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小さな国だった物語~  作者: よち


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35/218

【35.開戦】

東の空にほんのりと白が滲んで、闇夜の終わりが告げられた。


攻める側と守る側。双方を緊張が包んでいる。


それでも戦いは、攻める側。


即ち、スモレンスクの軍勢が動いて始まるのだ――



「……」


東の空は白を含んでも、兵士の視界は(いま)だに闇の中。


緊張の時間の継続に、ゴクリと鳴らしていた喉も、そろそろ次を鳴らすのが難しくなってくる。

今か今かと、攻める軍勢が号令を待つ一方で、いつ動くのか、トゥーラの兵士は焦りを募らせていた――


地平線に沿って光が滲むと、ようやくぼんやりと視界が開けてくる。


先ずは高い位置。

監視台や、都市城壁の上に布陣する兵士達が、ようやく侵略者の布陣を視認した。


「予想以上ね……」


小さな王妃もその一人。


城の屋上で、膝立ちをして胸壁越しに眺めた西の方角は、備えた防御柵の100メートル先から林まで。いや、ウパ川の手前まで、敵兵で埋め尽くされていた。


「南は当然として、東もか……」


腰を低くしたままササッと南に移動して、次に東側を眺めると、ロイズからの報告通り、敵の布陣が視界に入った。

どうやら、包囲されている。


「北側は……居ないのかな?」


ウパ川の手前に人影はない。


しかしながら、無視する訳にはいかない。

それでも見えない相手に備えるほど、手勢に余裕は無い。


どうするか……


北側の備えは文官のラッセルに命じたが、指揮権は副将のルーベンに委譲した。

ラッセルに指示を送ったところで、強制力は生まれない。


指揮系統が混乱する可能性を考慮して、リアはひとまずルーベンにその場を任せる事にした。


正確には、彼を推挙した、将軍(グレン)を信じる事にした――



「いくぞ! 先ずは先陣。突撃ぃ!」


夜明けが地表を照らすと、スモレンスクの大将バイリーの大声が南側で轟いた。


闇夜に移動。夜明けと共に突撃を敢行。


短期決戦を目論んだ、予め決められた作戦である。


「こっちも行くぞ!」

「お前ら、俺に続け!」


南の動きを認めると、西側に布陣する童顔の副将(カプス)と、東側を担当する長身の副将(ベインズ)も声を張り上げた。

 

「来たぞ!」

「弓、放て!」


しかしながら、トゥーラの備えは万全だ。

向かってくる相手を傍観していることもない。


都市城壁。四隅の見張り台に備わる複数の強弩から、一斉に矢羽が放たれた。


連射は不可能。それでも威力と射程距離は随一だ。

それらは向かってくる敵軍の中に飲み込まれ、殆どが地面に弾んだ。


しかしながら、それで良い。

何人かが足を止め、強弩もあるぞと士気を削ぐ事ができれば良い。


更には甘い餌に群がる蟻たちに向かって、北を除く都市城壁の三方から矢羽が放たれた。


加えて南の防御壁。強弩部隊。

目線の高さと足元に、矢を射る為の木枠が幾つか嵌め込まれ、先ずは足元に備わる強弩8基から、柵の向こう側に居るであろう敵兵に向かって、食らいやがれと、次々に矢羽が飛び立った。



「怯むな! 進め!」

「先ずは、柵をぶっこわせ!」

「おう! さっさと帰ろうぜ!」


矢羽の雨を防ぎぐため、盾を前に翳したら、視界は塞がれて、どうしたって歩みは遅くなる。

先陣を務める兵士の中には、斧を手にする者もいた――


「う……」

「結構、深いな……」


100メートルの距離を、約3分。重装歩兵の先陣が、翳した盾の隙間から壕の中を覗くと、自然と足が止まった。2メートルは、想像以上に深い。


「ぐあっ」


その刹那、どずっという鈍い音色を発して、一人が膝を崩した。


「うぐっ」

「ぐおっ」


続いて一人。また一人と、絶え間なく正確に降り注ぐ、射撃の餌食となってゆく。


一定距離の射撃訓練を、トゥーラの弓兵は数か月に渡って行っている。


「甘くないか……」


南側の松林。腕を組み、立ったままで戦況を眺めていたバイリーが、苦い表情で呟いた。


「様子見だからな。とはいえ、重装の兵をいたずらに減らすのは、今後に支障が残るな」


届いた発言に、ぼわっとした赤髪を無造作に生やし、100キロを超える体躯を椅子に預けたスモレンスクの総大将(ギュース)は、頭髪を綺麗に剃った男を見上げて懸念を口にした。


ガーン


バイリーが右腕を掲げると、金属質の鈍い音色が、一定のリズムで鳴り響く。


「退却だ! 退け!」

「くそっ」


一斉に、スモレンスクの兵士が翻る。


ヒュン。どす。

ヒュン。ざす。


幾重にも、空気を切り裂く矢羽の唸り声。

鈍い音色(おんしょく)が届くたび、呻き声を伴って誰かの膝が崩れた――


(ひぃ……)


練度の高さは明白だ。次に食らうのは、自分かもしれない……

装甲の薄い。或いは裸同然の背中を見せるのは、恐怖を招く。


それでも集団から取り残されては、狙われる。走るしかない。


「退け! 退け!」


緊張の渦の中。重装歩兵は壕までの距離を走った――


夏の曇天。視界の狭い兜。内部の湿度は急上昇。

訓練された兵士ならいざ知らず、徴兵された民兵の逃げる足並みが、揃うはずもない。


足がもつれて崩れる者。倒れた仲間に気付かず足を取られる者。

前を塞がれた若者が、老兵の肩を掴んで我先にと逃げる様相は、秩序の皆無を表していた――


「うう……」


助けてくれ……

太腿を撃たれた一人の兵士が、地面に腹部を預けながら、それでも前を向く。


仲間は林に消えている。

地面に晒された無抵抗の身体は、格好の標的である。


腕力だけで前進を図っても、重い甲冑を身に纏っては、ままならない。


いまにも撃たれるか……いや、たとえ撃たれなかったとしても、助けは来るのか?


