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小さな国だった物語~  作者: よち


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40/218

【40.援軍要請】

描いた放物線は、必ず当たる。


それほどまでに、トゥーラの都市城壁の東西は、スモレンスクの兵士で溢れかえっていた。


思惑通り。深く小さく掘った落とし穴が侵略者の歩みを遅らせて、負傷した兵士が新たな障害となり、進軍を更に遅鈍なものにしている。


「一部は、援護に回えぇ!」


唯一動きの無かった北側の城壁で、ラッセルの代役として指揮を担うルーベンが、拙い滑舌を披露した。


トゥーラ側の視点では、概ね作戦通り。


グレンが西側と南側の指揮を執り、若き美将軍ライエルは射撃の腕を披露。

国王ロイズは東側を担当し、国王付きのラッセルは、連絡係として走り回っていた――


「向こうからも、撃ってくるぞ!」


都市城壁の足場では、警戒の声。

壕を越えて足元を固めた侵略軍が、新たに弓兵を送り込んできた。


城壁の上。射程距離は勝る。未だ、慌てる状況には無い。

それでも数に劣るトゥーラ側。弓兵同士の消耗戦は、避けたい事態であった――



「そろそろだな……」


南側。頭髪を綺麗に剃ったスモレンスクの大将が、スッと右手を掲げながら呟くと、盾を両手に持った重装歩兵が横並びに林から現れた。

その背後には、強弩隊が並んでいる。


「行け!」


バイリーの号令に、重装歩兵が眼前に二つの盾を翳して進みゆく。

落とし穴の手前で固まって、その背後から強弩を放つのだ。


射程距離と威力に勝る。しかしながら矢の装填には時間が掛かる。

静止したまま放つことになるので、狙われやすい。強弩とは、そういう武器だ。


東西で戦闘が始まり、側面からの狙撃も減っている。

トゥーラの武器に強弩が少ない事を見切ったバイリーは、遠距離からの援護を用いた。


「むん! さあ! ここからだ!」


都市城門の上。飛んできた矢羽を剣で叩き落とすと、グレンが鼓舞をした。


二つの落とし穴を挟んだ、城門までの100メートル。

重要地点を巡る攻防が、再び始まった――


「弓兵は、南側を狙え!」

「南だ! 南を援護しろ!」


ベインズとカプス。副将の両名は、東西でそれぞれに叫んだ。


「重装歩兵と、強弩隊を用意!」


トゥーラの弓兵は、南側に意識を向けている。

続いて両名は、バイリーに倣った部隊編成を命じた――



「あの壁に居る奴ら、ほんとに邪魔だな……」


スモレンスクの本陣。並び立つ大将のバイリー、副将ブランヒルの背後から、総大将ギュースが呟いた。

都市城壁の上から注ぐ矢羽に意識が向かうあまり、城門の前、左右に設けられた防御壁から撃ってくる弓兵に、足を射貫かれて動きが止まる者が目立っている。


「どうしますかね……」

「そうだな。歩兵を突っ込ませるか、騎馬で突っ込むか……」


頭髪を綺麗に剃ったバイリーが、振り向きながら尋ねると、ぼわっとした赤髪を肩まで伸ばしたギュースが、丸太のような右腕を、頭上に張り出した松の枝に預けながら呟いた。


「騎馬では、生きて帰れないでしょう……」


安易な発言に、微動だにする事なく、ブランヒルは背中で語った。


総大将の意見。

命令とあれば従うが、下される前に反対の意思表示だけはさせてもらうという、彼なりの矜持が見て取れた。


「そうだな……歩兵で崩すしかないか……」


騎馬で中央突破を図っても、馬が射貫かれたら道を塞ぐ。

防御壁まで辿り着く可能性は、極めて低い。


赤い髪を右手で掻きながら、ギュースは溜め息交じりに吐き出した。


「そうですね……ですが、指示を出さなくても良さそうですよ?」


ブランヒルが左右を見やると、ギュースとバイリーも視線を動かした。


視線の先には、重装歩兵と強弩隊。

東西なら、城壁に接するのはそれほど難しくは無さそうだ。


