢羽たちが、追い掛けるように城壁の向こう側に消えて行った――


「ああ……」


立ち昇る黒煙が、空の青を奪っていく。

スモレンスクの一人の兵士が、意気消沈するような声を思わず漏らした。


「……」


だが、一番の衝撃を受けたのは、他でもない隊長(ブランヒル)だった。

バイリー隊の状況が、彼にだけは明確に想像できたのだ――


「や……」


およそ10年前が蘇る。手首を拘束し、麻紐で連なった捕虜に油を撒いて、焼き払った罪悪感。

どうなるかを描いても、直視は畏れた。背中を向けたまま、火の付いた松明を後ろに放った――

その後に響いた断末魔。初めて嗅いだ、耐え難い臭いたち……


「やめろおぉぉ!」

「隊長!?」

「ブランヒルさん!?」


無駄肉の無い引き締まった顔には脂汗。ガタガタと震え出したブランヒルが、錯乱したように飛び出した。急なる動きに立ち遅れ、背中に向かってカプスと兵士の声が飛んでいく。


「ふん!」


闇雲に放たれた片鎌の槍の穂先を、ライエルは難なく受け止めた。


「勝負ありです」


そして一歩を踏み出すと、交差する互いの柄を間に挟み、諭すように、静かに結論を口にした――


「勝負……あった?」


ブランヒルが支える槍の穂先から、殺気が抜けてゆく。

抵抗を止めるため。これ以上の損害を出さないようにと非情を貫いたあの時と、同じだと言うのか……


「ばかな……」


状況が違う。

あれは劣勢が明らかになった敵に撤退を促すためにやったもの。言うなれば、慈悲である――


「馬鹿を言うなっ!」


正気に戻ったブランヒルが、ライエルの言葉をハッキリと否定した。

槍を構える剛腕に、力強さが戻ってゆく。


「私達も、ここまではしたく無いのです」


怒りを受け止めて、今度はライエルが呟いた。

吐き出した言の葉は、小さな国の偽りない、紛うことなき意志である。


昨晩届いた甘っちょろい文言も、偽りなき願いだったのだ――


「だがな、一線超えたら、退けねえんだよ!」


望みの放棄はありえない。

言い聞かせるように口を開くと、ブランヒルは都市城壁を確認すべく、もう一度南に目を向けた。


「……」


濛々(もうもう)と、黒煙の勢いは増していた。

加えて当初ほどでは無かったが、引き続き投石器からの砲弾が、高い弧を描き、黒煙の向こう側へと消えていた――

都市城壁の手前では、トゥーラの弓兵(きゅうへい)が隊列を組んで城壁の上に狙いを定め、姿を現した敵を射殺そうと、構えを取っていた。


「く……」


視界に映る敵の弓兵は、動かない……

即ち、仲間の動きは止まっている――


それでも諦め切れないブランヒルは、首を左右に振って、縋るように戦況の確認をしてみせた。


「……」


しかしながら、どちらも膠着状態を抜け出す状況には無かった。

無理もない。東西を指揮する隊長は、今、自らの背後に居るのだ――


「このままでは、あなたの後ろにいる方々も、助からない。良いのですか?」

「……」


少年のような面影の残る敵将が、落ち着いた言葉で諭してくる。

感情に任せて反論したいところだが、状況は明らかに劣勢で、有利な条件は見当たらない。


「くそっ! 下がるぞっ!」


弱気が顔を出した。今なら間に合う。この機を逃せば、退路が消える。


進むより、退く判断の方が難しい――


10年も前、非情な手段を使って相手に退く判断を促した。

皮肉なもので、場所は違えど同じ手段で、退却の判断を口にする――


「退くのですか?」

「ああ……」


背後の丸い童顔が驚くと、ブランヒルは交わしていた槍の柄を引き(ほど)き、身体は前に向けたままで、仲間の輪の中へと足を戻した。


「俺達だけでは厳しい。一旦退くぞ」

「くそっ」


無念な思いは、皆同じ。受け入れ難い現実を受け止めて、カプスはぎゅっと奥歯を嚙み締めた。


「ブランヒルさん! 囲まれます!」

「ちっ」


後方を守るベインズが、唯一の退路である北からの人影を察した。


「ロイズ様! あそこです!」

「……様?」


続いて後方から聞こえた敬称に、ブランヒルの瞳が光った。

振り向くと、5名ほどの重装備の槍兵が、一人の男を囲いつつ、駆けてくる。


「ロイズ様! 逃げて!」


戦場に、若き美将軍(ライエル)の悲痛なる叫び声――


「行くぞ!」


その声が早いか、ブランヒルは踵を返して北へ、すなわちトゥーラの国王へ、獲物を捉えた肉食獣の如く駆け出した――

お読みいただきありがとうございました。

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