(俺だったら、どうする?)


一つの問い掛けが、彼の頭に浮かんだ――


死線の中。考えても、事態は変わらない。


「ふ……」


それでも生まれ出る、不安や焦りから逸脱する奇妙な思考。

どうにもならない状況下。男は最期の安らぎを見出した――



「弓の撃ち方、止め!」


すっかりと明るくなった雲の下。

グレンの指示が南西の見張り台で響くと、一時の静寂が訪れた。


「やった……」


敗走する侵略者。射撃を繰り出していた弓兵が、我に返って呟いた。


「や、やったぞ!」

「おおっ」

「おおー!」


防御柵の向こうでは、短い草原に、幾人もの背中が横たわっている。


初動の敵兵は、決して多くない。

それでも勝利という結果を前にして、安堵と達成感が喚起して、ついには勝ち鬨となって表れた――


「ふう……」


トゥーラの一番高い場所。

四方からの歓喜を耳に入れながら、小さな王妃は安堵を吐き出した。


それは各方面を担当する責任者。

グレンとライエル。ラッセルにルーベン。そしてロイズ。更にはウォレンやアンジェ、マルマリータも同様であった――



一方で、初動は退却となった侵略者。

しかしながら、情報収集という役目は果たした。


「壕の様子は、どうなっている?」

「深さは2メートル。幅は、それほどありません。ですが……」

「なんだ?」

「柵の向こう側にも、壕があります」

「なに?」


松林の中で報告を受け取ると、ぼわっとした赤髪を生やした総大将が両の(まなこ)を見開いた。


「さて、どうするか……」


重厚な備えは想定以上。

私案を募るため、ギュースは諸将を集める事にした――


「案が無いこともありません」


カルーガの宿でマグを掲げた面々が、トゥーラの城外、南西方面で集まると、真っ先に北側を担当するブランヒルが口を開いた。


中肉中背。丸太のように太い首。纏った鎧の下には鍛え上げられた肉体が備わっている。


「言ってみろ」


総大将が促すと、ブランヒルが私案を吐き出した――


「……」

「むう……」


提案された内容に、カプスとベインズは思わず顔を見合わせて、ギュースと直属の上司であるバイリーは、揃って眉をしかめた。


「私達に、時間はありません。他に策があるのなら、私は従います」


残された時間は約三日。リャザンの軍勢が現れるまで――


「……分かった。やってみろ」

「は!」


左頬に傷痕を拵えた総大将が認めると、ブランヒルは高揚を表した――



それから一時間ほど経った頃、南側で、50人で編成された二つの隊が作られた。


「お前らの任務は、柵の排除だ。決死の覚悟で走って、先ずは壕に飛び込め!」


語る相手は先発隊。

速さを求めた結果、兜を被らずに、右手に木製の盾を備えるのみ。


他の特徴として、左手に二本の鎌を握っている。

(つか)から伸びる麻ひもを、手首から腕にかけて巻き付けていた。


一方の後発隊に武器は無い。

金属の甲冑と盾を持つ、防御に徹した部隊であった――



「出てきましたよ」


南西の見張り台。ライエルが口を開くと、城壁に背中を預けていた者たちが一斉に立ち上がる。

初戦を飾ったことにより、誰もが精悍な顔つきとなっていた――


「……」


自らが育てた部隊。

約一週間前。ライエルは練兵場から戻った際に交わしたグレンとの会話を思い浮かべた。


「基本の距離は、大丈夫か?」

「大丈夫です。もう、目を瞑っても撃てる筈です」


120メートル。

風速。風向き。加えて湿度。その日の天候によって弾道は変化する。

加えて疲労や緊張によっても威力は変わるのだ。


初日は5人が100本撃っても揃わなかった弾道が、今では5本も撃てば揃うようになっている。


「基本と言ったんだ。できるまでやらせるのは当然だ。できるようになっても、やるんだよ。それが基本だ」

「……」


基本の距離は、すなわち生死を分かつ距離。

鋭い眼光が、ライエルの緩慢を貫いた――



訪れた静寂は、刃が交わる前兆。

どうやら敵さんも、準備を終えたらしい。


「良いかお前ら!」


南西の見張り台。

突然に、総大将(グレン)の声がトゥーラの内側に響き渡った。


「国の名前で結果が決まるのではない! 勝った者たちが、結果を作るんだ!」

「おおう!」


グレンが右腕を掲げると、総ての兵士が呼応した。

当然ながら、女子供に至るまで、決意を再び胸にした。


続いてライエルが自ら足元に備えた強弩に座ると、狙いを定め、一本の矢羽を撃ち込んだ。


静かな怒りを込めた一本は、垂れ込める灰色に届きそうな高い弾道を描いて、姿を現した集団の中へと消えていった。


屋外である。突然に、400メートルを挟んでの攻撃は、安寧を壊すには十分だ。


「お見事です」

「ありがとうございます」


正確無比な射撃に中年の衛兵が見惚れると、整った少年のような顔つきに、爽やかな微笑みが浮かんだ――

お読みいただきありがとうございました。


いよいよ戦闘シーンです。

トゥーラの城壁内。概要図になります。

挿絵(By みてみん)


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