「側面からの攻撃が始まったら、合わせて突撃しましょう」


ブランヒルは二人の弟分を頼もしく思いながら、明るい見通しを口にした――



 ヒュン


西風に乗った一本の矢羽が、都市城壁の内側で跳ね落ちた――


「射手の入れ替わりを! 女性は、後方へ下がって下さい!」


ライエルが、城内に向かって叫んだ。


足場の上は、横一列。対する侵略軍は、形骸化した壕を渡って続々とやってくる。

したくなかった消耗戦は、もはや避けられない――


軽装の兵を下げ、鎧を纏った射手に替えるのは、犠牲を減らすため。

しかしながら、鎧を纏っては、どうしたって射撃の間隔が空いてしまう。


「ぐあっ」


開戦から8時間。

ついに侵略者の放った矢羽が、トゥーラの兵士を捉えた――


刹那、呻き声に膝を折る。


「撃たれた者は、場所を空けるように!」


甲高いライエルの指示が飛び出すと、控えの兵がスッと前に出た。

ライエル自身も鎧を纏い、引き続き射手として残るつもりだ。


「将軍に頼るな!」

「おう!」


鍛え上げた年上の部下たちが、鼓舞をする。ライエルは弓を引きながら、誇らしくなって思わず頬を緩めた――



唯一平穏な北側。


「西?」


城壁の下でラッセルは、薄い顔に備わった細い眼で、城の屋上を見やって呟いた。


開戦前。城の屋上では四方で青い旗が靡いていた。

それが現在では、西側の旗のみが黄色に変わっている。


この旗は、戦場を唯一俯瞰できる王妃が、戦況に応じて差し替えているのだ。


「ルーベンさん! 西側の援護、向かって良いですか!?」


階級は上。それでも指揮権はルーベンにある。

難しい立場に身を置くラッセルが、都市城壁の上で指揮を執る、滑舌の悪い細身の男に指示を仰いだ。


「……」


敵が目指すのは、南側の都市城門。

包囲戦を仕掛けてくるにしては、動きが鈍い。

東西からの攻勢が順調ならば、敢えて一番遠い北側は、攻め手から外すこともあり得るか……


「はい! お願ぃすます!」


城壁の外側を確認すると、東西に流れるウパ川の手前では、連絡役の騎兵が動くことはあっても、多数の兵団は窺えなかった。


「よし! これから、西側の援護に向かう!」


ラッセルは頷くと、築かれた石壁に背中を預け、上からの指令を待っている10数名の兵士に向かって叫んだ。


「……」

「あ、あれ?」


しかし、反応が鈍い。殆どの兵士は微動だにしなかった。

手前にいる数人が、ふっと顔を覗かせたくらいである。


「おぃ! おまぇら!」


頭上から、ルーベンの声が響いた。


「その人は、ロィス様の補佐官ら! 付いてぃけ!」

「は、はい!」


瞳を戻すと、列の先頭で馬に跨った華奢な男は、部隊長の青い腕章を付けていた。


(この人が、部隊長?)


見るからに威厳が無い。

歴戦の兵士は走り出すと、目の前の華奢な丸い背中と腕章を見比べて、首を傾げた。


「伝えておくべきだったか……」


指揮権を預かった事により、得意となって指示を飛ばしたが、一部に困惑を生んでいる。


遠ざかる背中の一団を眺めながら、ルーベンは伝達ミスを悔やんだ――


「ライエルさん! 北から、援護に来ました!」

「よし! 鎧を着ている者は、射手の交代を!」

「……」


やがてラッセルが口を開くと、見張り台の上で弓を引きながら、ライエルが指示をする。


美将軍との会話を認めると、同行した一団は、目の前の華奢な男が自分達の部隊長なのだと納得をした――



スモレンスク軍の勢いが、ジリジリと増していた。


東西の都市城壁を巡る攻防は、既に消耗戦に突入している。

開戦当初は雲に向かって放たれていた矢羽たちが、今や眼下の敵にのみ向けられていた――


「……」


トゥーラの一番高い場所で、赤みの入った癖毛を背中に回した王妃が、空一面に拡がる薄い雲の向こうを眺めた。

雲を突き抜けんとする白い輝きが、初日の残り時間を表している――


(今日は、大丈夫かな……)


