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小さな国だった物語~  作者: よち


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50/218

【50.守備線】

北側から梯子を登り、身を乗り出して城壁を越えたスモレンスクの副将は、急角度の石壁を躊躇なく滑り降りると、ついにトゥーラの城内へと足を踏み入れた。


「ブランヒルさん!」

「来たのか……」


槍を右手に持って走ってくる弟分(カプス)。丸みを帯びた十代半ばにも見える童顔が、今は頼もしく思えた。

片鎌の槍を構えたままのブランヒルは、労うでもなく、ただ一言だけを呟いた。


トゥーラの美将軍(ライエル)と対峙していたブランヒルだったが、崩された足場と共に落下した味方を救うべく、城壁の真下に向かった。

その結果、城壁を背にした状態で敵の兵士に囲まれてしまったのだ。


そこをカプスが囲いの背後から飛び掛かり、一人の足を折って突破口を作ると、ブランヒルの右側に並び立った。


「状況は?」

「良くはないな。だいぶ、減らされた」

「……」

「後ろは、どうだ?」

「問題ありません。あと、ベインズも、すぐに来ます」


足場を崩された衝撃で、負傷した者は少なくない。

そんな中でも立ち上がり、城壁に背中を預けながらも槍を前へと向ける者。腰をやられて立ち上がる事も敵わぬが、弓を構えて戦う意思を表す者がいた。


窮地の中。なおも戦う意志が宿るのは、部下を見過ごす事無く駆け付けた副将(ブランヒル)に報いる為である。

カプスの声を耳にして、悲壮感の漂っていた兵士達の表情に、明るさが灯った。


「お節介が、過ぎるな」

「日頃、お世話になってますんでね」


口角を僅かに上げたブランヒルに、カプスは軽妙な言葉を返した。


「ん?」

「どうかしましたか?」

「そう言えば、ベインズは高いところ、駄目じゃなかったか?」

「あ……」


兄貴分の発言に、カプスの表情が停止した。

長身であるにも拘わらず、いや長身ゆえなのか。ベインズは2階の高さでも真下を見ると、脂汗が吹き出すほどの高所恐怖症であった。


梯子を登っている時は空の青だけを見ている。

しかしながら、城壁の向こうに視界が届いたら、高低差10メートルの景色が待っている。

足が(すく)んで目を瞑る。高所恐怖症の人間に、どうやって降りろと叫ぶのか――


「左へ、移動しましょう……」


どっしりと片鎌の槍を構える兄貴分に身体を寄せると、カプスが呟いた。

城壁を越える直前、左下にはベインズの姿が覗いた。

10メートルも左へ移動すれば、真上にベインズが姿を現して、自分達を視界に入れるだろうと踏んだのだ。

もしかしたら、恐怖に打ち克つ事ができるかもしれない――


「……分かった」


睨み合って膠着状態の続く現状は、射撃塔の二階や三階に配置された弓兵の的になる。

承諾したブランヒルは、左前方へと大きく跳ねるように一歩を踏み出すと、槍を(かざ)して二人を囲う兵士を牽制し、次に左後方へと右足を戻した。

それを5回ほど繰り返し、戦場を左へと移動した。


(すまんな……)


しかしながら、二人の動きに付いてこれない負傷兵は置き去りとなる。

たちまちに捕らえられる仲間を見やって、ブランヒルは心の中で静かに詫びるのだった――



「城壁の上を、狙ってください!」


二人が容易に戦場を移動できたのは、ライエルがその相手をしなかった事も要因である。


勿論ブランヒルが危険人物だという事は承知をしているが、今現在の優先事項は、一人と対峙する事ではない。

侵攻を許した北側の部隊を立て直し、個々人の役割を再認識させる事なのだ――


(こんな小さな国に、あんな奴がいるとはな……)


見るからに若い。

しかし、その献身的な働きと視野の広さ、冷静な判断力は、自身の若い頃と比べても同等以上に思えた。


ブランヒルは自らを包囲する敵兵の向こう側で、槍を手にして指示をする、後でもう一度対峙することになるであろう若者に対して、最大級の評価を与えるのだった――


それは即ち、後の禍根を絶つという思いを、併せ持つという事に他ならない。



「ひぃ……」


二人の侵略者の頭上から、全く覇気の感じられない聞き覚えのある声が届いた。


「やっと来たか……ベインズ! 早く下りてこい!」


カプスが警戒しながら顎を上げると、頭上へ届けと叫んだ。


城内に降り立って、崩れそうに見えた敵陣だったが、ライエルの指示によって息を吹き返した。城壁の上に姿を見せた時点で矢羽が飛んできて、石壁を滑り降りたところで槍兵が襲ってくるのだ。


