【45.王妃の代役②】
「リア様の、代わりですか?」
夜明け前。
螺旋階段の手前でロイズに呼び止められた細身の尚書は、薄い顔に驚きの表情を浮かべた。
「弓兵が退がると、城壁の向こうが見えなくなる。あいつの代わりに、監視を頼む」
「……わかりました」
他の誰でもない。
憧れを抱く王妃の無念を、目の前の男の次に知っている。
細い瞳に覚悟を宿したラッセルは、渡された使命を短い言葉で受け取った。
「あ、一つだけ」
「なんでしょう?」
前線へと向かおうとしたロイズが振り向いて、最後に一つを伝えた。
「今は静かだけど、アイツは北を気にしてた」
「……分かりました」
城門の反対側。動きの無い理由としては、明瞭である。
それでも不気味には違いない。ラッセルは王妃の懸念を受け入れた――
「屋上に、一人居るな……」
北側へと移動したスモレンスクの副将は、ナラの大木に登って様子をうかがうと、都市城壁の上に浮かんでいる城の屋上で、大きな手振りで指示を送る人影に気が付いた。
(昨日も、居たのか?)
ふと、頭を過ぎった。
しかし記憶を辿っても、青い旗が4本、四方で靡いているだけである。
「ベインズとカプスに連絡を!」
「は!」
眼下の部下に命じると、ブランヒルは地面に降り立ってから、木々の茂みに軍を潜めた――
「西側のカプス隊より、伝達です!」
ブランヒルの作戦が、南側で戦況を窺っていた直属の上司であるバイリーと総大将に伝わった。
「ワシも、北へ向かう」
内容を耳にして、ギュースは切っ先の太い特製の槍を手にすると、100キロを超える体躯ながら易々と馬に跨って、短期で北へと駆け出した――
「南の城門を、内から開けるぞ!」
剃った頭には、うっすらと汗が浮かんでいる。
残ったバイリーが、居並ぶ兵士に向かって作戦を伝えた。
「見ての通り、相手は城壁から退いた! これより、落とし穴に梯子を掛けて、正面から突っ切る! 梯子を用意しろ!」
「は!」
その時が来た――
将軍の言葉を耳にして、先ずは半数の兵士が林の中へと移動した。
「残りは、2隊に分ける! 落とし穴の左右から迂回して、なるべく中心に梯子を掛けろ! 角度は厳しいが、風は追い風だ。梯子は倒されぬように、隣同士を固く結べ!」
「はっ!」
続いて残りの隊列が、指示を仰いで二手に分かれた――
「俺たちが、手柄を上げるぞ!」
東側で、長身の副将が叫んだ。
「おう!」
「目指すは城門だ! 何としても乗り込んで、内側から開けるぞ!」
投石器が東に回される事は無かった。
それでも彼は、トゥーラの国王が指揮する士気の高い相手に対して、先ずは忠実に、弓矢で以って牽制をしていた。
「投石器、来ます!」
そんなところへ、援護の投石器がようやくやってきた。
城壁の上にはトゥーラの弓兵が居座っている。
「どこを狙いますか?」
「南だ!」
それでもベインズは、一点突破の明確な指示を伝えた。
「ここまでか……」
投石器の姿を認めると、トゥーラの国王は城壁に設けた足場の上で無念を呟いた――
「……」
一方で、屋上ではリアの代役を務めるラッセルが、細い目を更に細くして、薄い顔に怪訝な表情を浮かべていた。
動きのあった南側。兵士が手にする梯子の長さが、明らかに短い。
10メートルもある都市城壁の上までは、到底届くとは思えなかった――
「あ……」
暫くの時間を置いて、相手の意図が明らかになる。
ラッセルは西側の対処に向かっていたグレンに向かって、大きく両腕を振って危険を知らせた。
「南?」
彼の動きを注視していた総大将。引き連れた部下には西側の援護に向かうよう指示すると、自身は単身で南に引き返した。
「グレン様ぁ!」
南の都市城門。城から伸びる一本道を、女中のマルマが快足を飛ばしてやってきた。
肉付きの良い体型をしている彼女だが、足は速いのだ。
「ラッセルさんからです!」
小石を紙片で包んだものをマルマが手渡すと、城壁の向こう側の状況をグレンが認知する。
本来ならばリアが手旗を振って知らせるところだが、不可能となった。
ならばとラッセルが、マルマに託したのだ。
「ありがとう。ここは危ない。早く、城へ戻って!」
「はい」
「南側にも、敵が来るぞ! 準備しろ!」
緊張を含んだグレンは上空を確認してから感謝を伝えると、自らの部隊に大声で指示をした。
足場の悪い中、スモレンスクの兵士は城壁の向こうから飛んでくる矢羽と砲弾を躱しながら、数人がかりで長梯子を抱えて城壁へと取り付かなければならない。
続いて重力に逆らって立て掛けて、足元を人力で固定する。それから長いが故に安定しない、風に晒されて揺れ動く梯子を登るのだ。
都市城壁を登った先では、トゥーラの弓兵と投石兵が狙いを定めて待ち構えている。
盾を翳して城壁を越えたとしても、足場の先には落差10メートルが控えていて、地面に降りたところを槍で襲われる。
数で勝っていようとも、簡単に成し遂げられる任務ではない――
「そろそろ来るぞ!」
援護の砲弾が減ってきたのを察すると、グレンが大声で叫んだ――
グレンが、ライエルが、ロイズが、それぞれに指揮を執り、或いは鼓舞をする。
スモレンスクが持ち込んだ投石器は全て配備され、南側、都市城門付近の攻防はいよいよ激しいものとなっていた。
東からの投石器の砲弾は、長身の副将の指示により、唯一存在する南側の都市城門付近を標的にされ、左右に対して無防備なトゥーラの兵士は旗色を悪くした。
加えて南から、高い弾道を描いて砲弾がやってくる。更には城壁を越えようとする相手とも対峙しなければならない――
持ち堪えていた東の城壁も同様で、梯子が一つ、また一つと掛けられていった。
それでも投石器による砲弾が少ない分、他よりマシである。
射撃塔を兼ねた住居の二階や三階で配置に就いていた弓兵が、手ぐすねを引いて侵略者が姿を現すのを待っていた。
一方で、朝から激しい攻防が続く西側は、数に劣るトゥーラの兵士にはっきりと疲労の色が見て取れた。それを悟ったルーベンが、北側から援護に出向く――
そんな情勢を、ラッセルは城の屋上の南側に立ち、手に汗を握りながら観察をし、都市城壁に向かってくる侵略者の動きを凝視していた。
中でも国王であるロイズは、絶対に見失ってはならない。ロイズもまた、そこは理解して、東側で指揮を執りながらも最前線に立つような真似はせず、屋上から姿が分かるようにと、意識的に立ち回っていた。
本来ならば、リアの大きな瞳が探せるように――
(ん? なんですか?)
眼下の国王が、ふっと振り返った。
ラッセルは、彼の視線が自身に向けられている事を悟った。
(え?)
視線が合って、大きく口を開けている。右腕を横に伸ばしながら、何かを叫んでいるようだ。
(キ……タ……)
理解に及んだ刹那。尚書は自身のこめかみ付近から、血の気がさぁっと引いて行くのを感じた――
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