同盟を結ぶリャザン公国からの援軍が、明後日には着く筈だ。


スモレンスクの軍勢がカルーガに現れたと報せが入ると、リアは早急な援軍を要請したが、それから再び早馬を出したのだ。


追加の内容は、スモレンスクの陣容を伝えるものだったが、これにより、速いが脆い、騎馬による先遣隊がやってくる事は、期待できなくなっていた。


「また、早馬を出すのですか?」


敵の軍勢は予想以上。小さな王妃が再び早馬を命じると、尚書が疑問を口にした。


「出すわよ。最後にね」

「最後……」

「最後でしょ。東にも兵が回る筈。『敵多数。陣容整えて、参戦願う』 って伝えて」

「え? 『至急、助けを』 じゃないのですか?」

リャザン(向こう)から、犠牲を出すつもりは無いから」

「……」


ラッセルが再び尋ねると、相応な覚悟がやってきた。


「分かりました」


援軍の到着は、例え少数でも早い方が良い。

王妃の指示に納得できないラッセルだったが、議論を交わす時間は皆無である。黙って従うしかなかった――


(ワルフ、頼んだからね……)


居住区から姿を消す細い背中を見送ると、王妃は目線を高くして、窓越しに、リャザンの方向、東の方を見やった――



「そろそろ……でしょうか?」


南側。スモレンスクの本陣で、ブランヒルが口を開いた。


長身の副将(ベインズ)童顔の副将(カプス)による東西からの侵攻により、城門前の防御壁に陣取る兵に、焦りが見える。


幾多の戦闘で最前線に赴いた男が、放たれる矢羽の劣化を見逃す筈が無かった――


「よし、突撃の用意を!」


バイリーが部下の観察眼に応えると、重装歩兵の一団が林の中で立ち上がる。


「旗を掲げろ!」


続いて総大将(ギュース)の強い声が轟くと、熊を模した紋章。スモレンスクの赤い二本の巨大な旗が掲げられた。


「突撃!」

「おおー!」

「撃て! 撃て!」


二本の旗の間から、重装歩兵の一団が喚声を上げながら飛び出した。

同時に東西の弓隊は、防御壁に狙いを定めた――


「退け! 城門を開けろ!」


敵の動きを察知して、グレンが叫ぶ。

三方向から攻められては分が悪い。貴重な戦力を全滅させる訳にはいかないと、やむなく撤退を命じた。


「城門が開いたぞ! 一気に城内へ突っ込め!」

「おおー!」


勝利条件は、城門突破。

二つの壕を渡ると、城門まで100メートル。


勢いを増した重装歩兵の一団は、城門へと続く幅3メートルの一本道を突き進んだ。


「こっちも行くぞ!」

「おう!」


勢いに乗じて、弓隊の前で壁になっていた、東西の重装歩兵が一斉に立ち上がった。

先ずは城壁に向かって真っすぐ駆けた後、大穴を回避する形で壁に沿って南の城門を目指すのだ。


「よしよし。結局は、人数だな」


スモレンスクの本陣で、立ったまま腕組みをして、頬を緩める総大将。


相手は南に戦力を割くだろう。そうなれば、東西の軍が攻め入って。やがて何れかの城壁に梯子が掛かる――


「変だな……」

「どうした?」


ギュースの前でブランヒルが違和感を呟くと、彼の前で木組みの椅子に座っていた上司(バイリー)が振り返った。


「いや、なんだか……」


果たして、違和感の正体は、スグに明かされた。


数時間前に見たものと同じ光景が、再び起こったのだ。


すなわち突撃する重装歩兵の銀色の背中達が、うわあという悲鳴と共に、滑るように消えていった――


『またか!』


ギュースとバイリーが、同時に声を発した。目の前では、行き場を失った兵士達が、都市城壁の上から降ってくる矢羽の雨に、これでもかと晒されている。


「退却!」


堪らずにギュースが大声で叫ぶと、方々で金属音が鳴り出した。

石を手にした待機の兵が、盾をガンガンと叩いて、これでもかと音を発している。


「誘われましたね……」

「……」


違和感の正体は、閉まることの無かった城門だ。


ブランヒルが称賛すら込めて呟くと、スモレンスクの総大将は悔しさに奥歯を噛んで、わなわなと丸太のような腕を震わせて、潰れるほどに拳を握り締めた――

滑舌について。

滑舌の良くない人の多くは、サ行の発声が難しいと言われます。

例えば「お願いします」が「お願い『す』 ます」に聴こえるのですが、人は普段の会話でも、前後の言葉から意味の通じる言葉へと脳内変換しています。


聞き手によって音の捉え方が違うのは、日本では概ね「ワン」。他国ではバウだったりワウだったりする、犬の鳴き声でも証明する事ができます。


お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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