味方の数は、一向に増える気配がない。時間を浪費する余裕も無くなってきた。

数を頼りに南の城門を目指すつもりであったが、こうなっては質にも頼らざるを得ない――


「ベインズ! 支えてやる! 落ちてこい! 傾斜があるだけマシだっ!」

「は……はい……」


続いてブランヒルが声を上げると、脂汗を流したベインズは、顔面蒼白になりながら、なんとか左足を城壁の上に上げようとしていた。

言われた通り、いまさら戻る事など不可能だ。恐怖心と使命感の狭間にあって、僅かだけ、後者が勝っていた。


「……」


だが、瞼は震えて閉じたまま。

開いた瞬間に、石化する化け物を見たかのように、身体が硬直する気がした。

そう考える時点でダメなのだが、考えずにはいられないから恐怖症なのだ――

のそっと動きの遅い長身の男が、城壁の上でナメクジのようにへばりついている。


(いて)え!」


当然、射撃塔の弓兵からは標的にされ、そのうちの一本が、甲冑の胴体部分に当たった。


「ぐおっ」


次なる一矢は、左足の脹脛(ふくらはぎ)を掠めた。すね当てのある表とは違い、裏側は甲冑で守られてはいないのだ。梯子を登る為に軽量化を図った為であり、仕方がない。


しかしながら、痛みによる怒りが、ベインズの使命感を奮い立たせた。

動けぬままで果てるより、城壁を越え、敵をぶっ倒すという強い闘志が(まさ)った。


「くそっ」


壁と対峙した状態で滑り降りれば、見下ろす事もない。

腕力だけで身体を浮かせ、鈍い痛みが走る左足を城壁の内側へと移動させたベインズは、次に都市城壁の外側にある右足を、城壁の上へと持ち上げた。


「うおっ!」


続いて壁の上部を掴んだまま、敵に背中全部を一旦見せるも、体勢を確保するつもりだった。

しかしながら負傷した左足は、彼の重力を支えることが出来なかった。


「うわああああ!」


悲鳴を上げながら、長身の男がずるずるっと急斜面の石壁を落ちていく。

予想外の状況に、手のひらや太い腕に多数の擦り傷を作ったが、結果として早々に侵入を果たす事に成功をした。


「お……お待たせしました……」


石積みの壁に両手を付けたままの状態で、脂汗を浮かべた面長を左に向けると、ベインズは生気を戻した。


「……」

「お……おう」


カプスが丸い童顔に呆れを浮かべると、ブランヒルはとりあえず了承を伝えた――



「市中に切り込むぞ!」

「はい!」


ベインズが戦列に加わって、質の解消は果たした。

戦場を分散させる事により、集約している敵の防御網を広げる事ができる。


「城門までは、距離がある。市中に入って、東西、どちらかの背後を衝く!」

「おう!」


率いる一団は、カプスとベインズが加わって総勢10名。市中を移動するには丁度良い。

膠着状態から一転。確たる目標が定まって、彼らの士気は一気に上がった。


「声は出さん! 付いて来いよ!」

「はい!」

「はっ!」


返事があったり頷いたり、それらを確認したブランヒルは、若い敵将の位置を注視して、背中を向けた瞬間を狙って飛び出した。


「うわっ!」

「行ったぞ!」


トゥーラの兵数も、決して多くは無い。

腕に覚えのある集団が一方向を襲っては、突破されるのは必然であった。


「俺たちは、行くしかねえんだよ!」

「くそっ!」


先ずは市中に入ることが目的だ。

守備線とは言っても、一つの路地を数人で守っているに過ぎない。


転がっている砲弾という名の岩石を踏み台にして跳び上がり、防御柵を上から蹴り倒して突破口を開いたブランヒルは、片鎌の槍を振り回して市中へと足を踏み入れた――


「私が行きます!」


それに気付いたライエルは、別の路地から全速力で南の方へと駆け出した――

お読みいただきありがとうございました。

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